0282:狂乱サンドイッチ





「この声は……間違いない、悟空だ!」
突如聞こえてきたその叫び声に、クリリンは歓喜した。
それは、かつて同じ師の下で修行した盟友。それでいて、もっとも信頼できる仲間。
絶対的な力を持つ……クリリンの計画の要。

「悟空? この声の主はクリリンさんの知り合いですか?」
「え? あ、ああ。孫悟空っていうんだ。あいつが……あいつがこの近くにいる!」
あの声は間違いなく悟空。
耳に馴染んだ大声は、今置かれた状況を忘れさせるほどクリリンを興奮させた。

「しかし、だとしたら心配ですね。あの叫び声は尋常ではなかった。もしかしたら他の参加者に襲われているのかもしれない」
「へ?」
「それもそうだ。しかもクリリン君を追ってきたあの彼、叫び声のしたほうに走っていったみたいだけど」
「うそ!?」
木陰の脇から見てみると、そこに伊達の姿はなかった。

その瞬間、クリリンの脳内で様々な考察が展開する。

一、悟空はなぜ叫び声を上げていたのか?
月の言うとおり襲撃者に襲われている可能性もあるが、悟空ならまず返り討ちだろう。
しかし、この殺人ゲームの舞台では、それも絶対ではないかもしれない。
気円斬でも斬れなかったトンファー、ことごとく攻撃を吸収した不思議な貝、などの役立つ支給品の存在。
もしかしたら、それらを駆使した参加者十人くらいに袋叩きにされている可能性もあるかもしれない。
そういう状況なら、あの悟空でも叫び声くらい上げるだろう。

二、このまま悟空と伊達が対面したらどうなるか?
伊達はブルマの仲間。ゲームに乗ったマーダーである可能性はまずないので、
同じくゲームに乗っている可能性が皆無な悟空と対面しても、戦闘になることはないだろう。
その上で、もし二人が情報交換でもしてしまったら……
間違いなく悟空にクリリンの名前が伝わる。ブルマを殺した『ゲームに乗った者』として。
そうなっては、事情を説明するのが面倒だ。勘違いして一発殴られでもしたらたまらない。
計画を円滑に進めるためにも、悟空に自分の計画がバレるのは、もう少し数が減るまで避けたい。

一については、実際にこの目で確かめてみなければわからない。
二については、簡単な解決方法がある。それは、自分の情報が漏れる前に伊達を殺すこと。
しかし、傷ついた今の身体ではそれも難しい。誰か、代わりに伊達を始末してくれる協力者でもいればいいのだが……

「……奴を追おう」
汗を垂らしながら思案するクリリンにそう提案したのは、セーラー服に身を包んだ少女。
いや……少女と呼べるのは、その外見のみ。彼女の本性は、悪を憎み正義を貫く、錬金の戦士。
「君を追っていた奴が本当にマーダーだというのなら……君の仲間が危ない」
カズキの死による怒りを沸々と滾らせ、斗貴子は歩みだした。
クリリンの話がまだ本当かはわからないが、疑っている内に手遅れになってしまっては困る。
もう、カズキのような犠牲を出してはいけない。
まだ素性が怪しいとはいえ、自分のように、仲間を失う悲しみを味わわせてはいけない。
弱きを守り悪を挫く――それは、錬金の戦士として当然の決断だった。


第三放送で、また新たなる仲間の死が告げられた。
その者の名は富樫源次剣桃太郎と同じく、男塾出身の戦友だった。
また一人……仲間が死んだという事実。
どうしようもない憤りが、伊達臣人の足を加速させた。
彼が目指すのは、福井で見つけた殺人者。ブルマを殺し、リンスレットまでもを襲った、凶悪な殺人者。
その小柄な体格からは想像できなかったが、ブルマの死体を見て確信した。
手刀で胸部を一突き。武器も使わず、己の手だけで人を殺めるその技術。
あんな常人離れした殺し方は、素人に真似できるものではない。
暗殺拳かなにかだろうか……とにかく、ブルマを殺したクリリンは、相当な実力者だ。
ならば、桃や富樫を相手にした可能性も出てくる。クリリンが彼らを殺したのかどうかはわからないが、手がかりには違いない。

