その男は弓兵のサーヴァントとして召喚された。
男の双眸は遍く全ての事象を正確に見抜く。彼方の軍勢の一挙一動を、放たれた矢の軌跡を、野を、山を、獣を。
男が見通すものは物質(かたち)だけではない。精神(こころ)もだ。
故に、男を召喚したマスターが今、何を考えているのかさえも文字通りに一目瞭然ではあった。
希望、使命、悔恨、悲嘆、諦観……あらゆる感情が去来し綯交ぜになっている。
中学校の屋上から偽りの街を眺め続ける主は余人が見れば次の瞬間には自殺してもおかしくないほどの儚さがあった。
そうと知りながらもアーチャーは主が答えを出す時を待ち続けていた。
無論、単なる衝動に駆られた自殺に及ぶのであればさすがに止めるが、熟考の末に選んだ結論であるならば如何なる答えであろうと従う心構えであった。
その結果がサーヴァントとしての自分の運命を決定づけるのだとしても。
「アーチャー」
ふと、マスターが背後で実体化をしているアーチャーへと振り返った。
記憶を取り戻して以来、常に迷いと憂いを帯びていた顔は決意に満ちている。
少し意識すればマスターの秘めたる想いを余さず見ることが出来よう。アーチャーの眼とはそういう類のものだ。
けれどアーチャーは努めて“識らない”ようにする。自らの視線は時に相手の裸体を視姦する以上に無礼であることを理解しているから。
「腹は決まったのか?マミ」
「ええ。昨日のこと、覚えてる?」
アーチャーのマスターである少女―――巴マミは昨日の夕刻のことを追想する。
学校の帰り道、いつも通っている公園の周辺にパトカーと警察官、そして野次馬が集まっていた。
野次馬を必死に掻き分けて進んだマミの瞳に映ったのは、つい先日まで住民の憩いの場であったはずの公園がハリケーンにでも見舞われたかの如く荒れ果てた様相だった。
そして―――公園でただならぬ物音がしたというその時間、運悪くその場に居合わせた小学校低学年の少年が亡くなったという。
「あの公園には魔力の痕跡がわかりやすいぐらい残っていたわ。……聖杯戦争絡みよね?」
「ああ、間違いない」
サーヴァントが現世に干渉するには実体化を行う必要がある。
アーチャーの眼も霊体化したままではその機能を発揮し得ないが、それでも昨日の事については己の眼を頼るまでもなく真相は明らかだった。
「もっと早く動いていればあの子はきっと死なずに済んだ。
我が身可愛さで迷って、目を逸らしていたら沢山の人が犠牲になる。……そんなこと、私は昔から知っていたはずなのに」
マミが新米の魔法少女だった頃、似たような出来事があった。
魔女の結界に取り込まれた少年を救おうと魔女に挑んだが、当時のマミでは歯が立たないほどの強敵であり、撤退する他なかった。
その後当然の結果として少年は魔女に殺された。マミが己の弱さを悔い、年相応の少女らしい時間を犠牲にして修練に明け暮れるきっかけになった事件である。
迷いと恐怖故に、結果として同じ過ちを繰り返してしまった。
いや、魔法少女として力をつけ、大英雄クラスのサーヴァントを引き当てておきながら動かなかったのだ。あの時よりも酷い。
マミが迷うのは聖杯戦争―――バトルロワイヤルに対する恐怖故か?それは否だ。
魔法少女になって以来、同業の少女達と争いになったことは一度や二度の話ではない。魔法少女の命を奪うことに加担した経験さえある。
死ぬのが怖くない、というわけではない。だがそれでも命のやり取りそのものに身が竦むほどの恐怖を覚える時期はとうに過ぎ去ってしまった。
マミが真に恐れるのは自らの死の先にある末路だ。
身に着けている指輪から卵型の宝石を取り出しアーチャーに見せた。
「これは魔法少女の証であるソウルジェム。魔法少女になる契約を交わした時に私達の魂はこの宝石に入れられた。
魔法を使ったり、負の感情を溜め込むとどんどん濁っていって……最期には人を襲う魔女になり果てる」
