0187:読者諸君、待たせたね!それではそのつぶらな瞳をしっかりあけて僕のエレガントなバトルをしっかり堪能してくれたまえ!by趙公明
「まずは名前を聞かせてもらおうかな。僕は貴公子、
趙公明だ」
「私の名は
ラーメンマン、正義超人の一人だ」
相対する二人の男。
趙公明は不敵な笑みを浮かべながら、まるでおやつを待ちきれない子供のように武器である如意棒をくるくる回し、
目の前の男、
ラーメンマンとの戦いを今か今かと心待ちにしている。
対して
ラーメンマンは脂汗を浮かべ、その顔には余裕は無い。
口うるさい支給品、飛刀が散々口にしたある男の名、その男が今目の前にいる。
飛刀が言うには
趙公明は強大無比の力を誇り、飛刀の知る限り最強に近い男らしい。
それを聞いて
ラーメンマンもある程度覚悟していたが…どうやらその認識が甘かったらしい。
対峙している今、
ラーメンマンは痛感しているだろう。この男の強大さと…狂気とも言える飽くなき闘争心。
お互いの命を拳に乗せ、敵の生命を砕く。それが戦いのはず。それなのにこの男は自らそれを望んでいる。
ラーメンマンとて正義超人として数多くの死闘を繰り広げてきた。
今でこそ自分や誰かを守るため、自身を鍛えるために戦っているが、
かつてはこの男のように残虐超人として自己の欲求を満足させるために戦っていた。リングの上での話だが。
誇りたいんだよォ~~~~~っ
キン肉マンとの戦いを~~~~~っ
かつての残虐超人だった自分が叫んだ台詞が今再び心に響き、そして生まれ変わるきっかけとなった超人オリンピックを思い出す。
初めてだった。負けたのに悔しくなかったのは。
初めてだった。負けた戦いを誇りに思ったのは。
超人オリンピックが終了して以来、
ラーメンマンは残虐ファイトをやめ、生まれ変わった。
償いとして、彼が殺害したブロッケンの息子のブロッケンJrを陰から見守り、仲間の危機には我が身も省みず彼らの元に馳せ参じた。
そして今では誰もが彼を愛するようになっていた。そんなとき、彼の前に
趙公明は現れた。
趙公明は未だ笑みを絶やさない。
しかし
ラーメンマンにとってその笑みは、残虐ファイトのときに浮かべていた自身の笑顔に見えたのだ。
かつての自分が今ここに立ちはだかっている。逃げるわけにはいかない。許すわけにはいかない。
趙公明からも。残虐超人だった自分からも。
「さぁ、君も先程のやり取りを見てただろう。もう僕達の間に言葉はいらない。
僕が欲するのは殺意を込めた麗しき拳のみ!」
「…良いだろう、私も正義超人としてこの拳で応えよう!
貴様の狂気を打ち砕くために!」
「あちらに森の中ながら開けた場所がある。そこでやろう。
…貴様も全力でやれるほうがいいだろう?邪魔者無しでな」
ラーメンマンが先に歩き、その後ろを
趙公明がついていく。
ここは周りからも一目瞭然の状態にある市街地。いつ何時邪魔が入るか分からない。
新たな殺人者に発見されればこれ以上の危険が発生することになり、逆に正義超人のような志を持つ人間が来ればその者に危害が及ぶかもしれない。
それは
ラーメンマンの本意ではないため、
趙公明を自分ひとりで倒す気でいるのだ。
「一つだけ貴様に聞きたいことがある…この髪飾りに見覚えはないか?」
「ずいぶん可愛らしい髪飾りだけど、残念ながら僕の趣味ではないし、見たこともないね」
短い道中の間、二人が交わした言葉はこれだけ。
この男は確実に何人か殺害しているはず、ならばあの少女もこの男が…と考えていた
ラーメンマンの憶測は外れたようだ。
だが、あの少女を殺害していないと言えど、この男を野放しにしておくと必ず誰かを殺す。
ならば、今ここで止めよう、人として、正義超人として。
ラーメンマンは決意を固める。
――おい、背中を向けて大丈夫なのかよ!?背後を狙われたらどうすんだ!
