0185:白の闇 再生の赤 ◆XksB4AwhxU
待たせ過ぎたかもしれない――
まもりは少しあせった。怪しまれない必要があったから、どうしたって少々丁寧に話を聞いてしまう。
進にしろ、薫にしろ、まるで疑いを持たずに同情してくれたから。まもりも時間を忘れて話してしまった。
(冴子さん、さすがにもう終わってるでしょうね)
少年達を入れて計4人。成果はまあまあ、と言える。それでも残りの参加者の人数から考えれば、まだまだ。
(千里の道も一歩からと言うし・・・この調子で、慎重に減らしていければいいわね)
まもりは立ち上がり、横たわる進と薫の遺体の処理について考える。
この神社は本通りから逸れているとはいえ、野ざらしのままではいずれ誰かに発見されるだろう。
大した外傷のない異常な死体。簡単に毒殺だと推理されてしまう。冴子に手伝ってもらおうか。
しかし――冴子が片付けたであろう――少年達の死体のこともある。
いっそ、集めて魔弾で焼いてしまおうか。
まもりは首を振る。
(手間がかかるわ。第三者に見られたらアウトだし。それに、もう、火の出る弾はないわ)
攻撃魔法メラミ。魔法など、この歳で信じることはなくなってしまっていたけれど、
己の身を救う物なら、増して武器ならば、今は何でも信じられる。
(・・・・・・やっぱり、剣の方は回収しておいた方がいいかしら。
カプセルに戻せばいつでも見つからないところに捨てられるし、剣道の達人なんかに渡ったら厄介よね。
薫さんみたいに優しい人だとは限らないし・・・)
また、胸がチクリと痛む。まもりは薫の荷物の残骸からクライストを取り出した。
(冴子さんには秘密ね。知られたら奪われてしまうから)
まもりはクライストを薫のカプセルに戻し、自分のポケットに入れて、本通りへ出た。
公園入り口への道順は大した距離ではないので迷いなく進める。
ああ、もうすぐ――石段の下の入り口には冴子が立ち、まもりを見ると駆け寄ってきた。
笑顔だ。口の端をゆがめて、泣きそうにも見える。
「冴子さ・・・」
まもりの頬が鳴った。
まもりの口内が裂け血の味が広がる。
痛みに、冴子から顔をそむけた瞬間、今度は左のこめかみに衝撃が走った。
「よくも騙してくれたわ・・・」
冴子の目が怒りに大きく見開かれている。
銃身で力任せに殴られた痛みは、まもりの思考を一時的に奪いとる。
痛みによろめき、その横腹に、冴子の蹴り。
「・・・ッ!!」
まもりは息が出来なくなり、たまらず道路を転がった。
逃げようと道路についたまもりの手を冴子が思い切り踏みつけた。
「盗んだ首飾りと残りの弾丸を渡しなさい。今すぐ!!」
冴子の手がまもりの右手をひねり、地面に押し付けるように体重をかけた。
「いたい、痛いよ、冴子さ、やめて・・・」
「一時でも貴女の口車に乗った私が馬鹿だったわ・・・よくも私を嵌めてくれたわね」
千切れそうに痛む左の耳。まもりは何のことか判らず、ただ痛みに悶絶する。
「は、め、る・・・?冴子さん、貴女、何・・・言って・・・」
「もう貴女と話すことなんてないわ。死になさい」
恐ろしく抑揚のない冷たい声がまもりの背中で囁いた。
まもりは一気に血の気が引いた。
「い、嫌ぁ!殺さないで!お願い!」
関節をとられ、ほんの少しの動きでも腕に激痛が走る。
「今さら命乞いが通用すると思うの?汚らしい」
残った片方の手で抵抗しようとするも、冴子の膝によって押さえつけられた。
動けない。まもりは恐怖に目を細めた。
(セナが!セナが守れなくなる!私が死んだら誰がセナを守るの!?
セナが殺されちゃう!)
「・・・セナ・・・!!」
冴子が冷たく言い放つ。
「仲間の名を読んでも無駄よ、助けになんて来やしないわ。
きっとその子も今頃、殺し合ってる」
ヒッ、まもりが短い悲鳴を上げる。
「セナはそんなことしないわ!」
「なら、殺されてるわ」
まもりが叫ぶ。
「嘘よ!そんなこと、絶対にならないわ!セナは死なない!私が死なせない!」
「残念ね、私が見つけ次第殺すわ」
冴子はまもりの後頭部を銃身で殴りつけた。まもりは痛みと衝撃で意識を失いかけた。
――殺 さ れ る !!
