0283:暴走列島~独走~





越前リョーマは走っていた。
つい数十分前までとは違い、今は自分の足で走っていた。
ウェイバーを盗まれてから愛用していた自転車は今は手元にはない。
さすがにあのままあの場で修理を続ける気にはなれなかったので置いてきてしまったのだ。
呼吸が乱れる。
汗が額を流れる。
それでも一心不乱にリョーマは足を動かし続けていた。

――――――――『ラケットは、人を傷つける道具じゃない!』

そう言っていたあの無表情な部長はどう思うだろう。

――――――――『リョーマくん、がんばってね』

そう言っていた長い三つ編みの同級生はどう思うだろう。

自分がラケットで人を殴って殺したと知ったら、どう思うだろう。

「……ハッ……ハッ……」
上昇する体温とは逆に、少しずつ頭が冷えてくる。
ゆっくりと呼吸を整えながら走る速度を緩める。
「まだまだだね……俺も……」
そう呟き、リョーマは走っている間中も握りしめたままだったラケットを見やる。
ラケットはどうにか原型は留めているもののフレーム部分には亀裂が入っており、すでに使い物にはならなくなっていた。
(……ごめん……竜崎……)
このラケットの持ち主でもある、長い三つ編みの少女の姿が脳裏をよぎる。
彼女は死んだ。この腐ったゲームのせいで。殺された。
恐らくはあのサービスエリアで自分達を襲って来たあのおっさんに。
それでももし……こんな事考えるガラじゃないけど、
奇跡とか起きて竜崎に再会出来た時のために、と持ち歩いていた彼女のラケットを壊してしまった。
よりによって、人を殺したせいで。
「……防衛、だし。仕方ないじゃん……」
そうは言ってみても罪悪感と人を殺した事への後悔は少しも減らない。
それは必ずしも「防衛」とは言い切れないと自分でもわかっているからだ。
あの子が何をしてああなって、何を考えて自分の前に現れたのかは今となってはわからない。
だけどあの子のあの怪我の状態から考えると、自分を襲おうとした可能性はかなり低いだろう。
それはつまり、自分は助けを求めてきた子供――――
あの子は明らかに自分と同じ年くらいかそれよりも下だった――――を殺したのだ。
不可抗力だったとは言え、これはもうどうしようもない事実。
緩やかながらも動かしていた足を止め、リョーマはきつく唇を噛みしめた。


――――――――――未だ生を謳歌しているという幸運に恵まれた者たちよ――――…………


突然頭の中に響く声にリョーマは顔を上げる。
…………“放送”だ。
淡々と……いや、むしろ楽しげに読み上げられていく脱落者の名。
『一輝』、『沖田総悟』、と聞いたことのある名が読み上げられるのと同じように呼ばれた『跡部景吾』の名に、リョーマは小さく息を呑んだ。
この異常な世界において元から知っている数少ない知人。
あまり他人に興味を持たないリョーマにすら強烈な印象を残している、あのサル山の大将が……死んだ?
「……まさか」
あまりにも信じられなくてつい口元が笑ってしまう。
正直なところ、竜崎が死んだことよりも乾が死んだと聞かされるよりも信じがたい。
いや、乾が死ぬところも十分想像できないけど。
ともかく、それくらいあの偉そうな他校の部長は生命力に溢れているように見えたのに。
動揺する自分の心を落ち着かせるために、一つ深呼吸をして帽子を被り直す。
(乾先輩はまだ生きてる。新八さん、だよね?あのメガネの人もまだ生きてる)
まだ全員が全員死んだ訳じゃない。
何の慰めにもならない事実で無理矢理冷静さを呼び戻し、リョーマはとりあえず現状を把握することにする。
「……禁止エリアは新潟と高知って……どこ?てゆーかここどこ?」
今年の4月に日本に来るまでほとんどアメリカで暮らしていたのだ。
日本の地理はまったくと言っていいほどわからない。
近くの街灯の下で地図を広げ、とりあえず禁止エリアの場所を確認する。
次いで周囲を見回し標識を発見したリョーマは、現在地が目的地とは違ってしまっていることを知り 、眉をひそめた。
標識に記されていた地名は『和歌山』。
再度地図を広げ確認すると、どうやら自分は奈良県の北部を突っ切り、ここまで一直線に全力疾走して来てしまったらしい。
あの時は……あまり認めたくないけど頭が真っ白って感じだったし。
ただひたすら――――あの場から離れたかった。一秒でも早く。
だから方向を確認する余裕なんてなかったし、当然と言えば当然なのかもしれないけど。
「……とりあえず、方向は合ってたって事で」
やれやれ、と肩をすくめ、改めて自分の余裕のなさに苦笑いする。
流れ落ちてきた汗を乱暴に袖口で拭い、リョーマはひとまず近くの茂みの陰に座り込んだ。
新八を早く探しに行かなくてはいけない。
だけど――――非道く、今までにないくらい疲れた気がする。
ってゆーか……ほんとに疲れた。
これくらいの持久走、いつもの“負けたら乾汁持久走”とかに比べれば全然楽なはずなのに。
やっぱりこんな自分でもこの状況に緊張してるのだろうか。
「まだまだだね……」
何となくこんな状況でさえ動揺しなさそうな化け物じみた先輩を思い出し、自嘲する。
こんなことじゃ勝てやしない。部長にも、親父にも。
そんな事を思い再度自嘲する。
ペットボトルの水を喉に流し、支給品の中に入っていたジャムパンを口に入れる。
簡素な食事を終え一息つくと、真っ先に思い出されるのはあの子の死んでいく表情。
「……ごめんって言ってもどうしようもないよね……」
罪悪感はあるし反省も後悔もしている。
謝りたいとも思う。
だけど……誰に?あの子の知り合いに?あの子の名前すら知らないのに?
「ちょっと待ってよ」
もしかして、と思いついてしまった事実に心臓がドキリとする。
自分は、あの子の名前を知ってるかもしれない。
琵琶湖で出会った星矢と麗子。
彼らから聞いたアイゼンの話。
そこに出てきた登場人物の中に、1人、子供がいなかった?
「もしかして……あの子がキルア……?」
聞いた話と見た人物の人相がダブる。
もしも、もしもそうなのだとしたら。自分は。
「マジで……?」
いい加減暗くなった空を見上げ大きなため息をつく。
もしそうなのだとしたら、自分は脱出を考えていた人を殺したばかりか、あの二人の知り合いを殺したことになる。
きっとあの煩い星矢は自分を責めるだろう。殴られるかもしれない。
麗子もきっとさっきみたいには接してくれないだろう。
「……マジかよ……」
何の運命のいたずから、よりによって数少ない知り合いの知り合いを殺してしまうとは。
めったに落ち込んだりすることのないリョーマにとってもこの事実はかなりの衝撃である。
今だったら、自分を助けるためにあのおっさんを殺した新八の気持ちがわかる。
不可抗力だけど……どうしようもない罪悪感。