アーチャーは何も言わず、マミの言葉を聞くことに徹していた。
彼女と契約した時から魂はソウルジェムに在ること、彼女の肉体はソウルジェムを介して動かされているに過ぎないことも見抜いていながら、それでいてそうとは悟られないように。
「穢れの溜まったソウルジェムは魔女が落とすグリーフシードで浄化できるのだけど、今持ってるのは一つだけ。
そしてこの世界には魔女がいないから補充することもできない。……この意味、わかるでしょう?」
「上手く立ち回れば優勝するまで生き残る目はあるかもしれねえ」
敢えて思ってもいないことを口にした。彼女は即座に首を横に振った。
「駄目よ。私は魔法を連発するタイプの魔法少女だし、あなたの維持にどれだけ魔力を持っていかれるかもわからない。楽観はできないわ。
それにあなたの言う方法で生き残ったとしても、私は必ず絶望する。…どう死ぬか選べ、そう言われてる気がするわ」
魔法少女・巴マミの原点にあるものは一人生き残ったことに対する自責の念と魔法少女として人を守り続けるという使命感。
マミがマミとして在り続ける理由を捨てて聖杯戦争の勝利を目指したところで必ず耐えきれなくなり精神が死を迎える―――マミはそれを自分で悟っていた。
つまるところ、この聖杯戦争に放り込まれた時点で巴マミの死は避け得ない未来として定められていた。
いや、誰かに敗北して殺されるだけならばまだ良い。究極的には魔女に殺されるのも人間に殺されるのも大差はない。
最も恐ろしいのは魔女になってしまうこと。もし魔女になった自分を止める、止めようとする者がいなければ人々を襲い続ける災厄になり果てることだ。
それでも。
「私は聖杯戦争が終わるまで生きられない。きっと、それまでに死ぬか魔女になる。
でも、それでも今はまだ生きている魔法少女よ。だから―――」
―――いつかはいまじゃないよ。ひとはいつかみんな死ぬよ。キョーコとマミおねえちゃんはいま死んじゃうの?
とある幼い魔法少女がいた。彼女はいつか魔女になる魔法少女の運命を知ってもその瞬間まで生きようと決めた。
幼さ故の単純さ―――けれど、だからこそ彼女の言葉にマミはもう一度立ち上がることができた。
「―――私は、聖杯戦争を壊したい。それが魔法少女として私が信じる正義。
例え他のマスターの願いを踏みにじることになったとしても、譲れない私の願い」
願いを叶えて魔法少女になった身で烏滸がましいことを言っていると自分でも思う。
けれどマミは願うという行為自体の重みを、危険さを知っている。純粋な善意から生まれた願いであっても時に悲劇を引き起こすことがある。
まして悪意ある人間に願望器が渡ればどうなるか。最低でもそれだけは防がなければならない。
「ごめんなさい、アーチャー。こんなマスターで」
マミは聖杯を使うつもりはない。必然、アーチャーが願いを叶える機会は得られない。
彼女はアーチャーもまた聖杯に懸ける願いを持って現界したものと認識している。
「俺はまあ、自分で言うのも何なんだが戦いを終わらせる英雄だからな。
どちらかと言えば、こっちの方が性に合ってる。だから気にすんな。お前は決めた、俺は頷いた。これで良いんだ」
「……アーチャー」
しかし自らを死者として捉え生者と一線を引いているアーチャーには聖杯への願いは無い。
強いて言うならば自らを必要とした、善を成さんとするマスターの人生を助けることが願いだろうか。
マミの願いに対して一切の不服が無いかと言えば嘘になる。まだ短い時間しか生きていない彼女の人生がこんな戦争で終わることを受け入れることへの抵抗はある。
(けど、良いさ。お前は間違っちゃいない)
だが、誰よりも自らの運命に向き合い、命の答えに辿り着いた彼女自身の決意ならばアーチャーも大いに支持する他ない。この弓兵の“三度目の”主に相応しい気高い決意と末路だ。
ならばこの身は全霊で弓を引こう。彼女のために、彼女が守ろうとする無辜の民たち全てのために!
