0326:微睡と微笑(マドロミとホホエミ)
軽やかな声が脳に流れ込む。
「あらん、本当に人間って弱いのねん。こんなモノで壊れちゃうなんて」
嘔吐物で汚れた地面には目もくれず、艶やかな指先でトレインの髪を撫で上げながら、妲己はくすくすと笑みを零していた。
子を包み込む母のような優しい手つき――暗く緩い思考しか持てないトレインの脳がじんわりと温まってゆくようで。
「ねぇ、人間って汚い?」
長く伸びた爪で押し開けられていた瞼から、一滴の血が眼球へと落ちる。視界が赤に染まる。
…目の奥に焼きつくおぞましい人間の『真実』。
黒色の世界は血の赤をもってしても、塗り替えることは出来そうにない。
縦に振られた頭が一瞬だけ、女の指先を離れて戻った。
「そう…でも、あなたはもう人間じゃないわ」
左胸に埋め込まれた黒い塊を細目で見下ろし、妲己はトレインの首筋に手の甲を這わせる。
くいっと首の裏側を押して、一度鉄核から離れた目線を再びそこに戻させると、男の体が大きく震えた。
「だ・か・ら、あなたは汚くないってことねん」
画面に映っていた『汚らわしいモノたち』と自分とは、まったく異種の存在なのだ。
そう思うだけで喉の奥から笑いが生まれる。震えは恐怖でも絶望でもなく、何物にも代えがたい歓喜であった。
「おめでとう。これであなたもわらわの『仲間』よん」
ほら、わらわの目を見て。
震えを止められぬまま口元に笑みを張り付かせてトレインが振り向くと、そこには大きく見開かれた女の瞳がある。
(これは何、だ…?)
到底人間のものとは思えない、鋭く、そして美しい瞳。けれどそこには何の感情も見えない。
(まるで)
───たった今見た画面の『汚らわしいモノたち』の瞳に似た、ソレ。
だが、その思考は一旦幕が閉じるように遮られる。
想定外の出来事に弱りきった脳は、女の柔らかい声に身を委ねることを選んだのだ。
「疲れたでしょぉん?少しお休みなさいん…」
そう、疲れた。今はこの心地よさに浸って眠りたい。
胸に押し込まれた鉄の塊も、汚らしい人間の真実も、今だけはそっと夜の闇に置いて。
女の冷めた瞳を無意識の理解から外し、トレインはただ求めるがまま大きく息を吐いて瞼を閉じた。
じくり、と傷が痛む。
いずれ黒猫は目覚めるだろう。内に持つ誇りは消え失せたのか、それは誰にも分からない。
今はまだ、誰にも。
疲れきって眠る子どものような男を微笑ましく思いながらも、妲己の思考はすでに他のところに向けられていた。
手の甲に触れる冷たい金属。男にも、そして自分にも巻き付いているこの首輪について。
(これは一体、『何』に絡みついているのかしらん?)
遊戯との一件を思い出す。
(所有者が死ねば首輪は機能をなくす。これはまず間違いないわねん)
それはキルアとカズキの戦いをその目で見、遊戯を『食した』妲己だからこそ分かる事実であった。
カズキが肉片となったとき、首輪も共に崩壊したが爆発することはなく、
彼女は遊戯の対応に追われる最中であっても、そこから上の説を導き出していたのだ。
(わらわが遊戯ちゃんを倒しちゃったあと、首輪はちゃーんと止まったものん)
さらに遊戯の死後、彼女は本当に首輪が機能を失っているかの確認をしている。
すでにこれは仮説ではない事実として、妲己の頭の中に収められていた。
(このコには悪いけどん…わらわも受身でいるばかりじゃいけないと思わない?)
