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俺の名前? お前の名前

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  『みんなが集まっていますから、鉄鉱石さんもどうですか?』
  と、ペリドットに誘われたのが数週間前。
  その時の私がどこにいたか? 話せば長くなるので割愛する。
  とにかくだ、私はこうして他の姉妹が集まっているという町に来たわけだが……。
  日本の、何の変哲もない町。実につまらなそうな場所。

  宝石乙女というのは、それが創造主の意志かどうかは分からないが、姉妹が同じ場所に集まる習性――畜生みたいな表現だが――みたいなものがある。
  だが、私にはその気質があまりないらしい。マスターを持たず、ただ放浪している方が、自分には似合う。
  他の姉妹が嫌いなわけではない。別段好きというわけでもないが……。
  まぁ、たまにはこうして姉妹の顔を見に来るのも悪くないだろう。半年ぐらい滞在したら、また別の場所か。
  ちなみに手土産ぐらいならいつも用意する。今回の手土産は何かの缶詰。現地の人間曰く、相当美味いらしい。
  とりあえず人数分あるか、鞄を確認……ん?
「……おい」
  人間。男の行き倒れを発見。
  なんだ、日本というのは行き倒れが出るほど貧しい国なのか?
  行き倒れ自体は何も珍しくない。本当はよくないのだろうが、見慣れている上、気にかけたこともない。
  だが、日本で行き倒れというのは初めて見る。いつからこんなに貧しくなったんだか。
「んぅ……あれ、誰?」
「ふむ、元気そうだな。それじゃあ私は失礼する」
  たいしたことはないようだ。だったら私には関係のないことだ。
  行き倒れの男に背を向け、その場を……。
「……あの、俺の知り合い?」
  ……なんだ、この人間は。
「そんなわけないだろう。私は今日ここに来たばかりだ」
「そ、そうか……」
  わけの分からない奴だ。そうそうに立ち去るのが正解か……。
「……名前」
「まだ何か? 自己紹介するつもりはないぞ」
「いや、日本で知らない人に話しかけるなんて珍しいし……俺の名前……知ってる人かと思ったんだけどね。あはは……」
  ……何?
「ごめん、変なこと聞いて。それじゃあ……」
「……待て」
  ……この時呼び止めたことを、あとあと後悔するかどうか。
  それは、あとになってみないと分からないだろう。後悔はあとにするものだから。
  とにかく、私はこいつに興味が湧いた。それだけは事実だ。
  ……記憶喪失。私も実際見るのは初めてだったから。

「人間、一週間も物を食べないと行き倒れするんだなぁっていうのが、今日分かったかな」
  ここはペリドットの家。彼女のマスターは現在留守だ。
「あぁ、あともう一つ。日本もまだ捨てたモンじゃないってのが分かったな。見ず知らずの人がご飯ご馳走してくれる人なんて、初めてだ」
「ありがとうございます。でも、困ったときはお互い様ですから」
  相変わらずのお人好しなんだな。
  まぁ、お互い人を見る目は確かだ。こいつが危険人物でないことぐらいだいたい見当がつく。
「それよりも、記憶喪失と聞きましたが……」
「あ、ああ……二年前から自分が誰なのかとか、家がどこかとかさっぱり」
「この町で暮らしていたのではないですか?」
「いやぁ……そういうのもさっぱりで」
  ……相当重傷だな、これは。
「では、今までどうしていたんですか?」
「あぁ、ダンボールハウスって奴です、はい。まさかこの年でホームレス経験することになるなんてねぇ……」
  ……家、か。
  そういえば私も半年過ごす場所を考えなければいけなかったな。
  まぁ、寝床だけあればいい。誰か姉妹の家に居候……。
「それでは、鉄鉱石さんと一緒に暮らしてみては動でしょうか。実は家も用意してあるんですよ」
「何ぃ!? ペリドット、何勝手なことをっ」
「いいじゃないですか。こうして出会ったのも何かの縁ですよ」
「そうじゃなくてだな……くそっ、どこから文句言えばいいのか分からん!!」
  ペリドットの奴……相変わらずこちらの了承も得ず勝手に……。
「貴方も鉄鉱石さんのために働いたりしないといけなくなりますね」
「え、その、いいのかな……まぁ働いてはいるんだけど」
「じゃあ何も問題ありませんね。今から用意した家に案内しますので……」
「待て! 私はまったく納得してないぞ!!」
  そうだ、私は一つの場所に居着くつもりなどない。住居など邪魔なだけだ。
「たまにはみんな集まって一つの場所で暮らすのも、いいじゃないですか」
「私がそういうのが苦手だと知っているだろう!」
「はい。だからその苦手克服のためにも」
  ダメだ、こいつには何を言っても無意味だ。思わず苦笑が……。
「と、ところで鉄鉱石さんっていうのは……本名?」
「それがどうした」
「い、いや、ずいぶんと硬そうな名前だなぁと思って……イヤ、ゴメンナサイゴメンナサイ、オコラナイデ」
「ふん、ならお前はこんにゃくとでも名乗っていろ」
  もう自分がどうしていいのかも分からない。とにかく頭が混乱している。
  先は後悔がどうのこうのと思っていたが、もうすでに後悔している。どうして私はこんな男に興味など……。
「こんにゃく……斬鉄剣でも切れなさそうな名前だね」
うるさい!」

