音楽は嫌いじゃない。
美しい音楽は大好きだ。
でも、世界は不快な音に満ちている。
不快なざわめきが聞こえる。
つんざくような爆裂音が聞こえる。
夜に似合わない、騒がしい音の波が押し寄せてくる。
それは、彼にとって到底我慢できるものではない。
「……バーサーカー」
和装の少女が隣に現れる。
凛々しく整った顔立ちに、均整の取れた肉体。誰が見てもひと目で『美少女だ』と呼ぶその少女。
ただ、目は光を湛えず、ただ虚空を眺めている。
心ここにあらず、という様子をそのまま表しているような姿で、ただ漫然と立ち尽くしている。
「あの雑音を消しに行こう」
青年が声をかけると、少女の眉がぴくりと持ち上がった。
がち、がち、がち。
油の切れたぜんまい仕掛けのおもちゃのように、ぎこちなく少女の首が傾く。
何もなかった少女の瞳に、暗い色の光が灯る。
そして、一言だけ、こちらと意思疎通をするように、零した。
「……音楽家が居るのか」
「分からない。だが、不快な音を掻き鳴らす奴らは居る」
バーサーカーは、何も答えない。
ただ、腰元に挿していた日本刀を抜いた。
風が騒ぐ。少女の袴の裾が揺れる。
奇妙な形のポニーテールが、髪に飾られた鮮やかな花が、美しく舞い踊る。
「また、お前が居るんだな。ここには、お前が」
月に彩られ、刀が怪しく煌めく。
少女は、闇夜に向かって飛び上がった。
それを見届け、青年も、夜空の下でスイッチを取り出す。
光が走り、星座が生まれた。
そうして今日もまた、一つ、静寂が増える―――
ここがどこかは知らない。
だがここは理想郷だった。
粗野な人間は居ない。
都市部にはビル街のようなものも見られるが、自然と人工は完全に隔離されている。
元山のお気に入りの場所からの景色を遮るものは何もない。
ただ、澄み渡るような空の下、閑静な住宅街の向こう側に、輝く緑の山林が広がっている。
ここならば、静寂の中で絵を完成させることが出来る。
何も知らないNPC時代にも、その当たり前のことに大喜びしたのを覚えている。
邪魔するものの居ない理想の環境。
存分に、納得の行く作品を描くことが出来る。
他人にとってはなんともないが、元山にとってはなんともかえがたい幸せ。
元山は、そんな幸せを噛み締めながら、日々を過ごしていた。
もし、街が静寂の中にあり続けるなら、そのまま消えてしまってもいいとさえ思っていた。
世界が消えるその瞬間まで、静寂の中で、作品を描き続けることが出来る。
それは、ひょっとすると、神経質な元山の理想とする生き方だったかもしれない。
NPCの元山は幸せだった。
元山がNPCだったころ、この世界はまだ理想郷だった。
なのに。
ふ、と左手の甲を見る。
ペルセウス座を複雑にしたような痣が浮かんでいる。
理想郷は、脅かされてしまった。
静寂は切り裂かれ、また心を乱すものが現れてしまった。
それは、数日前の、昼の事だった。
◇
その日も、元山は屋上で絵を描いていた。
並んだ住宅街と、山と、空。静かな世界のありのままの姿を、キャンパスの中に再現しようとしていた。
ここの青は、もう少し濃いほうがいい。
こっちの緑は、光がある。黄色を足して、赤も混ぜようか。
そんな、幸せな思考を巡らせながら、世界と向き合っていた。
がぎぃん―――
嫌な音が耳につく。
その音が、幸せだった心の記憶に亀裂を生む。
がぎぃん、がぎん、がぎん―――
この音はなんだ。
不愉快な音だ。
この静かな街に似合わない。
いらいらする。
頭痛がする。
耳をふさいでも、音は指をすり抜けて頭まで飛び込んでくる。
ざ、しゅっ、がぎん、しゅ、ざしゅっ―――
不快だ。
気分が悪い。
この音を止めたい。
止めなければならない。
描きかけの絵をそのままに、毛先を黄緑に染めた筆を持ったまま走る。音の元へとただただ走る。
駆け下り、走り、見つけた。
音の発生源に居たのは、三人の男。
槍を抱えた男と、スーツを着た男。そして、地面にへたり込んでいる男。
「なんだあ、てめえはあよう」
槍の男が、穂先を元山の方にずらす。
『あれ』だ。
あの槍が、この嫌な音を出していた。
あいつはこれからもあの槍でで不快な音を出し続ける。
そう思うと、元山は、我慢できずに叫び声を上げた。
「うるさい、うるさい! 集中できないんだよ!! 耐えられないんだ、君たちがいると!!!」
怒りに震える肩、わななく膝。
衝動に任せて右手を突き出す。
手に握りしめていたのは筆はなく、黒いスイッチ。
