悪魔にだって友情はあるんだ ◆j1I31zelYA
「いってぇ……」
がっぷりと。
右の手の甲に噛み傷をこしらえて、宗屋ヒデヨシは歩いていた。
それは、首尾よく皆殺しにした一同の支給品を回収した際に負った傷。
佐野清一郎が連れていた犬に、噛みつかれた。
戦いの間は避難させていたらしいその犬を、役に立たないかと連れ出そうとして。
危うく食い殺されるという勢いで襲われかけ、拾った盾で殴りつけるという乱闘まで演じるハメになった。
かりそめの関係だというのに、いっちょまえに赤座あかりに忠誠心でも抱いていたのか。
「『これはみんなを助けるためなんだ』って、犬に説明しても分かんねぇよなぁ。
いや、人間でも分かってもらえねぇか。佐野だって……」
血に濡れた手を、痛そうに抑えながらヒデヨシは思い出す。
佐野清一郎から、仲間だったヤツから、怨嗟の声を浴びせかけられた。
オレは、みんなを助けたくてがんばってるのに。
みんなのために、怖いのも嫌なのも我慢して、仲間まで殺したのに。
それなのに憎しみを一身に背負うハメになるんだから、まったく報われない。
「『たいようの家』のみんなには、俺がこんなことしてるなんて、ぶっちゃけ言えねぇよ……」
自分を兄のように慕ってくれる孤児たちの、きらきらした笑顔を思い出す。
まぶしい笑顔の記憶は、まるで毒のようだった。
あの子どもたちは、包丁で人を刺し殺したり、ロケットランチャーをぶっ放すヒデヨシを見たら、泣くなんてもんじゃないだろう。
だから、こんなことあってはならない。
あってはならないから、なかったことにする。チャラにする。
「これがオレの……宗屋ヒデヨシの、殺し合いの間だけの『正義』だ」
言い放ち、ヒデヨシは歩く。
噛まれた右手を、痛そうに抑えながら。
【C-6/ホテル付近/一日目・昼間】
【宗屋ヒデヨシ@うえきの法則】
[状態]:冷静 、右手に怪我(噛み傷)
[装備]:無差別日記@未来日記、パンツァーファウストIII(0/1)予備カートリッジ×2、コルトパイソン(5/6) 予備弾×30、決して破損しない衣服
[道具]:基本支給品一式×5、『無差別日記』契約の電話番号が書かれた紙@未来日記、不明支給品0~6、風紀委員の盾@とある科学の超電磁砲
警備ロボット@とある科学の超電磁砲、タバコ×3箱(1本消費)@現地調達、木刀@GTO
赤外線暗視スコープ@テニスの王子様、ロンギヌスの槍(仮)@ヱヴァンゲリヲン新劇場版 、手ぬぐいの詰まった箱@うえきの法則
基本行動方針:植木か自分が優勝して 、神の力で全てをチャラにする
1:騙して、後ろから殺すことをメインに駆け回る。
[備考]
無差別日記と契約しました。
悪魔は、獲物を探していた。
目障りな『人間』を、片っ端から潰すために。
目障りな、信用できないものをすべて潰していけば、心地いい場所になると思ったから。
だというのに。
「いや、まさか。まさかだろ……」
宗屋ヒデヨシがなしとげた、『正義』の跡地。
そこで、切原赤也という名前の悪魔は立ちすくんでいた。
そこにあったのは、ひとつの偶然。
ある意味では奇跡。
ある意味では神様のいたずら。
ある意味では、とてつもなく悪趣味なボタンのかけ違い。
「こいつが……そんなわけ……」
判別不可能な焼死体がひとつ。
幾発も拳銃で頭を打ち抜かれた大柄な男の死体。
大量の血を流して絶命する、羽織を着た少年の死体。
どういうわけか、上着とズボンを脱がされている男の死体。しかも人相に見覚えがある。
ちょっと周りを見渡せば、広間の壁際によりかかっているのは体に何かの破片が突き刺さった男の死体だった。
そしてうじゃうじゃと、折り重なるように倒れた犬の群れの死体まで。
死体だらけの、地獄の景色。
それだけなら、なんのことはない。