「ふ、いつもは愚痴ばかりのお前でも心配してくれるのか」
普段なら敵に背を向けることは無い
ラーメンマンだが、
趙公明は正々堂々、力対力の勝負を求めているので不意打ちはない、と分かっていた。
だからこそ敵に背を向け、より戦いやすい場所へ移動しているのだ。
――ば、馬鹿!旦那は
趙公明様の強さを知らないからそんな強がっていられるんだ!今すぐ逃げろって!
「飛刀、そんなことは分かっている。相対した瞬間に奴の強さを肌で感じたのだ。
…だが、私は逃げるわけにはいかないのだ。奴がどんなに強かろうと。奴が見境無しに戦いを求める限りな」
ラーメンマンはポケットに手をやるとその中で強く握り締める。誰かも分からない少女の形見、髪飾りの欠片を。
殺されると分かったとき、さぞ怖かったろう、哀しかったろう…生きたかったろう。
彼女が最後に胸に思い浮かべだ人物はどんな人だろう?彼女が戻りたかった故郷はどこだろう?彼女が抱いていた夢はなんだったんだろう?
今ではもう何も分からない。ただ、分かるのは彼女が生きようとしたことだけ。
この
趙公明が本当に殺してないかどうかは分からない。ただ、奴も同じように人の命を奪おうとしているのは同じだ。
…そんなことはさせない、正義超人として私が皆を守る!彼女のような悲しい人をこれ以上出さないためにも!
「着いたぞ。ここなら障害物も無いし、四方が森に囲まれていて私達の戦いに邪魔が入ることもあるまい」
趙公明は辺りを見回す。この開けた場所を囲むように森が広がっている。
絶好の決闘場。ようやく強者と戦える…それだけで
趙公明は自身の胸の奥に燻る炎が燃え上がるのを俄かに感じていた。
「飛刀、おまえはここで見ていろ」
ラーメンマンは開けた土地の端の地面に飛刀を刺し、丸腰で中央に向かおうとしている。
――おい!何手ぶらで戦おうとしてるんだよ!殺されるぞ!
「飛刀よ、私に武器があるとすればこの鍛えられた肉体だけだ。下手に武器を使おうとすれば逆に敵に隙を与えることになる。
…正義超人の仲間と共に戦い抜いたこの肉体は私の誇りなのだ。だからそこで見ているんだ」
「…お別れの挨拶はすんだかい?」
「残念ながらそんなものはしてない。奴の五月蝿い愚痴を聞くのも悪くないのでな」
お互い後ろに跳び、距離を置く。そのままお互い動かなくなり、相手の隙を窺う。
ラーメンマンの後ろで飛刀がギャーギャー喚いているが、二人の耳には何も聞こえない。
二人の鼓膜に響くのは相手の吐息、筋肉の弛緩、骨の軋み…相手のこと以外何も耳に入らないのだ。
「む…」
趙公明が僅かながら動きを見せると、
ラーメンマンも攻撃に備えて
趙公明の動作を注意深く凝視する。
しかし当の
趙公明が見せたのは、人差し指を相手に見せつけ、それを上下する動き。
そう、
趙公明は誘っているのだ。己の力量をお互いにぶつけ合い、壮絶な戦いをするために。
「よかろう…!!!」
「…速い!!!」
先に動いたのは
ラーメンマン。溜めに溜めた力を脚に込め、一瞬で
趙公明に肉薄する。
だが、
趙公明もその一瞬を呆然と見詰めていたわけではない。
その一瞬の動作に対応し、
趙公明は如意棒を振りかざし、タイミングを合わせ
ラーメンマン目掛けて振り下ろしていた。
「とぅ!」
「く!」
タイミングどおりに繰り出される
趙公明の打撃を、なんとか致命傷を避けるべく身を捻り左手を使い受け流す。
しかし腐っても
