0342:静かな湖畔の森の影から ◆SD0DoPVSTQ
水面が月明りを反射して輝いている夜の湖畔。
逃げる女と、すれ違う思いを必死に繋ぎとめようと追いかける男。
静かな湖畔に二人の足音だけが木霊する。
相手の姿が見えずとも、相手の逃げる方向は察しをつけることが出来る。
男――若島津は先を走るまもりに叫び、思いを伝えようとしたが、言葉が喉に差し掛かった所で何とか堪えた。
今この世界に自分達二人しか存在しないといった保障は全く無く、何処にお邪魔虫が潜んでいるのか分かったものではないのだから。
「畜生、もどかしいぜ。俺は追いかけるよりどっしり待ち構えてる方が性に合ってるんだがな……」
空手キーパー若島津はそう呟きながら、見えぬ女の背を只管追いかけていった。
しかし疲れている上、暗闇の中で逃げる者と追う者というハンデがあったとしても、その二人の差は徐々に縮まっていた。
小さい頃から空手とサッカーをやって下半身を鍛えてきた若島津にとって、逃げる女性を追いかけるのはさして難しい事ではない。
一メートル、また一メートルと距離は縮まり、闇の帳に隠されていた女の背が次第に炙り出されてきた。
真っ先にかける言葉はもう決まっている。
だが、そこから先の言葉が中々思い浮かばなかった。
伝えたい思いは溢れるほど存在する。
しかしそのどれもがあそこまで決意を固めた彼女に聞いて貰えるとは思えなかった。
「考えるだけ無駄だろうな……」
人殺しをするまで追い詰められた人を説得できる便利な言葉なんて思い浮かばない。
それも自己防衛の為に仕方なく殺すのではなく、守りたい人の為に自ら進んで殺そうと決意した人の気持ちを動かせる程の、魔法の言葉なんて。
だからこそ言いたい事を言っても無理なら、力ずくでも引っ張って帰る事に決めた。
「――隊長にまた大目玉喰らうだろうがな」
女性に手を上げるなんて……と熱弁しだす隊長の姿が鮮明にイメージ出来る。
だけどその位なんだ。
目の前を走る女性は守りたい人の為に重たい咎を背負って戦っている。
そんな女性を止める為に、自分だって女性に手を上げるって軽い咎位背負ってやろうじゃないか。
目の前を走る女の熱い吐息が聞こえてくる距離に迄近づいていた。
その吐息は若島津のそれとは違い、全く整えられていないリズムが耳に入ってくる。
上下に揺らしながら息を切らしている華奢な肩が目の前にあった。
手を伸ばせば掴める位に。
「ば、バカやろう!」
走るまもりの肩を強引に掴み止めようとするが、逃げようとするまもりの抵抗に遭い、
二人は暗く冷たい地面の上に縺れ合いながら投げ出された。
「死ぬってなんだよ、死ぬって!自分で死ぬ事だけが償いか?そんなお前に勝手に殺された奴はどうなるんだよ!」
走りながら考えていた説得とはかけ離れた言葉が次々と口から飛び出てくる。
いつから自分はこんな積極的になってしまったのだろう。
しかしこのいつも以上に熱く積極的な自分も何処か嫌いにはなれなかった。
もう此処にはいない戦友日向が、自分のすぐそばにいてくれている様な気がして。
「お前も生き残って帰るんだよ!死んでいった奴の分まで生きて、それで帰って償いでもなんでもすれば良いじゃないか!」
「嫌っ!止めて!」
まもりは片手で耳を塞ぎ、喚きながら装飾銃ハーディスの銃口を若島津に向けた。
「良心を残しながら泣いて人殺しをしている間違った奴をほっとけやしないだろ!」
自分に向けて構えられた銃口は揺れていた。
そう、目の前の女性はなにも好き好んで人を殺していた訳ではないのだ。
「それ以上言うと私、若島津さんを……」
「撃てるなら撃てよ。撃てるんだったらもうとっくのとうに撃ってるよな……」
彼女に銃口を向けられるのはこれで二度目。
火を噴く杖を勘定に入れれば三度目か。
「――帰ろうぜ、一緒に」
夜の人気の無い湖畔に倒れこんだ男女二人が見つめ合う光景は、第三者が見ればロマンティックであっただろう。
尤も本当は銃口を挟み膠着状態に陥っていただけであったのだが。
二人が見つめ合ってどの程度時が過ぎたであろうか。
銃口も引き金に添える指も先程より揺れが激しくなっていて、大分迷っているのが窺えた。
