ここで例の着信スタート(全員、選択肢間違える)  ◆wKs3a28q6Q



突如響いたアラームに、その場の誰もが驚いた。
だがしかし、すぐに意識の外へと追い出す。
武器を突き付けられているトウジと典子は集中しないと命を落としかねないし、
間接的にトウジの命を握ってしまったのぼるにも放送へと意識を向ける余裕なんてものはなかった。

「な、何これ!?」

ただ一人、京子だけは異質だった。
自分の行動ひとつで、誰かの命が消えるわけではない立場。
だからこそ、一人だけ意識をすぐにアラームから外さなかった。

のぼるも典子も放送を聞き漏らしてでも武器を先には下ろさないと京子が思い知らされるのは、のぼるの方を向いた時だ。
鳴り響くアラームを放置して、のぼるは射殺さんばかりの目で精一杯典子を威嚇している。
のぼる達にとって、今はそのくらい不味い状況なのだ。

(げっ……!)

そして、そんなのぼるを見て。京子は目ざとく気付いてしまう。
のぼるのクロスボウガンに、矢がセットされていないことに。

非力なのぼるや京子には、クロスボウガンのセットは若干難しい。
しっかり弦を引いた時の重さを苦にしないのは、この中ではトウジだけなのだ。
しかしながら命中精度の高さを見込み、のぼるに持たせることにした。
一発で相手の腕を射抜ければ相手の戦力を封じれるから十分――そんな思惑の元。

しかし今、無駄打ち直後にクロスボウガンが必要とされてしまった。
ノンキに弦の重さと戦う時間はない。
そこでのぼるは、ハッタリをかますことにしたのだ。

幸いここは棚に囲まれており、外の日光はあまり影響を及ぼさない。
電気は消してあるので、ほんのり薄暗いというわけだ。
それに加え、先程野菜を落とした際に積もりに積もった埃が舞い上がっている。
あまり視界がいいとは言えない状況だ。

更に典子は、トウジの方にも注意を払わなくてはいけない。
自身のスタンスについて考えていることもあり、些細なことに気がつく余裕なんてなかった。
クロスボウガンを注意はしているが、精々矢の向いている方と引き金にかかった指を見る程度だ。

のぼるもきちんとクロスボウガンの角度を考え、弦がしっかり引かれているか見えづらいよう考えている。
敬愛する教師に貰った度胸と根性、そしてハッタリだけで、この場を切り抜けなくてはならない。

『――これより、第一回目の放送を始める』

通話ボタンを押していないのに、勝手に声が流れ始める。
ポケットから出すのに手間取ることを考慮しているのか、ポケット越しにも十分聞こえる音量だ。

放送に対して現を抜かしている場合ではない。
だがしかし、これは貴重な殺し合いについての情報源だ。
易々と切り捨てていいものでもない。
ましてや人を集めたい昇達にとってみたら、参加者の情報が分かる放送は貴重なのだ。
だから――

「歳納さん」

のぼるは、託す。
情報のメモを取るという行為を。
唯一手の空いている京子に。

「放送のメモ、頼めるかな」
「え?」
「筆記具は配られてないし、多分録音機能があるか、メモ帳機能が使えるようになってると思うから」

そして典子も、それを見逃す。
放送の内容は典子にとっても貴重。
皆殺しにして後からメモを奪うにしろ、和解して見せてもらうにしろ、典子としても誰かしらにメモを取らせる必要性はあるのだ。

「わ、分かった」

典子のことを警戒し、突然の行動要請に若干ビクつきながらも京子が頷く。
前述の通り典子は特に京子を警戒していない。
のぼるとしても、京子は“蚊帳の外”だという認識があったからこそ、京子にメモを頼んだ。

だがしかし、京子だけは、自分を蚊帳の外だなんて思っちゃいない。
仲間の命がかかっている中、一人だけ安全地帯に身をおいたなんて認識では居られない。
だから常に典子に意識を向けているし、どうすればこの場を乗りきれるかどうかを考えている。

(――――もしかして、あの人を引き付けている?)

