0327:泣き虫大王の大切なともだち





 痛い痛い。
 足が痛い。
 痛い痛い。
 耳が痛い。
 痛い痛い。
 心が痛い。
 痛い痛い。
 目頭が痛い。
 イタタタ…………



「――――――………………………グスンッ」
 大きな木の下で、子供が泣いていました。
 とっても体の大きな子です。
 その子は涙を流していました。
 涙は眼から出るものです。
 しかしなぜでしょう?
 その子は鼻からも涙を流していました。
 ……失礼。鼻水のようです。

 この鼻水を垂らしながら泣いている子供の名前は、スグルといいます。
 キン肉星という惑星の王族に生まれ、ゆくゆくは王位継承を約束された、いわば王子様です。
 キン肉星の王子といえば、超人なら誰もが知っている有名人。
 気は優しくて力持ち。友達思いで頼りがいのある、非の打ち所のない正義超人。
 もっとも、そんなものは単なる民衆のイメージにしかすぎません。

 スグルは、本当は弱い子でした。
 戦いは大嫌い。痛いのも大嫌い。
 超人になんてなりたくなかった。
 王子になんてなりたくなかった。
 なんで正義超人は戦わなければいけないの?
 悪魔超人が悪さをするから?
 分からないよ。
 僕は毎日寝て起きて牛丼食べて寝て起きて牛丼が食べられればいいよ。
 スグルは弱虫でした。
 キン肉王族の誇りを忘れ、戦いから逃げてばかり。
 誰かが悲鳴を上げれば、聞かぬフリをして。
 誰かが逃げ惑えば、一緒に逃げ出して。
 弱虫いじけ虫のヘタレ野郎でした。
 そんなスグルに、声をかける人がいました。
「坊や、なにを泣いているんだい?」
 優しく声をかけるその人は、スグルの何倍もの巨体を持つ超人でした。
「友達の牛さんが死んでしまったんだ」
 スグルは涙の訳を説明します。
「牛? 君は超人だろう? なのに牛が友達なのか?」
「牛さんを馬鹿にするな! 牛さんは頭に角が生えてるけど、あれでも立派な超人だぞ! 超人強度1000万パワーだぞ!」
「ははは、すまんすまん。少し言い過ぎたよ。で、その牛さんとやらはなんで死んでしまったんだ? 狂牛病か?」
「違うわい! 牛さんは、牛さんは………………」
 後に続く言葉が出てきません。
 牛さんは、なんで死んでしまったのか。
 分かりません。
 あんなに強かった牛さんが、なぜ。
 何故。
「……牛さんは、誰かに殺されたんだ」
 行き着いた結果が、スグルの胸を残酷なまでに締め付ける。
 殺された。
 誰かに。
 この世界で。
 この、
 コロシアイノセカイデ。
「もう嫌だよ……こんなとこ…………」
 スグルは、再び泣き出してしまいました。
 天下のキン肉王族ともあろう者が、メソメソと。
 泣くなスグル。
 誰かが叫んでいる気がする。
 泣くなスグル。
 知るかい。
 泣くなスグル。
 黙れい。
 泣くなスグル。
 うっさいわ。
 泣くなスグル。
 泣くなスグル。
 泣くなスグル。
 ゲゲェー! し、しつこい。

「立ち上がれキン肉マン」

 スグルは顔を上げました。
 誰かが名前を呼んだから。
 スグルではなく、キン肉マンの名前を呼んだから。

「俺と戦ったキン肉マンは、そんな泣き虫野郎だったか? そんな腑抜けだったか? そんな臆病者だったのか?」
 違うわい。
「悪魔超人だった俺に、正義超人の友情パワーを見せてくれたのは、他ならぬキン肉マンだったはずだ」
 ゲゲッ、なんちゅう昔の話を。
「俺は一度たりとも忘れたことはないぜ。おまえとのファイトを」
 わ、わたしだって忘れたりなんかしてないぞ。
「なら立ち上がれ。おまえはもう昔のキン肉スグルじゃねぇ。
 残虐超人の非道なファイトや、悪魔超人の卑劣な愚行にビビってた頃のおまえじゃないんだ」
 当たり前だ。わたしを誰だと思っている。
 わたしは……
「キン肉マン。俺はおまえは託すぜ。おまえなら、絶対に――――やってくれる」
 わたしは第58代キン肉大王、キン肉スグルだ!


 ~~~~~


「確かに聞こえたぞ、バッファローマン

 眠りから覚め、キン肉マンは再び歩みだす。
 まどろみの中で、夢を見た。
 大きな身体の割に弱虫な王子と、力持ちの牛さんの夢だ。
 夢の中では……やっぱりやめておこう。語るに恥ずかしい。

 第三放送で、ついに仲間の名前が呼ばれてしまった。
 バッファローマン。牛角がトレードマークの正義超人。
 超人強度は1000万パワーを誇り、また、その豪力の扱い方にも長けていた。
 そんなバッファローマンが、死んでしまった。
 殺されたのはリング上ではない。
 殺したのは超人ではない。
 殺したのは、おそらく人間。
 正義超人が守るべき、人間。
 人間が、なぜ超人を殺さねばならないのか。
 それは、今が殺し合いの真っ最中だから。

「わたしには分かるぞ、バッファローマン。おまえは人間を守り抜き、最後まで正義超人として戦った」

 夢の中で、魂の声が聞こえた。
 死者の魂が化けて出たのではない。
 仲間の魂の声が、語りかけてきたのだ。

「まったく、散々言いたいこと言ってトンズラこきやがって。せめて誰に殺されたとか、どこで殺されたとか言っとけばいいのに」

 魂の声は、確かに届いた。
 たけしのように、仲間がどこで死んだのかまでは分からなかったが。
 魂の声は、確かに届いた。

「大きなお世話なんじゃ、まったく。わたしはもう昔のわたしではないと言うのに」

 酷く子供扱いをされたような気がする。
 それでも、魂の声は、確かに届いた。
 不満たらたらだが、嬉しかった。
 友の、最後の言葉が聞けた。
 絆が生み出した、メッセージだ。
 夢の中でバッファローマンは確かに言った。


 なんとかしろ。


 曖昧なんじゃボケェー!