すでにして悪魔は、もっともグロテスクな死体に遭遇し、完膚なきまでにその死体を貶めている。
それらがただの『人間の死体の群れ』ならば、高らかにざまぁみろと大笑いさえしただろう。
「こんなうさんくさい携帯に書かれてることが、信じられるわけねーよっ……」
しかし、興味本位で死体を見下ろして『それ』を目にとめてしまった。
浴衣の男がこぶしに握っていたそれ。
ただひとつだけ、宗屋ヒデヨシの見落としたもの。
いくらヒデヨシが覚悟を定めたとはいえ、仲間だった男の身ぐるみまで検分するほどの度胸をつけるには早すぎた。
すでにして武装は充実していたし、友人だった佐野だけは直接に手にかけずに済んだという安堵もおおいに手伝って。
支給品あさりは彼のチェックだけが無意識に甘くなる。
それがゆえに、彼はひとつだけ見落とした。
殺人日記。
佐野清一郎は、ロベルトらとの戦いにおいて、一度もそれを使わなかった。
しかしいまわの際に、佐野清一郎は強く明確な『殺意』を持った。
宗屋ヒデヨシに対して、殺してやると。
『DEAD END』表示も、未来が変わるノイズ音も、爆炎の残り火にさえぎられていたけれど。
こと切れるまでのわずかな時間、殺意を汲み取った殺人日記の文面はわずかに書き換わる。
体力は尽き果て、何もできなかったれど。
ヒデヨシを殺す手段を欲した佐野清一郎は、その日記を握ったまま絶命した。
だからそこには、書かれてしまう。
『DEAD END』が表示される直前の、最後の予知に。
『燃える[真田弦一郎]の死体から火を消して、ディパックを剥がしにかかる宗屋ヒデヨシ』を、
佐野清一郎の視点から見た短い描写が。
「真田、副部長……?」
いつも、そう呼んでいた。
とても強くて、とてもおっかない、絶対的存在の立海ナンバー2。
炭化した気持ち悪い黒いかたまりを、その呼び名で呼びたいはずがない。
きっと浴衣の男が、死に際になっておかしなことをメモ帳に打ち込んだに違いない。
真田副部長が死ぬはずない。あの大きな背中が、地に倒れることなんてあるはずない。
――あの手塚国光でさえ死んでしまう場所でも?
愕然と見開かれた赤い瞳は、次なる証拠を見つけてしまう。
半壊した大ホールの瓦礫に挟まれて、微風になびく――
――黒い帽子。
焼け焦げていたけれど、その真っ黒な帽子は、確かに見慣れたもので。
ここで死んでいった人間の誰かが、絶命する直前に爆風に攫われたものだと察することができた。
「副部長……っ!」
叫び、駆け出し。
まろぶような足取りで帽子へとたどり着き。
見つけてしまう。
キャップの裏面、几帳面に生真面目に書かれた、『真田弦一郎』という名前書き。
「い、いや……まさか。まさかだろ?」
赤也は、笑おうとする。笑い飛ばそうとする。
しかし、笑えない。
笑うには、その人物が赤也にとって大きすぎた。
「んなわけないっすよね……こんなわけ分かんないうちに死ぬはずないっすよねぇ?」
振り返り、どうしようもないほどに炭化したそれを凝視する。
人の形をしたそれは炎の作用で収縮しても大きく、生前の身長も180センチをくだらないと見えた。
テニス部ならば大柄な生徒も多数所属しているが、中学生でその身長に達する人間はなかなかいないことぐらい、赤也でも知っている。
「い、いや、ないでしょ? 俺をハメて、びびらせようとする誰かの仕業なんだろ?
うっかり副部長が帽子を落っことしただけで、実はこの近くでぴんぴんしてるんでしょ?」
早口で問いかけ、しかし答えは記憶の声が返す。
『手塚国光』と名前を呼んだ、放送の記憶が。
ふらふらと、歩き。
焼死体へと、歩いていき。
堪え切れずに、とうとう赤也は叫んでいた。
「出てきてくださいよ!! いくらでも鉄拳制裁していいっすから!
たるんどるって怒って、げんこつ食らわせていいっすから!!
問題起こして、副部長の足引っ張ったりしませんから!
