0341:暴走列島~原点回帰~





 かつて、『サムライ』と呼ばれたテニスプレイヤーがいた。
 その男は日本人でありながら、世界の強豪を相手に37戦全勝。
 世界を圧巻させた天衣無縫のプレイスタイルは、今でも知る人ぞ知る伝説となっている。

 そんなサムライは、僅か2年で世界から去った。
 そして、現在は何故か寺の住職をしている。
 テニスは今でも続けているが、その腕前はもっぱら息子をいじめるためにしか振るっていない。

「……別に、いじめられてなんかない」

 もとい、指南するためにしか振るっていない。
 そんなこんなで、かつて世界を震撼させたサムライの魂は、現在は中学一年生の息子に継承された。
 彼がサムライと呼ばれる日はまだまだ先のことだろうが、そう遠くはないはずだ。
 今を、今さえ、生き延びれば――



 かつて、『侍』と呼ばれた銀髪天然パーマの男がいた。
 その男は空から降ってきた異人、天人が台頭する世の中でも決して侍魂を忘れず、己の信じるがままに生き続ける。
 時には戦い、時にはふざけ、侍が廃れようが廃れまいが関係なしに、自由気ままに暮らしていた。

 そんな男は、ビデオの延滞料を気にしながら死んでいった。
 たった一人の少女を守るため、無謀な喧嘩を売ってしまったのが運の尽きだった。
 それでも悔いはない。あそこで己の侍魂に背いていたら、きっと生きながらに地獄を味わっていたに違いない。なにせ……

「ちょ、それ銀さんの紹介じゃん! 僕は!?」

 失礼。その天然パーマの侍には、一人、弟のような相棒がいた。
 誇り高い侍の家に生まれ、潰れかけの道場を背負いながら江戸を生きた少年。
 時にはアイドルにうつつをぬかしたりと、決して誇れるほどの侍魂を持ち合わせてはいなかったが、それでもやる時にはやる男だった。
 そんな彼は、もういない――

「って、最後に変なモノローグ付けんなよ!? 僕はまだ死んでねェェェ!!」





 第四放送が流れて二十分ほど。
 たびたび道に迷い、人に聞こうにも誰とも会わず、それでもなんとか記憶を辿って帰ってきた場所は、星矢と麗子に出会った琵琶湖の小屋だった。

「……中に、誰かいる?」

 越前リョーマは、琵琶湖に帰ってきた。
 藍染惣右介が企む計画、『脱出』の合流地点である琵琶湖。
 『脱出』という誰もが惹かれる餌を撒き、何かを目論む藍染は、既にここに来ているのだろうか。
 ドアの前に立ち、聞き耳を立てる。室内からはドタバタと雑音が聞こえ、誰かが争っているかのような騒がしさが窺えた。
 星矢と麗子ではない。彼らは今頃四国にいるはずだ。
 ならば、藍染の『脱出』に惹かれた参加者か。それとも、藍染本人か……
 不気味なほどの静けさを放つ琵琶湖の水面が、リョーマを睨む。
 普段の彼なら、深い心配などせずに堂々とドアを開けるところだが、この場はさすがに躊躇った。
 もし、中で死にかけの少年がのた打ち回っていたら。
 ありえない、とは思いつつも、どうしても気に掛かる。
 リョーマの中では、キルアの死がまだ尾を引いているようだった。

「……よし」

 意を決し、ドアに手をかける。
 鬼が出るか蛇が出るか――リョーマは、ゴクリと息をのんだ。

「――わァァ、えらいこっちゃァァァ! どうしよ、どうしようかコレもおォォォ!?」

 小屋の中では、見慣れた眼鏡の少年が一人で騒いでいた。

「…………なにやってんの、アンタ」

 心配は溜息と共に吐き捨てられ、リョーマは少しだけ平静を取り戻した。



「いやぁ、それにしても越前君が無事でよかったよ。なかなか現れないから、どうしたんだろうって心配しちゃった」
「……どうも」
 先ほどから一転して落ち着きを取り戻した新八は、帰還したリョーマを快く迎え入れた。
 聞くと、あの目に余る動揺の原因は、この小屋に置かれていた一枚のメモ書きにあるらしい。

 /
 これはちゅうこくのてがみです
 このびわこにきたひとにはふこうがおとずれます
 あいぜんというひとがびわこにひとをあつめているのです
 あいぜんはあくにんでひとをころしたりものをうばったりします
 これはうそではありません ほんとうです
 ぼくのともだちのいしざきさんはあいぜんとであったためしにました
 このてがみをみたひとはなかまやであったひとたちにつたえてください
 /

