革命 ◆jN9It4nQEM
初めに言っておくと、神埼麗美は天才である。
どんなことも平均以上、一位が当たり前。
中学生というカテゴリーを大きく逸脱している。
唯一つ、精神を除いては。
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「はっ……はっ……」
麗美は地下の下水路で荒れた呼吸をもとに戻すべく、へたり込んでいた。
普段であれば汚いとか臭いとか気にするものだが、この状況でそんな余裕はない。
「滝口……跡部……」
ついさっきまで一緒にいた二人の仲間はもういない。
滝口は凶弾に倒れ、跡部は自分を逃がす為に一人足止めに残った。
自分は何も出来なかった。何も行動せず、ただ後ろで見ているだけだった。
「……一人は嫌だって言ったじゃない」
どんなに強気でクールな仮面をかぶっても少し衝撃を与えたら簡単に割れてしまう。
孤独に関しては人一倍忌避感を持ち、友達を大切にしているからこそ。
彼女は脆い。中身が表れたら壊すのは簡単になってしまうのだ。
「馬鹿……大馬鹿よ」
一人だけ仲間はずれなんて水くさいではないか。
どうせなら、二人と一緒に――。
「ダメダメ。そんなの、二人共許さない」
二人は自分が無意味に死ぬことを望まない。
生きてここから脱出して元の生活に戻ることを望んでいるはず。
だったら、自分が今すべきことは何か?
ここで泣いてうずくまっていることか?
「あたし、頑張る」
前を向いて進むことが今の自分にできる最も、重要なことだろう。
哀しみを押し込めて自分だけの勝利宣言を見つける為に。
そんな新たな決意を心に打ち立てた時だった。
(ん? 出口? まだビルまでは距離があると思ってたんだけど)
ふと前を見ると、上へと昇るハシゴがあるではないか。
これに興味を持ったのか、麗美は暗い視界を携帯のライトで明るくし、立て看板を見る。
『道の駅』
ゴシック体で書かれている看板は薄汚れていて、字が消えかかっていた。
それなりに年季の入った看板なのだろう。
だが、重要なのはそこではない。
麗美は選択を迫られることとなる。
一旦、道の駅で休憩をするか。このまま、ビルまで休みなしに歩くか。
今の麗美は客観的に見ても体力は尽きかけ、精神的にも辛い状況だ。
立て続けに仲間を失い、逃げる為に歩き続け、体は休養を訴えている。
(ちょっとだけ、休んでいってもいいよね……)
結局、麗美が選んだ選択は道の駅で少しばかりの休養を取ることだった。
ハシゴに手をかけて、ゆっくりと地上へと登っていく。
(やっぱ、疲れてるな……あたし。ごめん、高坂。ちょっと、遅くなる)
この時の麗美は気づかなかった。
道の駅に寄らなければ無事に高坂達と合流できたことを。
この選択が大きなミステイクだということを。
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中川典子はしばらくその場から動けなかった。
原因などわかりきっている。眼前にある3つの死体だ。
頭部が破損し、脳みそがバラバラに飛び散っている鈴原トウジの死体。
全身を銃弾で貫かれ、赤のペンキで塗りたくったかのように真っ赤に染まっている歳納京子の死体。
最後まで恐怖を押し殺し、笑顔を見せていた吉川のぼるの死体。
「見ないで……私を、見ないで」
典子には3つの死体が自分を嘲笑している風に見えて仕方がない。
目を閉じても耳をふさいでも脳内に直接惨劇の風景が襲い掛かってくる。
『お前のせいで死んだんだ』
『どうして殺したの?』
『もっと、生きていたかったのに』
糾弾の声が、怨嗟の呪いが。典子の耳に聞こえてくる。
助けてと、もう嫌だと泣き喚いてもここに典子を助ける人物は存在しない。
前のプログラムで常に自分の味方でいてくれた七原も川田もここにはいない。
この苦しみを典子は一人で乗り越えなくてはならないのだ。
「無理よ……」
それを為すには今の典子ではあまりにも厳しすぎた。
典子は七原と違い、確固たる正義を持っていない。
あくまで七原に恋する普通の女の子なのだ。
人並みの正義感こそあれど、打ち砕かれない正義ではない。
「無理なのよ……!」
彼女の引き金は七原を護るのを理由に引かれるものなのだから。
「会いたい、会いたいよ、秋也くん」