にっこりとトレインに天使のような笑顔を向け、妲己は黒の核鉄と首輪とを同時に視界に入れる。
頭の中でいくつもの仮説を組み立てて──
まずはカズキちゃん。
この鉄が元々心臓の代わりだったみたいだから、
これが奪われたり壊されるイコール死亡、として首輪が認識するようセットされていた…たぶん、こんなところねん。
次に遊戯ちゃん。
最後に面白い芸を見せてくれたけど、体はごくごく普通の人間だった。
大半の参加者は何分か以上の心停止で首輪が死亡認識、ってところかしらん。
そして、目の前のこのコ。
とくに心臓以外の何かで生命を維持してる風でもないし、遊戯ちゃんと認識の仕方は同じなはず。
そして死亡認識で重要な心臓はわらわが潰しちゃった、ってことは…
(この首輪は今、動いてない可能性もあるわん)
正直なところ、妲己はもう自らの素性を隠してまで仲間を作る気がほとんどない。
カズキはキルア戦においては役に立ったものの、それが仇となって遊戯との関係が崩れ、あのような難戦に巻き込まれた。
太公望やLから信用を得るための仲間の存在は必要だが、あまりに自分の足を引っ張るような仲間であれば不要だ。
下手に力を持っていて、信念ゆえにメリットデメリットを考えず、自分の本性を知ると牙を向けてくる、頭の固い仲間は特に。
そう考えると妲己はラオウに拒絶されて正解だったのかもしれない。
誰かの死を知って泣く。こんなつまらない映像で壊れる。
そんな弱い仲間を自分が宥めてまで助けるような時期は既に過ぎていた。
脱出するにしろ優勝するにしろ、そろそろ自分の実となる仲間を見つけ出さねばなるまい。
(でもねん、わらわのためになるコなら『仲間』にしたいのん)
だから今目の前にいるこの男は、間違いなく『仲間』だ、と。
自分の素性を知りながらも、目的に賛同し協力してくれる『仲間』。
もしくは自分に何の疑いも持たず、無条件に従ってくれる『仲間』。
妲己が求めるものはこのどちらか、もしくは両方である。
そして弱い者を後者に仕立て上げることは、今の妲己にはあまりに容易なことのように思えた。
さあ、この動いているかいないか分からない首輪をどうしよう。妲己は笑う。
動いているのに無理矢理外せば、自身を巻き込んでの大爆発が起こってしまうだろう。
けれど動いていないのならば、色々と次に繋げることが出来そうだ。
(まだ時間はたっぷりあるわん…役に立ってね、綺麗な人間さん)
眠る気高い黒猫に、小さな小さな微笑みを。
一歩先はどちらに転ぶか分からない闇の中、放送を待つ静寂のみが辺りを包み込んでいた。
【東京都/一日目真夜中】
【蘇妲己@封神演義】
[状態]:少し精神的に消耗、満腹、上機嫌
[装備]:打神鞭@封神演義、魔甲拳@ダイの大冒険
[道具]:荷物一式×4(一食分消費)、ドラゴンキラー@ダイの大冒険、黒の章&霊界テレビ@幽遊白書
GIスペルカード『交信』@HUNTER×HUNTER、千年パズル(ピース状態)@遊戯王
[思考]:1.トレインを使って首輪を調べる、トレインを仲間として引き連れる
2.放送を聞いてから『交信』のカードをどう使うか考える
3.ゲームを脱出。可能なら太公望も脱出させるが不可能なら見捨てる
【トレイン・ハートネット@BLACK CAT】
[状態]:左腕・左半身に打撲、右腕肘から先を切断、行動に支障あり(全て応急処置済み)
左胸に穴(中身の核鉄が覗いている)
[装備]:ウルスラグナ@BLACK CAT(バズーカ砲、残弾1)、黒い核鉄Ⅲ(左胸で心臓の代わりになっている)@武装錬金
[道具]:荷物一式 (食料一食分消費)、黒の核晶(極小サイズ)@ダイの大冒険
[思考]:1.思考拒否(とりあえず休みたい)
2.人間に失望
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最終更新:2024年06月16日 16:03