 藍染に関する忠告の手紙。
 おそらくは星矢か麗子が残したものだろうが、書式が全てひらがなのうえ、字自体が酷くヘタクソなことが気になった。
 麗子はハーフのようだったが、仮にも警察官である彼女がここまで日本語ベタであるはずもない。
 だとすれば、コレを書いたのは星矢だろうか。
「…………まだまだだね」
 心底そう思った。
 あれほど偉そうなことを言っていた少年が、こんなしょうもない弱点を抱えていたとは。
 今度会ったらさりげなく皮肉でも言ってやろう。
 文面に一通り目を通したリョーマは、それを机に置いてからハッとした。
「新八さん、脱出のこと、誰かに言った?」
「えっと……うん、二人ほど」
 ハァ~、とリョーマは即座に溜め息をつく。
「で、でも! その二人とは仲間になって、この琵琶湖にも一緒に来たんだ。
 一人は女性で姉崎まもりさんって言って、もう一人はナンバー2……若島津健って言うんだけど」
「その二人は今どこに?」
「あ、それはその、ついさっき姉崎さんが突然飛び出して行っちゃって、それを若島津が追いかけに行って……
 でも、戻ってきてから事情を説明すれば、きっと分かってもらえるから!」
 弁解するように喋る新八の口は、やたらと饒舌だった。

 おかしい。別れる前の彼は、なんというか人を殺してしまったことに対する後ろめたさや、背徳感みたいなものを背負っていた感じだったのに。
「あ、そうだ。大空翼っていう名前の人に出会わなかったかな?
 若島津の知り合いみたいなんだけど、サッカー選手をやってるんだって」
 今は、不自然なくらい明るい。ふっ切れたのだろうか。
「でもその若島津ってのも変な奴でさ。出会っていきなり殴りかかってきたんだよ。なんか空手をやってるとか」
 その若島津という人物との出会いが、新八を変えたのだろうか。
 だったとしても、新八は人を殺したんだ。なんでこんなに明るく振舞える?
「空手がなんぼのモンだァァァ!! 僕だって剣術道場の跡取りだっつーのォォォ!!! 潰れかけだけど!」
 同じように人を殺したリョーマとは、まるで正反対の振る舞いをする新八。
「って、僕のことばっかり話しても仕方がないよね。越前君は僕と別れてからどうだったの? なんかあった?」
 明るくて――無神経で――虫唾が走る。

「…………」
「越前君?」
 死んだ貝のように、リョーマは新八の問に堅く口を閉ざした。
 ちょっとした反抗なのかもしれない。この、『自分と同じ境遇にいるはずの仲間』に対する。
「あんたってさ、ムカツクほど立ち直り早いよね」
「へ?」
 惚けた表情を見せる新八が、異様に腹立たしかった。
 沸々と沸き起こる負の感情を抑えられず、リョーマは語りだす。

「……俺もさ、人を殺したんだ……あんたと同じように」
「……へ?」

 多少の皮肉を込めて、リョーマは虚空を睨みつける。
「いきなりだった。自転車のチェーンが切れて、それを直してたら、いきなり人が飛び出して来たんだ。本当に、いきなり」
 強調される言葉からは、決して故意ではなかったという弁解の意が窺えた。
「そいつ、片腕がなくって、血まみれでさ……反射的にラケット振ったら、当たっちゃって。そしたら、死んじゃった」
 初めは虚空を見つめていたリョーマだったが、次第に視線を逸らし、顔を俯かせていた。
 不可抗力だった。殺す必要なんてなかった。でも、殺してしまった。
 どうしようもないやるせなさが、リョーマの声を震わせ、全身を蝕む。

「あとで冷静になって考えてみたら……そいつ、知り合いの知り合いでさ。
 名前は確認しなかったけど、俺、知り合いの知り合いを、殺しちゃったんだよ」
「…………」
 途切れ途切れに言葉を発するリョーマの弱々しい口元を見つめながら、新八は沈黙を保ち続けた。
「元から重傷だったんだ。たぶん、冷静に対処しても俺じゃあ助けられなかったと思う。でも、とどめは俺が刺したんだ。俺が……」
 そこで、リョーマの言葉は完全に途切れた。
 一秒、二秒、カチカチと時計の針が時を刻む中、二人は黙ったまま、口を動すことはなかった。

 リョーマはこんな話をして、どんな返答を望んでいるだろうか。
 殺人を犯したことへの叱咤か、それとも罪を和らげるための慰めの言葉か。
 新八がどちらの言葉をかけるかなんて分からない。ただ誰かに聞いて欲しくて、自然と口が動いただけかもしれない。
 それでも、リョーマは耳を塞ごうとはしなかった。この話を聞いてくれた新八の、率直な言葉を待ち続けた。
 ただ、ひたすら。

