初めての朝…兵庫県西部の森で両津もまた、あの忌まわしい放送を聞いていた…
「ぶっ、部長が死んだ?」
信じられないというような顔をして両津は叫ぶ。
その眼には一筋の涙がこぼれ落ちていた…
15年以上付き合ってきた仲だ。普段は喧嘩ばかりしているがやはり両津は大原を尊敬していた。
しかし…深い悲しみに暮れているのは彼一人だけではなかった。
鵺野鳴介。彼もまた、大切な生徒を失って悲しんでいるのだった。
話は数時間前に遡る。
BR参加者の中でも1、2を争うほど戦闘力が低い少女達。郷子とリン。
彼女達の反応が消えた。
スカウターも万能ではない。戦闘力と位置は分かるが顔までは確認できない。
故に鵺野には生徒の死が信じられなかった。
最初に両津に言った言葉も二分の一の確率に賭け、広島から近い兵庫県と言ったのだ。
もう一つの反応も大阪と、比較的近い場所にあったが、
(何かの間違いだ。郷子が死ぬはずが無い。)
そう信じていた。あの放送が流れるまでは。
放送時、駆け足で移動していた両津達は既に兵庫県に到達していた。
そして、死亡者の中に
稲葉郷子の名が読み上げられると、彼は血の気が引き、両手を地面につき、しばらくの沈黙の後、大きな声で泣き始めた。
大事な生徒の死。これまでの人生のなかでも最大の受難。今、彼の心を支配しているのは、憎しみではなく悲しみ。
両津の場合、仕事柄同僚の死というものは何度か経験したことがある。
故に今回の大原部長の死も彼の精神に少なからず影響を与えたが致命傷ではない。
しかし、鵺野の場合は違う。自分の命より大切な生徒を失ったのだ。
彼自身の精神力は高いが、教え子の死に直面したのは初めてだ。
泣き叫ぶ鵺野を両津は止められない。自分も辛いが愛する生徒を失った彼に比べればなんてことはない。
そのうち立ち直ってくれる。
そう信じて両津は待ち続けた。しかし、彼は泣き止まない。既に放送から一時間が経過していた。
鵺野に代わり、警戒をしていた両津だが、東からこちらに向かってくる巨大な戦闘力をキャッチした。
その力は強力でおそらく二人がかりでも敵わないだろう。
「なぁ鵺野先生。そんなに泣いていても何の解決にもならないぞ。さぁ、水でも飲んで落ち着いて」
(このままではマズい。いくらスカウターがあるとはいえ、こんな大声で叫んでいては目立ちすぎる。
それに、泣いてるといざ戦闘になったとき体力を消耗して弱体化してしまう)
そう考えた両津はなんとか落ち着いてもらおうと水を差し出した。
「グスッ。すまない」
しゃっくりをしながらも鵺野は水を一杯飲み干した。
「少しは落ち着いたか?
実はここから逃げないとまずいことになった。
この近くにワシ達より大きな戦闘力を持った奴が近づいてきている。ここは危険だ。早く避難しないと」
「なら貴方だけ逃げてくれ。そいつは郷子を殺した奴かもしれない」
鵺野の頭には生徒のことしかない。もう自分の命も、どうでもよくなってきている。
「馬鹿な!そいつがゲームに乗っていたらあんたは殺されるぞ。あんたの強さを10としたら、奴は50はあるんだ。」
誰も死なせたくない。両津も必死に説得した。
ショックが大きすぎたせいか、既に鵺野の精神は崩壊を始めていた。
「五倍の強さがあるからどうしたっていうんだ!
俺には生きる資格なんかないんだ。生徒の後を追って死ぬなら本望だ」
刹那、両津は鵺野の頬に平手打ちを食らわせていた。
「馬鹿野郎!そんなことで死ぬのは殉職じゃねぇ。犬死にだ。
生徒が死んだから教師も死ぬ?そんな馬鹿なことばかりしていたら日本には教師なんかいなくなっちまうだろうが!