京子から見て、典子は隙だらけだった。
視線は昇に釘付けであるし、銃口はトウジの方を向いている。
当然典子にしたら、命を脅かしている昇に嫌でも集中するし、せいぜい注意を払えても超至近距離で拘束しているトウジにくらいだ。
“蚊帳の外”には当然注意が向いていないし、隙だらけに見えてしまうのも無理はない。

『頼めるかな』

しゃがむだけの動作が、京子にはやけにスローモーションに感じる。
そんな最中、のぼるの言葉が頭の中に響いていた。

頼む。

のぼるは、確かに頼んだのだ。
のぼるは、確かに託したのだ。
仲間に。京子に。

(そういう、ことか)

勿論それは、額面通り放送のメモをである。
神視点である地の文がそう言うのだから間違いはない。

だがしかし、京子から見たらそうではない。
京子には自分が蚊帳の外に置かれている認識なんてないのだから、京子から見たら典子が隙を見せてくれているこの状況は異質なものということになる。
だから、こう推理した。
“のぼるが注意を引きつけており、その結果として敵対者に隙が生じている”と。

しかしながら、京子から見てトウジは動ける状況にあると思えない。
そして勿論、注意を引いてるのぼるも迂闊には動けない。
つまりこの状況下において、動けるのは京子一人ということになる。

勿論これは何度も書いていることであるし、誰の目から見てもそうだ。
だからこそ、放送のメモという誰からも必要なお仕事を押し付けられていた。
頼むぞと、のぼるがアイコンタクトようなものまでして、メモという単純だが大事な作業をお願いした。

そしてそれが裏目になり、京子にアイコンタクトの裏の意味などという実在しないものを推測させてしまう。
比較的思い込みの激しいタチの京子は、その推測を真実だと錯覚する。

「――任せて、くれ」

京子は勘違いをする。
託されたものを。
任された役割を。
しゃがみ込み、荷物の中から携帯電話を取るふりをして、シグザウエルを握った。

(やらなきゃ、いけない――)

昇はクロスボウガンを撃てない。
それがバレたら不味いのに、わざわざ注意を引いている。
長い時間をかけて覚悟をする余裕はない。
それでも。

(撃たなきゃ、いけない――――)

撃ちたくないけど。
こんなこと嫌だけど。
でもそうしなきゃ仲間が死ぬから。
仲間二人の命は、自分に託されてるのだからと。
激しい思い込みが、京子の心を奮い立たせる。

(大丈夫、イケる――何のためにワガママを貫いてきた歳納京子っ!)

駄々をこね、シグザウエルを持たせて貰った。
力のあるトウジの方がよろけることなく撃てるだろうし、射撃自慢ののぼるの方が有効活用出来るだろうアタリ武器。
わかっていても、それを譲るということだけはしなかったし、できなかった。

怖かった、という想いがなかったというえば嘘になる。
いい人達だと分かっていても、強力な武器をあげるのには抵抗感があった。
身を守れる強大な武器を持つだけで気分が楽になったというのも真実だ。
冒頭に言ったように、シグザウエルを渡さなかった理由は、大量に存在している。

京子自身は、その理由の数々を――そしてそれに根ざした負の感情を、醜いものだと思っている。
だからこそ、それが大きな理由のように感じていたし、銃なんて余程のことがない限り使うつもりなんてなかった。

だがしかし――本当の理由は、また別にある。
勿論先述の理由が嘘の理由というわけではない。
単なるウエイトの話だ。
京子にとって先述の理由は“印象的故覚えているが大きなウエイトは占めないもの”だったのに対し、
今から述べる理由は“大きなウエイトを占めるが、あまりにも自然にそう想っていたため、意識することができていなかった”ものである。

京子は、仲間を守りたかった。
自分の身を守るためでも、人を殺すためでもなく、ただ仲間を守るために銃を持っていたかった。
勿論それは、敵を倒したり威嚇することで肉体を守ることも意味している。
だがしかし、それ以上に、大切な人の“心”を守りたかったのだ。