もがいても捉えられた両腕は外せない。
まもりは残された両足でなんとか自分の身体から冴子を引き剥がそうと強く動かした。
力の入らない体勢だった。
「いい加減黙りなさい!!」
「――――――ッ!!」
「まもり、貴女なかなかしぶといわね、まだ気を失わないなんて。
弾丸を取り上げて焼き殺してあげたいところだけど・・・
貴女を殺した後でゆっくり探させてもらうわ」
「・・・・・・・・・・・・」
激痛が渦となってまもりの頭部を襲い、末端の指先までが痺れはじめる。
――落ち着かなきゃ、
耳が、辛うじて冴子の暗い声を拾う。
「よくも私を騙してくれたわね。一瞬でも貴女の口車に乗せられた私が馬鹿だったわ。
もう2度と他人を信用するなんて愚挙は犯さない。まさか弾が空だったとわね」
――・・・・・・カラ?ああ、それで。こんなに怒っているのだ。
まもりは茫然と考えた。冴子が裏切った場合を考えて、攻撃用の弾丸は1つしか渡さなかったのだ。
問われたら上手く誤魔化すつもりだったのに、ここまで怒るとは。少年達が余程手強かったらしい。
「・・・・・・ごめんなさい。まさか、空弾が混ざってるとは思わなかったの」
「白々しい!もっとマシな命乞いをしたらどうなの!?」
「本当です!嘘じゃありません・・・!首飾りも冴子さんに返しますから・・・許して、お願い・・・」
まもりの涙が頬を伝う。破れたこめかみの傷から流れる血と共に地面に影をつけた。
しかし、今更返すと言われても、殺した後にゆっくりとまもりの荷物を調べればいいだけの話だ。
冴子はまもりの関節をさらに強く締め上げた。まもりはたまらず泣き叫ぶ。
「く、首飾りも弾丸も、隠してあるんです!貴女に裏切られるのが怖かったから・・・
さっき見つけた建物のどこかに・・・か、隠してきちゃったんです・・・
ごめんなさい・・・ごめんなさいっ・・・許してぇ・・・」
冴子の下でまもりが嗚咽する。華奢な身体を震わせ、命乞いをする。
その必死な、惨めな姿に、冴子は憐憫などひとつも抱かけなかったが、
先程から溜まり続けていた、まもりに対する怒りの何分の1かの溜飲が下がり、少しの冷静さを取り戻した。
「それもどうせ嘘なんでしょう?」
「――――違うっ!!嘘じゃありません!!信じられないなら私の身体や荷物を捜したらいいわ!」
「そんな危ない事はできないわね。あなたが死んだ後でゆっくり探すわ」
「わ、私が死んだら武器の在り処がわからなくなりますよ!?」
「・・・残念ね、ポケットから鎖が見えているわよ。もう命乞いは無駄だから喋らない方が良いわ」
まもりは脱力した。組み合った時に、毒蛇の鎖の一部が出てしまったのだ。
本当に、自分は終わりかもしれない。今の冴子にはまもりの説得は通じないし、信じようとしない。
震えが止まらなくなり、恐怖に冷えた自分の顔に伝う涙が異様に熱かった。
「ついに観念したわね」
まもりは動かない。冴子に殴られた痛みがまもりの頭を絶え間なく襲ってくる。
痛みが絶望をあおり、まもりの思考を掻き乱した。
もういい。自分の代わりに、冴子が他の参加者を殺せばいい。
所詮、何の能力もない、ただの女の子でしかない自分には、無理だったんだ。
――セナ、ごめん。ごめんね。
――守ってあげられなくて、ごめんね・・・
自分が殺せたのはたったの3人。なんて非力なんだろう。
抵抗を止めたまもりに冴子は勝ち誇るように呟いた。
「死になさい。あの男の子達の代わりに」
――え?
