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貴方が望むなら - (2007/02/25 (日) 17:23:41) の最新版との変更点

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 私は、元から笑っていたわけじゃないの。   私は笑うことがなかった。   笑うことだけでなく、怒ったり、泣いたりすることもなかった。   そんな私だったから、お姉様たちの手を焼かせたことだろう。   それでも、例外なく私もマスター候補の元へ送られる。   無表情で無愛想な私を見た彼らは、誰もが私を疎ましく思う。   ときにはマスターを放棄して捨てられたこともある。   そのせいか、私は余計に自分の殻に閉じこもってしまった。   そんな中、とある時代に彼に出会った。   いつものように、マスターである彼の元に送られてきた私。   そんな私を彼は歓迎してくれた。   初めてのもてなしに、私は面食らって戸惑った。   しかし、そんな私の心境なぞお構いなしに、終始彼は笑顔で私に優しく接してくれた。   初めのうちは、どのマスターも優しく接してくれていたけど、いずれ見切りをつけられ一線を引かれていた。   それが、彼にはなかった。   毎日、休みなしに私に話し掛けていた。   ときには敷地内の散策にも連れられた。   今思えば、彼は私を笑わせるためにいろんな作戦を考えていたのだろう。   次第に私は心を開いていった……。   ある日、それは突然訪れた。   日々の日課となった彼とのお話。   彼だけが一方的に喋っているけど、私は心の中だけで不器用ながらも笑っていた。   もちろん表情には出すことはできなかったけど。   それだけでも充分楽しかった。   このときが永遠に続けばいいと思った。   でも、幸せを感じるときほど不幸はやってくる。   彼が倒れた。   音も立てずに呆気なく。   あまりにも急な出来事に、私は何が起こったのか理解できなかった。   目の前で意識を失った彼。   彼付きの人が慌てながら助けを呼びにいく。   使用人らによって運ばれていく彼。   私は、それをどこか遠くから傍観している出来事のように感じていた。   彼の寝室。   彼が目覚めるまでにいろんな話を耳にした。 『旦那様は以前から体調が良くなかったそうな……』 『それなのに仕事は多忙の一方で……』 『あの子が来てからですよね……』   あの子、つまりは私のこと。   彼を苦しめていたのは私、悪いのは私。   邪魔者、役立たず、疫病神、私は……いらない子。   そんな思いが私の中を駆け巡る。   彼が目を覚ました。   その知らせを受け、使用人のそれぞれの役割の長が集まってくる。   私は部屋の隅でその様子を見ていた。   しばらくして、その人たちは部屋を出て行く。   残されたのは彼と私。   彼は私を手招きする。私はおずおずと彼に近づく。 「おいで」   そう言ってベッドに座るよう私に促した。 「すまないね」   どうして貴方が謝るの?悪いのは私なのに……。 「君を一人残す僕の無礼を許してくれ」   驚愕した。彼はもう長くないと言う。   その事実に自然と流れる涙。初めて流す涙。 「僕のために泣いてくれているのかい?」   気がつかなかった、私にも感情が備わっていること。 「ごめんなさい」   その言葉が私の口から漏れる。 「どうしたんだい? 君は僕に謝るようなことはしていないはずだよ」   彼の言葉に反論するように、私は静かに胸の内を明かした。 「はは。まったく、君は気にしすぎだよ」   私が悪いはずなのに、どうして……。 「いいかい? 僕がこうなってしまったのは君のせいじゃない。僕がこう生きたいと思っただけで、それがたまたまこういう結果になっただけさ」   それでも私は必死に抵抗する。 「仕方ないね。それじゃあ、最期に僕の頼みを聞いてくれるかい?」   最期だなんて言わないで……。 「ほらほら、泣かないで。僕に初めての笑顔を見せておくれ――」  そうして彼は逝った。     ◇    ◇    ◇    ◇ 「おーい……ってここに居たのか。寝てるのか……しゃーねぇな。まったく……寝ながら笑い泣きするやつなんて初めて見たぞ……」 「ふう、おやすみ……天河石」 ----