日向さんが力を貸してくれたのだ、上手くいく、と若島津が思いかけた瞬間均衡が崩れた。
――忘れていた、第四回定時放送。
頭の中で次々と知らない名前が挙げられていく。
最後の知り合いの翼はまだ生き残っているみたいだ。
姉崎まもりが言っていた小早川セナって奴もまだ死んでいないようだ。
良かった、と大きく肩で深呼吸をする。
ここでセナって奴が死んでいたら説得も何もなくなってしまう。
「――帰ろう。セナって奴も一緒に連れて。一人で戦うより皆で戦った方が勝機はある」
サッカーだってそうだ。
一人より十一人、十一人より補欠を含めた更に多数の方が強いに決まってる。
「とりあえず戻ろう。志村……隊長も待って……」
銃を下ろして、と言おうとして若島津の視線は其処で固まった。
先程までとまもりの様子が明らかに違っていた。
泣いて震えていた、守りたかった彼女はもう其処にはいない。
笑えばこんなにも可愛いのか、と思ってしまう程の笑顔で此方に笑いかけ、震えの止まった銃口を此方に向けていた。
「キェェェェッ!!」
異変を感じ取った若島津は咄嗟に銃を握り締めた手に向かって、空手仕込みの手刀を振り下ろした。
だが静かな湖畔に響く一声の咆哮によって若島津の奇声はかき消され、自慢の手刀が振り下ろされる事はなく、体ごとそのまま地面に倒れこんだ。
「ごめんなさい、若島津さん」
立ち上がったのは先程迄とは別人の明るい女性。
「若島津さんの申し出は本当に恐い位魅力的でした。そしてその誘惑に負けそうな自分がまたとても怖かった」
まもりは動く方の手で服に付いた土埃を払いながら、軽く脱臼した肩をゆっくりと擦る。
思っていた通り華奢な自分には反動が大きい。
次、この銃を使う時は両手で撃つ方が良いのかも知れない。
「若島津さんを撃てなくて利用しようとしたのも、本当は誘惑に負けそうになっていたからなのかもしれません」
もう物言わぬ彼に優しい視線を投げかけて彼女は言葉を続けた。
「みんなでクリスマスボウルを目指していたあの頃に戻れたらどんなに良いか……
あぁ、ヒル魔君ならこんな世界でも大丈夫だと思ったんだけどなぁ……」
今にも涙が零れそうだったので、天を仰ぎながらそう呟いた。
彼が死んだ時に初めて判った。
セナが弟の様に大切だったのとは別の意味で、彼の事が自分の中でまた大切だったのだ。
もうあの糞マネという言葉が聞こえないのかと思っただけで、涙が溢れてくる気がした。だが、もう泣いてはいられない。
セナやみんなと元の世界に帰るという魅惑の選択肢はなくなったのだから。
主催者が言い残した褒美とやらが頭の中にこびりついていた。
――今回新たに追加する優勝者への『ご褒美』は誰か御一人の『蘇生』です。
そう、セナを優勝させてヒル魔君を蘇生させて貰えばいいのだ。
その為には甘い誘惑を振り切る必要があった。
脱出という名の甘い誘惑を。
「本当にごめんなさいね。私もうこれで戻れなくなってしまいました。
最後までこんな私に優しくして下さってありがとうございました」
見開いたままの彼のまぶたをそっと閉じる。
脱臼した腕はそんなに痛まない。
今はもう戻れないと覚悟した心の方が唯々痛かった。
夜空と水面に浮かぶ月だけが見守っていた、湖畔での悲しいストーリー。
【滋賀県 琵琶湖畔の外れ/深夜】
【姉崎まもり@アイシールド21】
[状態]:中度の疲労、殴打による頭痛、腹痛、右腕関節に痛み(痛みは大分引いてきている)、右肩の軽い脱臼
不退転の決意
[装備]:装飾銃ハーディス@BLACK CAT
[道具]:高性能時限爆弾、アノアロの杖@キン肉マン、ベアークロー(片方)@キン肉マン
荷物一式×4、食料五人分(食料、水は三日分消費)
[思考]:1、殺戮を続行。自分自身は脱出する気はない。
2、セナを守るために強くなる(新たな武器を手に入れる)。
3、セナ以外の全員を殺害し、最後に自害。
4、セナを優勝させ、ヒル魔を蘇生して貰う。
【若島津健@キャプテン翼 死亡確認】
【残り56人】
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最終更新:2024年06月19日 21:40