0210:死を綴るノート  ◆HDPVxzPQog





静岡を出発した3名は、一路沖縄へ――

「じゃあなかったのかよ~!ついてねー!」
「文句を言わないで下さい、洋一君。
 確かに急ぐとは言いましたが、楽な道を行くとは一言も言っていないのですから」

「世界最高の頭脳」曰く、危険な者との遭遇は可能な限り避けるべきであるとのこと。
実際に意味不明な暴漢に襲われた挙句に大怪我を負わされた洋一としては、文句をつける理由はないのだけれども、
富士の樹海を抜けたばかりなのに、またもや森の中を歩くことになるとは思いもしていなかったのだ。
そう、此処は長野の山奥――でもないけれど。鬱蒼と生い茂る場所。
「先ずは名古屋を目指します。電車に乗りましょう」と言ったLが取ったルートは、
静岡を出て一端長野を経由し、其れから愛知に入るといったものであった。
東京程ではないとはいえ愛知は、人の集う都会である。誰が居るか分かったものではない。
危険な人物の存在の有無を確かめ、慎重に行動する――Lの一貫した方針であった。

そのLといえば、特に怪我をしているようには見えないというのに、
ムーンフェイスに背負われて歩くのをサボっていた。
無論、最初は怪我をした自分をムーンフェイスが背負うという話だったが、洋一自身が拒否したのだ。
大丈夫と言われて見ても、矢張りムーンフェイスは異形の怪物。大人しく背負われているLは何なんだろう。

はァ。何度目の溜息だろう。
「世界最高の頭脳」に出会えた時には珍しく自分の幸運に感謝したものだが、途端にこれだ。
慣れぬ山道。其れでなくても火傷を負った脚を引き擦るように歩くのは大変だった。
「考えがある」と言ったっきり詳しいことは説明してくれないけれど、本当に大丈夫なのだろうか。
Lは人間にしては確かに、頭がいいのかもしれない。
けれど、天才マンのように格闘面でも天才といった宇宙人なわけでもない。
――また、化け物に襲われたらあの人は助けてくれるのか?
不安と不満は募る。月の形をした妙な男――ムーンフェイスとは親しげに話しているように見えるのに、
自分には素っ気無く感じ、疎外感を覚えるのも、洋一が不安になる理由のひとつだった。

#――らっきょのない俺は、唯の人間だ。若しものとき、切り捨てられるんじゃないのかな……

洋一は凡人であるがために、優れ過ぎたLの才能に不安を抱いていた。
暗い顔をした洋一の様子を見て、Lが心配そうに呟く。

「どうしました、洋一君。矢張り、怪我した足が痛みますか?
 ムーンフェイスさん、私は歩きますから、洋一君を――」
「いえ、け、結構です!ま、まだ歩けますから!!!」

大きく手を振って拒否した。「それじゃあ」とLも呟いたまま、口を閉じる。
はァ。二人に悟られないように、溜息をついた。結局のところ洋一に選択肢はないのだ。
――らっきょを見つけるまでは、彼らに頼るしかない。
憂鬱とした気持ちを抱えながらも、L達の背に遅れぬように続く。





洋一の複雑な気持ちを我知らずに、Lはムーンフェイスに背負われたまま思考に耽っていた。
数分前に、二回目の放送があった。数名の死亡者。禁止エリア。全てが有益な情報だ。

「む~ん。着実にゲームは進んでいるようだね」
さしたる感慨もなさげに、ムーンフェイスが語り掛けてくる。
洋一も、ムーンフェイスも、元の世界の知り合いの名前は呼ばれなかったようだ。

「十四名。日本人の名前が多いですね。私の予想より死者は少ないな」
少ないな、と言った割には、Lの顔は憂鬱げに淀んでいる。ムーンフェイスは不思議に思い尋ねる。

「少ない? む~ん。
 少なかったにしては晴れない顔をしているね。意外だ。
 君にとって死者の数が少ないことは、喜ばしいことだろうと思っていた」
「無論、喜ばしくはありますよ。出来れば一人も欠けることなくこんなゲームは終わらせるべきでしたが。
 唯、諸手を上げて喜ぶべき事態でもないということです。
 このゲームの序盤において死ぬ人間が減ったというのには、二つの理由が考えられる」
「二つ?」
「はい。二つです。要するに、殺そうとする者が獲物とする参加者を殺しにくくなった。
 その理由として考えられるのが、二つ。
 一つは、私や洋一君のように戦闘能力のない一般人が殆ど淘汰されてしまった。
 俄かには信じられない事ですが、洋一君と貴方の話を聞けば、このゲームには普通の人間――我々の常識での、ですが――
 以外の者が、数多く参加している。宇宙人、ホムンクルス、魔法を使う暴漢――」

森を歩く道中、三人はそれぞれの世界の話を交わしていた。
少しでも主催者との勝負、其の勝率を上げる情報をLが求めていたからだ。
中でも実際に怪我を負い、生存した洋一の話は興味深かった――死んだ者も、負傷した者も居る。放送の通りに。
Lの話は続く。

