0108:暴走列島~衝撃~ ◆z.M0DbQt/Q
“放送”が終了してもしばらくの間、越前と新八は無言のままだった。
脱落者として読み上げられた中にあった、近しい人の名。
「……嘘だろ」
新八の呟きが差し込む朝日に溶けるように消える。
――――”脱落”?銀さんと神楽ちゃんが?――――死んだ?
先程潤したばかりの喉がすでに渇き、ひりひりとした痛みを訴えている。
瞬きを忘れたように見開かれたままの新八の目は、赤く充血し始めていた。
「嘘だろ……」
もう一度無意識に新八は呟く。
だって、昨日……いや、数時間前まではまったくの日常だったのだ。
神楽ちゃんはいつも通りすこんぶを食べてたし、銀さんはいつも通りジャンプを読んでいた。
そりゃあ時々大きな騒ぎに巻き込まれたりするけど――――死ぬなんて。あの二人が。
――――本当に死んだ?
――――なぜ?
――――どうして?
いくつもの疑問と二人の顔がぐるぐると頭の中を回る。
……頭だけじゃない。
目の前の景色もぐるぐると渦巻き……視界がぼやける。
「ちょっと、アンタ……」
少し焦ったような越前の声を微かに認識し、新八の意識は急激に閉じていった。
「ちょっと……!」
急激に顔を青くしたと思ったら白目をむいてひっくり返ってしまった新八に、流石の越前も少しばかり焦る。
……呼吸は、してる。脈もある。
これが正常なのかどうかはわからないけど、生きてることは確かだ。
恐らく高揚していた精神がオーバーヒートしてしまったのだろう。
まぁ、これで強制的に寝かせられたから結果的にはOKかな。
新八の体勢を少し直し、越前は眉根を寄せた。
彼がこうなってしまった原因は恐らく、先程バーンだとかいうジイさんが言っていた脱落者とやらの中に、
新八の仲間である
坂田銀時と神楽の名前があったからだろう。
ここに着いて新八が目覚めてから絶え間なく続けられていた話の中に何度も出てきた彼らの名前は、越前も覚えてしまっている。
――――竜崎。
坂田銀時と神楽と同じように読み上げられた『
竜崎桜乃』の名。
死んだの?アンタ……本当に?
確かにさ、アンタってばトロイし方向音痴だし運動神経も誉められたモノじゃないけど。
こんな、異常なゲームで……本当に?
越前の脳裏で、長い三つ編みが揺れる。
「ウソだろ……」
先程新八が呟いていた言葉を、今度は越前が口にする。
いつも自分を応援してくれた彼女。
なんでだかヘンなヤツラに絡まれることが多くて、助けると「ありがとう。リョーマくん」とはにかむように笑った彼女。
ああ、そういえば、いつかの試合で「がんばってね」ってメモと一緒にポンタを差し入れてくれたの、アンタでしょ?
名前書いてなかったけどアンタっぽいと思ったもん。
脳裏で長い三つ編みが振り返り、困ったように笑う。
「……信じない」
かぶりっぱなしだった帽子のつばを下げ、深くかぶり直す。
――――アイツが死んだなんて証拠はどこにもない。死ぬところや死体を見た訳じゃない。
だから信じない。彼女が死んだなんて。
あんなジイさんの言葉だけで信じられるはずないじゃんか。
だから……自分は当初の目的通りに東京を目指す。
唇を小さく噛み、越前は静かに立ち上がった。
新八に視線を向け彼が眠っていることを確認すると、越前はレストランの外へと出て行った。
信じない、と決めても心底で澱む不安は消えず……外の空気を吸って少しでも気分転換がしたかった。
外に出たところで大きくのびをする。
頭上に広がる青空は元いた世界のモノと変わらず――――越前は再び帽子を深くかぶり直した。
空が白み始めると同時にボロ小屋を出発した
火口卿介は、昨夜と同じように己の幸運に打ち震えた。
しばらく歩くうちに大きな道路に行き当たり、そこに立てられていた標識によって自分の現在地を把握することに成功した。
斬魂刀を握りしめ、大きな道路……山陽自動車道を北上する。
程なくして見えたサービスエリアを覗き込むと……なんと中から子供が出てきたのだ。
昨夜、姫路駅の構内で少女を殺したときのことを思い出す。
たった数度石で殴っただけであっさりと動かなくなったあの少女は、この刀を持っていた。
あの小柄な少年は一体、自分にどんな武器をもたらしてくれるのだろう。
自分の幸運に、口元が緩む。