アビゲイルの元を離れ、クリリンを追っていた伊達は、いつの間にか岐阜県まで来ていた。
地面に滴る微かな血の跡を頼りにここまで来たが、標的は未だに見つからない。
そんな矢先、突然男の叫び声が木霊した。
悲鳴には聞こえなかったが、なにが理由であんな叫び声を上げたのか。
伊達はクリリンの捜索を一時中断し、その叫び声のほうへ向かった。


叫び声を上げたのは、孫悟空
力の限り足を動かし、邪魔になるような障害物は蹴散らし、ここ岐阜まで爆走してきた。
彼は他の参加者に自分の位置がばれてしまうかもしれない、という心配は一切していない。
というよりも、考えられるような状態ではなかった。
彼の頭の中は、誰にも覗けない。今はただ、走る。走る走る走る。
「止まれ!」
止ま……る?

走り続けていた悟空が、やっとその足を止める。
彼を止めたのは、伊達臣人
なんのために自分を止めたのか。なんのために目の前に立ちはだかるのか。
なぜ、なぜ、なぜ???

「う……わぁあああぁああぁあぁぁぁあ!!」
「――! なに!?」
気がつくと、悟空は伊達に襲い掛かっていた。
自分の進行を止めようとする障害物に、ただそれを壊そうと、拳を振るう。

(……ちぃ、いきなりか。これはわざわざ訊く必要もねぇな)
目の前の男は、ゲームに乗っている!
そう判断した伊達は、持っていた『首さすまた』で悟空の拳を受け止める。
その攻撃は直線的だったため、簡単に防御することができたのだが、
「うぐ!?」
予想以上に、重い。
悟空の拳が生む衝撃は、防御を関係なしに伊達の身体を揺さぶる。
その一撃だけで、伊達は悟空の実力がかなりのものであることを悟った。

こいつは骨が折れそうだ……と、伊達は首さすまたを構えなおす。

「う……あああああああああああああああああ!!!」
悟空の雄叫びと共に、拳のラッシュが伊達に降り注ぐ。
今回は初撃のような失態はしない。相手の力を考慮し、受け止めるのではなく受け流す。
そして、生まれた隙を首さすまたで突く。
「――ガッ!?」
あまりに無茶で強引な攻撃方法をとっていた悟空には、これを避けることができなかった。
首さすまたの刃が脇腹の辺りを掠め、悟空を吹き飛ばす。

生まれる一定感覚の距離。
槍の技を繰り出すには絶好の間合い。
「――覇極流奥義千峰塵!」
伊達の持つ覇極流槍術の中でも、随一の連撃速度を持つ槍の猛襲。
その全てが、悟空の正面へと伸びる。
「……うあ……!」
その攻撃に対し、野生的な反応速度を見せる悟空は――なにもしなかった。
「――!?」
攻撃を正面から受けるも、悟空はなんとか後ろに後退することでその衝撃を和らげる。
が、その身体は吹き飛ばされ、地面を滑った。
(なんだ……こいつは?)
そのおかしな一瞬を、伊達は見逃さなかった。
攻撃を放つ一瞬、悟空の身体にはそれを防ごうとした動作が見られた。
しかし、悟空はその手を不自然に止め、攻撃をまともに受け止めたのだ。
しようと思えば、もっとまともな防御ができたはずなのに。

……伊達には知るよしもない。
このとき悟空が戦っていたのは、伊達ではなく『もう一人の存在』だということを。

「――うおぉぉぉぉぉおおおぉぉぉぉおぉぉぉおおお!!!」
悟空に違和感を覚える伊達の真横、木の陰から、新たな叫び声が。
「な!?」
突然現れたそれは、手に斧を持ちながらこちらに向かってくる。
その周囲に、誤魔化しようのない殺意のオーラを纏って。

「――喰らえ!!」
「――クソ!?」
咄嗟の攻撃に、伊達はなんとか反応してこれを防ぐ。
斧の一撃は首さすまたで払いのけ、新たな襲撃者との距離が取れたところで気づいた。
「……女?」
横から現れた襲撃者の正体は、セーラー服を着た女性だった。
見た目は学生。手に持った斧と、殺気の漲る瞳に目を瞑ればの話だが。