いつの間にかポケットから取り出していたそれをちらと横目で確認し、瞬間、全てを思い出した。
このスイッチは邪魔者を排除するための力だ。
元山は、以前からその力を使って邪魔者を排除してきた。
スイッチを押す。
宇宙の神秘が降り注ぎ、ただの青年を超進化へと導く。
『我が心を乱す者め、その罪、裁かせてもらうぞ!』
そこにもう青年は居ない。
鋼のような肉体。
異形の顔貌。
身体に光るのは、最輝星を失った青白い星座。
その星座が象るのは、メドゥーサ殺しの理由ペルセウス。
右手に持つのは勇者の剣『巨剣オラクル』。
左手に装着しているのはメドゥーサの首を模した篭手。
その姿の名を、元山は知っていた。
ペルセウス座の怪人。ペルセウス・ゾディアーツ。
元山のもう一つの姿。静寂を生むための力。
心優しきNPCが、我儘な勇者に変貌した瞬間だった。
叫び声を上げながら、槍の男へと駆け寄る。槍の男は動かず、ただじっと元山の方を見つめている。
気に食わない。スカシている。
こんなに元山を邪魔しているのに、その余裕はなんだ。
オラクルを振るうと、槍の男―――ランサーはそれをいともたやすく弾き、ペルセウス・ゾディアーツと化した元山に向けて突き出した。
ペルセウスの左肩を一突き。血の代わりに火花が散る。激痛が走る。
だが、戦う意志は折れない。むしろ増した。
こいつは、これからもこうやってこの街を騒がしくし続けるんだ。ここで止めなければ、いつまでも、いつまでも。
左肩に宿った熱が、左手の、メドゥーサの顔を象った篭手を焼く。
だが、傷はない。むしろ、身体の奥から新たな力が湧いてくるような気さえ覚えた。
力とともに、知識があふれだす。
ランサー、槍兵としての逸話を持つサーヴァント。
サーヴァントは、この街で行われるこの『静寂を乱す争い』、聖杯戦争の参加者に与えられる力。
気に食わない。
気に食わない。
気に食わない。
この音を止める、その力を望む。左手が激しく輝き出す。
ペルセウス・ゾディアーツはその左手を突き出し、槍兵の出す音をかき消すために叫んだ。
『この音を止めろ!!』
声に応えるように、槍兵の頭が飛ぶ。
槍兵の目は、何が起こったのかわからないという風に見開かれていた。
再び一閃が走り、頭と、槍と、身体が両断される。槍兵はすぐに粒子になって消滅した。
「……違う、音楽家は……もっと、周りの音を聞き……攻撃を……」
三人の男ともペルセウスとも違う新しい声に振り返る。
背後に居たはずのへたり込んでいた男は見えない。間に一人。侍のような少女が立っている。
少女と目が合う。
涼やかな顔、研ぎ澄まされた刃のような気配。身体に重なって見えるのは『バーサーカー』というクラス名。
その少女を表すうまい言葉は思い浮かばなかったが、元山の基準で言うなら、彼女は、とても『静か』だった。
「……」
少女が剣を鞘に納め、虚空へと身を溶かす。使命は終わった、と言うように。
そこでようやく分かった。彼女こそが、元山のサーヴァントなのだろう。
少女が消え、ペルセウスと男を遮るものがなくなった。
へたり込んでいた男は、愕然とした顔でこちらを見つめている。
もう音は止んだ。だが、ペルセウス・ゾディアーツの目標はまだ遂行されていない。
男に歩み寄り、おどろおどろしい様相を貼り付けた左手を突き出す。
『これ以上、騒がれても困る。君たちはここで、静寂のまま、この舞台から消え去れ』
左手で男の頭を掴み持ち上げる。
腰くだけていた男は途端にあわあわと、赤子のように身を捩るが、怪人の膂力からは逃れられない。
そして、瞬く間に石像に変わった。
メドゥーサの左手の力。触れたものと、メドゥーサの貌が見たものを石に変える力。この世界でも、問題なく発揮できるようだ。
石化した男を放り投げ、振り返る。
槍兵のマスターだった男は、ひ、ひ、ひ、と引きつるような声を二三度上げた後、最後に大きく叫んだ。
叫び声が消えるのに、十秒とかからなかった。
◇
あれから、元山はまだこの煩い戦争の中に居た。
自分が呼びだされた理由はわからない。
そうまでして叶えたい願いもなかった。
強いてあげるなら、『静かな環境で、納得の行く作品を描きあげたい』だけだった。
それができるなら、NPCで良かった。
それが一番幸せだった。
だが、この世界は、そんなちっぽけな願いすら聞き届けてくれない。
殺し合いが耳障りな音を生み出す。
それが、元山には我慢できない。