刀の柄を握り直し、気取られないように回り込む。
レストランから数歩離れた少年は大きくのびをしていた。
レストランの側の植え込みに潜む自分にはまだ気付いていない。
刀を鞘から抜く。
一瞬だ。一瞬で終わる。
満面の笑みを浮かべながら、火口は立ち上がり刀を大きく振りかぶった。
そして――――振り下ろす。
「なんだと?!」
振り下ろした刀は空気のみを切り裂き、火口の目の前にいる少年はキツイ目で自分を睨んでいる。
「なんなの、アンタ?」
淡々とした口調にわずかに苛立ちを含ませた少年は真っ直ぐに立ったままだ。
「どうやってかわしたのかは知らんが……所詮は子供!!」
そうだ。相手はたかが子供だ。
かわされたと思ったのは何かの間違いだ。きっと、目測が狂ってしまったんだ。
「アンタ、馬鹿?」
「なっ?!」
「どうやってかわせたか知らんが、って、影が見えたんだよ」
昇り始めた朝日は、アスファルトに二人分の影を作る手助けをしている。
小馬鹿にしたように小さく笑った少年に、火口はギリギリと唇を噛みしめた。
「生意気なガキめ!!」
再び刃先を上げ、少年の脳天目掛けて振り下ろす。
少年の白い帽子を捉えた、と思った瞬間、その小さな体は火口の視界から消えていた。
「……なにっ?!」
「なんなの、アンタ?」
先程と変わらない口調で少年は立っている。生きている。
「小癪な……っ!」
横凪に刀を振るも、少年は跳ねるように後ろに下がり三度刀身をかわす。
火口は知らない。
少年がテニスの天才であることを。
少年に時速200㌔近い速さのサーブを打つ先輩がいて、それを毎日のように見ていることを。
だから、少年が常人である火口が刀を振り下ろす速さをどうにか見切れることを、火口は知らない。
「……うおおおおおおおおおおおおお――――――――っっ!!」
咆吼をあげ、火口は少年に斬りかかる。
――――このガキは死ななければならない。俺に武器を与え、死ななければならない。
血走った目で刀を振り下ろし、再び振り上げる。
少年がかわす。刀を振る。
少年がかわす。刀を払う。
一方の越前は、少々焦っていた。
自分を襲っているこの男は、間違いなく殺意を持っている。
ついいつもの調子で煽ってしまったが、武器も何も持っていないこちらが圧倒的に不利だ。
逃げようにも荷物もウェイバーもレストランの中だし、なにより店内には気絶したままの新八がいる。
今のところどうにか刀はかわせるが、それだってギリギリなのである。
このままかわし逃げ続けて体力を消耗させるって手もあるが……
「まったく……」
ここにラケットとボールがあれば話は早いのに。
頭がおかしいとしか思えないこのオッサンにボールを打ち込んで、気絶させることだってできるのに。
心の中で舌打ちをし、越前は左肩目掛けて振り下ろされた刃を右に上体を開いてかわす。
そのまま突っ込んでくる男を右足を出して待ちかまえる。
「ぐおっ?!」
お約束のように越前の足に引っかかった男は、よろめきながらも倒れはしなかった。
だが男のズボンのポケットから小さなカプセルが転がり出る。
ボンッと音を立て、カプセルが開く。
カランとその場に落ちたのは一本のテニスラケットだった。
自分の使うソレよりも少し小振りなソレは――――
「竜崎の……」
越前の脳裏でまた、長い三つ編みが揺れる。
いつまでたっても膝は伸びすぎだし肘は曲がりすぎだし髪は長すぎだし……
でも、最近ちょっとマシになってきた彼女が振っていたラケット。
3ヶ月ほど前に買ったばかりだったそれはすでに新品ではなくなっていて、彼女が毎日一生懸命に素振りをしてきたことがわかる。
そのラケットを、なぜこの男が……
――――――――まさか。
「アンタ、どこかで俺と同じ年くらいの女の子に会わなかった?髪の毛を二つに縛ったヤツ」
足を引っかけられた事を怒っているのか、男の表情は鬼気迫るモノがある。
「女の子だと?」
男の口元が、歪む。
なんだかやけに楽しそうだけど……頭イッちゃってるんのかな。
「そういえば、昨夜俺が殺した女の子も二つに縛ってたっけな」
くぐもった笑い声とともに吐き出された言葉は、越前を金縛りにかけるには十分な力を持っていた。
「……!!……嘘だ」
絞り出した声が少し震えたのを自覚し、越前は唇を噛む。
竜崎を……殺した?このオッサンが?