趙公明の打撃。受け流したはずの左手に深刻なダメージを受けてしまう。
「…だが!」
そのまま流れるように受け流し、猛スピードで
趙公明の脇を通り過ぎる際1,2発パンチを繰り出す。
だが所詮は苦し紛れに打った拳、本腰の入っていない攻撃ではさしたるダメージは与えられなかった。
「ハッハッハ!こんな拳じゃ虫は殺せてもこの
趙公明は倒せないよ
ラーメンマン君!」
それでも
ラーメンマンはひたすら走り続け、円状に
趙公明の周りを旋回する。
「逃げてばかりいないで僕の相手をしたまえ
ラーメンマン君!」
ひたすら旋回している
ラーメンマンをなぎ払うかのように水平線状に攻撃を加える。
「ぬおおおおおおおお!」
加速していく我が身に牙を剥いて襲いかかってくる如意棒。
その様はまるで死神のカマ。この速度で
趙公明の一撃を食らえば死は免れない。
ラーメンマンは迫り来る如意棒を馬跳びの要領で跳ね、なんとか攻撃をかわす。
「安心しろ
趙公明!次はこちらから出向いてやる!」
ラーメンマンは円状に走り回っていたが、進路を急転回し、まっすぐ
趙公明に向かって突き進む。
まるで列車のようだ。空気を切り裂き、風を生み出す。その線路上にいるものは間違いなく跳ね飛ばされる!
だが
趙公明は逃げ出さない。巨大な山を動かさんとするように如意棒を構え、チャンスを窺っている。
いかに猛スピードで突っ込んで来ようが所詮は直線の動き、タイミングさえ合えば先程のように迎撃はたやすい。
むしろ加速すればするほど
趙公明にとって有利になる。
趙公明が狙っているのは
ラーメンマンが攻撃するその一瞬…カウンターを虎視眈々と狙っているのだ。
「来たか…これでTHE ENDだよ
ラーメンマン君!―――!?」
今か今かと待ち構える
趙公明に見向きもせずそのまま走り去る
ラーメンマン。
趙公明はすり抜けていく瞬間、自身も振り返り攻撃を加えようとするが残念ながら空を切り、
如意棒は凄まじい唸り声を響かせるだけに留まった。
ラーメンマンを取り逃がしたと分かると、趙公明は急いで周囲を見渡し
ラーメンマンを探すがどこにも見当たらない。
まだ見失ってから1秒ほど、しかし
ラーメンマンの姿はどこにもない。
まるで狐につままれたかのような表情を浮かべる
趙公明だが、思わぬところから居場所を知ることになる。
「 飛翔龍尾脚! 」
趙公明の遥か頭上、天空から龍が
趙公明の左肩に一撃を加える!
その龍とは他ならぬ
ラーメンマン、彼は
趙公明の頭上を跳びまわっていたのだ。
しかし
趙公明も名の知れた大仙人。技がヒットする前に気配を察知し身を捻り、ダメージを軽減していた。
「
趙公明!これでもう貴様は私の姿を補足出来まい!縦横無尽に空を駆け回る私の技をよけきれるか!」
そう、
ラーメンマンは
趙公明の脇をすり抜けた後、そのまま木に飛び移り、いや、正確には木の太い枝に飛び移り、
加速して得た速力を利用して枝をバネのようにして跳ね、そのまままた違う木の枝に移り、また跳ねる。それを繰り返している。
その姿はまるで空を支配している龍が如し。そして今、龍は牙を剥いて
趙公明に襲い掛かろうとしている!
「なるほど、これなら攻撃も加速のせいでワンパターン、二次元的な直線状の攻撃にならないし、より多角的に攻撃できる」
「そうだ
趙公明!私が攻撃を行わずひたすら周囲を旋回していたのは自由に跳びまわるための速度を得るため!
