0024:逃げ馬、瀬那





 小早川瀬那の天性は、明らかに「逃げ馬」であった。
これまでの十数年間の人生において、彼は痛みから逃げ不安から逃げ、ただただ逃走を続けてきた。
小柄で気弱な彼が得たモノは、いじめられっ子の汚名と、卑屈な笑顔だけだった。
そう思っていた。そう信じ込まされていた。
そんな自分が、何故こんな目に遭っているのか……
不安に張り裂けそうな気持ちを抑え、支給品を確認する。指先が震えて、バッグを広げる事すら難しい。
砂浜を見渡す限り、人影はないのだ、誰か来たらすぐ分かる。落ち着け。
まず、地図。九州北部、福岡県にあたる位置に印がある。
水と食料。量は充分とは言い難いが、今はとても喉を通るとも思えず、気にはならない。
何より恐怖したのは名簿を確認した瞬間だ。

蛭魔妖一、進清十郎、そして姉崎まもり。

闇雲に遁走するだけだった「逃げ馬」に、進むべき方向を示した人たち。
転機を与えてくれた人間と、尊敬する好敵手と、実の姉の様に大切に想う人。
彼らも、巻き込まれている。この異界のどこかに、彼らもいる。

セナはいつも、独りであることを嘆いて生きてきた。
しかし今彼は、何故自分一人だけで済まなかったのかと、胸を痛めている。
セナ自身気付いてはいないが、これを、成長と呼ぶ人もあるだろう。

……探そう、皆を。
環境は、苛酷。天才的な頭脳を持つ蛭魔や、超人的な身体能力を誇る進はともかくとして、問題は姉崎まもりだ。
芯は強くとも、肉体的にはか弱い少女に過ぎない。
まもり姉ちゃんは、自分が守らなければならない。
最優先に探し出し、その後、蛭魔や進と合流する。
唇を噛み締めると、バッグを背負って立ち上がる。指先の震えは、消えていた。

 歩き出そうとした、まさにその時。小動物の様に敏感な(或いは臆病な)セナの感覚が、違和感を覚える。
これは、何の音だろう?聞き覚えのある、そう、それはまるで……
――掘削機のような……!
セナがとっさに背後に飛び退った瞬間、足元の砂中から巨大な何かが飛び出した。
一瞬先までセナの居た場所に、粉々に砕けた貝殻が舞う。
砂埃を巻き上げるそれは、腕。それも驚くべき事に、セナと変わらない大きさの巨腕。
明らかに、人間のモノではない。セナの脳裏に広間に集まっていた人外の異形がかすめる。

化け物に、狙いを付けられたのか……!

甘かった。
あまりにも、甘すぎた。
一瞬でも、守るなんて誓ったこと自体、とても馬鹿げた行為に思えた。
怪腕は「ぎょろり」と、手首から先をセナに向ける。その様は鎌首を擡げた大蛇。

そして自分は、蛙だ。

耳を突く不愉快な回転音を響かせて、五指がそれぞれ高速で回転を始める。

逃げろ、逃げろ、逃げろ。
今までだって、そうしてきたじゃないか。
自分はただちょっと人より足が速いだけの平凡な男だ。
だったら、使うしかない、それを。信頼に足るのは、この二本の足だけだ。
――『光速』をもたらす、この足だけが頼りだ。

踵を返してセナは駆け出す。グイと足元を踏みしめ、セナの右足は爆発的な加速を生む
――はずだった。
慣れない砂浜が、困惑した精神が、不良たちなど比べ物にならない恐怖が。
その全てが、船幽霊のようにまとわり憑き、セナの健脚を鈍らせた。
十歩にも届かず、セナは頭から砂浜に倒れ込む。
……もう、だめだ。

怪腕の、螺旋する指の駆動音が、セナの直近まで近寄って……こない。
頭を抱えて蹲ったセナも異変に気付く。もはや、駆動音すら響かない。
恐る恐る背後を振り返ると、屹立した怪腕は静止していた。
好機とばかりに立ち上がり、駆け出そうとするセナの背中に、聞き覚えのある声が響いた。
「待ちやがれ!糞チビ!」
もはや反射だ。刷り込まれた反射。
この声に怒鳴られると、体が硬直する。でも、そこには微塵も嫌悪はなくて。
「まだよく慣れてなくてよ。練習だ、練習。ビビッてんじゃねえよ。ケケケ」
「ヒル……!」
砂中から姿を現した、腕の主である化け物
――【着る操り人形『参號夷腕坊』】の大きく開いた口の中には、『デビルバッツ』蛭魔妖一が、いつもの悪魔的な笑いを浮かべて立っていた。



【福岡県 北部海岸沿い/黎明(1日目)】

【小早川瀬那@アイシールド21】
 [状態]:健康
 [装備]:特になし
 [道具]:支給品一式(含、未確認個別支給品)
 [思考]:姉崎まもりと合流し、守る。蛭魔と行動を共にする。

【蛭魔妖一@アイシールド21】
 [状態]:健康、ただし、夷腕坊の使用は負荷をもたらす
 [装備]:参號夷腕坊@るろうに剣心(習熟中)
 [道具]:支給品一式
 [思考]:まもり、進との合流。ゲームを脱出する。



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GAME START 小早川瀬那 113:北へ南へ
GAME START 蛭魔妖一 113:北へ南へ

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最終更新:2024年08月13日 09:29