「おい……てめえ、いい加減真面目にやれよ」
「嫌じゃ」
「おいこら…一体誰のせいでこんなことになったと思ってやがるんだ」
―――
太公望と
富樫源次。二人は今、食料調達のため海岸にて釣りをしている。
…厳密に言えば富樫一人だが。
太公望も一見釣りをしているように見えるのだが、
よくよく見てみれば、釣り針がただの木の小枝である。魚を獲る気が無いのは明白。
割とまじめに頑張っている富樫の釣竿も竿が木の枝で、釣り針がデイバックの金属を無理矢理折り曲げて作った急造品なので十中八九釣れないだろう。
「大体てめえが俺の食料を奪おうとするから全部海に落ちたんじゃねえか」
「わしの目の前で桃を出すおぬしが悪いのだ」
事の発端はこうである。海岸でデイバックの中身を確認していた富樫が、食料の桃の缶詰を手にした時に運悪く
太公望に発見されてしまい、
奇声を発しながら缶詰を奪おうとする
太公望とすったもんだの末、食料袋を海に落としてしまったのだ。
食料を失った富樫は怒りの赴くままに
太公望をどつきまわしていたのだが、一緒に食料を探す、という
太公望の提案で怒りを静めたのである。
「またたんこぶが増えたではないか…」
「てめえが約束どおりに食料を集めねえからじゃねえか。
今の状況わかってんのかよ」
どうやらまた殴られたらしい。しかし富樫の言うとおりである。
今現在殺し合いが行われているであろうこの見知らぬ土地で、のんびりと釣りをしている。
全く似つかわしい行為をしているこの二人。一応物陰に隠れて釣りをしているとはいえ、
いつ狙われてもおかしくない。しかし食料の問題は楽観視できず、今、食料を調達できる場所といえば、目の前の海しかない。
仕方なしに富樫は
太公望の提案を呑んだのである。
「……うむ、考えがまとまった」
「?急にどうしたんだよ」
太公望の顔つきが変わったことに驚きを隠せない富樫。
これからの話が今までの無駄話とは違うことを察した富樫は静かに
太公望の次の言葉を待った。
「この島はおぬしが住んでいた国の形と瓜二つなのだな?」
「ああ、そうだぜ。ただ大きさは全く違うけどな」
「この地球で、いや、たとえ違う星だとしてもある特定の国と全く同じ形をした土地が存在することはもはや天文学的な数字だ。
また、ご丁寧に縮図の入った地図まで用意しておる。
本物を知る人間に、島の大きさが違うということを知らせるためだろう。
これはこの島のことを理解していないと用意できないものだ。
これらのことから、この島が主催者と名乗る彼奴等が意図的に作った人工物だということが容易に想像できよう」
…おいおい、これがさっきの奇声を発して俺の缶詰を奪おうとした野郎かよ。
富樫はそう思いながら、静かに耳を傾けていた。
「更に言えば、人工物であるこの島に生息する動物や植物は本物だ。
人工物とはいえ、この巨大な島全体に本物の生物を根付かせるのは至難。
このようなものを生み出せる主催者という彼奴等、侮れまいぞ。
……もっとも、それはこの首輪やわしらをここに飛ばしたこと時から分かっていたがのう」
「…それは分かったけどよお、結局、てめえは何が言いたいんだ?」
太公望はそう言われると苦笑いをし、静かに目を閉じ、そして言った。
「後半は完全に蛇足になったが、つまりわしが言いたいのは脱出できるということだ。
全てが作られた世界であるこの島、いかに本物に演出しようとしても所詮は人が作ったものだ。
完璧ではない。必ず穴があるはずだ。それに…」
目を閉じ、重苦しい表情で語っていた
太公望の顔が笑顔になる。
「彼奴等が言った『ゲーム』という要素にこの島から脱出する術があるはずだ」
「どういうことだ?もう俺は訳がわからねえんだがよ…」
太公望は笑顔を崩さないまま、また語り始める。
その笑顔からは絶え間なく希望という名のオーラが滲み出ていた。
「わしらが一番最初に連れてこられたあの場所。あの場所で色々な能力を持つ人間を見たはずだ。
禿げの大男が繰り出した光線に、小柄な少年の体に光り輝いていた謎の紋章。
更に人間界最高の頭脳を持つと呼ばれていたLという者。
どれもわしが見たことも聞いたこともないこと ばかりだった。」
富樫は思い出す。確かにあのとき、様々な人間がいた。
太公望が述べた者以外でも、富樫の周りには奇妙な服装の人間、人間ですらない奴もいた。
「おそらく彼奴等がゲームを楽しむことを考えて様々な能力を持つ人間を集めたのだろう。
自分たちの力があれば何も恐れることは無い、という自信のもとでのう」
「でもよ、それがなんで脱出できることに繋がるんだよ」
「ゲームというのは全て自分が知っているとつまらんもんだからのう。
…彼奴等はよりゲームを見て楽しむために、能力、人種、国籍、その他もろもろにおいて
全てランダムに集めているはずだ。よほど自分の力に自信があると見える」
富樫はようやく理解した。つまり主催者と名乗る奴らが知らない、この島から脱出する術を持つ人間がいるかもしれないという事実に。
そいつを仲間に入れれば脱出も夢ではない!
「すげえよおめえ。尊敬するぜ」
「伊達に100余年生きておらんわい」
…100年?
あえて聞き流した富樫は粗末な釣竿をその場に捨て、立ち上がり、
太公望の前に向かった。
「そういや自己紹介がまだだったな。俺は男塾一号生、
富樫源次だ」
「わしは崑崙の道士、
太公望だ」
ここにきてようやくお互いの名を知った二人。
その顔には微かな笑顔とがっちりと握られたお互いの手があった。
「富樫、わしと組まんか?」
「あ?」
「おぬしは先刻から隙だらけであったわしを殺そうとするばかりか、まるで仲間であるように接した。
おぬしは信頼に足る男だ。わしは心からおぬしと組みたいと思っている」
富樫は何故か後ろに振り向くと、誰も見ていないのにも関わらず更に顔を隠すためか、深く学生帽を被り直した。
恐らく照れ隠しだろう。そのことを察した
太公望は声も無く笑うと、二人は荷物を持ち、別の場所へ移動を始めた。
「ところでよ、俺の食料はどうすんだ?魚も一匹も釣れちゃいないんだがよ」
「悪いがわしは仙道なので生物は食べてはいけないのだ。あの釣りはわしが考え事をするときによくすることなのだ。
そもそも保存のしようが無い魚を手に入れてどうするつもりだったのだ」
ゴツン
またげんこつを食らったらしい。
太公望はうずくまっている。
…果たしてこの二人の行く末はどうなることだろうか。