「人間以上の力を持つ多くの者が、参加しているんです。一般人じゃあ歯が立たない。真っ先に餌食でしょう。
 第一回目の放送、第二回目の放送で呼ばれた名も、殆どが私の知るような日本の名であることも其れを裏付けている。
 つまるところ――」
「弱者は淘汰され、ある程度の強者のみが残った。故の膠着状態、死者数の減少、だね」
「はい。実力の差が埋められてしまえば、片方が一方的に勝利することは困難になりますから。
 このゲームは、唯勝利すればいいというものではない。勝利した上で、生き残る必要がある。
 不要な戦いは避けたいと思うのが自然な思考でしょう。多少、慎重にもなる。

 唯、このことはあまり重要ではない。膠着状態は一時的なものです。
 多少の実力の差、そんなもの、引っくり返すことの出来るものを、主催者は配布している。例えば、このノート」

Lの世界に存在した死のノート。名を書くだけで他の参加者を殺害出来るアイテムが配布されているのだ。
他の世界の、強力な武器も同時に配布されていると見て、間違いない。

「参加者が死んだということは、その参加者の武器がより凶悪な参加者に移った、ということです。
 無害な人物とならば交渉し、私達の仲間に引き入れ、道具を利用させて貰う事も出来たでしょう。然し、今はもう難しい。
 無害であるような人物は、少なからず淘汰されてしまった後でしょうから。
 他の世界の異常な道具です。洋一君の例を見ても分かるように、直ぐには其の効果を実感することは難しいかもしれません。
 然し、時間がたてば、きっと―― 膠着は、解ける」

予感する。凶悪な人外の怪物が、凶悪な支給品で身を固め、勝利を狙う姿を。

「横道に逸れました。
 大切なのは一つ。これから誰と出会おうとも、其の人物は何らかのエキスパートである可能性が高いということです。
 これまで以上に注意が必要となるでしょうね」
「なるほど。其れは厄介な話だ。素直に喜べないのも、頷ける。もう一つは?」

分析に耳を傾けながら、適度に相打ちを入れる。Lは雄弁であったし、ムーンフェイスは理想的な聞き手だった。

「喜ばしくもあり、注意すべきでもある。もう一つの方が、頭を悩ませます。
 もう一つは、私達がここでこうしている理由ですよ。弱者と、外れくじを引いた者達が、集いつつある。
 ――グループの形成ですね。ライオンが怖い動物は群れを作るんですよ。勝てる勝てないに関わらずにね。
 私達に希望があるとすれば、この点ですね。複数で行動している参加者は、"一先ず"は信頼出来る」
「むーん。けれども、襲撃者の方もグループを形成することは考えられないのかい?
 集団に対抗するには集団だ。頭が相当悪くないならば、それくらいは考え付きそうなものだが」
「このゲームの特殊性は"勝者が一人"であることですから。
 明確に誰かを殺そうという意思があるのが見て取れる参加者と組むことは、何時寝首を掻かれてもおかしくない覚悟が必要です。
 組が出来たとして多くても二人。
 其れも、恐怖や支配、裏切りの可能性を孕んだ異常な関係の筈です。暫くは、こういう輩は避けた方が賢明ですね。
 目的とする集団に、"上手く殺意を隠しながら組を作ってる輩"が混ざる可能性もありますが、一先ずは問題ありません。
 彼らは"無害を装う必要がある"。つまり――」

子供のように指を回しながら言葉を続けるLは、何処か無邪気さを感じさせた。

「――頭脳戦になる、と。なるほど、其れなら君の活躍の場がありそうだ」
「はい。腹の探りあいなら私は誰にも負ける気はありませんしね。"猫被り"が居たら、追い出して、其のグループを乗っ取ればいい。
 我々の次の行動方針は、数人のグループを発見すること。中にマーダー……殺戮者が混じっていれば、排除すること」

Lが懐に収めたノートの事を思い、ムーンフェイスはフフと、可笑しくなった。彼の計画は筋が通っていて清々しい。何故ならば。

「グループ内の邪魔者を排除するのに、其のノートは確かに最適だね。
 他のメンバーに悟られることなく、静かに、速やかに排除だけを実行することが可能だ。
 嗚呼、洋一にも言っておくよ。ノートのことは、3人だけの秘密だ。でも、彼は喋りそうだなあ。堪え性も才覚もない」

更に言えば怪我をしている。足を引き摺る洋一のおかげで進むのが遅れていることを、ムーンフェイスは気付いていた。
Lが望むなら、洋一は今の内に、この腕で――――

「秘密にする旨を伝えるだけで結構です、ムーンフェイスさん」
不穏な思考を巡らせた途端ピシャリと言葉で切り捨てられた。むーん、と月型のホムンクルスは唇を歪める。
何かを告げたそうなムーンフェイスの顔を見ながら、Lは溜息を吐いた。

「私は勝利のために最善を尽くします。が、何かを切り捨ててまで勝利する――というのは好きではない。
 勝利するのなら、"完全な勝利"を目指します。
 洋一君を此処で切り捨て、僅かでも勝率を上げるというのは、"完全な勝利"ではありません。
 本当は――このノートも、出来るだけ使いたくないとさえ、思っています」