――みんなは、何の抵抗もなく人を殺せるような子じゃない。

殺し合いに乗ってしまうかどうかまでは確信できない京子だったが、このことだけは確信していた。
だからこそ、願ったのだ。
赤座あかりが、船見結衣が、吉川ちなつが、杉浦綾乃が――――皆が、人を殺さないことを。
思うでもなく、信じるでもなく、願ったのだ。

絶対人を殺さないなんて断言できるような人間は、多分この世にいないだろう。京子はそう考える。
思考回路が筒抜けのはずの自分自身についてですら、満足にわからないのだ。
第三者のそれを断言できるはずもない。
それ故に、人殺しという行為を嘆き悲しみはしても、悪として断じ嫌悪し軽蔑する気にはなれなかった。
誰もが人殺しになりえるし、この状態では身を守るために人を殺してもしょうがない。
そんなことをついつい思ってしまうのだ。

だからこそ、京子はシグザウエルを持つ。
自分の身を守るため、人を殺さねばならない場面に友と直面した時に、その役を自分が引き受けられるよう。
仲間の中で誰が手を汚すのが一番心が痛まないかと聞かれたら、迷うことなく自分の名を挙げられるから。
友のため、いつか来るべき“誰か”が手を汚さねばならぬ場面のため、シグザウエルは断固として所有したかった。

それに、誰かが既に手を汚していた時、救うことが許す確率が上がるという理由もある。
もしも仲間に人殺しを断固許さない奴がいて、そいつが銃を持っていた場合、戦闘になれば高確率で人を殺した友人は殺されてしまう。
だがしかし、銃を持つのが自分だけだった場合、自分が殺さないよう撃てば、友人は生き延びれる。
勿論逃がすわけではないが、生かしたまま無力化して相手を“許し”てあげたかった。
ボタンが違えば自分がそうなっていたかもという可能性を否定出来ないし、仕方がないことだとも思うから。

兎にも角にも、それが京子がシグザウエルを持ちたがっていた理由。
見方によっては、ただ恐怖故に持ちたがるより遥かに醜くエゴの塊な理由だろう。
何せ自分の身を守る目的でなく、自分の考えを通すために持っているのだから。

でもそれは、他の人から見てどんなに醜くても、京子の目にはとても輝く尊いものに見えている。
失くしちゃいけない、ブレさせてはいけないような、大切なものに見えている。

(撃つんだ、ここで!)

だからこそ、彼女は己を奮い立たせる。
尊い想いを貫くために。
エゴにまみれた愛と友情を原動力に。

(私が皆を守るんだ!)

銃口を、トウジを捕獲している典子の肩へと定めて。
引き金にかけた指がやけに重い。
それでも想いを貫くために、指先に力を入れた。

「ば――――――!!」

トウジがそれに気付いたのは、引き金が京子に引かれる数秒前のことだった。

トウジもまた、のぼるが典子の注意を引いている以上、自分が何とかしなくてはと思っていた。
のぼるは迂闊に動けずにいて、京子は放送メモという仕事がある。
トウジは銃を突き付けられているが、典子の視線は基本的にのぼるの方に向いている。
不自然な体の動きを見せようものなら頭に穴が開くだろうが、目線を動かすだけだったら気付かれまい。

そして何か打開策はないものかと目線だけを動かしていて、見てしまったのだ。
握った銃を持ち上げる京子の姿を。

声を出すな、というのは些か酷なことだったかもしれない。
トウジにとって、京子は説明書を読んだかすら怪しい存在であり、善人だということ以外取り柄を感じられない程の戦力だ。
自分が運動下手というのも手伝って、“運動神経の差がもたらす戦力差”というものは分かっているつもりである。
それ故に、普通に行けば男子以下の戦闘能力の京子が、武器の扱いに長けるどころか説明すら読んでいないであろう故に、京子を戦力外とみなしてしまっていた。

