0070:彼の者の名は伝説の
きりきりきり。きりきりきり。
鈍い痛みが何かを削る。
かりかりかり。かりかりかり。
鋭い痛みが何かを動かす。
望まぬほうに。望まぬほうに。
―――――誰もが忘れたあの闇に。
目覚めた彼が初めに認識したのは、手足の感覚すら曖昧にするほど重い空気と、
ともすれば天地の差すら分からなくなるほどに果てしなく広がる闇だった。
状況としては、白と黒の違いこそあれ、彼が良く知るあの部屋に酷似している。
もしこれが幼かったころの彼であれば、この状況に狂乱するのに五分もかかりはしなかったろう。
だが、今の彼にそんな様子は微塵も感じられない。
あの頃から、彼は肉体的にも精神的にも大きくなったのだ。並大抵のことでは動じないほどに。
(――――?)
彼は両手を頭上に伸ばしていつも起きるときのように大きく伸びをした。
これは儀式だ。真っ暗な闇の中で、それでもいつもやってくる朝を迎えるための。
(なんだ、これ…オラ、夜まで寝ちまったのか?)
彼らに一度眠ったほうが回復が早いと言われて素直に寝たのは確かだ。だが、そんなに長く眠ったつもりは無いのだが。
あれほど全身を刺されたというのに、全身は痛みも無くすこぶる軽い。
ただ、あの男に殴られた後頭部が僅かに鈍く痛むだけだ。
心中で首をかしげ、
孫悟空はそこにあるのかどうかもはっきりしない床に手をついて立ち上がった。
闇の向こうにじっと目を凝らし、気のアンテナを張り巡らす。
かつては厳しい自然の中で一人生きてきた野生児であり、
今では卓越した戦闘技能を持つ武道家である彼は、厳しい修行の中でその五感、そして第六感を限界まで高めている。
だが、闇夜の密林をかける猛獣をいとも容易く捉える彼をしても、この闇の中から光を拾い上げることはできなかった。
(おかしいな…パオズ山の夜でも、ここまで暗く静かにはならねぇぞ…)
強いて言えば宇宙船の窓から覗けた光景が最も近かったが、
それにしてもまばらな星々が彼の目を楽しませてくれたものだ。
(どうもどこかに閉じ込められたみてえだな。じゃ、とっとと出口を探さねえとな)
ただでさえ自分たちは殺し合いの舞台のど真ん中にいる。早々に状況を打開せねばなるまい。
それに、自分を手当てしてくれていたはずのあの一人と一匹のことも気にかかる。
早々に結論を出した彼は、気を引き締める意味も込めて胴着の帯を締めなおし、新たな方角を調べようと振り返り、
そこに見てはならないものを見つけてその場に立ち尽くした。
「――――――おい、なぁ。冗談、だろ?」
不用意に音を立てることが危険に直結するのを熟知していたはずの彼だったが、
口が勝手に震える言葉を発するのを止めることはできなかった。
暗闇の中、そこだけがスポットライトを浴びたかのように青白い燐光に包まれている。
彼には分かる。
尾を無くせども、彼の身体に流れる貴種の血は、あの魔力を血球のひとつ血漿の一滴にいたるまで覚えている。
あれは、月の光だ。
月など何処にもないが、それでもアレを包んでいるのは禍々しい月光だ。
「――――っく、えっく……じい……ん」
小さな影が、あるはずの無い月光の下で滑稽な悲劇を演じていた。
汚れた顔の少年。ぐずぐずと崩れる軟らかな塊をもてあまし、一見泥遊びでもしているかのように見える。
掬っては崩れ、形を成しかけては崩れ、賽の河原の子供のごとくそれを延々と繰り返す。
濃厚な血の匂いと、死臭。彼がずっと記憶の奥底に押し込んでいた、そしてあまりにも忘れ難い光景だった。
「――――――っ…」
彼の目の前で、小さな少年は顔を汚れた手で覆い肩を震わせていた。
だが、その手指の間からぱたぱたと零れ落ちる液体が涙だったのかそれとも血だったのか、彼にはもう思い出すことはできない。
分かるのは、誰より好きだった祖父であった人間が、月の光の下で物言わぬ崩れた肉塊と化した事実のみである。
「…………」
彼は首を振って過去の幻を追い出そうとし、それが不可能だと悟ると踵を返してその場を立ち去ろうとした。だが、
「なぁ、何で逃げるんだ?」
声がかかった。誰が誰に発した言葉なのかは、考えるまでも無い。
彼が見えない手に頭を掴まれでもしたかのように慌てて振り向いた時、すでにそこにいた過去の自分は消えうせていた。
「オレが、何か悪いことでもやったっていうのか?」
「――――――!?」
彼が声に反応するよりも、相手の手のほうが数瞬早かった。
背後から首を掴まれ、そのまま宙に吊り上げられる。
「か、はっ――――!」
驚愕のあまりに声が出せない。別にいとも簡単に背後を取られたからという訳ではない。
その声が、彼にとってあまりにも聞き慣れすぎたものだったからだ。
悟飯のものに、似ていなくもない。だがもっと低い声。
後頭部の傷がずきん、と痛む。
背後の声は悪びれた風も無く淡々と言う。
「だってさ、早いとこ全部終わらせて帰らねえとさ」
「チチに怒られるから。チチは結構厳しいらしいんだ」
―――分かってる、チチが自分を待っていることぐらい言われなくても分かってる。
暴れる四肢が空しく宙を切る。
―――きっとチチは怒ってる以上に悲しんでいる。早く帰って無事な姿を見せてやらなければ。
―――だから離せ、この手を離せ。
だが影の次の言葉が、彼の思考を抵抗することすら忘れるほどの混乱の只中に突き落とした。
「アニだってもうそろそろ帰ってきてる。早く帰らねえと、絶対『遅い!』っておかんむりだ」
―――アニ?兄貴って………あのラディなんとかいう…?