まもりは大きく目を見開いた。捻られた関節が痛むのも構わず冴子の顔を見る。
いまさら何を怖がるのよ、冴子が何か呟いた気がする。
まもりは、勝手に自分の体が動くことを感じていた。
そして、打ち下ろされる銃身が自分の頭を逸れて地面にぶつかるのを見た。
関節が悲鳴を上げる。だが、それを気にする余裕も理由もまもりにはなく、
自分の左腕を押さえつけていた冴子の膝が外れた瞬間、
自由となった左手の裏で、冴子の顔を叩いた。
冴子は目を押さえ、隙が出来る。まもりは捻られていた関節も無我夢中で力任せに外す。
腕が嫌な音を立て、冴子から離れたまもりを激痛が攻める。
冴子が地面に落ちた毒蛇の鎖を拾い、まもりに向かって振り回す。
手元にあったデイパックで反射的にふせぐが、鋭い刃に切り裂かれて袋の中身が飛び出した。
冴子は転がった2つの魔弾を確かめるとすぐ拾い上げる。
その隙に、まもりは来た道を走って引き返す。
冴子は魔弾の1つを、ゆっくりと銃に装填すると、まもりを追う。
何度も頭を殴打され、水の中を走るようにおぼつかない足取りのまもりは、
振り返りもせず、灰色の地面に血を垂らし、電柱などにぶつかりながら必死に逃げている。
冴子は魔弾銃の標準を一度はまもりに合わせたが、すぐに下ろした。
無駄に弾丸を使うことはない。弱った今の彼女なら、素手でも・・・いや、この鎖で充分。
まもりの逃げこんだ小道を警戒しながら、小走りで進む。
やがて、激しく小さな息遣いが聞こえてくる。まもりが膝をつき頭を押さえ、うずくまっていた。
やっと人間の粛清ができる―――
汚らしい汚らしい汚らしい―――
助かるためなら他人を殺し、誑かし、涙を流す人間―――
忌まわしい映像が、冴子の頭の中で憎しみを、絶望を増幅させる。
あの、幼い少女も、眼鏡の少年も、心底汚れているんだ。槙村も、ファルコンも、
死んだ獠ですら――
流れ続ける画面向こうの子供達は大人に殺されるのを待っていた。
弱いものは、さらに弱いものを探して殺し、
強者は一段高いところで、その様子を眺め、テレビでも見るかのように笑っている。
そして、次の瞬間には、その男も処刑される。
汚い、汚い、汚い―――
冴子の心拍が早まり、呼吸が荒れた。
まもりが、こちらを見ている。凍りついた、恐怖の表情で、冴子に脅えている。
お前も加害者のくせに。生まれながらの加害者のくせに。
まもりが逃げる。
断罪するのよ。この世の人間達を――
冴子が進む。
視界の端に神社の鳥居が見える。
境内に白く敷き詰められた砂利が、冴子の足に踏みつけられるごとに細かな音を立てる。
ざり、ざりざり、清浄な空間。清廉な空気。
造りの古い社の隅で、まもりは力尽きたように座り込んでいた。
冴子の眉が歪む。
まもりの両隣には一組の男女が眠るように横たわっている。
まもりは死んだ女の手を握り、茫然とした顔で震えている。
女の顔には十字の傷が、男の顔は生きてるようにも見えるがピクリとも動かない。
「あ、貴女がやったのッ!?まもり!答えなさい!!」
冴子は反射的に魔弾銃を構えて叫ぶ。
「わ、私を殺す前に・・・お、教えて下さい・・・冴子さんは・・・
結局、あの男の子達をどうしたんですか・・・?」
「逃げられたわよ!貴女のせいでね。それより、この人達を殺したのは貴女なの!?
それとも別の・・・」
「・・・そう」
まもりは冴子の質問には答えず一呼吸おいて、低い声で呟いた。
まもりの瞳から落涙した涙が額から流れる血と合わさり、薫の胴着に滴り落ちる。
「・・・撃ちたいなら撃てばいいわ・・・」
脅えた表情でまもりは冴子を縋るように見つめた。
やがて、罪の告白を、震える声が語りだす。
「冴子さんの首飾りで・・・私が、やったの・・・
人間全部を殺したいなんて・・・私たち上手くやっていけると思ってたのに・・・
・・・冴子さんの力になれると思ったのに・・・」
ごめんなさい―――
今にも消えそうな小ささで冴子に呼びかけられる声。
この娘は何を言っているんだろう。
これは―――これでは、加害者の贖罪ではなく、被害者の、命乞いの言葉だ。
冴子は耐え切れず心の底から絶叫する。
「私は仲間なんかいらないわ!!人間と付き合うのはもう、沢山よ・・・!!」
震える銃の引き金にかける指。この少女といると頭がおかしくなる。
絶叫と共に、冴子の腕に鈍い衝撃が走った。
まもりは短い悲鳴を上げて―――――
――――その場に、倒れこんだ。
境内に冴子の荒い息だけが残る。