そのために私の持てる超人パワーの全てをこの二本の脚に注ぎ込んだのだ!」
ラーメンマンは東から西、西から南、南から北と空を駆け回る。
木の枝をまるでリングのロープのように利用し、己の力として蓄えているのだ。
「ブラボー!なんて素敵な戦い方なんだ、まるで龍に跨る戦士だよ
ラーメンマン君。その華麗さ、貴族の品位すら漂わせている」
「
趙公明!いい気になっていられるのも今のうちだ!食らえ!」
「 回 転 龍 尾 脚 !」
その姿は敵の命を喰らいつくさんとする龍!
まるでドリルのように自身の体を鋭く回転させ、
趙公明の心臓を抉ろうとする
ラーメンマン。
この技を喰らえば
趙公明の心臓は、龍の牙に貫かれるが如く簡単に貫通されるであろう。
ド ク シ ャ ア ア ア !
辛うじて如意棒を盾にし攻撃を防いだ
趙公明だが、超人である
ラーメンマンが限界まで加速し、
それを更に木の枝をばねの如く利用して速度を増し、その勢いと共に襲い掛かる回転龍尾脚の衝撃を完全に殺すことが出来ず、
体ごと後ろの木に叩きつけられる。速度を増した
ラーメンマンの動きは察知できても身をかわすことは出来なかったのだ。
その衝撃で背骨を強く打って思わず意識が飛びそうになるが、持ち前の闘争心で意識を留め、
即座に立ち上がり反撃に移ろうとするが、
ラーメンマンの姿は既に無く、空の支配者の如く駆け回っていた。
先程までは圧倒的に有利だった
趙公明だが、一転、劣勢を強いられている。
だが、その顔に未だ不敵な笑みを浮かべている。いや、より一層、大胆不敵に笑っている。
そう、
趙公明にとって、この己が劣勢に立たされている現状でさえ望んでいたものなのだ。
自身が血を流し、命を砕かれんとするこの戦場、全ての力を駆使し、敵を排除しようとする強者との戦い。
それらを得るためなら
趙公明は喜んで血を流すだろう、怪我を負うだろう、命を落とすだろう。
そして今、全てが今ここにある。これを笑わずにしてどうするというのだ。
「 フ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ !!!」
「これだよ、これなのさ僕が求めていたのは!あの
太公望君以来ご無沙汰だったトレビアンな戦いは!」
「…化け物め!!!」
趙公明の顔からいつも絶やさなかった不敵な笑みが遂に消え、今は狂気を纏った悦びの顔を浮かべていた。
その悪魔さえ裸足で逃げ出すような狂喜の形相に、数多くの超人と戦ってきた
ラーメンマンですら恐怖し、戦慄を覚えていた。
しかし
ラーメンマンはその恐怖を正義の意志をもって跳ね除ける。
そして拳を強く握り、あの少女を思い出す。カラス達に啄ばまれ、醜悪な姿となった哀れな少女を。
今ここで
趙公明を倒さなければ…あの少女のような者が増えてしまう…この男の狂気の犠牲になる者が出る。
(そんなことは私がさせない…正義超人の名に懸けて今ここで倒す!キン肉マン!ウォーズマン!
バッファローマン!
私に…力を…貸してくれ!!!)
「次で全てを終わらせるぞ
趙公明!次の一撃に全身全霊の力を込めて貴様を葬る!」
ラーメンマンは必殺の一撃を繰り出すために更に脚に力を込め、木の枝を更に強く踏み込みスピードを加速させる。
更なる加速に身体が悲鳴をあげる。いかに人間を超えた超人と言えどこれ以上の加速は不可能。身体への負荷が大きすぎる。
特に
趙公明の打撃を受けた左手からは常時深刻な痛みが伝わってくる。もはや左腕はこの加速についていけてないのだ。
(頼む私の体よ…あと一撃で良い…あと一撃で良いからもってくれ!)
「良いだろう
ラーメンマン君…僕も全力を持って君を龍の背から引き摺り下ろしてあげるよ」
「なんだと!」
ラーメンマンの顔がかすかに歪む。
「そう、君のスピードの正体、龍の背とはずばりその木の枝だ!
