0059:妖艶の妖狐 ◆lEaRyM8GWs





「つまり君は殺し合いなんてやめてみんなで協力してこのエレガントなゲームを脱出しようと?」
「もちろんだ!」
趙公明は不敵な笑みをたたえながらカズキを見た。
見慣れない服を着た人間の少年からは、いくつもの死線を潜り抜けたと思われる強さを感じる。
だがあまりにも未熟、ハッキリ言って自分の敵ではないだろう。
「フフフッ、君の勇気には敬意を表するがお断りするよ。
 せっかく鍛えた力なのだから今ここで使わずしてどうするというんだい?」
「力は人を守るためにある! 殺し合いなんかに使っちゃ駄目だ!!」
「君とは話が合わないようだな、邪魔だから引っ込んでてくれたまえ」
趙公明は手の内で如意棒をクルリと一回転させると、棒先をカズキに向けた。
「伸びたまえ如意棒!」
赤い光を放ち矢のような速度で伸びる如意棒が、正確にカズキの首を狙う。
慌ててドラゴンキラーで受けようとした刹那、風の刃が如意棒を弾いた。
打神鞭を構えている魔性の美女は風を操りながら趙公明とカズキの間に入る。
「何の真似だい? 妲己」
「あはん。趙公明ちゃんには悪いけど、わらわはこの坊やの側につくわん。
 あなたなら知ってるでしょうけど、わらわは元の世界に戻ってジョカ様に協力しないといけないの。
 太公望ちゃんにもやってもらう事が残っているし、優勝して一人だけで帰っても仕方ないわん」
「太公望君か。彼とこの世界でゴージャスな戦いを繰り広げるのも悪くないね」
「悲しいわん、殷ではあんなに仲良くしていたのに、今はすっかり平行線ねぇ」
妲己はわざとらしく頬を涙で濡らしながら大気を練る。
仙道以外が使えば体力を大幅に消費する宝貝だが、妲己は仙道の中でも最強クラスの実力者だ。
いかに力を制限されたこの世界においても、打神鞭程度の宝貝を操るなど造作も無く、体力の消耗もほとんど無い。
しかし、打神鞭の威力が元の世界より大幅に落ちている今、趙公明を相手にどこまで戦えるだろうか?
あの如意棒という武器は非常に丈夫で伸縮自在、武器の扱いに長ける趙公明に持たれていてはやっかいだ。
カズキという少年と二人がかりでかかれば追い詰める事はできるだろうが、半妖体になられては返り討ちにあうだろう。
(ここは逃げた方がよさそうねん)
「逃がさないよ」
妲己の考えを読んだ趙公明は如意棒を振りかざして飛び掛ってきた。
「危ない!」
カズキは妲己を押しのけドラゴンキラーの刃で如意棒を弾く。
なかなかよい反応に趙公明は小さく笑った。
「ハハハ、暇つぶし程度にはなりそうだよ!」
趙公明はさらに攻撃を続ける。
真っ直ぐに顔を狙って突き出した如意棒をカズキに首だけ倒して避けられると、
そこから手首のスナップを利かせて横薙ぎに首を打つ。
威力こそほとんど無いもののバランスを崩してしまったカズキは倒れまいと踏ん張るが、腹部に趙公明の膝が叩き込まれる。
内臓を揺さぶる衝撃にカズキの視界が一瞬混濁する。
趙公明は続けざまに脳天へ如意棒を振り下ろそうとして、力いっぱい後ろに飛んだ。
刹那、趙公明のいた位置を鋭い輪状の風が切り裂く。
「あはん! わらわを忘れないでねぇん」
「さすがに二人相手じゃ分が悪いかな?」
互いに余裕の笑みを崩さないまま対峙する最強の仙道。
妲己は打神風を何発も連続で放つが、趙公明はそのすべてを如意棒で弾き飛ばした。
弾かれた風の刃は近くにあった建物の壁にぶつかり、傷ひとつ作る事無く霧散する。
「どうしたんだい妲己? 何やら奇妙な制限を受けているとはいえ、そんなそよ風しか起こせないのかな?」
「何なら趙公明ちゃんも宝貝を使ってみたらん? 悲しいくらい弱体化してるわよ」
「という事は、この棒を支給された僕はラッキーだったという事かな? そら、伸びるのだ!」
伸ばした如意棒を巧みに操り、勢いをつけた一撃を妲己の頭上に振り落とす。
妲己は軽やかに地を蹴って如意棒を避けると、カズキのかたわらに着地した。
「そういえばお名前をまだ聞いてなかったわねん。私は妲己ちゃん、向こうは趙公明ちゃんよぉん。あなたは?」
「お、俺は武藤カズキ。君達、中国っぽい名前だね」
「中国?」
おや? と妲己は首をかしげた。
ジョカ様の予定によれば、中華人民共和国が成立するのは数千年も後の事だ。
という事はこの少年、自分達のいる時代のはるか未来からこの世界に召喚されたらしい。
「ウフフ、面白いじゃない。カズキちゃん、後で色々お話しましょ」
蟲惑的にささやいた妲己は、カズキの頬を艶やかな指で撫でる。
するとカズキの頬がポッと朱に染まった。年上好きのカズキにとって妲己は非常に魅力的だった。
もっとも、妲己の実年齢が大幅に……という言葉さえ小さく思えるほど上回っているとは夢にも思わなかったが。