無性に彼に会いたかった。彼に優しい言葉をかけてもらいたかった。
大丈夫だよ、そばにいるから。
彼の無邪気な笑顔が見たかった。弱い私を支えて欲しかった。
「あたしを、抱きしめてよ」
彼のぬくもりに身を委ねたかった。
これ以上、自分一人で立ち続けることは無理だ。
動きたくない、ずっと哀しみに浸っていたい。
罪もない人を殺すのがこんなにも辛いことだったなんて
「う、う……」
もはや、声を出す力も枯れ果てた。声を出しても、お姫様を助ける王子様は来ないから。
典子はふらふらと立ち上がり、虚空をじっと見つめる。
そこには誰も居ないのに。まるで、誰かを見つめるかのように。
「もう、楽になりたいよ」
典子の心は完全に折れ、粉々に砕け散っていた。
仲間が誰もいない環境で自分の意志を保つことがどれだけ大変なことか。
加えて、七原を護る為に殺し合いを促進させるなど、典子程度では到底ムリな話だと理解しているが故に。
彼女はどうすることもできない雁字搦めの状態に陥ってしまった。
思考が闇に溶け、再びへたりこもうとしたその時。
「あ、あんた……!」
妄想に浸ったが故に反応が遅れてしまう。
それは半ば作業じみたゆっくりな行動だった。落としていたイングラムを拾う前に乱入者が拳銃を構える方が早かった。
典子は静かに両手を上げて、降参の意を示す。
「何かしら」
口から出た声は乾いている。
乾いていく感情は彼女から抵抗を奪い、無気力を与えていた。
典子には自分からどうにかしようとする意志はない。
「先に名乗っておくわ。あたし、神埼麗美。
そこに倒れている吉川ってやつの友達なんだけどさ」
目の前の少女――神埼麗美は手をプルプルと震わせながらも、銃口は典子へとしっかりと照準を定めていた。
そして、視線は最後に撃ち殺した黒髪の少年へと注がれていた。
くすりと典子は笑う。まだ、この少女は抗っているのか。
主催者に、理不尽な世界に。そんなの、意味なんてないのに。
どうせ、誰も彼も幸せになれないのだから。
「いいわ、単刀直入に聞く」
銃口の震えが止まった。
どうやら覚悟を決めたようだ。目には決意の炎が見て取れる。
ああ、妬ましい。
自分はこんなにも汚れてしまったのにこの少女はまだ綺麗なままだ。
乾いていた感情に一握の水が注ぎ込まれた。
なれど、乾きは水を蒸発させていく。
関係ない、自分はここで――のだから。
「殺したの、あんた?」
「うん。あたしが殺したわ」
「……っ! 何でっ!」
麗美の目が釣り上がり、決意は殺意へと早変わりする。
安全装置はとっくに解除されている、いつでも撃てる状態だ。
ああ、その激情が妬ましい。
思わず、言葉の端々が刺々しくなってしまう。
「理由を聞いてどうするの? それで……その仇の前であなたはどうするの?」
典子はニッコリと笑う。その笑みは七原が見れば目を背けるぐらい、痛々しく壊れていた。
銃で撃てば、人は死ぬ。プログラムで嫌というほどわかったことだ。
そして、それを行うには覚悟も必要だということも。
事実、プログラムで典子は人を殺した。大切な人を護る為にこの手を血に染めた。
しかし、その果てにあったのは自由ではなく殺し合いだった。
二度目の殺し合いは一度目とは違い孤独。救いの手は存在しなかった。
「あなたはあたしを撃てますか?」
逆に問いかける。
あなたは大切な友人を殺した仇をとれますか、と。
あたしを楽にしてくれますか、と。
「別に殺さなくてもいいんです。それなら、あたしはあなたを退けるだけ。
そうね…テ大切な人の為に動こうかしら」
「殺し合いに乗るって言うの……っ!」
「そうじゃないわ。護る。ただ、その過程で殺さなくちゃいけないだけ」
淡々と。典子は事務的に言葉を紡ぐ。
ここで楽になれるならよし。相手が自分を殺さなかった場合は、七原を護るべく動けばいい。
どちらでもいいから典子は振り切るきっかけが欲しかったのだ。
乾いてしまった彼女には、すでに自分で決める意志は存在しない。
ただ、流れるがままに進むだけだ。
「……っ! ぐっ……ぅ!!」
麗美は震えそうになる両手を必死に抑えながら思考を回転させる。
何が正解で間違いか、殺すか殺さないか。今の麗美にはどちらが良い判断がつかなかった。
人を殺すのは間違いだ。それはわかってる。
だが、ここで典子を放置してしまったらどうなるか?