倒れているのは3人。神社に死体とは、あまりに似つかわしくない光景だ。
「加害者のくせして・・・そんな目をしないで」
まもりの死体も、眠るようで。今は閉じられた瞼で冴子を追い詰める事はない。
冴子は俯き、放心したように佇む。何も考えられなかった。
どこかでカラスの鳴き声がして、それきり音が消える。
冴子は石灯篭に凭れて、目を閉じた。
国家の法の番人たる警察官が、法の壊された世界にいる。
そんなことは関係ない。自分はもう、どこにいようと人間を殺すのだ。
風の動きが速く、雲が流され社が影に覆われた。
雨が来るのか、湿気を帯びた大気は冴子の身体をゆるやかに冷やしていく。
生物の気配は消え、やっと冴子は休息がとれた。
どこにいるかも知れない人間に警戒し続けるより、むしろ死体に囲まれている方が安心する。
あのビデオは自分から安心を奪い、代わりに命の存続を齎した。
あのビデオを観ていなかったら、自分は他人に騙されるままに騙され、死んでいただろう。
1人。やはり、1人がいい。もう仲間は要らない。例え戦力不足で死んだとしても構わない。
演技も、無理だ。
追うなら、眼鏡のほうだ。今さら走っても自転車には追いつけないだろう。
―――僕も、人を殺したんです
冴子の顔が歪む。別に、誰が誰を殺そうと、どうでもいいことだ。
あの子供を殺さなくては。
風が渦巻き、落ち葉が舞う。木々が葉を擦れ合わせ人の声とは違う賑わいが起こる。
冴子は首を2、3度振って神社を出ようと――――した。
―――――冴子の腹にクライストの切っ先が埋まっている。
冴子の足元の白い砂利が、水のような鮮血を受けて赤く染まりだした。
まもりが長い息を吐き、冴子が膝をついた。
「・・・使うと思ってました。保険は・・・掛けておくものですね。
貴女に魔弾銃を渡した時に、こうなった場合――つまり貴女が私の敵になったと仮定して
あらかじめ防衛策を立てておいたんです・・・
無害な弾丸だけ・・・囮としてデイパックに入れておいたんですよ」
まもりは、辛そうに息を吐き、クライストの先を冴子の腹から引き抜いた。
「貴女には言ってなかったけど、攻撃する弾丸があれば、標的を治癒する弾丸もあるんです。
今、冴子さんが撃ったのは解毒の弾丸。
毒に侵されていない私の身体にはなんの効果もありませんが、
貴女に首飾りを返すことになれば、いつ攻撃されるとも限りませんし・・・」
冴子に向けられる声に、すでに震えはなく、砂利を踏む足音が背後から正面に回った。
「・・・さすがに最初に装填しておいたのは攻撃用の弾丸ですけどね。
貴女が一発で何人殺せるか試してみたんです。
警察官の腕なら、最低でも1人は確実に撃てると思ってたのに・・・無駄でしたね。
口だけの冴子さん。この首飾りは貴女が無駄にした弾丸の代わりに貰っていきます」
冴子は焼けるような腹の痛みと、憎しみに、静かに話し続けるまもりを睨みつける。
全身の筋肉が強張り、体が危険信号を発している。
「安心して、冴子さん。まだ殺しはしないわ。貴女に聞きたいことがあるから。
どうして、あの子たちを追わなかったんですか?
どうして、追いつこうとしなかったの?
もう彼らは、貴女の顔を覚えたわ。広まれば誰も彼もが警戒して奇襲は通用しなくなる」
「・・・なんてことをしてくれたの」
冴子の視界が揺れる。自身の鼓動より速く、呼吸より速く。小刻みに。
冴子の指に絡む毒蛇の鎖が小砂利に当たりカタカタと鳴った。
殺さないと。殺さないと。冴子は震える指に力を入れる。
今、殺さないと―――
私は人間の本性と戦わなくてはならない。
相手が誰であろうと、子供であろうと、かつての仲間であろうと、
被害者であろうと、加害者であろうと、強者であろうと、弱者であろうと、
戦わなければ、あの映像の中の子供のように、ゴミのように殺されてしまう。
――ザク。
「・・・・・・あああッ!!」
クライストが冴子の手を、太腿を、鎖ごと刺し貫く。
「逃げないで、冴子さん」
冴子は、脳髄に響く激痛を、恐怖で身動きの取れなくなった身体で味わう。
「・・・・・ひぃ、ああ・・・う・・・」
「冴子さん。泣かないで、私だって心細いの」
クライストが引き抜かれ、冴子が高い声を上げる。
「冴子さんがいなくなったら本当に1人きりだもの・・・」
まもりの手が冴子の頬に触れる。愛しげに、優しく。
血に濡れて、暖かい指。泣き疲れたまもりの蒼い瞳が冴子を捉えている。
「1人じゃ無理なの・・・」
胃から何かが競り上がってきた。