「……ちっ、なんだおまえは。こいつの仲間か?」
見事なタイミングで現れた、二人の襲撃者。
二人とも自分を襲ってきたとあれば、考えるまでもなく協力関係であることが窺える。
だが、セーラー服の少女から発せられた言葉は、伊達の予想とは違ったものだった。

「そんなことはどうでもいい……私は、今ここで貴様を殺す!!」
その少女――津村斗貴子は、既に確信していた。
抵抗しない悟空を、一方的に斬りつけた伊達の姿。そして、地面に転がる悟空。
見間違いのしようがない。斗貴子は、伊達が悟空を襲っていた場面を目撃したのだ。
それ即ち、クリリンの言葉が真実であるということ。
目の前の殺人者……ホムンクルスとなんら変わりない悪は、斗貴子の怒りを掻き立てた。


一対二。二人の狂乱戦士に挟まれるというこの戦局図。
こんな状況になるのだったらと――伊達の頭に三枚のカードがよぎった。



リンスレット・ウォーカーの(プチ)脳内手記2~

伊達から託された、三枚のカード。
衝突(コリジョン)、使用者をこのゲーム中で会ったことのない参加者の元へ飛ばす。
漂流(ドリフト)、使用者を行ったことのない場所(このゲームでは県単位で区切る)に飛ばす。
左遷(レルゲイト)、対象者を舞台上のランダムな位置に飛ばす。

……なにこれ、めちゃくちゃ便利じゃない。
このカードがあれば、たとえマーダーに襲われたとしても簡単に逃げることができる。
まあ、衝突や漂流のカードは別のマーダーと対面してしまうって危険性もあるけど。
左遷は、相手の名前さえわかれば比較的安全に使える。
考えようによっては、どんな強力な武器よりも使える代物かもしれない。
こんな便利なものを他人に渡すなんて、伊達は頭が悪いんじゃないだろうか。

「彼としては、そういう小細工じみたものはあまり好かないのでしょう。
だからこそ、非力なお嬢さんのためを思ってここに置いていった。
自分はお嬢さんを傍で守ることができないからと! まさに『男』じゃあありませんか!」
……熱弁するアビゲイルには、正直ついていけない。
つまり、これは彼なりの優しさということなのだろうか。
だとしたら素直に嬉しい。無愛想だったけど、ちょっと格好良かった気もするし。まあ好みじゃないけど。

「とにかく、お嬢さんはしばらくここでお休みください。もうすぐ夜もふける。今は行動を控えたほうがいいでしょう」
「ええ。そうさせてもらうわ。あなたは?」
「私は、隣の部屋でこれを調べてみます」
アビゲイルが取り出したのは、ブルマが持っていた首輪。
クリリンを発見する前、両断された男の死体から入手したものだ……うっ、思い出したら気分が。

「道具がなにもないので、あまり大したことはできませんが……まあ他にやることもないので、気楽にやりますよ」
「……そう。がんばってね」
「ふむ? やはりまだ調子が優れないようですな。なんでしたら、私が付きっ切りで看病して差し上げても……」
「い、いい! けっっっっっっっっこうです!!!」
私は、全力を持ってお断りした。

そうなのだ……冷静になって考えてみれば、ブルマが死に、伊達が去った今、私の仲間は……アビゲイル一人。
これから当分、この優しいんだけど気味の悪いおっさんと二人きりだということを考えると……憂鬱だ。
ああ! 早くトレインたちの見慣れた顔が見たい。

……うん? そういえば、私が眠っている間に放送が流れたみたいだけど……彼らは無事なのだろうか?
まああいつらが簡単に死ぬとも思えないし、アビゲイルもなにも言ってこなかったから、たぶん無事なのだろう。
とりあえず今は、このフカフカのベッドで休むことにする。
じゃ、お休み……

            ~リンスレット・ウォーカーの(プチ)脳内手記2 完~



斗貴子は知らない。伊達が、襲われた側であることを。
しかし、目は口ほどにものを言う。
タイミング悪く、悟空が伊達を襲った場面を見なかったこと。
タイミング悪く、伊達が悟空を襲った場面を見たこと。
それに加えて、カズキの死による混乱がもたらした判断力の低下。
同時に発生した殺人者への怒りと、再度自覚した、錬金の戦士としての使命。
これらが重なった状況で、誰が斗貴子を止められようか。