言うつもりはなかったし、言う必要のないことだった。ムーンフェイスは非情になれない自分を頼りなく思うかもしれない。
然しながら、自分の意志を伝えることは、意味のないことだとは思えなかった。
デスノートを仕舞った胸を押さえ、更に言葉を並べる。

「私はこのノートに関する事件に関わっていました。
 死を綴るノートを悪用する、ある犯罪者を追ってね。彼の言い分は、次のようなものだった。
 "明確な悪に生きる価値はない"―― 実際、其の犯罪者、キラは犯罪者だけを裁き、殺害していきました。
 私はキラの考えに賛同は出来ませんが、気持ちを理解することは出来ます。
 ――このゲームに当て嵌めてみれば、殺戮者を全て前もって殺害してしまえば、平和な世界が訪れるだろう。
 そういうことなんでしょう」
「む~ん。至極真っ当な考えだと、思うがね。極論ではあるが」

尖った顎を撫ぜながら、興味深そうにLに話の先を促した。

「はい。極論です。一見、正しそうに見える。或いは、キラの言う通りの完全な世界がありえるのかもしれません。
 けれど、人間はそんなに単純なものではない――と、私は思っています。
 一人の人間が、自らの判断基準にのみ拠って、他者を裁く――其の生死を左右する。非常に、危険な思想だ。

 例えば、此処で貴方が洋一君を不要だと判断し、殺したとしましょう。
 そうすると私はもう、ムーンフェイスさん。貴方を信用することが不可能になります。
 "用済みになれば、私も同じように殺すのですね"、と」

ムーンフェイスは暫し無言だったが、直ぐに、フッと息を漏らし「奇麗事だ」と呟いた。Lも特に、否定はしなかった。

「私のエゴですけどね。曖昧な概念には頼りませんが、信頼の無い世界というのは、とても恐ろしいものだとは感じます。
 ――まあ、何にしろ、私はこのノートを使わないで済むようにしたいとは考えていますよ。
 非常事態になったら、其れまで糾弾していた悪事を正しいものと認める、なんてのは完全に私にとって"敗北"ですからね。
 何なら、貴方がこのノートを持っていてくれても構わない。そもそも」
「君がノートを受け取るのを何故拒まなかったのか、と言うのは愚問だ。失敬でもある」
ノートを取り出しかけたLの手を、ムーンフェイスが止める。三日月形の顔に、切れ長の笑みが浮かんでいた。

「"信頼"しようじゃないか、L。君は唯の人間だが、崇高な精神の持ち主だ。非常に興味深いね。
 不要なものを排除せずに、与えられたモノとは別の形の勝利を目指す――"完全な勝利"、か。
 L。相手が君でなければ、笑い話になるところだったよ」
「恐縮です。理解して貰えたようで、嬉しい」

はにかむようにLは口元を緩めた。ムーンフェイスも其れに合わせて、ニヤリと口元を歪めてみせる。
三日月形の顔からは、詳細な表情を窺うことは困難だが、一先ず納得してくれたように見えた。
ノートは可能な限り使わず、生還する。殺すことが前提のこのゲームでは難しい話だ。
何時までこの意地を張っていられるか――
或いは、ムーンフェイスが期待しているのはノートを手にした自分の挙動かもしれない。

流れ行く景色を眺めながら、Lは他の参加者――夜神月のことを思い浮かべた。

彼ならば如何するだろう。このノートを。生き残るために死のノートを。


――――使うだろうか?





【長野~愛知/日中(放送直後)】

【チームL】
【ルナール・ニコラエフ(ムーンフェイス)@武装練金】
[状態]健康
[装備]双眼鏡
[道具]荷物一式(食料一食分消費)
[思考]1:有用な人材のスカウトと支給品の収集
   2:Lを補佐する
   3:生き残る

【L(竜崎)@DEATHNOTE】
[状態]健康
[道具]荷物一式
   護送車(ガソリン無し、バッテリー切れ、ドアロック故障)@DEATHNOTE
   デスノート(0:00まで使用不能)@DEATHNOTE
[思考]1:名古屋駅を目指し、参加者のグループを捜索。合流し、ステルスマーダーが居れば其れを排除。
   2:沖縄の存在の確認
   3:人材のスカウト
   4:ゲームの出来るだけ早い中断
   5:デスノートは可能な限り使用しない

【追手内洋一@とっても!ラッキーマン】
[状態]右腕骨折、ふくらはぎ火傷、疲労
[道具]荷物一式(食料少し消費)
[思考]1:とりあえずLたちに付いていく
   2:死にたくない


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0146:スタートライン×反撃の狼煙 L 0222:マッド・ティーパーティ
0146:スタートライン×反撃の狼煙 ルナール・ニコラエフ 0222:マッド・ティーパーティ
0146:スタートライン×反撃の狼煙 追手内洋一 0222:マッド・ティーパーティ

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最終更新:2024年03月26日 17:02