「セナ以外の全員を殺すには、私だけじゃ無理なのよ・・・」
まもりの手は冴子の耳に。冴子は血を吐いた。
「貴女にだってわかるでしょ?わかるから私と、手を組んだんでしょう?」
冴子はまもりの瞳から目を離すことができない。
「どうして銃まで使って1人の命も奪えないんですか?」
声が遠い。
「進さんも薫さんも優しかったわ、こんな・・・私の言うことを信じて」
また、泣いている。
「死の間際まで信じていたわ」
この娘を、今ここで殺しておかなければ。
「がんばって殺したのに・・・それなのにあなたは・・・!」
「どうして追わなかったの?裏切られたのは私の方だわ」
「私は貴女に期待してたのよ・・・・・・?」
冴子はまもりに支えられ、倒れることはできない。
足元に広まった血溜まりが冴子の残りの命を物語っていた。
「ああ・・・見て。冴子さん。こんなに血が流れて――貴女の血よ」
掬い上げた華奢な手のひらに冴子の血溜まりができている。
冴子の背部に銃口が当てられた。
「震えてるわ、怖いのね。大丈夫。痛いのはもうすぐ終わるから」
冴子の声にならない叫びが密着したまもりの胸に伝わってくる。
天使の様な瞳の少女が涙を流して。口の端が切れて、痛々しく、血が滲んでいる。
世界が恐怖に揺れた。冴子の身体が震えているのだ。口からは意味を為さない音が漏れる。
これは絶望だ。目の前にいるのは悪魔でも、天使でもなく、底のない絶望の渦だ。
ブラウン管の向こうではない。現実に、目の前にいるのだ。
――ごめんなさい
――ごめん なさい、ごめん なさい、ごめん なさい
冴子はまもりの瞳から目を逸らせず、まもりは冴子の瞳から目を逸らさない。
冴子は、ついに心の底から、自分が殺した女の子に許しを乞うた。
殺し合いの恐怖が、殺し合う苦痛が、体の中を暴れまわる。
自分が最初に殺さなければ、こんなことは起こらなかったのに。
大阪の街で、脳裏に焼きついた忌まわしい映像が、冴子の心と共に粉々に崩れ落ちた。
――ごめんね
衝撃が身体を走り、暖かい光が冴子の身体を包む。
冴子は胃液を吐き、地面に突っ伏した。
朦朧とする意識の中、声を聞いた。
ベホイミの光。傷を癒す魔法。
自分の血溜まりに突っ伏した冴子は、傷が塞がっていることにも気付かず動けない。
――冴子さん。貴女の身体、戻しておきました。
これからは別行動にしましょう。私たち、合わないみたいだし。そのほうがいいわ。
あの男の子達の始末は任せましたよ。
私は疲れたので少し休んできます。
あと、重要な事を言っておきます。セナに手を出したら今度こそ殺します。
あなたがどこにいてもかならずころしにいきます。
だから、しょたいめんのひとにはれいぎただしくして、かならずなまえをきいてからころしてください。
わかりましたか?わかったらへんじをしてください。
冴子の髪が優しく撫でられ、上体を起こされる。
少女は血まみれで、痛々しい。手が暖かいのは本気だからだ。
――なかないでください。いつでもあなたをみまもっていますから。
ね、へんじして、さえこさん。
流した涙も本気で、心細いのも真実なのだろう。
この娘は、この世界に来て、正気のまま狂ってしまったのだ。
「・・・・・・・・・・・・」
冴子は、まもりが恐ろしくて仕方がなかった。
そして、ほんの少し、悲しくなった。
【京都と大阪の境/午前】
【姉崎まもり@アイシールド21】
[状態]:唇に出血、殴打による頭痛、腹痛、右腕関節に痛み
[装備]:魔弾銃@ダイの大冒険
中期型ベンズナイフ@HUNTER×HUNTER
[道具]:荷物一式×2、食料二人分(それぞれ食料、水は一日分消費)、焦げた首輪
クライスト@BLACK CAT
魔弾銃専用の弾丸@ダイの大冒険:空の魔弾×1 ヒャダルコ×2 イオラ×1 キアリー×1 ベホイミ×1
[思考]:1少し休息
2セナ以外の全員を殺害し、最後に自害
【野上冴子@CITY HUNTER】
[状態]:精神ボロボロ、疲労、まもりに恐怖
[装備]:毒牙の鎖@ダイの大冒険(一かすりしただけでも死に至る猛毒が回るアクセサリー型武器)
[道具]:荷物一式、食料二人分
[思考]:1まもりの命令通り、越前、新八のいずれかを追って殺す。
2人間に恐怖、嫌悪。
*黒の章の洗脳は解けましたが、まだ人間に対し強い拒絶が残っています。
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最終更新:2024年01月04日 10:35