 ~~~~~


 仮眠を終え、キン肉マンは行動を再会する。
 仲間の死は彼に甚大なショックを与えたが、それでも彼は挫けなかった。
 夢に出てきた王子のような、みっともないマネはしない。
 仲間が死んだというのなら、大いに悲しもう。
 仲間が死んだというのなら、大いに嘆こう。
 仲間が死んだというのなら、大いに怒ろう。
 仲間が死んだというのなら、大いに泣こう。
 仲間が死んだというのなら、大いに「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんなんで死んだんじゃバッファローマンのバカヤロー!」と叫ぼう。
 成長はしても、彼は心優しい超人であることに変わりはない。
 だから、悲しんで嘆いて怒って泣いて叫んだ。
 でも、
 キン肉マンは、
 俯かなかった。

 王子は、立派な大王になったのさ。


 ~~~~~


 しかし、失敗だったかもしれない。
 バッファローマンの死に悲しみ、大泣きしたのは事実である。
 泣き疲れて、グッスンちょっと休も、とうつらうつらしてしまったことも認める。
 だからといって、
「…………まぁ~ったく誰にも会わーん」
 この仕打ちはあんまりではないだろうか。
 細い日本、直進すれば誰かに会えるはずだ。
 そう思って走り続けたが、実際は出会いの欠片もない一人行脚になってしまった。
 助けを求めるか弱い女の子もいなければ、ゲームに乗った冷酷非道のマーダーすら見当たらない。
「グムー。剣八のヤツ、本州に行くと見せかけて実は四国にでも行ったんじゃなかろうか」
 その予想は、あながちハズレてはいない。
 キン肉マンには知る由もないが、その俊足で遥か先方を駆けた死神は、四国で既に屍となっている。
 彼がそのことに気づくのは、もう少し先のお話。
 時間で言えば、あと一時間ほど。
 時刻は、午後十一時を回ろうとしていた。

                             …………キン肉マン

 ふと、誰かに呼ばれた気がした。
 キン肉マンは反射的に顔を振り辺りを見渡すが、そこには誰もいない。
 でも、確かに呼ばれた気がした。

 気になって、周囲を散策してみた。
 ひょっとしたら、誰かいるんじゃなかろうか。
 バッファローマンの死も重なり、すっかり人恋しくなったキン肉マンは、胸を躍らせる。

 出会いの、前兆のような気がした。
 遭遇の、香りがした。
 鼻がピクピク唸る。
 なにかに反応している。
 誰かが、わたしを呼んでいる。
 予感が収まらない。
 だれ?
 答えはない。
 誰?
 答えはない。
 どこ?

                               …………こっちだ

 聞こえたような気がした。


 不思議だった。
 自分の身体が、まるで操り人形のように動く。
 こっちへこい、と誰かに操作されているようだ。
 キン肉マンは、その予感に逆らわなかった。
 その路地を曲がれば、いるような気がしたから。
 キン肉マンの、探していた――――

「あったぁぁぁー! 牛丼屋ちゃんだぁぁぁ!」

 キン肉マンは、牛丼屋を発見した。
 牛丼といえば、キン肉マン唯一無二の大好物。その愛は、自作の歌を製作するほど。
 殺し合いという空気の中で、支給された不味いメシなんて喰えるかぁー、という心境だったキン肉マンにとって、この発見は大きい。
 久しぶりに好物にありつける、と駆け出してみたが、

「なんで牛丼がないんじゃぁぁぁ!」

 絶叫は一分で聞こえてきた。
 牛丼屋店内はもぬけの殻、店員もいなければ材料も水もない。
 仕方がない。これがこの殺し合いのルール。食料は、支給された分だけで我慢するしかなかった。
 もちろん、支給された食料に牛丼などあるはずもないが。


 ~~~~~


 まったく迂闊なことに、大王は初めて気づいたのです。
 牛丼屋からトボトボと出てきた、その時に。
 目の前には、桜の木が聳えていました。
 花は咲いていませんが、とても大きく、目立っています。
 嫌が応にも視線は奪われます。
 そして、とりあえず全体を見渡すことでしょう。
 仕方がありません。誰だってそうするでしょう。
 仕方がないことなんです。ここに来たことも。
 仕方がないことなんです。ここに導かれてきたことも。
 牛丼と、友が呼んだのです。

 桜の木の根元では、友達が死んでいました。


 ~~~~~


 なんで、

 ラーメン、

 死んでるの?

 大王は首を傾げます。
 仕方がないことなんです。





【岡山県/海岸沿いの町・桜の木の根元/真夜中】
【キン肉スグル@キン肉マン】
 [状態]:あ然
 [装備]:なし
 [道具]:荷物一式
 [思考]:1、???
     2、牛丼食べれると思ったのに。

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270:追走~剣八とキン肉マン~ キン肉スグル 328:正論と願望、対立する思い

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最終更新:2024年06月16日 17:32