「…………僕もさ、人を、殺したんだ。もう一人」
「え……?」

 新八から返ってきたのは、叱咤でも慰めでもなかった。
「ほら、僕たちを襲った婦警さんいたでしょ?
 越前君と別れた後、あの人に追い詰められて……あの人を止めようと思ったら、弾みで」
 それは、告白。自分は同じ過ちを犯したという、懺悔に近い告白。
「今度のは、正当防衛なんて言えない。止めようと思えば止められたんだ。
 僕が越前君くらい冷静に行動できてたら……あの人は死なずに済んだかもしれない」
 新八の告白に、今度はリョーマが沈黙して耳を傾けた。
 目を見開いて、新八の顔を見やる。清々しかった。
 これが、人を二人も殺した人間の顔?
 困惑の瞳を向けるリョーマの顔が、なんとも弱々しかった。
 新八はそんなリョーマの表情を見てか見ないでか、柔和な笑みを浮かべた。

「どうして……笑っていられるのさ」
 リョーマには分からなかった。新八が、笑顔でいられる訳が。
「……あの女性はさ、死ぬ間際に僕にこう言ったんだ。『生きて』って」

 冴子が新八に残した最後の言葉。あの言葉には、人間としての、優しい警察官としての冴子の意思があった。
 黒の章による人間への憎悪は、あの一瞬で確かに洗い流されたのだ。
 結果的には死んでしまったものの、冴子は最後に救われたのである。
 そして、その救いを齎したのは他でもない、彼女を殺害した新八だった。
「僕は気づいたんだ。銀さんや神楽ちゃんや姉上、それに父上……
 いろんな人に叱咤されて、いつまでもウジウジしてちゃいけないんだって」
「…………」
「僕は、彼女の分まで生きる。ううん、彼女だけじゃない。銀さんの分も、神楽ちゃんの分も、沖田さんの分も」
「…………」

 新八の真っ直ぐな――侍の――瞳は、リョーマの視線を釘付けにした。
 この人、こんなに強かったっけ?
 リョーマは疑問に思いつつも、自分が感銘を受けていることに気づく。
 この、志村新八という侍の生き様に――

「まだまだ……じゃないね」

 まだまだなのは、自分の方だ。
 知り合いが二人死に、自分自身も殺人を犯し、この殺し合いゲームに翻弄されていく。
 そうであってはいけないのだ。誰かの思い通りになど、なってたまるか。
 リョーマには、元の世界に帰ってやらねばならぬことが、まだまだある。
 青学の全国制覇、親父の打倒、竜崎先生への謝罪。こんなところで殺し合いをしている暇なんてないのだ。

 それになにより、ここじゃあテニスができない。
 これは、幼少の頃からラケットを振ってきたリョーマにとっては由々しき問題である。

「新八さん……」
「なに、越前君?」
「俺さ…………」

 それから、普段の落ち着きを取り戻したリョーマは、これまでに起こった全てを新八に話した。
 新八と別れてから、この小屋で星矢と麗子という二人組に出会ったこと。
 それから新八を探しに出て、その道中にキルアという少年を殺してしまったこと。
 その過ちから逃げ出すように、関西中を走り回ったこと。
 リョーマが繰り広げてきた一日目午後の奮闘に、新八は静かに耳を傾けた。
 リョーマの話が終わると、今度は新八が語りだした。
 冴子から逃げ続けた末に起こってしまった悲劇。
 そして、その事件が元で、若島津と本気で殴り合ったこと。
 立ち直って、主催者打倒を志したこと。
 姉崎という女性を助け出して、滅茶苦茶咽込んだこと。
 リョーマに比べるとなんだか笑える内容が多かったが、笑う者は誰もいなかった。
 聞き手であるリョーマもまた、パートナーの奮闘ぶりにただ聞き惚れた。

 そして、話題は先ほどの放送の話になった。
 太公望という高名な仙人が死んだようだったが、顔も知らぬ人物に、大した感慨は湧かなかった。
 これを知った星矢と麗子の心情が気がかりではあるが。
 それよりも気になったのは、『ご褒美の一人蘇生』。
 まったく馬鹿馬鹿しい、と思いつつも、完全に疑うことができなかったのは、やはり近しい人が死んでいるからだろうか。