だから、止める。
殺し合いを、ではない。
聖杯戦争を、でもない。
『参加者たち』を止める。
元山の静寂を、元山の理想を邪魔するものは許さない。
この街から不快な音を消す。
静寂を取り戻す。
煩い参加者たちは全て石像に変えるか、バーサーカーで切り飛ばすかして消滅させる。
静寂が取り戻されたならば……
以降は、NPCの頃のとおりだ。
ただ、この世界が消える瞬間まで、納得の行く作品を描き続ける。
別に誰が優勝しようと構わない。
静かに、静かに、元山の芸術活動を邪魔しないよう戦争をしてくれるなら、元山も彼らの邪魔なんかしない。
元山はただ、この絵を描き続け。
描き終えたら、その絵を誰かに託し。
バーサーカーを座に返し、静かに、この世界を去る。
元の世界に未練がないわけではないが、この素晴らしい世界を静寂の中で描いて消えるならそれでもいい。
「バーサーカー」
声に答えてバーサーカーが姿を現す。
やはり彼女は、静かだ。人間らしさを感じさせないほどに。
「君がサーヴァントで、良かったよ」
この感謝も、バーサーカーは理解していないだろう。
彼女と交わせた僅かな言葉で分かったことは、彼女が『とある音楽家(誰かは知らない)』を心から憎んでいることだけ。
元山は、少しだけ考え、聞く耳を持たないバーサーカーに、こう告げた。
「この世界は、君の憎むような音楽家の居ない、静かな世界だといいね」
バーサーカーは、元山の言葉を聞き届けると、何も返さずに霊体化した。
元山は、返事がないことも特に気にせず、再び仮初の静寂に包まれた世界をひたすらキャンパスに描き続けた。
【クラス】
バーサーカー
【パラメーター】
筋力:A 耐久:C 敏捷:C 魔力:B 幸運:D 宝具:D
【属性】
中立・狂
【クラススキル】
狂化:B
精神汚染からくる狂化。理性の大半を失っている。
筋力を二段階、他のパラメータを一段階ずつ上げるかわりに正常な思考とほとんどの意思疎通が不可能になる。
彼女と交わせる情報は『音楽家』に関するいくつかのことだけ。
【保有スキル】
魔法少女:C
魔法少女である。ランクが高いほど高水準の魔法少女となる。
魔法少女は人間離れした戦闘能力と視覚聴覚を得、排泄や食事などの新陳代謝行為を一切行わなくて良くなる。
また、疲労の蓄積する速度が人間よりも遥かに遅く、長期の不眠不休にも耐えられるスタミナと常人離れしたメンタルを持つ。
更に、固有の魔法を1つ使える。
バーサーカーは魔法少女状態でしか聖杯に記録されていないため、このスキルの発動は阻害できない。
殺しの間合い:D
殺し合いによって培った剣士の洞察力と、殺し合いを生き抜いた野生の嗅覚。
彼女が『狂化』へ至る過程で手に入れた生きるため/殺すための力。
敵の行動・能力に順次対応してその敵を殺すための行動へと移れる、ほぼ反射レベルの殺傷衝動。
このスキルのおかげで彼女はバーサーカーではあるが、少しだけ技術のようなものも用いることが可能。
精神汚染(音):B
森の音楽家によって刻まれた、消えることのない心の傷。
精神が錯乱している為、他の精神干渉系魔術を高確率でシャットアウトする。
さらに、『音楽』に対する強い執着と破壊・殺戮衝動を持つ。
バーサーカーのクラスで呼ばれたため、音楽に対する破壊衝動と敵への躊躇のなさが強くなっている。
家族思い:―
失ってしまったスキル。
奪われてしまった生き方。
少女の精神汚染の根底にあるもの。
彼女は、家族のことが大好きなただの少女だった。
【宝具】
『見えているものならなんでも斬れるよ』
ランク:D 種別:対人 レンジ:視界内 最大捕捉:30
視界内にあるものに対し、距離を無視して斬りつけることが出来る。
発動には彼女が手に持っている魔法の日本刀・魔法の脇差しのどちらかを振り上げ、振り下ろすというプロセスが必要。
相手の姿が見えているなら、防御魔法も、結界も、無敵のスーツも、全てすり抜けてありのままの相手を斬りつけることが出来る。
視界内にあるならば、たとえ数キロ先からでも斬ることが出来る。原作では2km先の骸骨のモンスターを肉眼で捉え、斬りつけた。
ただし、斬る瞬間に『視界に収めている』必要があるので、逃げられたり隠れられたり煙幕を張られたりするとこの宝具は発動できない。
【weapon】
魔法の装備。決して折れることはなく、切れ味も抜群。
【人物背景】
「終わったのではなかったのか、音楽家」