  とりあえず、ペリドットが用意したという家に落ち着いたのだが……。
「ひさびさだなぁ、ダンボールじゃない室内」
  目の前にいるのは、もちろんあの男。今はいちおうこんにゃくということにしておく。
  それよりも、また平凡な家だ。どうも居心地が悪い……。
「おぉ、風呂とトイレも完備かぁ。それにこの家具、なんでもう置いてあるんだろう。テレビなんて今流行りの薄型……」
「うるさい」
「はいっ」
  こいつは子供か……? さっきから家の中をうろうろと。
「……お前、本当に何も思い出せないんだな?」
  こんにゃくが嘘をついているという希望的観測を胸に尋ねてみる。
「え、まぁね……好きな食べ物がハンバーグってぐらいしか」
「そんなことはどうでもいい……ハンバーグ、か」
「やっぱ、子供っぽいかな」
「まあ、そうだな。子供っぽい」
  まったく、馬鹿馬鹿しい話だ。
  しかし、そういう会話をすると少しだけ気が楽になる。
  そうだな、今は冷静になって現状を把握せねば……そして今後どうするか。
「あのさ、ペリドットさんが契約がどうのこうのって言ってたけど、どういうこと?」
「あぁ……別に。するつもりもないから関係ないだろう」
  そう、するつもりはない。したくもないし、こんにゃくのためにも……。

『もし契約をしてしまったら、それこそ記憶が戻らなくなる可能性も……』
『安心しろ、するつもりはない』

  ……そうだな、まずはこいつの記憶を取り戻すのが先か。
  そうすれば私も自由になれるし、こいつも元の場所に落ち着くことができる。二年程度の時間なら、すぐ埋め合わせられるはずだ。
  記憶を取り戻させる……少しだけポジティブになれそうだ。
「……今日の夕食、お前が作れ」
「え、俺が?」
「好きな物でかまわない。だが、私は長旅で疲れている。面倒な物は作るなよ」
  妙な男が同伴してしまったが、長旅の疲れを癒すわずかな休息。
「それじゃあハンバーグかな。俺、作るのも自信ありますよ」
「ほう。言い切ったからには不味い物は許さないぞ」
  たまにはいいだろう、こんな休息も……。
「えっと、なんか俺面白いこと言った?」
「……いや、別に。ただの思い出し笑いだ」
「そっか……で、俺の名前についてなんだけど」
「こんにゃくでいいだろう」
  こんにゃくの苦笑。
「そういえば自己紹介がまだだったな。私の名は鉄鉱石、宝石乙女と呼ばれる……まぁ、人形だ」
  数秒後、こんにゃくが驚きの声を上げたのは言うまでもない。
  まぁ、気づかない人は気付かないからな……。

「ペリドット、この缶詰ってまさかシュールなんとかって……」
「開けてみれば分かりますよ、きっと」
「え、ちょっ、おまっ!!」


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