「妲己くん、お喋りは終わったかな?」
趙公明は伸びたままの棒を持ち上げ、力いっぱい横薙ぎに払う。
妲己はカズキの頭を地べたに押さえつけて棒を避け、地面スレスレを這う風の刃を放った。
本来の威力には及ばないが、まともに当たれば足に深い傷を負って動けなくなるだろう。
「おっと!」
趙公明は華麗なジャンプをしながら如意棒を縮め、空中でクルリと横に一回転した。
「アン・ドゥー・トロワ!!!」
回りながら再び伸ばした如意棒は十分な速度と遠心力を加えられており、
咄嗟にドラゴンキラーの甲で防いだカズキは自分を押さえていた妲己もろとも1メートルほど吹っ飛ばされた。
「うわっ!」
「キャアン!」
地面に倒れ身体に埃がついた事に苛立ちながら、妲己は頬に冷や汗を垂らしてた。
「さすが趙公明ちゃん……初めて使う武器なのにあそこまで使いこなすだなんて……」
「アハハハハ! 僕はゴージャスな戦いを演出するために様々な武器の扱いを習得しているのだよ!!」
着地した趙公明はすぐさま如意棒を縮め、伏したままの妲己とカズキに肉薄した。
接近戦じゃ分が悪いと妲己は逃げようとするが、さっきの衝撃で身体を上手く動かせない。
「さあ妲己くん! 年貢の納め時だよ!!」
「くっ……!」
敗北の予感に妲己は怒り、打神鞭を握り締めた。今さら風を撃っても趙公明の接近は止められまい。
せめて一矢報いてやろうと、相討ち覚悟で打風輪を生み出す。
だが妲己が打風輪を放つタイミングを見計らっているその時、カズキが吼えた。
「ウオオオオオオオオオオオ!!」
気力で立ち上がったカズキはドラゴンキラーを力いっぱい振り上げ趙公明に向かう。
普通の人間かと思ったが、身体能力は天然道士ほどではないにしろ常人離れしているらしい。
予想外の事態に趙公明は笑う。思ったより楽しめそうな相手じゃないか、この少年は。
(今だわっ!!)
喜悦に意識が傾いた刹那の瞬間、妲己は打風輪を趙公明目掛けて撃ち出した。
打風輪とドラゴンキラーの同時攻撃。
完璧なタイミングで放った妲己の一撃は、カズキの攻撃が到達するのと寸分たがわず趙公明を襲うだろう。
今さら立ち止まれない、避ける暇も無い、防げるのは片方だけだ。
だが趙公明は斜め下に如意棒を突き出し叫んだ。
「伸びろ!」
コンクリートの地面に接してなお伸びる如意棒に身体を持ち上げられた趙公明は、
走っていた勢いを殺さず棒高跳びの要領で飛び上がろうとしていた。
これなら両方の攻撃を避けられる。妲己は作戦の失敗を悟りながら、よろよろと立ち上がる。
「フハハハハ! 残念だったね妲……」
高笑いをする趙公明の左足に突然熱い感触が走る。
カズキのドラゴンキラーが趙公明の足に小さな傷を負わせたのだ。
如意棒に上空へ持ち上げられながら趙公明は感嘆する。
ただの人間かと思ったら、妲己の協力があったとはいえこの自分に傷を負わせるとは!
「ハハハハハ! カズキくんだったね、素晴らしい!」
全力で走っていた勢いが強かった事と、感動によって一瞬我を忘れたため必要以上に伸びた如意棒のせいで、
趙公明は予定していたよりも高く遠くへ飛んでしまった。
それを好機と見た妲己はカズキに向かって駆け出しながら、打神風を着地地点に向けて放つ。
「むっ」
風の刃を逃れるため趙公明はさらに如意棒を伸ばし刃が通り過ぎるのを待たなければならなかった。
その隙に、妲己はカズキの手を取って全力疾走する。
「しまった……」
打神風をやりすごした趙公明が着地した時にはもう、妲己とカズキは建物の陰に入っていた。
慌てて後を追う趙公明だが、結局二人の姿は見つからずじまい。
「フフフ……カズキくん。この借りは必ず返すよ……エレガントなゲームの中で!」