「貴様を殺す前に一つ訊いておく……カズキ、武藤カズキという名の少年を殺したのはおまえか?」
「武藤……カズキ?」
知らない名だった。そして同時に、その質問でいくつかの疑問が浮かぶ。
カズキというのは、先ほどの放送で呼ばれた名。彼女は、カズキという参加者の知り合いなのだろう。
となると、彼女の目的は復讐か? だとしたら、なぜ自分を襲う?
一番納得のいく答えは……勘違い。
この少女は、自分を殺人者と勘違いしているのではないか。

そういう結論に達した伊達は、斗貴子と一度話をしようとするのだが、
「うありゃあああぁぁぁぁあぁ!!」
いつの間にか立ち上がった悟空が、再び襲い掛かってきた。
「――なに!? くっ!」
斗貴子に気を取られていた隙を突き、悟空が拳を打ち込む――

(――な!? また……!?)
――と思われたが、その動きがまたもや制止。攻撃は中断される。
振り払おうと振るった首さすまたになぎ払われ、止まっていた悟空は宙を舞う。

再度確認された悟空の不自然な動き。
戦う気があるのかないのか。
悟空の存在に、伊達は困惑していた。

「君はそこで大人しくしていろ! こいつは私が倒す!!」

その、一瞬の隙。
「唸れ、真空の斧!!」
「――!?」
突如巻き起こる突風。
ダメージを受けるほどの衝撃ではなかったが、伊達はよろめき、体勢を崩してしまう。
そして、隙が生まれたその瞬間。
伊達に、斗貴子が襲い掛かる――


その光景を見ていた悟空は、攻撃に移ろうとした手を止める。
(ひゃぁぁ~あいつら強えなぁ。オラもあいつらと……)
――戦いたい?
(オラ強え奴らと戦うのは大好きだ)
――じゃあ戦えばいい。
(ああ。だけどよ……これは人殺しのゲームだぞ。そんな中で戦うわけにはいかねぇだろ)
――気にするな。あいつらは『強え奴ら』なんだろ? 簡単には死なないさ……
(おお、それもそうだな! でもよ……じゃあなんであの二人は死んじまったんだ?)
――あの二人? ああ、あの赤毛と色黒の奴か。そんなもん簡単さ。奴らは弱かった。だから死んだんだ。
(オラが、殺したんだよな?)
――そうだ。
(オラは……強くもねぇ奴らと戦って、そいつらを殺しちまったのか?)
――そうだ。
(なんで……なんでオラは強くもねぇ、簡単に死んじまうような奴らと戦ったりしたんだ!?)
――それはな、おまえが戦いに飢えた戦闘民族……

       サ イ ヤ 人 だ か ら さ !


「……か、め……」
次の瞬間には、悟空は腕を構えていた。
それは、明らかな戦闘参加への意思表示。
悟空の心の葛藤は、決して外野に聞こえることはなく、この瞬間決定付けられた。

悟空からは距離を取り、伊達には隙が生まれた。
今なら邪魔する者は誰もいない。
斗貴子は、再度伊達に襲い掛かる。
構えるのは、月から借りた真空の斧。
本来、斗貴子の戦闘スタイルの持ち味は、彼女の持つ武装錬金『バルキリースカート』を使った四本の可動肢による高速移動にある。
だが、核鉄を持たぬ現状では、本来のスピードで相手を圧倒するような戦い方はできない。
それでも、斗貴子は熟練された戦士。手持ちの武器だけでも、十分に渡り合える。

一撃目。
斗貴子が次に構えたのは、ポケットにしまっていた一丁の銃。
道中で見つけた少年の死体から拝借した、ワルサーP38である。
風の衝撃で隙のできた伊達に、問答無用でその弾丸を撃ち込む。
狙いは脚部。まずはその足を潰そうと、膝のあたりを集中砲火。
突風に銃撃という、予想外の連続コンボに、伊達はこれを避けることができなかった。
「ぐっ!!」
その足は折れ、地に膝が付く。そうしている間にも、斗貴子の狂気は続く。