君自身では作り出せないその速度を、木の枝を利用することでそれを得ていたのさ。
…つまり君を一度でも地上に引き摺り下ろせばもうその加速は得られない!」
趙公明はそう断言すると右手に如意棒を持ち、突然後ろに聳え立つ木に打撃を加える。
するとメキメキと鈍い音をたてゆっくりと傾いていき、ずどんと音をたてて倒れた。
「だが、この開けた土地の中央にいてはそれは困難。
君を捕まえようとしても先程の僕のように君のスピードに翻弄され、あらゆる方向から攻撃され結局はやられるだけ」
そう言いつつ
趙公明はまた一本、二本と木をなぎ倒していく。
ラーメンマンは不可解に思いつつも
趙公明の真意を確かめるべく手が出せなかった。
「ならば君を捕まえるための環境を作ればいいだけのことさ。
そしてそれはもう完成したよ
ラーメンマン君。ちょっとエレガントじゃないけどね。
…ここにいれば君はもう直線上に攻撃するしかない!」
そう、
趙公明が木々をなぎ倒していたのは罠を作るため。
この円状に開けた土地の端っこに通路のようなものが出来上がっている。
趙公明はその通路のような場所の最奥に立ち、如意棒をくるくると回し、身構える。
「なるほど
趙公明、そこにいれば側面背後からの攻撃は不可能。攻撃角度も限定されてくる。
考えたな…背水の陣ならぬ背木の陣といったところか」
「そうさ、それと同時にこれは罠なのさ。君を捕まえるためのね。
…餌は僕の命でどうだい?」
ラーメンマンはその言葉に応えるように限界まで加速した身体を奮い立たせ、
趙公明に狙いをつける!
「いいだろう
趙公明!その罠ごと貴様の命を粉砕してやろう!」
「それでこそこの僕が見込んだ麗しき拳士!君を見事打ち倒し、勝ち名乗りを揚げさせてもらうよ!」
趙公明は天に住まう龍を地に落とすかのように両手で如意棒を握り天高々に掲げると天を貫かん勢いで如意棒を伸ばす。
お互いに最後の一撃を繰り出す準備は整い、あとは技を放つのみ。
まるで加熱していく炎のように高まる緊張感が場を支配し、死の重圧が二人に圧し掛かる。
だが、どちらからともなくある言葉を口にし、周囲に響かせ、最後の戦いの火蓋は切って落とされた。
「「勝負!!!」」
「うおおおおおおおおぉおおおおおおおおおおお!」
「ハァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
二人の怒気を孕んだ叫び声が周囲に木霊する。それは最早人間が発する言葉じゃなかったかもしれない。
二人が胸に抱いている感情は、純粋なる殺意。言葉による交渉や取引など存在しないこの殺し合いの場。
そこにあるのは己が力をもって相手を捻じ伏せる、極めて原始的な行為しかない。
人間の理性なんかいらない。必要なのは殺意と敵を粉砕する己の拳のみ。
「その身に喰らえ
趙公明!これが私の持ちうる最大の拳だ!」
ドリルのように自身の体を鋭く回転させ、
趙公明に襲い掛かろうとする
ラーメンマン。
だが、この技は…回転龍尾脚そのものだ。
「嘗められたものだよ僕も…一度見せた技が最大の拳だなんて…―――!?」
趙公明は驚愕する。一度見たはずの技が全く違う形を成していってるのだ。驚愕するのも仕方ない。
そう、
ラーメンマンは二度同じ技を繰り出すつもりは毛頭無かった。
今
ラーメンマンが形作っている技は、回転龍尾脚のように回転はしているがそれだけではない。
自身の身体を回転させながら全身を使って、まるで龍の動きを再現するかのようなうねりを加えている。
「これが私の最大の技!」
心 突 錐 揉 脚 !
