0234:似て非なる二人 ◆kOZX7S8gY.
姉崎まもりは、大阪の民家でその身を休めていた。
疲れの残る頭で考えるのは、セナ、そして冴子のこと。
――第二放送。セナの名前、呼ばれてなかった――よかった。
――冴子さんも。あの二人、ちゃんと殺せたかな?
頭が痛い。お腹が痛い。そういえば少しお腹もすいた。
軋む身体に鞭を入れ、まもりは食事を摂る。
ひたすらに、今後の活動のための栄養を摂取する。
次……次もまた、しっかり殺せるように。
まもりの脳内は、セナの生存しか考えられなくなっていた。
言い換えれば、セナ以外の人間の抹殺しか。
そのために、自分ができること。
殺して、殺して、ころして、ころして、ころして、ころして、ころして、うっ。
(ちょっと……気分悪いかな……)
外の空気でも吸おう、とまもりは民家から顔を出す。
そして、見てしまった。
大阪を歩く、一人の少年を。
新たなる、獲物を。
「そうだよね。休んでなんかいられない……」
セナのために――
その存在に、キルア=ゾルディックは気づいていた。
自分に向けて発せられる、がむしゃらな殺気。
殺人狂が放つのと、なんら変わりない殺気。
違ったのは、質。
(こりゃ明らかに素人だな。今からおまえを殺すって言ってるようなもんだぜ)
暗殺一家の三男として生まれ、幼い頃から多くの殺し屋と触れ合ってきたキルア。
むき出しの殺気。しかもそれが自分に向けられたものとあらば、放っている敵の力量くらい簡単に分かる。
殺人狂の中には、わざと殺気をむき出しにして相手に恐怖を与える悪趣味な輩もいるが……これは違う。明らかな素人。
殺人ゲームという極限状態に置かれ、他の参加者を見つけた――殺さなければ。
という思考に追いやられている、弱いヤツだ。
だから、キルアは突然現れた少女にも警戒心を解くことはなかった。
ただでさえ用心深いキルアが、見た目で騙せるはずもなく――
「あ、あの……」
「誰あんた? オレになんか用?」
元殺し屋であるキルア。
このゲーム内で殺人狂となったまもり。
殺意持つ者とその内を知る者、二人の遭遇。
「怪しい者ではないんです。さっきまで怖い人に追われてて、ここまで逃げ――!?」
まもりの化けの皮は、三秒もかからぬうちに剥がれた。
突然塞がれた気道。言葉がうまく発せない。
なにが起きたかと思ったら、いつの間にか少年が自分の眼前に。
その瞳に殺意を漲らせ、自分の首を掴んでいる。とんでもない早業。
まもりは瞬間的に理解した。
この少年は――ヤバイ。
「下手な演技やめれば? あんた、オレを殺す気まんまんって感じだぜ」
「っな……!? そっ……んなぁ……」
まもりは、首を鷲掴みにされうまく喋れない。
どうしてばれたのか?
まだ自分は武器も見せていないし、ほとんどなにも喋っていないのに。
なぜ、なぜこんな少年に!?
まもりは不測の事態に動揺するばかりだった。
作戦の失敗のこともあるが、それが招いた今の状況……少年の尋常ではない力。
このままでは危ない……自分の命が!
「くっ……あぁっ!!」
首の締め付けが強くなる。
相手が女性だから、という手加減の意思は、キルアには全くない。
こんな殺人ゲームに乗る気はないが、相手がこちらを狙ってくるのなら、それ相応の対応をするまで。
そう。それは、暗殺家業を廃業した時からも、ゴンと友達になった時からも、変わらなかったはずの防衛本能。
「あんた、このゲームに乗ってるのか? 本当にこの世界で全員殺して生き残れるとでも?」
「ち……がうっ」
「はっ、なにが違うってんだよ。今だって俺を殺そうとしてたんだろ?」
「わた……しが、ころ……すのは、せ……セナの……セナのためっ!」
追い詰められたまもりが発した、精一杯の言葉。
しかし、それはキルアにとって思わぬ足枷となった。
「セナのため……? あんたまさか、他の参加者を助けるためにオレを襲ったのか!?」
「そう……よ。私は……セナ以外の参加者を、殺して……最後に、自分も死ん、で……セナを助ける!」
たった一人、大切な人を生かすために、他者を、そして自分をも犠牲にする。
まもりの言葉の意味を理解した時、キルアに生まれたのは、一瞬の油断。
「本気かよ……!」
「そうよ、本気よ!」
首の締め付けが甘くなった一瞬の隙を突いて、まもりが攻めに出た。
キルアの手はまだ自分の首にあったが、腕さえ動かせれば攻撃できる。
まもりは咄嗟にポケットにしまっていたナイフを取り出す。
秒数にしてわずか一。
暗殺のノウハウを知るキルアをも感嘆させるスピードで、まもりはキルアの腕目掛けて切りかかる。
しかし、それはあくまで『常人としては感嘆するスピード』。
真の殺し屋であるキルアにそんな苦し紛れの攻撃が通用するわけもなく――
「あっ!」
ベンズナイフの一撃はキルア腕に掠っただけで終わり、致命的なダメージを与える間もなく払い落とされた。
が、確かに掠った。
この確かな一掠り。それだけで、まもりは勝利を確信した。
「あ……ぐぅっ!?」
ナイフが払い落とされ、まもりは首を掴まれた状態から大きく投げ飛ばされた。
視界が回転し、地面に叩きつけられる。
その衝撃が痛みに変わり、すでにボロボロの少女をさらに痛めつける。
「うぇ、げほっ! ……ごほっ!」
痛みを訴える身体。苦しみを訴える喉。
辛かったが、もう心配はいらない。
自分をこんなに傷つけた少年は、もうじき死ぬ。
もうちょっとしたら効いてくるはず。
中期型ベンズナイフの、鯨でも0.1mgで動けなくする毒が――
「言っておくけど、毒の効果を期待しているのなら無駄だぜ」
「――――!?」
まもりの耳に届いたのは、思わぬ少年の声。
毒――なんで――毒だって――――無駄!?