そうとも、英雄とは―――
「俺はいつでも行けるぜ。この戦争、終わらせてやろうや。ま、とっておきは一発きりだけどな」
「あら、文献では戦争が終わった後も生き残って昇進したっていう話もあるけど?」
魔法少女とは―――
「確かにそういう伝承が後世に残ってるのは知ってるけどな。
だがそいつはそいつだ。俺は正真正銘アーラシュ・カマンガー本人だからな、そう上手くはいかねえさ」
「そう。なら、仕方ないわね」
「ああ、仕方ねえさ」
――――――人を助けるために、在る。
【クラス】
アーチャー
【真名】
アーラシュ@Fate/Prototype 蒼銀のフラグメンツ
【パラメータ】
筋力:B 耐久:A 敏捷:B+ 魔力:E 幸運:D 宝具:B++
【クラス別スキル】
対魔力:C…魔術に対する抵抗力。一定ランクまでの魔術は無効化し、それ以上のランクのものは効果を削減する。
Cランクならば魔術詠唱が二節以下のものを無効化する。大魔術・儀礼呪法など、大掛かりな魔術は防げない。
単独行動:C…マスター不在・魔力供給なしでも長時間現界していられる能力。マスターを失っても、一日は現界可能。
【保有スキル】
頑健:EX…如何なる病にも毒にも侵されず、数多の戦いにおいて傷を受ける事すらなかったと謳われる肉体の頑強さ。
西アジアの神代最後の王、マヌーチェフル大王をして、替え難き至宝と賞賛した旧き神代の恩恵である。対毒スキルを付与し、耐久力を向上させる。
千里眼:A…視力の良さ。遠方の標的の捕捉、動体視力の向上。
このランクでは透視や読心、未来視をも可能とする。
弓矢作成:?…複数の矢を瞬時に作成する能力。
最大で空を埋め尽くす万単位の矢を即座に作り出し、山をも削り取る威力を持つ飽和射撃を行う。
【宝具】
『流星一条(ステラ)』
ランク:B++ 種別:対軍宝具 レンジ:2500km 最大補足:?
アーラシュ・カマンガーの伝承に曰く、その一矢でペルシャとトゥルクの六十年に渡る戦争を終結させた究極射撃。
戦争の終わり、両国はそれぞれの王国の境界線を定め、それによって戦争の終結を為す事に合意し、その境界を作るという大役をアーラシュは果たす事となった。
そしてダマーヴァンド山から放たれた、全ての民の平穏への願いを受けた一矢は、文字通りに大地を割ったという。
射程距離、実に2500km。その絶技によって両国の間には国境が作られ、平和がもたらされた。
しかし、人ならざる絶技と引き換えに彼は五体四散し命を失った。
彼の宝具はその性質から、一点集中ではなく広域に効果を発揮するため対軍に分類される。正確には対国宝具にさえ相当するだろう。
だが、一度きりしか使えない。ある意味二重の壊れた幻想(ブロークンファンタズム)である。
【人物背景】
ペルシャ神話における伝説の大英雄。アーラシュ・カマンガーという異名を持ち、ペルシャ語で「弓」を意味する「Kaman」の語源になったとも言われる、西アジアにおける弓兵の代名詞である。
神代最後の王とも呼ばれるマヌーチェフル王の戦士として、六十年に渡るペルシャ・トゥルク間の戦争を終結させ、両国の民に平穏と安寧を与えた救世の勇者。
神代も終わりに近づいた時代において突如現れた先祖返りであるため凄まじい身体能力と病や毒を退け戦において傷一つつかなかったとされる頑強さ、全てを見通す千里眼を持つ。