そんな戦力外の人間が、この緊迫した場面で、いきなり銃を撃とうと言うのだ。
しかも神の目線を持たぬトウジから見ると、その行為は先程までのオチャラケの延長線上にも見えてしまう。
複雑な想いを胸に抱いての行動だと悟れる程、彼らの絆は強くない。

「!?」

そして、つい声を上げてしまった。
勿論それを見逃すほど、典子は平和ボケをしてない。
すぐさま目線を昇からトウジに移す。
そのまま視線はトウジの視線を追いかけた。
それでも銃をすぐにはそちらに向けなかったのは、のぼるを警戒してのこと。

「よせッ!」

それが予想出来たからこそ、トウジは声を張り上げる。
今更口を塞いだ所で手遅れだろう。

ならば、どうするべきか。
京子を止め、京子を典子に対する脅威でなくすこと――そして、予定通りメモ係にし、京子の安全を確保することだ。
前述の通り、京子をメモ係にすることは典子にとってもメリットがある。
素直に京子が銃さえ捨てれば、まだ生かされる可能性はあるのだ。

「――――っ!」

銃を向けられた典子は、つい先程――といっても5時間以上前だが――天使のような悪魔に言われた通り、守られてばかりいたお嬢様だ。
勇者様である秋也のような超人的能力は持ち合わせない。
だから京子の銃だけを弾くように射撃をすることなんて出来ないし、冷静に下手な鉄砲を回避することだって出来ない。

ただ――彼女も、追われる立場で生活したという長所を持っている。
周りが敵しか居ない状況で、守られながらでも生きてきた。
その間ひたすらぼんやりしていたわけではない。
七原秋也が休む時にはしっかり休めるように常に気を張ってたし、些細な気配や音には敏感になった。
常盤愛には“外”に警戒を集中しすぎていたせいで不覚を取ったが、警戒先に“トウジに声を上げさせた何か”を加えた今、見逃してしまう理由はない。

危険な環境で培われた警戒心と、それに見合わない運動神経。
それがもたらしたのは、極々ありふれた悲劇。

銃を向ける姿を前に硬直してしまうほど、修羅場慣れしていないわけじゃない。
安全な部位を狙える程、銃に慣れてるわけでもない。

要するに、銃を向ける姿を見て、典子もまた、引き金を引いたのだ。

(あっ――――)

典子の持つイングラムが火を吹くよりもやや早く、京子の持つシグザウエルは火を吹いた。
トウジの制止が聞こえなかったわけではない。
しかし、イングラムを向けられて、銃を下ろすより銃を撃つことを選んでしまう。

その銃弾は、狙い通りのコースへと飛んでいった。
当初狙っていた、典子の肩があった場所へと。

――そう、“あった”場所だ。
今そこに、典子の体は存在しない。
銃を視界に捉え、典子は体を大きく90度動かした。

トウジを拘束していた左腕とその肩は、狙った位置より京子から見てやや右にずれる。
そして、代わりに狙った位置に来るのは、その左手の中にある――――

(アカン)

ぐるりと、典子を中心に回され、トウジは悟る。
自分のした行いが、完全に裏目に出たと。
放っておけば京子は撃たれていた可能性が高い。

しかし、銃声耳にするまでは典子は京子の方には向かなかっただろう。
京子に左側面しか見せていなかった――つまり京子に晒す面積が正面を向いているより小さかった典子に、ちゃんと当たったかは怪しい。
京子が狙い通り撃てたか分からないトウジにしたら、むしろ外す可能性が高いのではとすら思える。

そして以上の事は、同じく先程までは左側面だけを京子に向けていたトウジにも当てはまる。
要するに、声を上げなかったら、銃弾はトウジに当たることもなく虚空に消えていったのではということだ。

実際は、狙い通りに銃弾は飛んでいったので虚空に消えることはない。
それでも典子肩を貫き、事態は今より遥かに好転していただろう。

しかし悔いてももう遅い。
賽は投げられ、引き金は引かれ、銃弾は飛び出した。
何かを言おうと口を開くも、声が口から出ていくよりも先に、銃弾がその口の中に飛び込んでいった。
突き抜けた銃弾は典子の左肩をえぐりながら飛び出していく。