「マジで!? なら、銀さんも神楽ちゃんも生き返らせられるじゃん!!」
「主催者の話、ちゃんと聞いてなかったんすか? 一人だけ、それも他の全員を殺して優勝しなきゃいけないんすよ」
「あ、そうか……チクショー主催者のヤロー共! 変な期待持たせやがってェェェェェ!!」
「勘違いしたのアンタじゃん……」
 主催者へのツッコミを目指す新八は、この策略に怒りの咆哮をあげた。
 そして、リョーマは暴走気味の隊長にさらっとツッコミを入れる。
 仮に蘇生の話が本当だとしても、他者を皆殺しにしてまで一人を生き返らせようとは思えない。思ってしまったら、主催者の思う壺だ。
 要するに、この蘇生話は『釣り』なのだ。蘇生という『餌』を撒き、参加者が凶行に及ぶようコントロールするつもりに違いない。

「まだまだだね」

 今度の言葉は、主催者に向けて。



 放送が終わり、一日目が終了。既に二日目が始まっていた。
 新八とリョーマは互いのことを話し終えると、これからの行動について話し合うことにした。
 結局、藍染の言う脱出は期待できたものではない。藍染の企みの真意は分からないが、このまま琵琶湖にいてやる理由もないだろう。
 なるべく早い内にここを離れたかったが、新八の仲間という若島津とまもりはまだ帰ってこない。
 置き手紙をして逸早くここを離れるというのも手だったが、
 藍染もさすがに深夜に事は起こさないだろうという推測から、朝まではここで待機することに決定した。

「ところでさ、越前君」
 疲れたからもう寝ようか、という間際、新八がリョーマに話を振った。
「なんすか?」
「越前君ってさ、アイドルとかに興味ない?」

 その夜――ようやく床に就いた越前リョーマは、やっと再会できた相棒から、寝付くまで「寺門通」なるアイドルの魅力を語られたという。

「やっぱり――まだまだだね」

 思ったが、不思議と嫌な気持ちはしなかった。




 侍の血を引く二人の少年は、この殺し合いの世界で、様々な経験を果たした。
 知り合いを亡くし、自分自身も死に掛け、殺人も犯し、それでもゲームに抗った。
 『侍魂』は、こんなものでは屈しない。

 異能者犇く日本列島でのバトルロワイヤル――なんの力も持たない少年二人は、これからも生き残るために奮闘する。





【滋賀県 琵琶湖畔の小屋/深夜】
【新! 寺門お通ちゃん親衛隊】
【志村新八@銀魂】
 [状態]:重度の疲労、全身所々に擦過傷、特に右腕が酷く、人差し指・中指・薬指が骨折
     顔面にダメージ、歯数本破損、キレた
 [装備]:拾った棒切れ
 [道具]:荷物一式、 火口の荷物(半分の食料)
     毒牙の鎖@ダイの大冒険(一かすりしただけでも死に至る猛毒が回るアクセサリー型武器)
 [思考]:1、朝まで休息。
     2、若島津が戻るまで待機。朝になっても戻らないようなら探しに行く。
     3、藍染の計画を阻止。
     4、まもりを守る。
     5、銀時、神楽、沖田、冴子の分も生きる(絶対に死なない)。
     6、主催者につっこむ(主催者の打倒)。

【越前リョーマ@テニスの王子様】
 [状態]:中度の疲労、非親衛隊員
 [装備]:線路で拾った石×4
 [道具]:荷物一式(1日分の水、食料を消費)
     サービスエリアで失敬した小物(マキ○ン、古いロープ爪きり、ペンケース、ペンライト、変なTシャツ )
     テニスラケット@テニスの王子様(亀裂が入っている)
 [思考]:1、朝まで休息(アイドルに興味はない)。
     2、藍染の計画を阻止。
     3、情報を集めながらとりあえず地元である東京へ向かう。
     4、乾との合流。
     5、生き残って罪を償う

【備考】1:両さんの自転車@こち亀(チェーンが外れている)はキルアの死体の側に放置されています。
     2:キルアの荷物(荷物一式(1/8の食料を消費)、爆砕符×2@NARUTO、魔弾銃@ダイの大冒険
      魔弾銃専用の弾丸@ダイの大冒険:空の魔弾×7 ヒャダルコ×2 ベホイミ×1、
      中期型ベンズナイフ@HUNTER×HUNTER、クライスト@BLACK CAT、焦げた首輪)
      には気付きませんでした。
      これらはキルアの死体の側に放置されています。

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323:つぐない 志村新八 365:ボケも貫けばつっこみになる
283:暴走列島~独走~ 越前リョーマ 365:ボケも貫けばつっこみになる

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最終更新:2024年06月19日 19:07