0337:男が壁にぶち当たった時





 脅威は去り、小屋の扉が閉ざされる。
 それでも粗末な建て付けのせいだろうか、閉まったと思われた扉は風に吹かれてギィと軋み、一人きりの小屋を不気味な音で満たした。
 閉め損なわれた扉から微かに漏れるのは、夜の闇。周囲が廃屋というのも原因の一つだろう、黒の領域は深淵と呼べるまでに拡大している。
 それはどんな黒よりも黒く。顔を覗かせても、黒しか見えない。先が見えない、絶対の黒。
 黒の闇、その奥に待っているものはなんなのか。普通に考えれば、外だ。家の外は外、至極当たり前の答えである。
 しかし、本当に外だろうか。ここが室内である以上、扉が何を隔てているかなど、子供でも分かる。
 それでも、夜という時刻の外は特別だ。普段人間が活動をする昼とは真逆の時間帯に位置し、
 活動時間外であるはずの人間がそこに足を踏み入れるのは、一種の禁断行為にも思える。
 もちろん、マミーは夜を恐れたりなどしない。
 彼は夜十時には決まって寝付くような良い子というわけでもないし(彼の年齢から考えれば、そうだとしてもおかしくはないのだが)、
 今は就寝時間に文句を言っていられるような状況でもなかった。
 彼が恐れたのは、夜に飲み込まれていった存在。
 人間と違って夜を活動時間とし、夜に好かれた高貴な種族。
 吸血鬼。果たして、本当にそんなものがいるのだろうか。
 一般的な吸血鬼の特徴といえば、人間の血を吸い、太陽光に弱く、十字架を嫌い、昼間は棺桶で寝ている。あとはニンニクが苦手というくらいか。
 イメージとしては、タキシードに蝙蝠マント、雷鳴の裂く古城などがピッタリなのだが、
 先ほど遭遇した自称吸血鬼どもは、どちらもマミーの知る吸血鬼の印象とはかけ離れていた。

 しかし、本人が吸血鬼と言うのならたぶんそうなのだろう。
 イメージなど所詮はイメージに過ぎず、マミーは本当の吸血鬼に会ったことなどないのだから、真相は確かめようがない。
 問題なのは、吸血鬼という存在がこれほどまでに恐怖を放つ存在なのか、ということだ。
 自慢ではないが、マミーとて人外の種族に相対するのは初めてではない。
 かつて、このゲームに参加しているたけしゴン蔵ボンチュー等と共に悪魔と呼ばれる存在と戦ったことがある。
 今思えば、その悪魔の連中もマミーの知るイメージとはかけ離れていた。
 DIOのように人間の形態を取っていた奴がほとんどであったし、思考も割と人間じみていた記憶がある。
 それでも、彼等の持つ力――魔力は、確かに人間を超越した能力だった。
 物質を溶かしたり石化させたり、中には口から悪魔を産むような奴もいた。
 それを考えれば、DIOの『時を止める力』も一種の魔力なのかもしれない。
 だが、DIOは魔力を持った悪魔ではない。
 吸血鬼――人知を超えた存在であるという点では悪魔とそれほどの差異はないが、ならば何故こうも怯えを感じるのか。

『それはおまえが"弱者"だからだよ、マミー

 扉の向こうから、DIOの声が聞こえたような気がした。
 空耳だ。奴はもうここにはいない。そうは思っていても、視線が扉に向いてしまう。正確には、扉の隙間に覗く闇に。

「……DIO、吸血鬼……」

 自分を弱者、DIOを強者と、弱肉強食の関係を決定付けた存在。
 二度も殺す機会を損ない、二度も生かされた。DIOに思惑がなければ、既に二回も殺される機会があったのだ。
 DIOは強い。自分ほどではなく、自分よりも。確実に。たけしやボンチューとは、また違った次元の強者だ。
 思えばマミーは、あの時も壁にぶち当たった。
 魔黒――悪魔との戦いの際、今までとは違った力を扱う敵に、それまでマミーが誇ってきた暴力は何一つ通用しなかった。
 では、あの時も自分は恐怖に支配されていただろうか。
 違う。あの時は、敗北による怒りと悔しさで感情が爆発していたはずだ。
 強大な敵を倒すため、負けを取り戻すため。そのために、いけ好かないリーダー軍団とつるんでまで敵地に突撃した。
 敗北は向上心を引き出し、勝利を掴むための糧となる。今までだって、そうやって強くなってきたはずだ。

『弱音が俺の肩に手ぇ回してきたからよ、背負い投げでブン投げてやったよ』

 いつか、ボンチューが言っていた言葉だ。あの男は妹の死という壁にぶつかった時、そうやって乗り越えた。
 弱音をブン投げるなんて、馬鹿な話だ。馬鹿だが、えらく男らしい。