鈴原トウジは、結局の所死亡フラグらしいフラグを新たに口にすることもなく、たった一発の銃弾で命を落とした。
防弾チョッキは、顔面までは守らない。
体を守ってくれるだけで、命を守る保証はない。

果たしてトウジは舞台を降りた。
痛みを感じず逝けたことが幸せなことなのかは分からない。
放送をよく聞くことも、京子がどうなったのかも見ないで死ねたことについても、幸せか否か意見の分かれる所だろう。

だがしかし――トウジ本人は、決してこの死に納得しまい。満足しまい。
あの世なんてものがあれば、恐らくそこでトウジは嘆き、悲しみ、悔いるだろう。

大切な妹を、一人残してしまったのだから。

「あっ……」

ゲーセンで言った台詞は死亡フラグだったね。
病弱な妹とか、存在まるっと死亡フラグじゃん。

そんな冗談を言う暇もなく、京子の体はくるくると回転しながら崩れ落ちた。
軽口を叩く代わりに全身を銃弾で叩かれて、京子の意識は急速に薄れていく。

(はは……ごめ……やっちゃった……)

それは誰に向けた言葉だったのか。
心の中で自分を嘲り、霞む視線の向こうに誰かの陰を見る。
その陰に、手を伸ばした。
ピクリとも手は動いてないのに、京子の目にはしっかり伸びた自分の手が見えている。

(守り……たかったんだけどな……)

そんな幻想の果て。
京子の視界は光に包まれ、そして暗闇が訪れた。

「くッ……!」

左肩の激痛を堪え、再び典子が90度回転する。
先ほどとは逆回転――即ち、再びのぼるに向き直るように。
物言わぬ骸と化したトウジの体を盾代わりに、クロスボウガンで撃たれることも考慮しながら、のぼるにイングラムを向ける。

「……え?」

だがしかし、引き金は引かれなかった。
不意に銃口が目に入ると咄嗟に引き金を引くが、不意に両手を挙げた相手が視界に映ると思わず硬直してしまう。
ましてや相手はクロスボウガンを投げ捨てていた。
思わず撃つのを躊躇ってしまう。

「僕の、いや――――僕達の負けです」

典子は事態が飲み込めない。
命乞いということだろうか。
だとしたら、典子のした反応は失策だったといえよう。

「今更僕だけ生かしてくれると思えませんし」

そう、のぼるの言う通り、のぼるだけ生かすわけにはいかないのだ。
そもそも京子を殺し、間接的にトウジも殺害した時点で、皆で手を取り脱出するという選択肢を胸を張って選ぶことは出来なくなった。
かつて秋也がクラスメートの大木立道を殺害してしまった時とは事情が違う。
秋也には典子が居たが、今の典子にあの時の“典子”となる仲間はいない。
そのうえかつての“榊”に該当する人物が、目の前にいる。
昇から見れば、典子は悪意に満ち溢れた殺人鬼にしか見えぬだろう。

「…………ごめん」

そして何より、『今更引き返してしまうと、先ほど殺した二人の死が無駄になる』というのも引き返せない原因だった。
典子が男を3人殺さなくては、秋也と典子は命を落とす。
秋也はまだ何とかなっても、典子が命を落とすことは不可避だと考えていた。
もしもその道を選ぶなら、誰も殺していなかった時に選ぶべきだった。
それならば、この件での被害者は典子一人か典子と秋也の二人だけで済んだのだから。

二人の命を奪っておいて、今更自分が死ねば許されるだなんて思えない。
直接的にトウジの命を奪ったのは京子であるため、“殺害数のカウント方法”によっては――例えば地獄蛭にこちらの状況を伝える機能があるとかだったら――改めて男を3人殺める必要がある。

つまりトウジの死は、カウントを減らすのにすら貢献しない、全くの犬死だ。
だがしかし、トウジの命は典子が“命惜しさ”で奪ったとも言えてしまう。
つまり、典子が生き延びる限り、“負の方向だが意義のある死ではあった”と言えなくもない。
よってここで典子が自ら命を捨てると、本格的に彼の死に意味を見出すことができなくなってしまうのだ。