――――どうすればいいわけ?俺はこれから。
あの子を殺したことを麗子さん達に報告して責められて謝って、それでも泣いて許しを請えばいいわけ?
それとも俺も殺したお詫びに死ねばいいわけ?
そうしたら許されるの?
てゆーか、人殺しって許されることなわけ?
許されないなら俺はどうすればいいわけ?







「…………めんどくさ」

思わず口から出たのはそんな言葉だった。
かなり不謹慎な発言なのだろうが紛れもない本心。
謝るのとかがめんどくさいんじゃない。
今、この状況で先のことを考えるのがめんどくさくなってしまったのだ。
だって――――――――俺がここでお詫びに死んでもあの子が生き返る訳じゃない。
だから今、自分のやるべき事はそんな事じゃない。

「……生き残れたら、謝るよ。ちゃんと」

幸か不幸か生まれつきか、罪の意識に我を忘れて取り乱すことなどできやしない。
冷静に自分のしたことを受け止めて、冷静に自分がすべきことをやるだけだ。
今、自分のすべき事は新八を探すこと。
アイゼンの計画を阻止すること。
そして――――――――

「俺はこんな所で死ぬ気はないよ」

生き残ること。
自分の犯した罪を償うためにも。
帰りを待っている人たちのためにも。
デイバッグに壊れかけたラケットをつっこみ、リョーマは立ち上がった。
休みたい……できれば一眠りしたいところだけど時間はなさそうだ。
「……そうだ」
茂みから出たリョーマは、ふと思いついて足を止めた。


『アイゼンにだまされるな』

支給されたメモにそう書き、街灯に手拭いで縛り付ける。
誰にも発見されないかもしれない。
だけど、もし、新八に話を聞いて信じてしまった人が見つけて少しでも疑問を持ってくれれば…………
時計を見ると午後6時を少し過ぎている。
思ったより時間が経ってしまっているが……新八はどこにいるのだろう。
先程の放送でまた新八の知り合いの名が呼ばれていたが……大丈夫だろうか。
知り合いが全員死んで、更には自分も人を殺してしまったあの人の心は大丈夫だろうか。

「…………どうしようもないか」

今、ここでこうして新八を心配していてもどうしようもない。
とにかく今は行動あるのみ、だ。
あの人はもう琵琶湖に着いてしまっただろうか。
少しの時間だけ悩み、リョーマは進路を東に取ることにする。
新八の妙な悪運を信じて琵琶湖に戻ろうと決めたのだ。


悲しみも怒りも罪悪感も全て胸の内に収め――――それでもなお折れない心を支えにリョーマはまた走り出す。
「……テニスしたい……」
今、最も叶えて欲しい願いを呟きながら。





【和歌山県(高野山付近)/1日目・夜】
【越前リョーマ@テニスの王子様】
 [状態]中度の疲労
 [装備]線路で拾った石×4
 [道具]荷物一式(1日分の水、食料を消費)
     サービスエリアで失敬した小物(マキ○ン、古いロープ爪きり、ペンケース、ペンライト、変なTシャツ )
     テニスラケット@テニスの王子様(亀裂が入っている)
 [思考]1:琵琶湖に戻り新八を待つ。アイゼンの計画を阻止。
    2:情報を集めながらとりあえず地元である東京へ向かう。
    3:乾との合流。
    4:生き残って罪を償う

【備考】1:両さんの自転車@こち亀(チェーンが外れている)はキルアの死体の側に放置されています。
    2:キルアの荷物(荷物一式(1/8の食料を消費)、爆砕符×2@NARUTO、魔弾銃@ダイの大冒険
      魔弾銃専用の弾丸@ダイの大冒険:空の魔弾×7 ヒャダルコ×2 ベホイミ×1
      中期型ベンズナイフ@HUNTER×HUNTER、クライスト@BLACK CAT、焦げた首輪)
      には気付きませんでした。
      これらはキルアの死体の側に放置されています。

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273:交錯する想い、光……そして闇 越前リョーマ 341:暴走列島~原点回帰~

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最終更新:2024年05月02日 11:53