「なんてゴージャスでビューティフルなんだ…君の技はピカソの絵画より美しいよ」
趙公明はその
ラーメンマンの技の華麗さに思わず目を奪われてしまう。
しかし、その内に秘めた闘争心は冷めるどころか、
ラーメンマンの華麗なる技に刺激され、
より一層メラメラと、地獄の業火のように燃え上がる!
「そうだよ
ラーメンマン君、僕達の麗しき戦いの終幕にこそ、このようなエレガントな必殺技が必要なのさ」
「…好きなだけ妄言を垂れ流すが良い!」
ラーメンマンは
趙公明から溢れ出す狂気に触発され、次第に心の中で不安という感情が増大していくのが手に取るように分かった。
しかし、それに囚われないために必死で耳を塞ぎ、今この瞬間に全てを集中している。
(そうだ、このままいけば私の勝利は揺ぎ無い、もうすぐだ、もうすぐなのに…何故不安が消えないのだ!)
そう、このままいけば間違いなく
ラーメンマンの勝利で終わるだろう。
ラーメンマンは
趙公明目掛けて飛び込んでおり、
趙公明は迎撃のため如意棒を振り下ろしている。
しかし、その如意棒は
ラーメンマンの加速で恐るべき威力となった技に対抗するため、伸張し重量を増やした。
結果、攻撃力は増したがその反面半端じゃない長さ、重量になり完全に振り下ろすのに時間がかかってしまうのだ。
そのことは
ラーメンマンも承知、如意棒が命中するより前にこちらの技が炸裂することも分かっている。
それなのに
ラーメンマンは自身の身体に纏わり付く不吉な予感を拭い去ることが出来ないでいる。
(自分を疑うな
ラーメンマン!目の前の敵を倒すことを考えろ!)
そういって己を奮い立たす
ラーメンマン。彼とて歴戦の勇士、戦いの中で不安を感じたことは山ほどある。
だがその度に乗り越えてきた。勝利という結果をもたらす事で。
今回もそうだ、きっと乗り越えてみせる!乗り越えて、皆でこのゲームを破壊する!
だから…恐怖に負けるな私の心よ!
「
趙公明!この勝負私の勝ちだ!
――――――――――な!?」
ラーメンマンが如意棒の真下に滑り込み、一撃必殺の心突錐揉脚が
趙公明に命中するかと思われた瞬間、
それまで緩慢な動きであった如意棒が急激に速度を増したのだ。
予想外の出来事に何が起こったか理解できず、狼狽の声を上げる
ラーメンマン。
「ば、馬鹿な!」
自身の身体を猛回転させながら
ラーメンマンが見たもの。
それは如意棒に変わりなかった。しかし以前見たものとは全く異なっていた。
そう、
ラーメンマンが最後に見た如意棒は天をも貫くほどの長さを誇っていたのだが、
今彼の目に映っている如意棒は以前の、思わず後ずさりしてしまうほどの長さが見る影も無く、
せいぜい人二人分ぐらいの長さしかなかったのである。そして今も縮小し続けている。
恐らく
ラーメンマンが技を繰り出し、
趙公明に視覚、いや五感の全てを向けた瞬間から、
如意棒の縮小を始めたのだろう。
「それにあの光は!?」
違っていたのは長さだけではなかった。
如意棒を囲むようにオーラのようなものが張っており、光を放っていた。
しかもその光は如意棒が縮小していくほど、更に強く発光しているようだ。
まるで
趙公明の闘志の強さを表すかのように。
「アハハッハハハッハハハハ!」
趙公明が
ラーメンマンの顔に浮かぶ絶望の色を見て高笑いをあげる。
その癇に障る高笑いを骨の髄まで響かせながら、
ラーメンマンはあることに気付く。
罠は一つじゃなかった、と。あの天に聳え立っていた如意棒も罠の一つだったのだと。
いくら
ラーメンマンの攻撃を限定できる場所を作ったからといって、それが必勝のチャンスになるとは必ずしも言えない。
相手がそこに立っている限り