自らを「戦いを終わらせる英雄」と称し無辜の民を犠牲にすることを良しとしない。どころか、彼らの財を傷つけないようビルなどの建造物にまで配慮して戦う。
今回召喚された彼はかつて東京で行われた聖杯戦争の記憶を継承している。
【weapon】
深紅の大弓と矢。
矢は近接戦闘で直接手に持って使うこともある。
【戦術・方針・運用法】
およそまっとうな弓兵として最高峰の実力を有するサーヴァント。
英霊ですら視認不可能な距離から正確無比・広範囲・大威力の矢を放ち続けるのが基本戦術となる。
また千里眼スキルの透視によって例え壁や遮蔽物で視線が通らずとも正確に射線を見出し目標を撃ち抜く。このため工房に籠るマスター、サーヴァントには滅法強い。
反面弓兵としての弱点をカバーする能力に乏しいため魔力放出(炎)や強固な鎧、流れ矢の加護といった矢を無効にする能力を持つ相手には厳しい戦いを強いられる。
さらに宝具の使用は消滅と同義であるため一貫して千里眼による状況把握能力を活かした繊細な立ち回りが要求される。
【マスター】
巴マミ@魔法少女おりこ☆マギカ
【マスターとしての願い】
最後まで魔法少女として戦う
【werpon】
ソウルジェム
グリーフシード(一つ)
リボン、マスケット銃、大砲など魔法で生成した各種武装
【能力・技能】
契約し手に入れた魔法の力で戦う魔法少女。
「生きる(命を繋ぐ)」という願いから生み出されたリボンをベースにしてマスケット銃などの武装を作り出す他、治癒の心得もある。
さらに敵の手前で破裂する炸裂弾やリボンによる分身の生成までこなす。
魔法少女としてはベテランの部類に入り、様々な魔法と経験に裏打ちされた技量・戦術眼を武器に多くの魔女を倒してきた。
ただしやや詰めの甘い部分もあり、不意を突かれて窮地に陥ることもままある。
【人物背景】
見滝原中学校の三年生であり主人公である鹿目まどかの先輩。
家族と共に交通事故に遭い瀕死だったところに現れたキュゥべえの契約に乗り「生きる」ことを願いに魔法少女になった。
新米時代に魔女に歯が立たずある少年を殺されたことから結界内で死ねば誰にも死んだことを知られないという恐怖、自分が魔女に負ければ誰かが死に、誰かが悲しむという事実が大きなトラウマとなる。
以降、同じ過ちを繰り返さないよう魔法少女として修行を重ねるだけでなく兵法の本や大型銃の本を読むなどして努力と研究を重ねる日々を送ったがその代償にクラスメイトとは疎遠になり孤独を強いられるようになった。
一時期
佐倉杏子と共闘していたが杏子の家族の死をきっかけに離別した。
「魔法少女まどか☆マギカ」ではその後まどかやさやかに出会うことになるが本作では暁美ほむらが既に両者と仲良くなっている関係上接点が無い。
キュゥべえから魔法少女狩りの噂を聞き調査をしていたところ犯人である
呉キリカと接触。
相性の悪いキリカの魔法に苦戦するも炸裂弾を使った時間差攻撃で勝利。
その後杏子と千歳ゆまと共に事件の黒幕である
美国織莉子を打倒すべく見滝原中に向かうも、キリカが魔女化したことで魔法少女の真実を知り杏子共々戦意喪失し自暴自棄になってしまう。
しかし虐待経験を元にされたゆまの叱咤で立ち直り、団結し勝利に導いた。
今回の彼女は本編終了後からの参戦となる。
【方針】
聖杯戦争を終わらせる。最低でも悪意ある人間に聖杯が渡ることだけは阻止する。
もし他のマスター協力できた場合は自らの生存を度外視してでも守り抜く。
最終更新:2015年12月08日 01:41