もうバスで寝過ごして、遅刻したりしませんからっ。
丸井先輩と隠れてお菓子食べたりないし。
土足でベンチにあがったりしないし。
もう絶対に、言うこと、きいて……」
ぺたりと、顔の判別もつかなくなった真っ黒い頭部の前に、しゃがみこむ。
真っ赤にそまった手を、地面についた。
白髪が日光を遮って、真田弦一郎と認めてしまった男の遺体に影をつくった。
「立海は負けてはならないって、耳にタコができるほど言ってたじゃないっすか……」
苛々していた。
悪魔はずっとずっと、苛々していた。
けれど、悪魔は喪失という感情を知らなかった。
胸の内を乾いた冷たい風が狂うような、こんなどうしようもないものは知らない。
それは、切原赤也にとって、失われていいはずがない人物だから。
うるさいし、厳しいし、時代遅れのような言動と行動だし。
テニス部の先輩でさえなければ、絶対に関わり合いになりたくない類の人種だ。
事あるごとに立海大テニス部部員の何たるかを説いて、ちょっとでもハメを外すと頬への鉄拳か頭へのげんこつが待っている。目障りだと思ったことだって、数知れない。
しかし、どれほどその背中が大きいかということも、知っている。
「オレの野望は、アンタと、幸村部長と柳先輩を倒すことだって。
ずっとそう言ってたじゃないっすか……」
そこには。
そこだけには。
人間も悪魔も正しいも間違いも関係がなかった。
ただ、敬愛する先輩を失った、後輩の姿があるだけだった。
「ふくぶちょぉ……」
うめくような声を、聞きつけたのか。
とことこと、被り物をした奇妙な犬が赤也のもとに歩いてきた。
『人間』ではない、生き物。
それだけのことでも、今の赤也の警戒を解くには充分となる。
ただ無防備に、呆けた瞳で、赤也はその生き物の接近を感知する。
そいつは、焼死体と、それを見て
口元を、赤也の頬によせた。
べろり、と。
ざらざらした舌で、涙を舐めとられる。
それが、臨界点になった。
溢れる。
溢れだす。
声が。
涙が。
感情が。
慟哭が。
「うぅ――ぅぅっぐうぅ――う゛っ――ひっ、ぐっ――――z______う゛わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っっ――z______!!」
その目を赤く染めていたのは、怒りによる目の充血ではなかった。
涙腺を決壊させ、溢れるかぎりの涙をこぼす、悲しみの腫れだった。
それは、かつて一度だけ見せたことのある、『正気を保ったままの悪魔』。
黒の章の蝕みが除かれたわけではない。
ましてや奇跡でも聖書(バイブル)の導きでもなんでもない、当たり前のこと。
たとえ歪んでいても、暴力の道を歩いていても、大切な仲間を失えば悲しい。
そして、悲しみで心がいっぱいになってしまえば、怒りはひっこめるしかないのだ。
子どものように求め、赤子のように泣き。
切原赤也は、ただただ悲しんだ。
◆
「なんなんだよ、これ……」
テンコは、悲しみと諦念と摩耗の淵にいた。
だんだんと弱っていく赤座あかりを、ずっと脈拍が途切れるまで看取り。
苦労して、変身できない小さな体で本当に苦労して、赤座あかりの体に刺さった包丁をぬいてやり。
そうしてふらふらと佐野の向かった先に進み出て、絶望の景色を目の当たりにする。
何が起こってそうなったのかはわからない。
しかし、あかりの祈りが、佐野の決意が、踏みにじられたことだけは理解できた。
すべてが失われた光景と、不可解な数多くの死体と、せっかくまた仲間になれた佐野清一郎の亡骸と。
こんなのって、ないだろう。
それが第一声。
そして、いたのが泣き叫ぶ赤い色を纏った少年。
ドアの陰に隠れるテンコには、まるで気づいていない。
「話しかけて、いいのか……?」
天界人でなければ偏見はないとはいえ、本来のテンコは相当に人見知りする性質である。
いや、それでも普通の人間ならばつい話しかけていただろうが、少年の姿はあまりにも凶悪に過ぎた。
まして焼死体の男がどちらの側に味方していたのかを知らないテンコからすれば、
その死体にとっては味方にあたるらしい赤い肌の少年は、悪人なのかどうか判断する材料がない。
しかし。
あんな風に悲しんでいる男をただ放置するのも、忍びないことのように思えた。
ただし。
何が起こったのか事情を聴きだしたい、問いただしたい思いとはべつに。
ただひたすら泣き叫ぶその姿は、気が済むまで泣かせてやりたいという哀れさをも強くかきたてた。
そんなテンコの悩みを遮るように、その音は聞こえた。
単音のアラームが、ディパックの内からけたたましく鳴り響く。
携帯電話が、二回目の放送の始まりを告げた。
【C-6/ホテル内ロビー跡地/一日目・昼間(放送直前)】
【切原赤也@テニスの王子様】
[状態]:『正気のデビル化』状態 、大泣き、『黒の章』を見たため精神的に不安定、ただし殺人に対する躊躇はなし
[装備]:越前リョーマのラケット@テニスの王子様、燐火円礫刀@幽☆遊☆白書、月島狩人の犬@未来日記、真田弦一郎の帽子
[道具]:基本支給品一式、バールのようなもの、弓矢@バトル・ロワイアル、矢×数本
基本行動方針:知り合い以外の人間を殺す
1:???
[備考]:正気の悪魔化状態がいつまで続くかは、後続の書き手さんに任せます
【テンコ@うえきの法則】
[状態]:少年を観察中。声をかけるかどうか決める。
最終更新:2021年09月09日 19:45