ラーメンマンは攻撃しなければいいのだ。わざわざ勝ち目の無い攻撃をすることはない。
それを逆手にとって
趙公明は彼の攻撃を誘導したのだ。
ラーメンマンを倒すためと銘打って、如意棒を伸ばし…隙を作った。
そして見事に騙され、嵌められた。
「…くそおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
趙公明はもう目前。あと1秒も経たず
ラーメンマンの身体は
趙公明に届くであろう。
しかし、その前に
ラーメンマンの頭上にある、縮小し奇妙な光を放つ如意棒が先に
ラーメンマンを砕くのは誰の目にも明らかである。
ラーメンマンは分かってしまったのだ。この戦いの勝者は
趙公明で、自分は敗者なのだと。
「あともう少し、あともう少しで届くのだ!」
諦めたくない、その一心で未だ抗おうとする正義超人。
負けてはならない、その想いであえて自ら死地に飛び込もうとする
ラーメンマン。
自分の命は惜しくはない。惜しむべきは
趙公明を倒すことなく無駄死にすること。
ならばせめて、せめて相討ちを。
自らの命を投げ打って望むのはたった一撃。たとえ致命傷にならなくてもいい。かすり傷でも構わない。
自分が倒れた後、この
趙公明と戦う者のため、正義のために戦う者達のために少しでもダメージを負わせないと。
最早敵を打ち倒すことの出来ない今の自分にとっての勝利。
それが今の自分に出来る精一杯のこと。
(私の命の代償がちっぽけなかすり傷でも構わない。後の者たちのために大いにこの命捨てよう。
きっとキン肉マン達が…こいつを倒してくれる!
だから…さらばだ皆……あとは頼んだぞ!)
カッ!!!
ド ゴ ォ オ オ オ オ オ オ オ ォ オ オ オ ン !
一瞬の閃光の後、爆音が空気を貫き、砂塵が空中に飛揚し天空一面を覆った。
砂塵がそこにあるもの全てを隠し、長い間沈黙が辺り一帯を支配した。
森も動物も風も何も動かない。何も発しない。二人が生きているのか死んでいるのかも分からない。
そうした沈黙の中、次第に砂塵が晴れてき、視界が開け、薄らながら激闘を繰り広げてきた二人の男の姿が見え始めてきた。
一人は中央に立ち、もう一人は倒れた木々に埋もれている。
倒れている木々は恐らく、先程の一撃で吹き飛ばされた男のクッション代わりとなって薙ぎ倒されたのだろう。
そして、砂塵が完全に消えたとき、そこに倒れていたのは――――――
ラーメンマン。
――お、おい!大丈夫かよ旦那!しっかりしろって!
「…飛刀か…なんでここにいる…ガハッ…」
――なにいってんだよ!お前から吹っ飛んできたんじゃねえか!俺ごと木にぶつかりやがって!
「そうか…私は負けたのか……
趙公明は…?」
――…目の前にいるぞ
心なしか、飛刀の声が落胆しているように感じた
ラーメンマンだが、それよりも
趙公明が気になり、まっすぐ前を見つめた。
そこにいたのは
趙公明。多少衣服が乱れ、汚れているが本人は至って無傷。
そしてその顔には、こぼれん限りの満面の笑み浮かべて、感涙の涙を流していた。
まさに勝者の立ち振る舞い。力の限りを尽くし、勝ち得た勝利に酔い、震え、己自身を祝福する
趙公明。
その姿を見て、改めて
ラーメンマンは実感する。自分は負けたのだと。
「嗚呼、
ラーメンマン君、君に礼を言うよ。
輝かしき勝利の美酒をありがとう」
趙公明はいつの間にか現れたワインの注がれたグラスを片手に、優雅な立ち振る舞いで軽く頭を下げる。
ワインを一気に飲み干すとその場でグラスを捨て、如意棒を片手にゆっくりと
ラーメンマンに近づく。
「君は大したものだよ。あの一撃を喰らって生き延びているとはね。