二撃目。
真空の斧を構えての、突撃。
体勢の崩れた伊達に回避の選択はなく、足を動かせぬ状態で首さすまたを振るう。
真空の斧、首さすまたの刃の部分が交錯し、金属音が響き渡った。
力で言えば斗貴子よりも伊達のほうが上。このまま押し切れば、伊達の勝利。
もちろん、斗貴子もそんなことは承知している。
両者の武器が交錯するやいなや、斗貴子は真空の斧を手放し、瞬時に伊達の横合いに回り込む。
伊達の振るった首さすまたは空を切り、真空の斧は宙を舞った――

「ひっ!」
伊達に吹き飛ばされた真空の斧は、月たちの潜んでいる木陰の、真横に位置する木に突き刺さった。
斗貴子と伊達と悟空。三者の戦いを傍観するのも、また三者。
それぞれ思うは、自分の身と――

(クソッ、なんなんだあいつは! とんだじゃじゃ馬じゃないか! ああいう感情で動く奴は、最も扱いづらいタイプだ!)
月は、己の感情のままに戦う斗貴子に怒りを覚えた。

(すごいな彼女は! 戦えるとは聞いていたが、予想以上の使い手のようだ。そしてなにより、クリリン君の知り合いらしいあの青年……)
友情マンは、斗貴子の実力、そして悟空の存在にほくそ笑む。

(悟空の様子がおかしい……第一、なんで悟空はブルマさんの仲間を襲ってるんだ?)
伊達がいるところに姿を見せるわけにもいかず、悟空と接触できないでいたクリリンは、様子の変な悟空に疑問を抱いていた。

彼の思考は、全て一秒にも満たない一瞬の内のこと。
その思考が終わる頃にはすでに……斗貴子と伊達を取り巻く状況は変わっていた。

三撃目。
完全に隙だらけとなった伊達の横、斗貴子が繰り出すは二本の指。
反応して振り向いたのが命取り。斗貴子の槍のように伸ばされた指は、伊達の眼前に――

「――――っぐあああああああああああああああああああああああ!!?」

目潰し。これが斗貴子の放った三撃目。
深く沈みこんだ斗貴子の指は、引き抜かれる際に余計なものも一緒に排出した。
それは……伊達の眼球。
右と左、黒と白。紛れもない、人間の目玉が、斗貴子の指に突き刺さっていた。

一対二という逆境。片や悩むように攻撃を中断する男、片や勘違いで襲ってくる女。
ぶっきら棒だが確かな優しさを持つ男――男塾の新一号生筆頭、伊達臣人
このおかしな襲撃者二人を敵として認め切れなかったのが、伊達本来の力を発揮できなかった理由か。

視界を失い、斗貴子の居場所がつかめない。
この絶好の機会に、斗貴子は再びワルサーP38の銃口を向ける。
伊達の――腹部に。

「臓物を――」
とどめの一撃――

「……うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
伊達臣人は……男塾塾生は、これしきの逆境に屈する人間ではない!
「な――」
視力を失ったことが、逆に伊達の闘争本能を活性化させたのだ。
横薙ぎに繰り出された首さすまたの一撃は、風を切る音とともに、斗貴子が引き金を引くより早く、
「――!?」
少女の小柄な身体を、吹き飛ばした。

「がはっ!」
横からの打撃は、斗貴子を大きく吹き飛ばし、地に転がす。
刃が交錯しなかったため切り傷はつかなかったが、その衝撃は斗貴子の左脇腹の骨を砕き、とどめを刺すのを困難にさせた。

そして、それが斗貴子にとっては幸い、伊達にとっては不運な結果となる。

「……は……め……」

その男のか細い声は、伊達にも斗貴子にも聞こえることはなく。
ただ伊達が感じることができたのは、大きな殺気。
そしてそれと同時に溢れる、絶大な力の波動。

視力をなくした身だが、その殺気に反応して防御の体勢をとった伊達は、動きを止めた。
回避ではなく、防御を選択したこと。
斗貴子をその殺気の範囲外に吹き飛ばしたこと。
それは、彼らの未来にどういう影響をもたらすのか。
結果は、いかに――

「……波ぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああっ!!!」

放たれたのは、悟空の『かめはめ波』。
その衝撃で、あたり一帯が吹き飛んだ。
莫大な破壊エネルギーの放射は、傍観していた三人をも巻き込み、木を、草を、森を破壊し、塵にする。


