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名も無き乙女の昔話5

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匿名ユーザー

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愛していた……
私は……間違いなくマスターを愛していた……
だから……他の人の手にかかってマスターを失うことが耐えられなかった……

勇敢なマスターと優しい婦人と可愛らしい子供たち。
ほがらかな使用人さんたち。
目に見える全てが幸せに彩られていた。

でも……

人の気持ちは移ろいやすく、勇敢だったマスターは傲慢になり……。
優しい婦人は嫉妬の炎に心を焼かれ……。
可愛らしかった子供達は成長し、親とは違う道を選び……離れていった……。
陽気で朗らかだった使用人さん達は、一人、また一人と去っていき……
居残った数少ない使用人さんたちでさえ、いがみ合い、憎しみあっていった……。

領地の整然とした綺麗な街並みは死臭の漂う危険な街に姿を変え、
人々のフラストレーションは澱のように積み重なっていった。

外に出ることを禁じられ、城の中で過ごす毎日。
澱んだ空気の中で、息の詰まるような生活。
唯一の慰めだったマスターと二人で育んだ庭園は手入れされることも無く
荒れていくだけ。
もう、私の世界から全てが色を失っていった……。

そんな日々に嫌気が差し……姉妹と過ごした懐かしい庭園に帰ろうと思った矢先、
私の目に鮮やかな炎の色が飛び込んできた。

マスターと執事さんの怒声が聞こえる。
「レヴォルト(暴動)か!?」
「旦那様、レヴォルト(暴動)ではございません。レヴォリューション(革命)ですぞ!」

か く め い……?

領民が門を打ち破り場内へと流れ込んでくる。血に染まった農具をかかげ、
炎をまとってなだれ込んでくる。

死。
あまりにも明確な死が迫ってくる。
マスターっ!

略奪を行う領民から逃れ、マスターのもとへと走る。

いたっ!
マ、スター?

そこには、かつて領民に愛された勇敢なマスターはいなかった。
返り血を浴び、血脂で汚れた剣を振るい。
苦楽をともにした領民を切り伏せる男。
狂気に満ちた笑みを浮かべて殺戮を行う獣がいた。

マスターの目が私を捉える。怖い……でも、動けない……。
「ま、マスター?」
「無事だったか。大丈夫か? 酷い事されてないか?」
「私は大丈夫です。マスターは?」
「ああ、俺は大丈夫だ。血は全て返り血だ。まだ、腕は鈍ってない」
「でも、この人たち……」
「俺を殺そうとしたからな。しかたあるまい。殺さねば、殺されていた」
「でも……でも……」
「言うな。長年の恩を忘れて主人に噛み付く犬など必要ない。私が生きていれば再興など容易いことだ」
「私が嫁いだマスターは、優しいかたでした。慈悲深く、領民であれば誰であれ
 分け隔てなく話しに耳を傾けるかたでした。紛争が起きれば戦うよりも先に
 剣を治める方法を模索し、誰もが悲しむことの無い様に働くかたでした。
 平和を愛し、家族を愛し、私を愛してくれるかたでした。
 いまの貴方は、私のマスターじゃない!

 返して下さい。
 返して……私のマスターを返してっっ!!」
「お前……お前まで、そんなことを言うのか……。俺に逆らうと言うのか……。
 残念だ……。残念だが、そんなお前を許しておくわけにはいかないのだ。
 俺は……もう、戻れないんだ……」

マスターが剣を振り上げて向かってくる。
動けない私は目をそらすことなく彼を見つめていた。
彼は泣いていた。

彼の涙に気がついた刹那、視界を何かが通り過ぎた。
もんどりうって彼が倒れる。
胸に突き立つ矢。
暴徒が放った矢が、私の命をつないだ。
倒れた彼を見て沸き立つ暴徒たち。破壊と略奪に拍車がかかる。
彼の死を確かめようと何人かが向かってくる。
ああ……マスターっ!



気が付いた時には、私はマスターを引きずりながら歩いていた。
向かう先には、かつて私が育った庭園がある。
かすかに息のあるマスターを そこに連れて行き
もう一度、この人とやり直すことができれば……

痛みに呻くマスターが咳き込み、血を吐く。傷は……浅くない……。

「マスター、少し休みます。もう少しですから、頑張って下さいね」
「……なぜ助ける?」
「貴方は、私のマスターだからです。私たち宝石乙女はマスターが
 どのような人物であろうと、マスターを裏切ることは出来ません。
 貴方は、私のマスターです」
「……全て失った……。なにもかも……。命まで尽きようとしている……
 俺は……終わった。もう、開放してくれないか?」
「いけません。貴方は、まだ生きています。全てを背負って、私と添い遂げてください。
 どのような罪があっても、私も共に背負いますから……生きて……」

涙があふれてきた。止まることなく流れ落ちる。

「泣くな。お前の涙を見ると辛い……。なあ、覚えているか?
 俺たち二人で作った花園……。プリムローズが綺麗だったなぁ。
 水をやりすぎてご機嫌を損ねたこともあった……」
「夜通し火を燃やして霜を防いだこともありましたね……」
「ああ、お前によく似合う、綺麗な花だった……。俺は、あの花が好きだったなぁ……」
「私が生まれ育った庭園に向かいます。人里から離れたところですから、
 傷を癒して余生を過ごすにはいいところです。二人で一緒に、花を育てましょ。ね、マスター」

再び、マスターを担いで庭園へと向かう。人目に触れないように山間を抜けて歩いているので、
思うように進めない。でも、早く行かなきゃ追っ手が迫ってくる。

「止まれ」
「どうしました?」
「これをやる。家宝の短剣だ。いざという時は使え」
「私に武具は扱えません。姉妹のなかには上手な者もいますけど……」
「そういえば、お前は結構な不器用だったなぁ」
「酷いですね……意地悪なマスターですことっ!」
「まあ、怒るな。この先、何があるか分からんからな。持ってみろ。
 そう、両手でしっかり持て。腕や手首で使うな。非力なものは、それなりの扱い方をしなければならない。
 いいか、相手の目を見据えて、呼吸をはかれ。そう、そうだ。
 そして、相手に身体ごと飛び込む。こうやってっ!」

手に嫌な感触が伝わる……。ナニガオコッテイルノ? ますたー?

「がはっ! まったく……急所をはずしたな……不器用なやつだ……止めを刺せっ、早くっ!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!」
「落ち着けっ、追っ手が迫っている……もう、時間がない。俺を……他の者の手にかけるつもりかっ
 お前が、俺の罪まで背負うと言うならば、全てを背負うと言うならば、殺れ……
 お前の手で……。俺を……救ってくれ……」



頭の中は真っ白だった……ここに来るまでに何度、自我を失っていたのだろう……
気が付けば私は、目的地だった庭園へとたどり着いていた……。
血で汚れた短剣を握りしめて……。

「最後まで……酷い人……。私はどうすればいいの……」

《二人で育てたプリムローズ、綺麗だったなぁ。俺は、お前によく似合うあの花が好きなんだ》

「いいわ。マスターの好きなお花は、私が育ててあげる。マスターをお花で囲んであげるわ。
 時間はたっぷりあるしね。」

庭園に独り佇み、あたりを見渡した。誰もいない……私だけだった……
姉妹もいない この庭園で、私はマスターの思い出と生きていく。
ただ独りで……いつまでも……



~名も無き乙女の昔話~

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