また、仲間が、友人がいなくなってしまう。
(やだ……あんな思いをするのはもう、いやっ!)
置いてかれるのが嫌で必死に追いかけて。
それでも、追いつかなくて。
最終的には誰も彼もが置いていく。
滝口も、跡部も、吉川も。
それを防ぐためにも――撃つのか?
(自分の為に人を――殺すの?)
麗美にとっての最後の防衛線が引き金の指を押しとどめる。
それは普通の人間なら持っていて当然である常識、友愛。
麗美は過去に幾人もの人間を再起不能にまで傷つけた経験がある。
だが、それはあくまで直接的に殺したのではない。間接的だ。
この自分の手で命を奪ったことはない。
(ここで、殺らないと……いけないの?)
それは一秒か。それとも、一分か。はたまた十分か。
麗美が考えこんでどれだけの時間が経ったのだろう。
引き金は、引かれない。
「……ふぅん」
汗を滴らせながら苦渋の表情を浮かべる麗美を、典子は冷ややかな視線で見ていた。
早く撃てばいいのに、と思いながら典子は彼女の決断を待っていた。
(吉川くんが言うには殺し合いを打破してもおかしくはないらしいけど)
彼は人間ができてると言ってたが果たしてどうなのだろうか。
もしも、許してくれるのならば――。
そんなありもしない考えに典子は笑う。
もし、自分の立場で考えてみたとするとだ。
七原を殺した相手が許してくれと言ったらどうする?
自分なら迷わず、撃ち殺すだろう。
「ねェ、あなた」
「何よ……!」
少し、麗美に対して興味が湧いた。
今からやるのはある一種の賭け。二者択一の運任せ。
典子は知る由もないが、それは桐山和雄がプログラムの初めに行ったコイントスのようで。
にっこりと笑って彼女はこう告げたのだ。
「吉川くんを殺したあたしを、許せますか?」
抑えられる訳がなかった。
大切な友達を殺しておいて、許せだと?
もう取り戻すことも出来ないのに何を言っているんだ。
麗美にとっては鬼塚と友人こそが何よりも大切で宝物だというのに。
「許せる訳……!」
跡部や滝口を殺した由乃を許せるかと言ったらノーだ。
殺してやりたいくらい、憎い。
勝手な都合で奪っておいて後になって許せだと?
そんなの、ふざけるなと言うに決まってるではないか。
そして、殺意が最後の境界線を押し流し――彼女は引き金を引いた。
「友達を、殺しておいて……許せる訳、ないじゃない!」
初めて、殺意を込めて放つ銃弾はまっすぐに飛んでいき、外れることなく典子の頭を貫いた。
それは甘く蕩けるような衝撃で――麗美を魅了する。
「あは、ははははっ! ざまーみろっ! 友達を殺した罰だ! あはははっ!!
あはははははっ! ばーかばーーーーーーかっ! ははははははごほっ……っ」
殺人を犯してしまった彼女の見る世界は色褪せて――乾いていた。
「ぁぁっ! ああああああっ! あぁぁあああぁあああああああああああっ! うあぁぁあああぁあああっ!」
自分だけの勝利宣言なんてもう見つかる気がしなかった。
王国は殺意の革命によって、滅ぼされたのだから。
一人ぼっちのお姫様。孤独な孤独なお姫様。
その涙を拭う者は――存在しなかった。
【中川典子@バトルロワイアル 死亡】
【残り 33人】
【H-04/道の駅/一日目 午前】
【神崎麗美@GTO】
[状態]:健康
[装備]:携帯電話(逃亡日記@未来日記)、ベレッタM92(残弾13)、火山高夫の防弾耐爆スーツ@未来日記、催涙弾×1@現実
[道具]:基本支給品一式 、インサイトによる首輪内部の見取り図@現地調達、カップラーメン一箱(残り17個)@現実、
火山高夫の三角帽@未来日記、メ○コンのコンタクトレンズ+目薬セット(目薬残量4回分)@テニスの王子様
基本行動方針:――。
0:――。
※歳納京子・鈴原トウジ・吉川昇の装備は、まだ死体が装備したままです。
※中川典子の支給品は近くに転がっています。
最終更新:2021年09月09日 19:01