「嘘だ」
はっきりと、自分に言い聞かせるように口にする。
信じない。俺は信じない。
こんな馬鹿げたゲームでアイツが死んだなんて、俺は信じない――――!!
震える拳を握りしめ、越前は鋭い目で刀を構える男を見据えた。
対する火口は、少年が呟いた名を聞き逃さなかった。
『竜崎』
その名には聞き覚えがある。
確かあの目覚めた大広間で主催者に質問をしていたLを、側にいた青年がそう呼んでいなかったか?
竜崎というのは、もしかしてLの本名なのではないか?
だとすると、このガキはLの本名を知っている?!
火口の口元が再び幸運に緩む。
通常時の火口なら、先刻流れた放送の中にあった『
竜崎桜乃』の名を記憶に留めていただろう。
だが今の火口は目の前の幸運に我を忘れていた。
「簡単だ。このガキからLの本名を聞き出しデスノートを手に入れる。Lの顔はすでに知っているんだ。
殺すのは簡単だ。そしてこの俺が……」
「なんだか楽しそうなトコ悪いんだけど、ソレ、返してくれない?」
幸運を噛みしめる時を邪魔され、火口は口元を引きつらせる。
少年の視線の先にあるのは、自分に支給されたテニスラケット。
「ふんっ!」
ガット面を足で踏みつぶし、火口は笑う。
「ガキ、Lの本名を教えろ」
「言ってる意味がわかんないんだけど。それよりもソレを踏まないでくれない?」
はっきりと怒りの滲む少年の声に、火口は笑う。
「Lの本名を教えろ。そうすれば命だけは助けてやってもいい」
嘘だけどな。聞き出したら速攻で殺してやる。
心中で少年を嘲笑い、火口は少年を見下ろす。
目の前の生意気なガキは、燃えるような目で自分を睨み付けている。
――――ああ、やっぱり自分は運がいい。
こうやって子供という楽な獲物に巡り会えただけではなく、Lの本名まで知ることができるとは。
己の幸運に、火口は一瞬だけ空を仰ぐ。
――――それが、文字通りの命取りであった。
「うわあああああ――――!!」
悲鳴ともつかない大声を聞くと同時に、火口の後頭部に鈍痛が走った。
視界が揺らぎ、火口はその場に膝をつく。
「何だ……?」
振り返った火口の目に映ったのは、メガネをかけた少年と彼が振り上げる椅子。
真っ直ぐに振り下ろされた椅子が火口の額を割り、流れ出た血が視界を赤く染めていく。
なんだこのガキは?もう一人いたのか?どこにいたんだ?
混乱した思考のまま刀を振り上げようとし、再び感じた鈍痛にその柄を取り落とす。
……こんな所で倒れるわけにはいかない。
せっかくLを殺す手がかりを手に入れたのに。
せっかく想像も付かないような栄光を手に入れるチャンスなのに。
こんな……ガキのせいで……
「俺にはまだ……やることが……」
「うわあああああ――――!!」
火口の声をかき消すように、メガネの少年は叫び続ける。
飛び散る血を物ともせず、メガネの少年は振り下ろし続ける。
鈍痛はやがて遠のいていき、火口の視界が赤味を増していく。
そして――――――――
【兵庫県/山陽自動車道のサービスエリア/朝】
【志村新八@銀魂】
【状態】中度の疲労、全身所々に擦過傷、特に右腕が酷く、人差し指・中指・薬指が骨折
【装備】血まみれの椅子
【道具】荷物一式、両さんの自転車@こち亀
【思考】1:越前を助ける。精神錯乱中。
【越前リョーマ@テニスの王子様】
【状態】健康
【装備】なし
【道具】荷物一式(半日分の水を消費)、サービスエリアで失敬した小物(手ぬぐい、マキ○ン、古いロープ
爪きり、ペンケース、ペンライト、変なTシャツ)、ウェイバー@ONE PIECE
【思考】1:目前の光景に半茫然自失
2:情報を集めながらとりあえず地元である東京へ向かう。
3:仲間との合流。竜崎桜乃の死は信じない。
【備考】火口の荷物一式は植え込みに隠してあります。
【火口卿介@DEATHNOTE 死亡確認】
【残り 111人】
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最終更新:2024年08月15日 06:56