まだあんたには守るべき人がいるだろうが?よく考えてみろ。」
大切な人を失った悲しみは両津にも分かっている。単純だが純粋な思いは鵺野に届いた。
「そ、そうだ。郷子のことばかりで
ゆきめのことを忘れていた。俺には妻が、
ゆきめがいる。彼女を守らないと。
郷子を殺した奴は許せないが、あの子が仇討ちを願っているとは思えない。」
ゆっくりと立ち上がりながら彼は言った。
「分かってくれたようだな」
満足気な表情をして両津は言う。
「しかし、郷子と違い
ゆきめの戦闘力は大きい。何か彼女を見つけるためのいい方法はあるか?」
「今のワシ達では強力な敵と遭遇したらアウトだ。
あんたのライバルが手も足も出なかった奴以上の人がうろうろしている。
だから
ゆきめさんを探す前に仲間を探す必要がある」
両津は自分達の力を考慮した上で結論を出した。
「アテがあるのか?」
疑問を問う鵺野に両津はスカウターを手渡した。
「琵琶湖北部を見てくれ。でかい反応が一つ、もっとでかい反応が一つ、小さい反応が一つあるだろ?」
「ああ、確かにあるが彼らが仲間になるという判断はどこから?」
意味がよく分からない鵺野は再度両津に尋ねる。
「自分一人が生き残りたい場合、他人は信用できんだろうが?
それに、ワシは一時間前から見ているが動く気配は無いみたいだ。(南部では一つの反応が遠ざかったがな)
一般人も交じってることから、待ち伏せをしているとも思えない。
これがワシの意見だ」
この意見に鵺野は賛成し、さらに質問を投げ掛けた。
「移動ルートはどうする?近畿は結構人が多そうだが?」
「今、ワシ達は兵庫県西部にいる。ここから北上し、日本海沿いに滋賀県に向かう。
このルートなら目的地まで誰にも見つからずに行けるだろう」
「兵…庫…県?」
不意に鵺野の脳裏に玉藻に言った言葉が甦ってきた。
「合流する気なら兵庫にこい」と言ったことを。
このまま滋賀県に行っていいのだろうか?
約束を破ったら玉藻の奴はなんと思うだろう?
俺を侮蔑するだろうか?
人間に絶望するだろうか?このゲームに乗ってしまうだろうか?
そうだとしたら、やはりここに残るべきか?
「どうした?鵺野先生?何かワシの意見に問題があったか?」
いきなり沈黙した鵺野に両津は尋ねた。
「あ、いや、玉藻と約束したことを思い出したんだ。兵庫にいるということをな」
「あの男のことか?
なあに、心配することはない。
ワシ達は仲間を集めに行くだけだ。
あいつだって分かってくれると思うぞ」
「それはそうだが……
いや、駄目だ。俺は友を裏切ることなどできない。
両津さん。あなたにこのスカウターを渡しておく。
すまないが一人で琵琶湖へ行ってくれ。
俺は神戸で玉藻を待つ」
約束したことを破れはしない。
(あいつを改心させたのは俺と広だ。
だから、俺のせいで再び邪悪へと戻すことなどできはしない。)
「何を言ってるんだ!
もう、例の反応はすぐそこまで来ているんだ。
早く北へ避難しないと殺されかねないぞ」
嘘ではない。
現にその反応は二人のすぐ傍まで来ていた。
普段、考えるより先に行動をするドン・キホーテ型の彼だが、生き死にがかかっている現在は慎重に物事にあたっていた。
「戦力差は五倍、か。
両津さん。玉藻から貰った御鬼輪は俺の力を増幅させてくれる。
そうすれば勝機は生まれてくるだろう。」
興奮していた時よりかは説得力があった。
が、しかし、両津を納得させる迄には至らなかった。
「いいだろう。なら、百歩譲って〔パワー〕が互角になったとしよう。
だが、そのパワーをどのようにして相手に当てるんだ?」
「あっ…」
その一言で鵺野は気付いた。
パワーがいくら高くても当てられなければ只の大型扇風機だ。と、いうことを。
「ようやく分かったか。
戦闘力が高い相手はパワーとスピードを兼ね備えている。」
「どちらか一つだけでは何の意味もない。か。
しかし、それでも、当たりさえすればダウンさせられるかもしれない。
切手シートすら当たったことの無い運の悪い俺だが、こればかりは当たるまで何万発でも撃ってやるさ」
あくまでも強気な鵺野に、両津は半ば諦めたような表情をして言った。
「もう何を言っても無駄。か。
分かった。もう来いとは言わんよ。
ワシは一人で琵琶湖へ行く。
だがな。これだけは約束しろ!