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マスターの……

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 今日は七夕。
 だからって何があるわけではない。いつも通りの仕事だ。
「で、今日はペリドットさんのとこで七夕の祝いするんだって?」
 真剣に短冊への願い事を書いているレッドベリルを、後ろから覗き込む。
「あっ、み、見るなぁーっ!」
 すぐに短冊を手で隠される。
 というか、何も書いてなかったのに隠す必要はないだろう……。
「はいはい……レッドベリル、2枚も書くのは贅沢だと思うぞ?」
「う、うるさいっ。早く仕事行ってきなさいよ! あと、ちゃんと早く帰ってきてよね。
みんな待ってるんだからっ」
「はいはい。じゃあ行ってきますっと」

          ◇

 七夕……なんだか願い事を書く風習があるというのを聞いただけで、実はよく知らない。
 で、ペリドット姉さんからもらったたんざくっていう紙。これに願い事を書くんだ……。
「んー……」
 願い事、考えるとたくさんある。
 マスターがもう少しあたしに優しくなってくれること、マスターがもっと早く帰ってくること、
マスターがもっと美味しいご飯を……って、マスターのことばかり……。
 うぅー、何でそんなのばかりしか思いつかないのよぉー、マスターのバカっ!
「でも、このままじゃ2枚でも足りないし……」
 って、別にマスターの事なんて書かなくていいのっ。
 もぉ……なんか最近のあたし変だ……。
 なんでこう、マスターのことばかり考えて……あんな、優しくないマスターなのに……
いや、優しい時は優しい……うぅ。
「……はぁ」
 今頃、マスター何してるんだろう。
 卵焼いてるのかな。包丁使ってるのかな。それとも……。
 ……頭を振る。何でそんなこと考えてるんだか。
 今は短冊に書く願い事を……願い事。
「……ちゃんと、早く帰ってくるのかなぁ」
 みんなが待ってるんだから、ちゃんと帰ってこないと困る。
 ただそれだけ。それだけなんだから……。

          ◇

 夜。
 空はあいにくの曇り模様だが、それほど雲は厚くないためか、半月が時折雲間から覗いてくる。
「いらっしゃいませ。ずいぶんと早いんですねぇ」
 笑顔で出迎えてくれるペリドットさん。どうやら俺たちが一番乗りらしい。
「やっぱり早く来すぎたじゃないか」
「い、いいじゃない。女性を待たせるのは男の恥なんだから」
 どこか拗ねた様子のレッドベリル。
「さあ、こちらへどうぞ。レッドベリルちゃん、短冊は書いてきたかしら?」
「うん」
 そう言って取り出したのは……あれ、1枚だけか。
「何だ、結局2枚書くのはやめたんだな」
「ひ、人を欲張りみたいに言わないでよ」
「はいはい。で、何て書いたんだ?」
 レッドベリルの手の中にある短冊を覗き込む。
「あっ……もぉー」
 朝とは違い、仕方ないなぁといった表情でこちらを睨んでくる。
 隠すほどの内容ではない、ということか……。
「……料理が上達するように、か。というかお前、字が綺麗だな」
「え? あ……ありがと」
 日本慣れしていないとか言っていたが、そこはやはり宝石乙女ということか。
「あら、【レッドベリルのマスター】さんは無いんですか?」
「俺ですか? 俺はほら、こいつの付き添いだから。それに願い事は無しってことで」
「頭叩くなー」
「あらあら。それでは、この短冊を吊してもらえますか? なるべく高いところの方が、
きっと願いを叶えてくれる方も見やすいでしょうし」
 それぐらいならおやすいご用だ。二つ返事で了解し、ペリドットさんから
短冊を受け取る。
 片方がレッドベリルの、もう片方はペリドットさんのか……
もう望むことはありません? どういう願い事だろうか。

          ◇

 マスターが、あたしとペリドット姉さんの短冊を飾っている。
「レッドベリルちゃん」
 笑顔の姉さんが声をかけてくる。
 何か用事でもあるのだろうか……。
「なぁに?」
 やっぱり笑顔の姉さん。
「もう1枚の短冊はいいのですか?」
「え……ぅ」
 ……やっぱり、隠してたの姉さんにはばれちゃった、か。
「【レッドベリルのマスター】さんには、見せたくないんですよね?」
 黙ってうなずくしかない。
 それに、マスターだけではない。出来れば誰にも内容を知られたくない。
というか、どうしてこんなお願い書いたんだろう。
 ……きっと、そんなこともお見通しなんだ。
「【レッドベリルのマスター】さん、今度はお料理の準備を手伝って頂けないでしょうか?」
「あ、はい。任せてくださいっ」
 いつもより張り切った様子のマスター。もう、バカっ。
「レッドベリルちゃん」
 家の方へ向かうマスターをよそに、姉さんが竹の方に目をやる。
「せっかくの願い事なんですから、ね?」
 別に、叶って欲しい願い事って訳じゃ……。
 でも姉さんがそう言うなら……マスターに悟られないように、竹に近寄る。
 そして、一番目立たないところを選んで、そこに短冊を吊す。
 『マスターのお店でお手伝いが出来ますように』
 …………ホント、何書いてるんだろう、あたし。
「……はぁ」
 でも、本当に願いが叶ったら……。
 ……少しはマスターのこと、考えずに済むかも知れない。
 多分……。

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