 私は、元から笑っていたわけじゃないの。   私は笑うことがなかった。   笑うことだけでなく、怒ったり、泣いたりすることもなかった。   そんな私だったから、お姉様たちの手を焼かせたことだろう。   それでも、例外なく私もマスター候補の元へ送られる。   無表情で無愛想な私を見た彼らは、誰もが私を疎ましく思う。   ときにはマスターを放棄して捨てられたこともある。   そのせいか、私は余計に自分の殻に閉じこもってしまった。   そんな中、とある時代に彼に出会った。   いつものように、マスターである彼の元に送られてきた私。   そんな私を彼は歓迎してくれた。   初めてのもてなしに、私は面食らって戸惑った。   しかし、そんな私の心境なぞお構いなしに、終始彼は笑顔で私に優しく接してくれた。   初めのうちは、どのマスターも優しく接してくれていたけど、いずれ見切りをつけられ一線を引かれていた。   それが、彼にはなかった。   毎日、休みなしに私に話し掛けていた。   ときには敷地内の散策にも連れられた。   今思えば、彼は私を笑わせるためにいろんな作戦を考えていたのだろう。   次第に私は心を開いていった……。   ある日、それは突然訪れた。   日々の日課となった彼とのお話。   彼だけが一方的に喋っているけど、私は心の中だけで不器用ながらも笑っていた。   もちろん表情には出すことはできなかったけど。   それだけでも充分楽しかった。   このときが永遠に続けばいいと思った。   でも、幸せを感じるときほど不幸はやってくる。   彼が倒れた。   音も立てずに呆気なく。   あまりにも急な出来事に、私は何が起こったのか理解できなかった。   目の前で意識を失った彼。   彼付きの人が慌てながら助けを呼びにいく。   使用人らによって運ばれていく彼。   私は、それをどこか遠くから傍観している出来事のように感じていた。   彼の寝室。   彼が目覚めるまでにいろんな話を耳にした。 『旦那様は以前から体調が良くなかったそうな……』 『それなのに仕事は多忙の一方で……』 『あの子が来てからですよね……』   あの子、つまりは私のこと。   彼を苦しめていたのは私、悪いのは私。   邪魔者、役立たず、疫病神、私は……いらない子。   そんな思いが私の中を駆け巡る。   彼が目を覚ました。   その知らせを受け、使用人のそれぞれの役割の長が集まってくる。   私は部屋の隅でその様子を見ていた。   しばらくして、その人たちは部屋を出て行く。   残されたのは彼と私。   彼は私を手招きする。私はおずおずと彼に近づく。 「おいで」   そう言ってベッドに座るよう私に促した。 「すまないね」   どうして貴方が謝るの?悪いのは私なのに……。 「君を一人残す僕の無礼を許してくれ」   驚愕した。彼はもう長くないと言う。   その事実に自然と流れる涙。初めて流す涙。 「僕のために泣いてくれているのかい?」   気がつかなかった、私にも感情が備わっていること。 「ごめんなさい」   その言葉が私の口から漏れる。 「どうしたんだい? 君は僕に謝るようなことはしていないはずだよ」   彼の言葉に反論するように、私は静かに胸の内を明かした。 「はは。まったく、君は気にしすぎだよ」   私が悪いはずなのに、どうして……。 「いいかい? 僕がこうなってしまったのは君のせいじゃない。僕がこう生きたいと思っただけで、それがたまたまこういう結果になっただけさ」   それでも私は必死に抵抗する。 「仕方ないね。それじゃあ、最期に僕の頼みを聞いてくれるかい?」   最期だなんて言わないで……。 「ほらほら、泣かないで。僕に初めての笑顔を見せておくれ――」  そうして彼は逝った。     ◇ ◇ ◇ ◇ 「おーい……ってここに居たのか。  寝てるのか……しゃーねぇな。  まったく……寝ながら笑い泣きするやつなんて初めて見たぞ……」 「おやすみ……天河石」 ----

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