「大量殺人鬼ベンニー=ドロンが作ったナイフの中期型。0.1mgで鯨でも動けなくするほどの強力な毒が仕込んである。
なるほど。こんな物騒なもん持ってりゃ、あんたみたいなのでも強気になるか」
少年の声から発せられたのは、自分でも知らないようなナイフの情報。
「悪いね。仕事柄、こういうのには詳しいんだよ。それにオレ、毒効かない体質なんだよね」
「――そ、ん、な……」
「セナのために……セナのために、セナのために、セナのために!」
呟きが徐々に大きくなり、叫びへと変わっていく。
追い詰められたねずみが、猫に飛びかかろうとしている。
キルアは本能的に、その『ヤバさ』を感じ取っていた。
感じ取っていたにも関わらず、動くことができなかった。
キルアを止めたのは、「セナのために」。
(大切なヤツのために……他人や自分を犠牲にする、か。もしオレがこいつと同じ立場だったら……)
ゴンを守るため、他の人間を殺せただろうか?
――無理だね――
ドクンッ
キルアの頭の中で、誰かが騒いだ。
まもりは生き延びるため、キルアを殺すため、行動に移していた。
デイバックにしまってあった魔弾銃。信頼できる武器はまだある。
黙れ。
――お前は友達よりも自分が大切なんだろう?――
黙れ。
――お前は友達のために強そうなヤツに向かっていけるか?――
黙れ。
――お前が友達と二人になったとして――
黙れ。
――その友達を殺さずにいられるか?――
黙れ。
――ここで生き残れるのは一人だけ――
黙れ。
――優先するべきなのは自分の命――
黙れ。
――ほら殺そうとしてるぞ――
黙れ。
――逃げろ――
黙れ。
――それとも殺す?――
黙れ!!!!!!!!!!!!!!!!!!
キルアの脳内で起こる何者かとの葛藤。
眼前には銃を構えるまもり。
指はもう引き金にかかっていた。
自分の命を奪おうとしている、引き金が。
キルアとまもり。二人の共通点は、同じくこの世界に飛ばされた『大切な存在』。
ゴンとセナ。キルアとまもりには、この二人をなんとしても守らなければ、という強い意志がある。
では、まもりにあってキルアにないものはなにか?
それはキルア自身がよく分かっていた。
覚悟。
まもりの、自分を犠牲にしてでも守るという覚悟。それがあるから、キルアにも向かっていける。
キルアには、それがない。だから、より確実で安全な選択をしてしまう。格上の相手にも、しり込みしてしまう。
まもりと同じ境遇でありながら、まもりと同じ行動に出ないのはキルアが臆病者だから――
「ちがう!!」
――大阪の住宅街を、銃声が揺らした。
キルアはもう決めたんだ。
殺し屋はもう辞めるって。
暗殺家業は廃業だって。
キルアは友達を選んだんだ。
キルアはオレの友達になったんだ。
もうゾルディック家の操り人形なんかじゃない。
だからごちゃごちゃ言うな。
友達はオレが守る。
キルアもオレを守る。
でももう人殺しはしない。
キルアはキルアだ。
「キルアはオレの友達だ!」
銃声のあと、そこにあったのは棒立ちの少年と横たわる少女。
「はははははは……」
少年が、笑った。
「ハハハハハハ、ははっ」
その瞳には、涙。頭部からは、流血。
「イルミの野郎……オレの頭にこんなの入れてやがった」
少年の手に握られていたのは、一つの針ピン。
兄であるイルミの――なんらかの念能力が付加されたもの。
キルアの行動を縛っていた、元凶。
「はははははは……にゃろう」
キルアは、それを笑いながら握りつぶした。
まもりが放ったイオラ弾。それはキルアに命中することはなかった。
あの一瞬――まもりが引き金を引く直前の一秒間の出来事。
聞こえていたのは、忌々しい兄の声。
聴きたかったのは、大切な友達の声。
友達の声が耳に届くことはなかったけれど――キルアの心には確かに届いた。
だって実際、聴こえた気がしたのだから。
うるさかったのは頭。あんまりにもうるさかったから、ちょっと頭を探ってみればこれだ。
本当に、嫌気が差す。殺したいくらい憎たらしいお節介アニキ――
静かにさえなれば、素人の撃つ銃などなにも怖くはない。
普通に避けて、普通に電撃でショックを与えてやれば、相手はもう動けない。
キルアとまもりは似ているが、それは『大切な存在』を守りたいという心だけ。
友達を守るために他人や自分を犠牲にするなんて選択は、キルアの頭にはない。
(だって、そんなのゴンが喜ぶはずないだろ?)