「っごほ、ごほっ、く、クソッ!?」
土煙の舞う中で、月はその身を起こした。
その胸中には、怒りしか込み上げてこない。

(くそぉぉぉ!! なんだっていうんだ、どいつもこいつも!)
常識離れした超常能力のオンパレード。歩く生体兵器とでもいったところだろうか。
このゲームには、そういった危険人物か、行動を予測できないほどの馬鹿しかいないのか。
ゲーム開始から数時間、月の憤りは、そろそろ限界を超えようとしていた。
(Lは死なず、ミサは一向に現れない! そのうえ僕の周りは馬鹿ばかり! なんなんだこの世界は!!)
まるで月の思いどおりならない世界。
月の怒りは、今まで関わってきた全ての参加者、主催者に。そして、この世界自体に。

しかし、土煙でお互いの姿が見えなくなった今、あるいはその今こそがチャンスなのかもしれない。
イヴのときと同じような結果が訪れる前に、馬鹿な仲間に見切りをつけるチャンスが、今。
(だが……あのじゃじゃ馬はともかく、友情マンは別だ。奴は僕と同じように何かを企んでいる)
こういった世界では、危なっかしい戦闘能力を持つ馬鹿よりも、友情マンのような『他者を利用する輩』のほうが扱いやすいかもしれない。
人心掌握に関しては、この世界で月の右に出るものはいない。万が一、いや億が一にも出し抜ける可能性を持つ者といえば、Lくらいだろうか。
(とにかく、友情マンとはまだ協力する価値がある。この混乱に乗じて奴と接触を……)

……本当に、この世界はまるで月の思い通りにならない。
あまりにも月の住む世界とかけ離れ、異常な参加者が集っている。
そんな中、真に生き残れるのは誰か。

それは、頭脳を駆使し、他者を利用し、うまく立ち回れる知恵を持つ者。


ドシュッ


「…………は?」
違った。頭脳を駆使し、他者を利用し、うまく立ち回れる知恵を持っていて、それでいて自分自身も力を持つ者。
そう、たとえば彼のような。

「友……情、マン……?」
「悪いね月君。あまりにもがら空きな背中だったんで、今は減らせるうちに減らしておくべきだろうと判断したんだよ」
見ると、月の胸に鋭く尖った木片が刺さっていた。
どうやらそれは背中から……友情マンの手に持たれた状態で突き刺さっているらしい。

「馬鹿な……なぜおまえが……ここで僕を殺す?」
友情マンがなにかを企んでいたのには気づいていた。
自分か斗貴子、もしくはその両方を利用しようとしていたことも。
ではなぜ今殺すのか。考えられる理由は二つ。
『チャンスが訪れたから』『利用する必要がなくなったから』
おそらく、どちらの理由も当てはまるのだろう。

「君たちと一緒にいる必要は、もうなくなったんだよ。なんせ……」
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
友情マンが喋り終わる前に、その真横を悟空が叫びながら通過していった。

「僕は、彼と友達にならなくちゃいけないからね」
(友達に……なる!?)
月には意味が分からない。次第に考える力もなくなっていく。
「もうそろそろお休み。君は、爆風で吹き飛んだ木片が運悪く背中に刺さって死亡って風に偽装しておくから」
最後の手向けとして、友情マンは優しい言葉で月を送る。

(く……そぉぉぉ!! 僕が、この新世界の神となる僕が……こんな、こんなふざけた格好の奴に……!?)
最後まで怒りが収まることはなく、呪いでもかけかねない形相で友情マンを睨み、
新世界の神となるはずだった男は、そこで息絶えた。

「さて、悟空君だっけ。早く彼を追わないとね」
飛び散った血を拭き取り、友情マンは走り去っていた悟空を追跡する。
彼の計画は、ひとつ。悟空と友達になること。
あの底知れぬパワー。必殺技の威力。おそらくは、勝利マン世直しマンと同じクラスかそれ以上。
加えて彼の精神状態。錯乱したように喚き散らし、目の前に立ちはだかる者に襲い掛かる。
(なんてことはない……彼は、怯えているのさ)
突然連れてこられた、殺人ゲームという現実に。自分の持つ絶大な力に、怯えながら。
そんな彼の心に必要なものはなにか。簡単だ。『友情』である。
彼は単に不器用なだけ……かつて友情マンの傍に付いていた友達、一匹狼マンと似た境遇にあるのかもしれない。
いや、彼と友達になるのは、一匹狼マンのときよりもずっと容易いだろう。
怯えた心は、隙間だらけ。その隙間に、ちょっと『友情』を持って入り込むだけのこと。
友達作りを得意とする友情マンにとって、悟空ほど友達になるのが簡単な者もいないかもしれない。