―――待てよ、こいつの兄貴だろ?オラ、何を勝手に自分のだと間違えて…
―――いや、違う、こいつは、こいつはオラの
―――こいつが、オレの
彼は混乱する思考を何とか整えようと、頭を押さえて首をぶんぶんと振った。
「――――つっ!」
後頭部の傷がまたひとつ刺すように痛む。どうやら本当に打ちどころが悪かったらしい。
痛みに思わず閉じてしまった目をゆっくりと開けてみれば、
彼の右手には全身血で濡れそぼった少年がぶらんとぶら下がっていた。
「????」
一瞬、彼には状況が飲み込めない。
きょとんとした目でそろそろぐったりし始めた少年を見つめる。
泣き喚くこいつを黙らせたのは自分で。その自分に吊り上げられたのは自分で。
祖父を踏み潰したのはオラで。大猿の本能に呑まれながらも、足の下でひとつの命が消えた感覚に陶酔したのはオレで。
(いや、何でこいつがオレなんだ?地球人の一人や二人死んだぐらいで泣き喚いているこいつが?)
球形ポッド内の備え付けの学習マシンは、彼に、
彼の父が下級戦士ながらもエリート戦士をも凌ぐほどの勇猛果敢さを持つ男であることを教えてくれていた。
もちろん、自分の任務の事も。
(何やってるんだオレ、しっかりしろ。親を踏み超えていくのがサイヤ人だろ)
(早く任務を終わらせて母星に帰還しないと、王からお叱りを…)
腕にちくりと痛みを感じた。
見れば最後の抵抗か、いつのまにか彼の手を振り解いていた少年が彼の腕にしがみついて爪を立てている。
無論のこと、筋肉の鎧で覆われた彼の腕は、子供の握力で傷つけられはしない。
だが、彼にとってこの少年が邪魔なことには違いなかった。
少年の額にぴたりと手を当てる。
「おい、邪魔すんな。オレは今から地球人をこ…」
少年はエネルギー弾を突きつけられながらも、必死の目で彼を見上げ、そして声ならぬ声で叫んだ。
――――違う!
「な、に…!?」
ずぐん!
「ぐがぁあぁあぁぁぁぁああああああぁぁぁぁあああっ!」
瞬間脳髄を引き裂かんばかりの激痛が襲い、彼は獣のように絶叫した。
少年を放り出し両手で頭を押さえる。
放り出された少年は即座に闇に溶けてほどけるように掻き消えた。
―――違う、違う!
だが、声が消えたわけではない。
彼を苦しめる声はいまや彼の頭蓋の内側から聞こえてきている。頭の中で割れ鐘のようにぐわんぐわんと反響を繰り返す。
痛みと混乱に耐え切れず、サイヤ人の戦士たるカカロットはとうとうその場に倒れ臥した。
「な……んだ、よ、お前……」
違う、違うと壊れたテープレコーダーのように繰り返す声が、彼の思考を津波のように飲み込んでいく。
「違う、て…………なに、が」
その疑問に声が答えを出す前に、彼は意識をあっさりと手放した。
「おい!」
「おいったら!」
彼にとっては引き裂くべき獲物の鳴き声が聞こえる。
そして彼にとっては馴染みのある友人の声が聞こえる。
「おーきーろーよー!悟空!」
「………う?」
目を開けば、そこにはコテージの天井。
「夢、か」
常日頃よほどのことでは憔悴や動揺を表に出さない彼としては珍しく、その声は明らかに揺れていた。
「ひでえ夢みたもんだ」
日の光が燦燦と差し込んでいた。あの戦いから、どうやらそう長く時間がたったわけではないらしい。
日光のまぶしさに目を細めた悟空の視界に、麦わら帽子の少年がいきなりにゅっと顔を出した。
「おーおきたおきた。いーやー、ずいぶんうなされてたんだぜ?」
旧知の声と聞こえたのは、実際はこの少年の声だったらしい。
そういえば、最初に彼のもとに駆けつけたのも、ルフィの声を
クリリンの声だと勘違いしたからだった。
木の床に手をついて上半身を起こす。全身を苛む痛みは、当初と比べれば少しはましになっていた。
怪我のほとんどが鋭利なクナイによる傷だったのがまた幸いしたようだ。
悟空はルフィに、安心させる意味も込めて一つ頷いて見せた。
悟空が今度こそ『大丈夫』そうなのを見て取ると、ルフィは自分の荷物に手を突っ込んでごそごそとやり始めた。
「悪いけどさ、包帯とかなかったから服使わせてもらったぜ?」
見れば、多数の傷には、不器用ながらも止血用に長い布が巻かれている。
その代わり、彼の胴着は破かれてすっかり無くなっていた。
「ウキウキウキーウキー!ウッキッキー!