それどころか、きっと自分を殴り飛ばして「なんでそんなバカなことするんだ!」って言うのがオチだ。
そう、だからキルアは自分を犠牲にしたりしないし、弱者を殺したりもしない。だからまもりもちゃんと生かしてある。
決して、臆病だから、なんて理由じゃない。キルアの、ちゃんとした意思なのである。
「ま、それでも相手がとんでもない悪党なら、ぶちのめすけどな」
ゴンはそれでも命を奪わないだろうが。
少なくともこの少女を殺す必要はない。
殺意は本物だが、彼女自身にはなんの力もない。
全てはまもりの手の中にある、強力すぎる武器がいけないのだ。
「あんた、まだ意識あるか?
力が弱まってるから気絶させられたかどうか分からないけど……とりあえずあんたの武器はもらっていくから」
まもりが所持していた中期型ベンズナイフ、魔弾銃、デイパックの中にあった長剣クライスト(おいおいこんなに持ってたのかよ)。
――そして、最後に出てきたのは『首輪』 。
(! こいつが殺したヤツのか……?)
キルアは首輪も没収する。
ひょっとしたら、首輪を解除する役に立つかもしれない。
キルア自信にそんな技術はなかったが、この世界にはいろんな人間がいる。首輪を解除できる人間もどこかに――?
「とりあえず、悪いけど全部もらっていくよ。あとさ……これに懲りたらもう人殺しはやめた方がいい。
ここにはオレよりもヤバイ奴が結構いるみたいだし、運が悪けりゃ本気で殺されかねないぞ」
キルアは喋るが、それがちゃんとまもりに届いているかは分からない。
「……それに、その『セナ』ってヤツも喜ばないんじゃない? 少なくとも、オレの友達はオレがそんなことしたら百パー殴ってくる」
「 」
「……言いたかったのはそんだけ。ここらへん危ないヤツ多いから、おとなしくどっかに隠れてな。じゃ」
返答を聞くこともなく、キルアは去っていった。
目的をただ一つ、友達との再会に定めて。
まもりは泣いていた。
身体が痛くて、痺れて、とんでもなく苦しい。
でも涙のわけは、なんでもないキルアの一言にある。
『その「セナ」ってヤツも喜ばないんじゃない?』
そんなことは分かってる。
あの子は私が人殺しになって、どんな顔をするだろうか。
それも分かりきってる。
でも、そんなの考えたくない。
だって、しょうがないじゃないか。
自分が守ってあげなければ、セナが死んでしまう。
それがこのゲームなんだ。
今さらやめられるわけがない。
(もっと強くならないとだめかな……セナのために…………)
まもりの意識は、そこで途切れた。
【大阪・市街地/日中】
【キルア=ゾルディック@HUNTER×HUNTER】
[状態]:少々のダメージ、頭部から流血(戦闘に支障無し)
イルミの呪縛から解放(恐怖心がなくなり戦闘力若干アップ)
[装備]:なし
[道具]:爆砕符×3@NARUTO、魔弾銃@ダイの大冒険
中期型ベンズナイフ@HUNTER×HUNTER、クライスト@BLACK CAT
魔弾銃専用の弾丸@ダイの大冒険:空の魔弾×1 ヒャダルコ×2 キアリー×1 ベホイミ×1
焦げた首輪、荷物一式(食料1/8消費)
[思考]:1、ゴンを探す。
2、人殺しはしない。ただし、明らかな敵対心を持つ者にはそれなりに対応。
※『選別』の考えは、キルアの思考から消えました。
【姉崎まもり@アイシールド21】
[状態]:気絶中、唇に出血、殴打による頭痛、腹痛、右腕関節に痛み、精神的疲労大
[装備]:なし
[道具]:荷物一式×2、食料二人分(それぞれ食料、水は二日分消費)
[思考]:1、セナを守るために強くなる(新武器を手に入れる)。
2、セナ以外の全員を殺害し、最後に自害。
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最終更新:2024年03月18日 05:01