「殺される前に、一ついいかな」

だから典子は、引き返すことを止めた。
今更正しい道になんて戻れない。
事故のような形で放り出されたとはいえ、もう誤った外道の道へと踏み出したのだ。
今度は事故のようにでなく、明確な殺意を持って無抵抗の者を殺し、その決意を確固たるものにする。

「……どうぞ」

とはいえ狂気に染まるというわけではない。
辛い思いを耐え忍んでまで茨の道を行くだけだ。
茨道の中全裸でブレイクダンスを踊り笑顔を浮かべるようなサイコ野郎になる必要まではないだろう。

だから、典子はのぼるに発言を許す。
非難にしろ遺言にしろ、聞く義務があるのではと思ったから。
聞いて、背負って、罪を意識すべきではと思ったから。

「菊池善人と、神崎麗美――この二人だけは、殺さないで欲しい」

しかしのぼるの口から出てきた言葉は、そのどちらでもなかった。
典子は思う。不可思議だ、と。

自分を見逃さないと分かった相手に残す言葉にしては、些か疑問が残る。
敢えて名前を教えることで、その二人を退場させやすくするという意図でもあるのだろうか。

「……何故、そんなことを」

だから、素直に聞いた。
おかしな情報を吹きこまれ混乱する可能性は大いにある。
だがしかし、このまま疑問を残したまま殺した所でいい影響はもたらすまいと考えてのことである。

「――だって、無差別殺人鬼ってわけじゃないんでしょ?」

その言葉に、典子は言葉に詰まる。
確かに典子は、無差別殺人鬼ではない。
だがしかし、“これからの典子”は、秋也を除く男に対して無差別殺人鬼にならなくてはならないのだ。
だから何を言っても無駄だとグリップを握り直す。

「見てたらわかるよ。無差別殺人鬼っていうなら、腕を犠牲にしてでもトウジを撃ってただろうし」
「……今後のことを考えてケガを避けたただけかもよ」
「だとしても、僕をすぐに撃たなかった理由はないでしょトウジを盾にすることだって不可能ではなかったんだし」

だから、こんなことはやめろ――そんなこと、のぼるには言えなかった。
今でこそ友人達が出来たが、昇もかつてはいじめられっ子だった身。
「こうしたら事態は好転してただろ」と正論を語られても、出来ないものは出来ないのだと気持ちを理解できてしまっている。
のぼるはもう、自身の生存は勿論、典子が人を殺めることを止めることすら諦めている。

「かと言って、単に殺し合いに乗ると決めてた人が理性によって躊躇したっていたっていうのもちょっと違うと思ったんだ。
 最初は恐怖に負けて殺し合いに乗ったかと思ってたけど、随分動きが手馴れていたし、銃の反動への対応力もすごい。
 何より――的確に、僕の友達を撃ち抜いた」

殺しに抵抗はあっても、襲われたら反射的に撃てるということの証明だ。

「いくら躊躇したとしても、気絶した相手を見て逃げ出しちゃうような相手に、完敗をするだなんて思えない。
 かといって、単純に殺し合いに乗った強い人同士が戦った末気絶していたのだとしたら、マシンガンが残ってることが説明出来ない」
「…………」
「ってことは、多分、脅されてるか何かしてるってことだよね。人を殺せって言われたのかな?」

ようやくのぼるは、真実に辿り着く。
しかしそれは、あまりにも遅すぎて。

「これでも、マシンガンが残されているのも、倒されて放置されていたってことにも説明がつく」

のぼるがもっと真剣に危機感を抱いていたら、もう少し早くこの結論に辿りつけたかもしれない。
いじめられっ子だったからこそ、この結論は導き出せたはずなのだ。

強き者に脅されてやりたくないことをさせられる。
ホラやれよとだけ言われ、その後の詳細は丸投げで傷つけられ放り出される。
のぼるにとっては、いずれもそれは身近な問題だったのだから。

