アザワド解放民族運動(MNLA)とは、遊牧民トゥアレグ人の世俗主義反政府武装組織である。


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西アフリカのマリ北部の武装勢力、停戦に応じる 外交筋(2014/05/24)

(前略)
 モーリタニア大統領であるアブドルアジズAU議長は、ルワンダ訪問を途中で切り上げ、反政府勢力のアザワド解放民族運動(National Movement for the Liberation of Azawad, MNLA)、アザワド統一高等評議会(High Council for the Unity of Azawad、HCUC)およびアザワド・アラブ運動(Arab Movement of Azawad、MAA)との緊急停戦会談を行った。

 マリ政府軍は17日の衝突以来、トゥアレグ分離独立勢力を含む複数の武装集団の連合組織に押されていた。 MNLAは、17日の戦闘開始以降、政府軍の40人を殺害、70人を捕虜にし、政府軍から数十台の車両と数トンにのぼる武器・弾薬を奪ったとしている。【翻訳編集】 AFPBB News

マリ大統領選、ケイタ元首相が当選確実に(読売新聞2013/08/13)

 【カイロ=黒岩竹志】AFP通信によると、11日に行われた西アフリカ・マリの大統領選決選投票で、スマイラ・シセ元財務相(63)が12日、敗北を認め、イブラヒム・ケイタ元首相(68)の当選が確実となった。

 マリは昨年3月に軍部によるクーデターが発生して以降、暫定体制下にあった。同国は新大統領の下で本格政権に移行する見通し。ケイタ氏は1994~2000年に同国首相を務めた。

 マリでは今年1月、クーデターに乗じて同国北部を実効支配したイスラム過激派勢力に対し、旧宗主国フランスが軍事掃討作戦を実施した。過激派は北部主要都市から撤退したが、現在は遊牧民トゥアレグ族の反政府勢力「アザワド解放国民運動(MNLA)」が北部で勢力を広げている。

<マリ>民族対立激化 黙認の仏軍に市民抗議(2013/06/08)

 【ヨハネスブルク服部正法】1月にフランス軍が介入してイスラム過激派を北部の都市部から追い出した西アフリカ・マリで、政権を握る多数派の黒人と北部の遊牧民トゥアレグ人との対立が激しくなってきた。5日には仏軍介入後初めて、マリ政府軍とトゥアレグ人の民族主義武装組織が交戦。黒人側はトゥアレグ人を「過激派の協力者」と不信感を募らせる一方、トゥアレグ人には黒人に抑圧されてきたとの思いが強い。民族対立の間で、仏政府は情勢の混乱に頭を悩ませそうだ。

 トゥアレグ人による国家の分離・独立を目指す武装組織「アザワド解放民族運動(MNLA)」は昨年4月、首都で起きた軍事クーデターの混乱に乗じ、イスラム過激派と協力して北部を制圧、独立を宣言した。

 しかし、MNLAはその後、イスラム過激派に都市部を追い出され、今度はイスラム過激派が北部を支配下に置いた。イスラム過激派の勢力拡大を懸念するフランス政府は、1月に軍を介入させ、マリ政府軍などとともに北部の都市部から過激派を放逐した。

 ところが、過激派が撤退した北部の要衝キダルにはMNLAが入り込み、政府軍も立ち入れない状態が続く。フランスへの協力姿勢を示すMNLAに対し、仏軍は動かず、事実上MNLAの管理を黙認している。

 一方、黒人の間にはトゥアレグ人全体を敵視する感情が広がっている。一連の混乱を招いたのがMNLAである上、イスラム過激派の主要グループの中にもトゥアレグ人主体の組織があるためで「もう共には暮らせない」(中部ディアバルの男性)、「MNLAも過激派も一緒」(首都バマコの男性)との声が強まっている。

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最終更新:2014年08月10日 20:44