「……上等じゃねーか」

 マミーは、たけしのようなカリスマ性を持ったリーダーではない。
 マミーは、ボンチューほど志が強くない。
 それでも、負けん気では。敵を恐れぬ精神力では、マミーは誰よりも強かったはずだ。

『やりましょうよマミーさん!』
マミーさんなら楽勝ですよ!』
『誰もマミーさんには敵いませんよ!』

 ファミリーの連中は、そんなマミーを慕い、ついてきたはずだ。
 それが、マミーだったはずだ。

DIOがなんだってんだよ……あんな奴、安藤に比べりゃ、たけしに比べりゃ、ボンチューに比べりゃ……」

 俺に比べりゃ、
 雑魚じゃねーか。


 ~~~~~


 拳を振るう。
 夜という闇を、未知という恐怖を隠した扉を、

「――うぅぅぅるぅあああああァァァ!!!」

 その手で、粉砕する。
 粉々に砕け散った扉は、小屋と外の境界線を失くし、マミーにありのままの外の世界を見せた。
 そこは、闇と、ほのかな蒸し暑さと、天から射す月光と、ただそれだけの世界。
 恐怖の元など、何もない。いつも見てきた、ただの夜だった。

「このオレ様が、テメーごときにビビるとでも思ってんのか。ああ?」

 既に遥か先を行っているであろう吸血鬼に対し、メンチをきる。
 この世が弱肉強食であるというのならば、それに従おうじゃないか。
 だが、マミーは決して弱者にはならない。その上に強者がいるというのなら、這い蹲ってでもそいつを蹴落とす。
 そして、自分が強者に君臨する。
 それが、弱肉強食というものだろう。

 マミーDIOを『絶対に越えなければいけない壁』と定め、夜を歩き出す。
 このゲームの結末がどうあれ、DIOは必ず倒す。この、自分の手で。
 それまでは、絶対に死なない。屍になっても、DIOをぶちのめしに行ってやる。

「覚悟して待ってやがれ! この吸血鬼ヤロオォォォォォォ!!!」

 解き放たれた狂犬が、月夜に吼えた。

 男は壁にぶち当たった時、挫折し弱音を吐く。
 そこから這い上がれるかどうかで、男としての器量が試される。


 ~~~~~


 最初から、DIOマミーを従えるつもりなどなかった。
 もとよりあの手の人種……単細胞とでも言い表せばいいか。そういう輩が、人の言うことを聞くはずもない。
 マミーはそれに加えて、負けず嫌いでもある。
 自分よりも上に立つ存在を絶対に許さない、意地でも自分が頂点に立とうとする、そういう人種。
 例え自分の命を蔑ろにしても、DIOに逆らうことは明白。だからこそ、彼にあった扱い方をしてやることにした。
 マミーはおそらく、DIOを殺すために意地でも強くなろうとするだろう。
 そのためには、死ぬことも許されない。相手を殺してでも、生き延び、強くなろうとするはずだ。
 首輪を着けられない狂犬など、放し飼いにしておけばいい。そうするだけで、うまく働いてくれるはずだ。
 DIOマミーに望んだことは、生き延びるために他者を殺すこと。
 DIOは、種を植え付けただけにすぎない。マミーという煮え切らなかった少年に、絶対に死ねない理由を与えただけだ。
 強くなるため、宿敵を倒すため、マミーはうまく働いてくれるだろう。

 しかし、DIOは一つ、重大な見落としをしている。
 それは、マミーという男の根性を計りきれなかったこと。
 絶対的な力を持つ自分に対し、ただの人間であるマミーなど、恐れるに足らない。そう認識していた。
 本当にそうだろうか。狂犬は、飼い主に噛み付かないと絶対に言えるだろうか。
 DIOは知らない。
 マミーという男を、まだ半分しか。





【愛知県と長野県の境・山中の廃屋/深夜】
【マミー@世紀末リーダー伝たけし!】
 [状態]:極度の怒り
 [装備]:フリーザ軍戦闘スーツ@DRAGON BALL、手裏剣@NARUTO
 [道具]:荷物一式(食料と水、一食分消費)
 [思考]:1 DIOを殺す。それまでは絶対に死なない。
     2 強者に君臨するため、もっと強くなる。
     3 誰が相手でも殺られる前に殺る。
     4 誰が相手でももう絶対にビビらない。

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334:吸血鬼と吸血姫、そして怯える少年 マミー 357:ニアミスの朝

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最終更新:2024年07月12日 20:08