あの驚異的な加速と凄まじい回転のおかげの命拾いか…全く持って恐ろしい運だ」
ラーメンマンが普通に
趙公明の一撃を喰らっていたならば即死していただろう。
しかし、
趙公明の言うとおり、あの限界まで加速したスピードと回転が
ラーメンマンの命を救ったのだ。
あまりの速度と回転で
趙公明の一撃を喰らった瞬間、弾き飛ばされたのだ。
ダメージは大きいもののなんとか一命は取り留める結果に繋がったのだった。
「さて、勝利の余韻をより一層豊かなものとしようじゃないか」
趙公明の身体が不気味な光を放つ球体に包まれ、それを見て
ラーメンマンは気付く。
先程の如意棒を覆った光と同じだと。
「喰らいたまえ
ラーメンマン君、さっき即興で編み出したこの麗しき美技…
絢爛豪華、 エ レ ガ ン ト 斬 を !」
ラーメンマンは知らないが、この光の球体は
趙公明が作り出したバリアだ。
普段はこれを身を守るために使用するのだが、なんと
趙公明はそれを武器である如意棒に移すことで、一撃必殺の技として用いたのだ。
だが、それだけでは流石に
ラーメンマンの全てを注いだ心突錐揉脚に敵わない。
そこで
趙公明は第二の罠として大げさに伸ばした如意棒を利用した。
巨大化した如意棒全体にバリアをかけ、そこから如意棒を縮小させることによってバリアも縮み、結果、濃縮されることになり、更に攻撃力を増したのだ。
「華々しく散るがいい我が強敵(と書いて友と呼ぶby
趙公明)よ。
麗しき拳法家
ラーメンマンの名は一生忘れないよ。エレガントな戦いをありがとう!」
殺意の光に包まれた如意棒が
ラーメンマンの頭上目掛けて振り下ろされる。
ラーメンマンの記憶が走馬灯のように駆け巡り、一瞬の間だが、過去の出来事に想いを馳せる。
今まで辛い戦いを経験し、時には完膚なきまで敗北し、苦渋を味わったことや、
どんな強敵も仲間と共に切り抜け、勝ち抜き、より確固たる友情を築いた仲間達のこと。
こうして瞼を閉じるだけで簡単に思い浮かんでくる仲間達の笑顔。
もう一度会いたかった、その惜別の気持ちと共に心の底から湧いてくる感情、それは後悔。
正義超人として、この暴欲の狂気を振りまく者を打ち倒せなかった後悔。
あの髪飾りの少女への懺悔、そしてこれからこの男に命を奪われるだろう者達への懺悔。
なにより…仲間達にこの男を倒すことを託さなければならないことへの後悔。
キン肉マン達ならきっと…きっと…
趙公明を倒してくれる!
ラーメンマンはキン肉マン達の勝利を疑ってなどいない。むしろ安堵に満ちた確信を持っている。
だが、いくら彼らでもこの男相手に無傷で勝つことは不可能、必ず傷を負ってしまうはず。
ラーメンマンが懸念しているのは、仲間達が傷ついてしまうこと。
それに対しての申し訳なさと不甲斐無さが次々と湧いて出てきては積もり、山のように
ラーメンマンの心を押し潰す。
(すまない皆…もう少し皆のために頑張りたかったのだが…)
そう心の中で正義超人の仲間達に詫びると、静かに瞼を閉じ、すぐに訪れるだろう死の一瞬を待つ。
その間、思い出すのは仲間達との楽しかった日々。
キン肉マンを中心に、時には敵として戦い、時には共闘した仲間達。
これからもずっと皆で力を合わせて、あの馬鹿でドジで間抜けで、友情を何より重んじるキン肉マンを王として尊敬し、
皆で守っていくのだろうと疑わなかった、あのすぐそばにあったはずの未来。
それが遠のいていく。手の中にあったはずなのに今ではもう掴む事すら出来ないのだ。それが唯一の心残り。
(さらばだ皆…先に逝って待っているぞ)
あきらめるな!
――――?
そんな屁のつっぱりはいらんですよ!
――――この声は…
最終更新:2024年01月25日 05:16