0030:赤木晴子について ◆eOk8ASmJiQ





「……あまりうろうろするんじゃあない。大人しく座っているんだ」
窓辺から外の様子を窺っていた赤木晴子は、背後から声をかけられ、素直に腰を下ろす。
「……すいません」
男は、答えない。腕を組んだまま目を閉じ、壁にもたれた姿勢を崩さない。休息を取りながらも、警戒の糸を、張り巡らしている。
沈黙が流れる。囲炉裏にくべた薪の爆ぜる音だけが、周囲の土壁に響いている。
(お兄ちゃん……心配してるだろうな)
ゆらゆら揺れる火を見つめ、晴子は兄を思い浮かべた。いつも守ってくれた兄はしかし、傍にはいない。
(桜木君に三井さん、無茶してなきゃいいけど……)
自分と同様に名簿に名を連ねた彼らの無事を祈り、晴子は目を閉じた。
脳裏にふと、男性の顔がよぎる。精悍な、でもどこか眠たげな、不思議な眼をした顔。
瞼の裏に映る顔は、この異常時でも普段と変わらない人のものだった。それが嬉しくて、晴子は笑みを浮かべた。
(――流川君。どこにいるんですか?)

――あの時。
大広間から、次々と『参加者』達が飛ばされて行った時。
恐怖に震える自分の腕を握っていてくれたのは、誰であろう流川楓その人であった。
普段なら、卒倒してしまう程に歓喜すべき事態。この悪夢じみた瞬間に、感謝すらした。
いつも通り無愛想で素っ気ない表情のままだったけれど、掌の温かさが、ただ嬉しかった。

「死んでも、いい」

普段なら、きっとそう口走っていただろう程に。
けれど、仮初の幸福は短かった。ルーチンに沿って、冷たい声が晴子の名前を読み上げる。
指を離すことの出来ない自分に、流川は軽く頷いた。
「心配するな」と言っている。晴子はそう感じた。
ひょっとしたら、「離せドアホウ」だったのかも知れないけれど……晴子は、それだけで涙をこぼした。
だって、いつも彼は、私を、チームを、その無表情のまま救ってくれたのだから。だから私は、大丈夫。

浮遊する感覚の後、闇の中に放り出された。目の前には、古い農家の母屋があった。
一も二も無くその戸を開く。鍵はかかっていない。
「お、おじゃ、おじゃまします」
後ろ手に戸を閉め、家の中に上がり込む。なるたけ隅の方に居よう、誰か来ても見つかり難いように。
土足で上がるのは気が引けたが、かと言って万が一を考えると靴を脱ぐ訳にもいかず、膝をついて四つ足でスリスリと畳の上を進む。

しかし、目星をつけた場所に辿り着く前に、晴子の体は背後にグイと引き寄せられた。
首筋を握られ、無理矢理に上体を引き起こされたのだ。まずい。身動きが取れない。
冷たい声が降り注ぐ。

「俺は今からお前に質問をする。一度しか言わない。
 答えなかった時、或いは答えてもそれが俺の望む答えでなかった時、その時はこのまま、お前の首をへし折らせてもらう」

……とんでもないことを言われた。晴子の顔面が急速に蒼白になっていく。
「いいか、それでは質問だ」

何?何を聞かれるの?何と答えればいいの?

「お前は、ゲームに乗る気はあるか?」
……予想に反した質問だった。意図が、読めない。
乗る?ゲームに、乗る?それはつまり、主催者達の命令通り、殺し合うか、ということか。
「……いいえ。わ、私は、そんなこと、し、し、したく、ない、です」
搾り出すようにそれだけ何とか口に出した。偽らざる率直な気持ち。やろうと思っても、そんな事、出来ようはずもない。
首筋にかかる力は、変わらない。男が再び声をかける。
「では二つ目の質問だ。お前はこのゲームで、死んでしまうつもりなのか?」
首筋に当てられた掌の感覚。あの時の、流川の掌が思い出される。
死ぬ?私が?流川君にも桜木君にもお兄ちゃんにも二度と会うことなく、首を折られて、死ぬ?
………!
それは、それだけは、絶対に……嫌だ!強い感情が、胸の奥で弾ける。
「死に、ません!死にたくない、です!死なないです、私は!私は、皆の、い、る……!皆のいる!湘北高校に絶対、絶対、帰ります!」
「そう、か」

スッと、首筋にかかっていた力が緩められた。

「『無闇に殺したくない』『死にたくもない』……『故郷に、帰りたい』」
そう呟いた男性の声には、先刻までとは打って変わって、人を安心させ得る響きがあった。
「『年齢』も、『性別』も、『人種』すら違うようだが……その三つの点で、俺と君は『同一』だ」
長身の、あちこちに『ジッパー』の付いた奇妙なスーツを着たその男は、晴子に向かって深々と頭を下げた。
「警戒していたとはいえ、非礼を詫びたい。痛い思いをさせてすまなかった。
 俺の名前は、ブローノ・ブチャラティ。イタリアのネアポリスで、どうしようもないゴロツキをやっている。『ギャング』だ」
「ギャ、ング、ですか」
男の明け透けな物言いに、体の緊張がほぐれていく。
この人は、信用できる。何故か晴子は直感していた。
過去にどんな事があったのだとしても、その人が本当はどんな人なのか、目を見れば分かる。
三井さんの目に似てる。桜木君も、本当に時々だけど、こういう目をする時がある。それに――流川君だって……
「赤木、晴子と、言います。えと、高校一年生です」
晴子は、仲間達に似た目をしたイタリアのギャングに向かって、深々と頭を下げた。




【岩手県(1日目)/深夜~黎明】

【チームおかっぱ】
【赤木晴子@SLAM DUNK】
 [状態]:健康(休息を取りながら、夜明けを待っている)
 [装備]:不明
 [道具]:支給品一式
 [思考]:ブチャラティと行動を共にする。流川、桜木、三井を探す。

【ブローノ・ブチャラティ@ジョジョの奇妙な冒険】
 [状態]:健康(警戒しながら、夜明けを待っている)
 [装備]:不明
 [道具]:支給品一式
 [思考]:生き残り、故郷に帰る。


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最終更新:2024年08月13日 09:16