(訳:こいつ不器用だからさ、そんだけの布作るのに無駄が多いのなんのって。本当は上半身ぐらいで済んだはずなのによ)」
エテ吉に言われてみてみれば、包帯になるまでの大きさにできなかったらしい青や山吹の布片が、
床にばらばらと散らばっている。ルフィが不器用な手で悪戦苦闘した跡が見て取れた。
悟空が心底すまなさそうな顔になる。
「そっか…いや、いいんだ。いろいろ迷惑かけてすまねえ」
「あーそれでさ。代わりっちゃなんだけどこれ着たらいいんじゃねーか」
ルフィが悟空の目の前に何か人の胴体ぐらいあるものを無造作に放り出した。
次いで深い青色の薄い布と、純白のブーツとグローブも。
悟空の目が大きく見開かれる。
「――――これ」
「ウキーウキウキキッキ?キッキッキ?
(訳:何だよこれ、鎧か?肩とか動きそうにねーじゃねーか、どうやってこんなもの着るんだよ?)」
「これ面白いんだぜー?オレの体と同じみたいに伸びやがんだ。ほーれびよーん」
「ウキキキーウキー!(訳:うお、すげえぇー!)」
軽く眩暈がした。
彼の目の前に放り出されたものは、こともあろうに
サイヤ人の着ていた戦闘ジャケットだった。
「オレは自分の体がこうだからさ、別に着ても意味無いんだよな。てわけで悟空が着てくれよ」
「ウキキーウキー(訳:オレじゃどの道サイズあわねーしな)」
一人と一匹の言葉に背を押されるようにして、彼はのろのろした動きでアンダーウェアを手に取った。
「あ、ああ――――」
頭が痛む。ぎりぎりと痛む。
本当に、よっぽど、呆れるぐらいに、打ちどころが悪かったらしい。
そう、二十数年か前と同じぐらいには。
一匹と一人は、まだ悟空の目の前でじゃれあっている。言葉が通じずとも、通うものはあるのだろう。
元気のいいルフィの声は、やはり何度聞いても彼に
クリリンのことを想起させた。
山吹色の布をひとつひとつ外しサイヤ人の装束に着替えながら、彼は親友の名を心中で繰り返していた。
少年期を一緒に過ごした、かけがえの無い地球人の仲間。
家族もそうだが、彼にとってはこここそが自分の居場所だという認識を与えてくれる貴重な友人である。
それに
クリリンだけではない、ブルマや
ヤムチャもここにいるはずだ。
探し出して、会わなければならない。会って、それで―――
―――『オレ』はどうするつもりなんだろう
「あいよ、水飲むかー?」
「ああ、すまねぇ…」
―――――大丈夫だ、こいつは地球人じゃない。あんなに伸びたり縮んだりする特徴は、地球人にはねえはずだ、多分。
彼は何かを振り払うかのように、ルフィに渡された水を一息に煽った。
きりきりきりきりきりきりきりきり。
鋭い痛みが今まで得てきた何かを削る。
かりかりかりかりかりかりかり。
鈍い痛みがずっと錆付いていた何かを動かす。
狂ったほうへ。狂ったほうへ。
―――――誰もが皆忘れていた、彼のあるべきその姿へ。
【現在地:長野県】
【別荘地のコテージ】
【チーム名=スーパーモンキーズ】
【孫悟空(←→カカロット?)@DRAGON BALL】
[状態]:出血多量、各部位裂傷(以上応急処置済)、重度の疲労
[装備]:サイヤ人の硬質ラバー製戦闘ジャケット@DRAGON BALL
[道具]:荷物一式、支給品不明
[思考]:1とりあえずある程度回復するまで待機。
2クリリンをはじめとした地球人の知り合いを探したい。(会ってどうするかは???)
[備考]:「地球人」に対する攻撃衝動が出始めています。
【モンキー・D・ルフィ@ONE PIECE】
[状態]:各部位に打撲、右肩刺傷、基本的に軽傷、疲労小、空腹。
[装備]:無し
[道具]:荷物一式
[思考]:1食料を探す
2悟空がある程度回復するまで待機。
【エテ吉@ジャングルの王者ターちゃん】
[状態]:無傷、疲労小。(PT内では悟空とだけ会話可能)
[装備]:パンツァーファウスト(100mm弾頭×4)@DRAGON BALL
[道具]:荷物一式
[思考]:1悟空がある程度回復するまで待機。
2ターちゃん達と合流。
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最終更新:2023年11月19日 17:39