「もしそうなら、ノルマが設定されてるよね。
 脅しっていうのは、従った時に被害が軽減できるような条件じゃなきゃ成り立たないから。
 『今殺されるか後で生存者後二人になった時に殺されるか』なんて二択になるほど膨大な数は指定しないだろうし、
 かといって『殺しまくれ』なんてアバウトな命令でもないと思う。
 具体的な数字があると、それを射程に捉えた時にやる気がグンと上がるし」

そのノルマは、達成の度に更に難しいノルマに上書きされる可能性が高いけど、とのぼるは心の中で付け加える。

「だから、僕を殺すなとは言わないし、この先誰も殺すなとまでは言えないけど――
 せめてその二人は、よほど切羽詰らない限り、殺す対象から外して欲しいんだ。
 そのくらいなら、やってくれても、バチは当たらないんじゃないかな」

『誰も殺すな』のような大きい願望をゴリ押しするのではなく、『二人を殺すな』という小さい願望で妥協してみせる。
他にも獲物の候補はたくさんいるということもあり、典子の心にも「そのくらいなら」という想いが生まれてきた。

「それに、その二人を見逃すメリットはそっちにもあるよ。
 ……二人には、この殺し合いを打破できてもおかしくない頭脳と技能があるんだ」
「……っ!」
「脅されてたのに殺し合いに乗るのを悩んでたってことは、基本的には殺し合いはしたくないんだよね……?
 だったら、二人を見逃す方がそっちにとっても得があるんじゃないかな。
 脅してる人がいつまでも生きてるとは限らないんだし、いつでも鞍替えできるようにしておくのも大事だしさ」

のぼるはいくつか可能性を見落としている。
のぼるは“現実的な道具”しか見ていないということもあり、超常的支給品の存在に気付いていない。
更に言うと、主催による盗聴にも気付いていないし、超人の存在にも気付けていない。
よって「何らかの超常的支給品や能力で監視されている」という可能性や「盗聴でこちらのやり取りをキャッチできる主催がゲーム進行のために脅している」という可能性には至れていないのだ。
そのいずれかに至っていたら菊池達への危険を軽減するため名前を言うのを伏せていただろう。
――その二名の名を出したことがどう影響を与えるのか、のぼるに知る由はないが。

「……今更、皆で脱出なんて――」

そんな都合のいいことが出来るとは、典子には思えなかった。
京子とトウジは、かつて典子が命を奪った桐山和雄とは違い殺し合いに乗っていない善良な人間のようだった。
その生命を奪った典子を、果たして皆で脱出しようと思ってる者が受け入れてくれるだろうか。

――少なくとも、京子とトウジの友人は、典子を許さないだろう。
非がなかったはずの友を殺した者を笑って許せるヤツなんて、どこかイカれているとしか思えない。
のぼるの口ぶりから菊池と神崎が昇達三人の内の誰かの友人であることが予測できる以上、典子が彼らを頼れる可能性などない。

「大丈夫だよ……二人共、人間が出来てるから」

典子にはわからないことではあるが、これは嘘である。
菊池も神崎も、敵に容赦するような人間じゃない。

「それに何より、二人は僕の友達だし――僕は」

けれど、のぼるは。
自分を自殺未遂にまで追いやったいじめっ子ですら許すことが出来たのぼるは。

「許したいと、思ってるから」

典子を、許した。
許しちゃいけないのかもしれないと思いつつも、典子のことを憎まずに逝こうと決めた。

「だから――僕らの分も、二人と一緒に生き抜いて」

そして笑う。
弱々しく、無理矢理に。
恐怖を殺し、笑ってみせる。

「…………」

典子は言葉を返せなかった。
自分に武器を向けた相手も救おうとするその姿が、大切な人と重なって。
だからこそ、引き金はとても重くて。

でもだからこそ、重い引き金にかけた指に力を入れて。
大切な人を守るため、最後のラインを飛び越える。

(ごめん。先に死んじゃって)