なんてことはないただの魔法少女であり、二人の姉、一人の妹、そして実の母と殺し合いをさせられて精神が崩壊してしまった少女。
彼女の行動原理は一つ。
『音楽家への強い敵意』。
【捕捉】
とある『電脳世界を操る魔法少女』が、身勝手な正義の為に、多くの魔法少女のデータを『彼女の世界』である電脳世界に刻んだ。
彼女の刻んだ魔法少女のデータは、同じ電脳世界に生まれようとしていた聖杯に少しだけ干渉し、聖杯自体も聖杯の製作者も認識できない程度の影響を与えた。
正統な英霊として呼べないはずの市井の魔法少女たち。彼女たちが、あたかも英霊であるかのように電脳の聖杯に末端に記録されてしまうという影響を。
彼女―――バーサーカーは、そんな電脳世界に刻まれた魔法少女の一人である。
バーサーカーは正統な英霊のような伝説も格も持ちあわせてないが、この世界が『電脳世界の地続きにあるもの』であったため、偶然呼び出せてしまった。
【マスター】
元山惣帥@仮面ライダーフォーゼ
【マスターとしての願い】
静寂の中で絵を描き上げたい。
【能力・技能】
スイッチを使うことで変身できる怪人体。
怪人というだけあって強く、コンクリートを発泡スチロールのように砕くことが出来る。耐久力も向上。
右手には巨剣オラクルを、左手にはメドゥーサの首を模した篭手をつけている。
これは怪人としての装備であるため、スイッチを切れば消滅する。篭手は肉体と融合しているので奪うことは不可能。
左手で触れたものを石に変えることが出来る。石化したものは彼を撃破(スイッチを破壊)するまで解除されない。元山からの任意解除も不可能。
マスターを完全に石化させたならば仮死状態扱いとなり、そのマスターからの魔力の供給はほぼ途絶える。
類まれなるラスト・ワンの先に向かうことが出来る怪人。後の展開を考えれば、彼は覚醒しても黄道十二星座にはなれなかったのだろう。
宇宙の超神秘を身にまとっているので鯖とも斬りあえる。が、勝てるわけではない。
なお、芸術に対して心を乱すようなことがあれば、相手への石化を完璧なものにすることはできない。
この装備の持つ神秘、そして天ノ川学園高等学校という神秘の収束地に作られた学校で生活していたことが関係し、一般人よりも豊富な魔力を有している。
芸術に関する知識。美しい物を好む。
本人も絵画を嗜み、一般人よりも高い画力を持っている。
ただ、芸術好きも行き過ぎた部分があり、芸術を邪魔するものを極端に嫌う。
それは他人のたてる騒音であったり、視界に入るビルだったりと様々。
それは彼にとって、『巨大なビルを破壊してでも』『相手を石化してでも』正すべき問題である。
【人物背景】
ただの高校生。
仮面ライダーフォーゼ15話・16話の怪人枠。
全てが理想通りに進まないと気がすまないというのは、リブラ・ゾディアーツの評。
子供達に自身が納得の行く素敵な絵をプレゼントしたかっただけの心優しい青年。
【方針】
特に願いはない。
ただ、静かな世界で絵を描いていたい。
聖杯が欲しい訳でも、帰りたいわけでもない。
ただ、『聖杯戦争』なんていうくだらない騒ぎで創作活動を邪魔されたくない。
そのため、積極的に動きまわる主従は潰していく。
仮に優勝したとして、聖杯に願いを届けるかどうかは不明。
芸術に理解があり、彼の芸術活動を邪魔しない人物とならば手を組むことも可能。
優勝への強い願いもないので、もし協力者と最後の二人になったならば、思う存分絵を描き、満足の行く絵を描き終えた後で協力者に聖杯を譲るだろう。
幸い、この聖杯戦争にはタイムリミットがないので、邪魔されないなければ気が済むまで芸術活動に専念できる。
時間制限があるとすれば、行動方針も変わるか。
アカネは珍しい遠距離に対応したバーサーカーである。
また、魔法少女であるため自前の魔力にもやや余裕がある。
近接戦・中距離戦・遠距離戦ともに魔法少女の超反応と宝具であり魔法である『見えているものを斬れる魔法』で対応が可能。
もし相手の姿を知っているなら、遠距離からの一方的な斬撃で全ての決着が付く。
ただ、元山は戦争自体に乗り気ではないし、アカネに自動で探すような気遣いもない。
弱点は搦手や物量戦。視界が晴れていない環境でも不利になる。
自分の得意分野で戦えるよう相手を誘き出すか、用意ができる前に相手を捕らえるかが勝利への鍵と言える。
最終更新:2015年12月08日 18:11