中国三大怪奇小説の中でももっともマイナーとされる『封神演義』をカズキは知らなかった。
超有名な妖怪、金毛白面九尾の狐の伝説も、中国から日本にそういう妖怪が来たという程度の知識しかない。
だからこの妲己という女性が何者なのか、名前を聞いても気づけなかった。
妲己が紀元前の中国から来た仙女であり、自分同様ゲームを脱出しようと思っている。
それだけ分かれば十分だとお人好しなカズキは思った。

大阪の街を縫って逃げた二人は、大阪郊外にある民家で身体を休めていた。
同室のベッドに妖艶な妲己と並んで腰掛けている現実に、カズキは緊張を覚える。
本当に古代中国から来たのかという際どい水着のような衣装は、仙女だからという理由で無理矢理納得した。
「あはん。よかったらカズキちゃんの事、詳しく教えてもらえないかしら?
 人間にしてはずいぶんと体力があるみたいだし、あなたの時代の人間はみんなそうなのん?」
「そうじゃないよ。俺は錬金の戦士の特訓を受けてるんだ」
カズキから情報を引き出しながら、妲己は時折うぶな少年の手を握ったり、
腕に胸が当たりそうなほど寄り添ったりと、巧みに少年の心を揺さぶる。
スーパー宝貝傾世元禳があればもっと簡単に誘惑できるが、傾世元禳が支給されているとは限らない。
しかしそれでも妲己は男を誘惑する術を学びつくしていた。
こういう純情そうな少年はあからさまな色仕掛けより、こういった何気ない仕草の方が効果的。
カズキはともに趙公明と戦った事もあって、妲己に心を許しつつあった。
少なくとも、妲己の本性を知るまでは全力で彼女の力になってくれるだろう。

「ねぇねぇ、よかったらあなたの時代の事や中国の歴史を知ってる範囲でいいから教えてくれないかしらん?」
「うっ、うん。でも中国の事はあまり詳しくないなぁ。日本史なら普通の高校生レベルの話は出来るけど……」
「わらわはこの国の事をよく知らないわん。地理でも歴史でも教えてちょうだい」
妲己はカズキの肩にそっと自身の頭を預けた。
美女の甘い香りがカズキの鼻腔をくすぐり、心臓が早鐘のように脈打つ。
……否。脈打っているのは心臓ではなく、武装錬金を封じられた黒い核鉄だった。
その真の力を秘めたまま、静かに開放の時を待つ魔性の金属。

恐らく過酷な未来が待っているだろうカズキだが、今は妲己とともに一時の安らぎを得ていた。
その安らぎさえ偽りを孕んだものだと知らず……



 【黎明】
【大阪難波】

 【趙公明@封神演義】
 [状態]:左足に軽傷。
 [装備]:如意棒@DRAGON BALL
 [道具]:荷物一式
 [思考]:1:エレガントな戦いを楽しむ。太公望、カズキを優先。

【大阪郊外の民家】
 【蘇妲己@封神演義】
 [状態]:軽度の疲労
 [装備]:打神鞭@封神演義
 [道具]:荷物一式
 [思考]:1:カズキと一緒に夜明けまで休む。
     2:どんな事をしてもゲームを脱出し元の世界に帰る。可能なら太公望も連れて戻る。

 【武藤カズキ@武装錬金】
 [状態]:軽度の疲労
 [装備]:ドラゴンキラー@ダイの大冒険
 [道具]:荷物一式
 [思考]:1:妲己と一緒に夜明けまで休む。
     2:ゲームを脱出するため仲間を探す。斗貴子、ブラボー優先。
     3:蝶野攻爵がこの状況でも決着をつける気なら相手になる。
     4:ゲームから脱出し元の世界へ帰る。


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008:運命の舞台 趙公明 101:京都観光しようかな
008:運命の舞台 蘇妲己 063:妲己ちゃんと愉快な武藤達
008:運命の舞台 武藤カズキ 063:妲己ちゃんと愉快な武藤達

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最終更新:2023年10月16日 22:15