銃弾が襲い来る前に、のぼるは愛しい人を思う。
その少女にかつてはイジメを受けていて、先述の通り許してやった。
それなりに復讐もさせてもらったが、今では二人で笑えるような関係である。

許すことで、生まれた幸せ。
それを知っているからこそ、のぼるは典子を許して逝く。
人を許すことの出来る自分自身を、誇りにして死ぬために。

(――情けない、なぁ)

それにのぼるは、いじめられっ子だったから。
今の典子が、かつての自分のように虐げられる者に見えたから。

だから典子を受け入れて、彼女の肩を持って死ぬ。
かつて担任の教師や菊池といった“味方”という存在が、どれほど救いになるのか誰より知っているから。
イジメられてた経験も無駄ではないと胸を張るため、典子を想って死んでいく。

(先生みたいに、カッコよく助けてあげたかったのに)

それは自己満足だろう。
もしも勝ち目がなくなっていなかったら、きっとのぼるはトウジと京子の仇を討つべく戦っていた。
実際のぼるは誰より先に武器を典子に向けている。

それでも矜持を貫いたという満足感を抱いたまま、のぼるは生命を止めた。
ただ逃げ出して死のうとしたかつてと違い、最後まで己の望むハッピーエンドを作るべく戦ったから。
“敵対”に“交渉”と手段は二転三転したけど、根底にあったものは不動だったから。

そんな誇りを胸に。
のぼるは二人の“新友”――京子とトウジの後を追った。

「…………」

結局残されたのは、その手を染めた典子一人。
これで本当に後戻りは出来なくなった。
のぼるとトウジ、そして京子の死を無駄にせずに秋也を救うためにも、男を殺さねばならない。
こんな想いをまだまだせねばならぬと思うと胸が痛む。

「…………うっ」

胸と同時に胃が痛み、胃液を盛大にぶちまける。
全く堪える事が出来ずにすぐさま吐き出された吐瀉物が、倒れ伏したのぼるのズボンを汚していく。
そのことが更に典子の胸を締め付けた。

「……うう」

涙を零し、嗚咽を漏らす。
蹲り、子供のように泣きじゃくり、心の中で何度も救いを求めた。

叩き起こされ、事態が急展開したため、口にできなかった言葉。
あまりにも、遅すぎた言葉。
本当なら、先ほど言っておくべき言葉。

それを口にする権利はないとわかっていても、止められるものではなかった。

「もうイヤ……助けて……」

いつの間にか放送通知の役目を終えていた携帯が、薄暗い施設の中で、少女の涙を照らしていた。



【鈴原トウジ@ヱヴァンゲリヲン新劇場版 死亡】
【歳納京子@ゆるゆり 死亡】
【吉川のぼる@GTO 死亡】
【残り 37人】



【H-04/道の駅/一日目 早朝】

【中川典子@バトルロワイアル】
[状態]:精神的疲労、左肩負傷
[装備]:イングラムM10サブマシンガン@バトルロワイアル
[道具]:基本支給品一式
基本行動方針:また皆で脱出がしたい……したい、けど……
1:皆の脱出のためにも、そして自分が殺してしまった人の死を無駄にしないためにも、七原秋也を生き残らせる
2:そのためになら、人だって、殺さなくてはならない……
[備考]
※死の蛭(デスペンタゴン)に寄生されていると思い込んでいます。
※歳納京子・鈴原トウジ・吉川昇の装備は、まだ死体が装備したままです。
 立ち直ったら典子がある程度回収するでしょうが、それまでは放置されるものと思われます。
※放送を聞き逃しました



Back:境界線上の七原秋也 投下順 アンインストール
Back:境界線上の七原秋也 時系列順 アンインストール

Mole Town Prisoner 吉川のぼる GAME OVER
Mole Town Prisoner 鈴原トウジ GAME OVER
Mole Town Prisoner 歳納京子 GAME OVER
残酷な天使のアンチテーゼ 中川典子 革命


最終更新:2021年09月09日 19:03