(彼と友達になりさえすれば……他の奴らは必要ない。彼がいれば、本当の意味で百人力だ)
悟空の見せた力は、友情マンを魅了した。
彼は、これまでのちゃちな友情に見切りをつけ、新たな友達に惹かれて走り去ってしまったのだ。

なんと、薄情な『友情』だろう――


「ごほっ、クソ、悟空ぅー! おい悟空ぅぅ!!」
未だ土煙の止まぬ森の中、クリリンは悟空を求めて叫んだ。
彼の足元には、倒れこんだ一人の人間が。
悟空のかめはめ波を受け、その命を落とした――伊達臣人
悟空と斗貴子、二人の狂気に挟まれた彼は、最後になにを思い、なにを残して死んでいったのか。
それは、誰にもわからない。

「うわあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「――!? 悟空!?」
もう何度目になるかわからない叫び声は、クリリンの存在に気づくことなく遠くなっていく。
「ちくしょうっ! どうしちまったんだよ悟空!?」
悟空がなぜあんなに錯乱していたのか、クリリンにはそれを知るすべがなかった。
と、視界に新たな死体が映る。
大の字に転がるその土まみれの姿は……

「……斗貴子さん」
自分のせいで伊達を殺人者と勘違いし、その結果、悟空のかめはめ波に巻き込まれて死んだ、戦士・斗貴子の姿。
クリリンはその死体にそっと近づいていく。

ピッコロを優勝させるため、参加者は全員殺さなければならない。
そう頭では理解していても、やっぱり人が死ぬのを見るのは辛い。
ただただ、クリリンは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

「奴は、どうなった」
「!?」
――喋った!?
てっきり死んだかと思っていた斗貴子は、生きていた。
よく見ると、目立つ外傷もない。運よくかめはめ波が直撃しなかったのだろうか……?

「あ……悟空が倒したよ」
「……そうか、強いんだな君の仲間は。結局、私は役には立たなかったかな……」
弱々しく口を開く斗貴子に、クリリンは黙って耳を傾けた。
「こんなことだから……カズキも守れない。こんなことだから……私が、弱いから……」
斗貴子の声は、悲しみで震えていた。

違う。斗貴子がいたからこそ、斗貴子が善戦したからこそ、伊達を始末することができたのだ。
そんなことも口に出せず、思うは。
(……同じだ)
クリリンは、斗貴子にそんな感想を抱き始めていた。
一人で使命を背負い、一人で悩み、一人で苦しんでいる。
たった一人、孤独な人数減らしを続けるクリリン。たった一人、弱き者を守ることを誓う斗貴子。
たった一人、死んでいく参加者の悲痛に悩まされるクリリン。たった一人、カズキを死なせてしまったことに悩む斗貴子。
たった一人、背負った罪悪感に苦しむクリリン。たった一人、なにも守れない自分に苦しむ斗貴子。

「あのさ……」
クリリンは斗貴子がなにを背負って苦しんでいるのかを知らない。だが、直感で自分と斗貴子は同じ境遇だと、感じ取っていた。
「一つだけ、あるんだ。このゲームを、全部なかったことにできる方法が」
だからかもしれない。クリリンが斗貴子にドラゴンボールのことを伝えようと――この苦しみを共有しようと思ったのは。


(オラは、オラは、オラは!)
森の中を疾走する悟空。
今、彼の心を支配しているのは誰なのか。

風に揺れる森のざわめきが、まるで彼の内に潜む者の嘲笑のように聞こえた――





【岐阜県南部/森/夜】
【津村斗貴子@武装練金】
[状態]:カズキの死による精神的ショック大、殺人者に対する激しい怒り
    戦闘による中程度の疲労、全身軽傷、左肋骨二本破砕
[装備]:ダイの剣@ダイの大冒険、ワルサーP38、リーダーバッヂ@世紀末リーダー伝たけし!
[道具]:荷物一式(食料と水を四人分、一食分消費)、ショットガン
[思考]1.クリリンの話を聞く。
   2.人を探す(カズキ・ブラボー・ダイの情報を持つ者を優先)。
   3.ゲームに乗った冷酷な者を倒す。
   4.友情マンを警戒。
   5.午後六時までには名古屋城に戻る。

【クリリン@DRAGON BALL】
[状態]:疲労困憊、気は空、わき腹・右手中央・左腕・右足全体に重傷、精神不安定
[装備]:悟飯の道着@DRAGON BALL
[道具]:なし
[思考]1:斗貴子にドラゴンボールを使った計画のことを話す。
   2:できるだけ人数を減らす(一般人を優先)。
   3:ピッコロを優勝させる。

【友情マン@とっても!ラッキーマン】
[状態]:健康
[装備]:遊戯王カード(ブラックマジシャン、ブラックマジシャンガール、千本ナイフ、光の封札剣、落とし穴)@遊戯王
[道具]:荷物一式(一食分消費)、ペドロの荷物一式、食料セット(十数日分、ラーメン類品切れ)、青酸カリ
[思考]:1.悟空を追い、友達になる。
    2.最後の一人になる。

【孫悟空@DRAGON BALL】
 [状態]疲労中、顎骨を負傷(ヒビは入っていない)、出血多量、各部位裂傷(以上応急処置済・戦闘に支障なし)
    全身に軽度の裂傷、精神的に衰弱(危険度大)
 [装備]フリーザ軍の戦闘スーツ@DRAGON BALL
 [道具]不明(承太郎か翼のどちらかのもの)
    承太郎の場合:荷物一式(水・食料一食分消費)、ボールペン数本 
      翼の場合:荷物一式(水・食料一食分消費)、ボールペン数本、禁鞭@封神演義
 [思考]走り続ける

【カカロットの思考】時が来る、もう間も無くだ…


【福井県・民家の中/夜】
【リンスレット・ウォーカー@BLACK CAT】
[状態]精神的疲労
[装備]ベレッタM92(残弾数、予備含め31発)
[道具]荷物一式
   【グリードアイランドのスペルカード@HUNTER×HUNTER 】(伊達から譲渡)
    衝突(コリジョン):使用者をこのゲーム中で会ったことのない参加者の元へ飛ばす       ×1
    漂流(ドリフト) :使用者を行ったことのない場所(このゲームでは県単位で区切る)に飛ばす ×1
    左遷(レルゲイト):対象者を舞台上のランダムな位置に飛ばす                ×1
[思考]1、休息。
   2、トレイン達、協力者を探す。
   3、ゲームを脱出。

【アビゲイル@BASTARD!! -暗黒の破壊神-】
[状態]健康
[装備]雷神剣@BASTARD!! -暗黒の破壊神-
[道具]荷物一式、ドラゴンレーダー@DRAGON BALL、首輪
   ブルマの荷物一式、クリリンの荷物一式(食料・水、四日分)、ディオスクロイ@BLACK CAT
   海坊主の荷物一式(食料・水、九日分)、超神水@DRAGON BALL
   排撃貝(リジェクトダイアル)@ONE PIECE、ヒル魔のマシンガン@アイシールド21(残弾数は不明)
[思考]1、首輪を調べる。
   2、ヨーコ達、協力者を探す。
   3、ゲームを脱出。

※真空の斧@ダイの大冒険 は、近くの木に刺さっています。
※月の荷物は、友情マンが事故に見せかけるためにその場に放置してあります。


【伊達臣人@魁!!男塾 死亡確認】
【夜神月@DEATHNOTE 死亡確認】
【残り71人】

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280:戦士の流す涙 津村斗貴子 291:あかるいゲーム終了計画
280:戦士の流す涙 友情マン 300:自演遊戯
280:戦士の流す涙 夜神月 死亡
280:戦士の流す涙 クリリン 291:あかるいゲーム終了計画
280:戦士の流す涙 リンスレット・ウォーカー 301:アトランティスの浮遊金属
280:戦士の流す涙 アビゲイル 301:アトランティスの浮遊金属
280:戦士の流す涙 伊達臣人 死亡
280:戦士の流す涙 孫悟空 300:自演遊戯

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最終更新:2024年05月29日 00:05