こどものおもちゃ(Don't be)  ◆j1I31zelYA


生まれてきた子どもを、『人間』たらしめるものはなんだろう。




電光石火(ライカ)の車輪を走らせて、中学校へと到着する。
夕焼けに薄暗く照らしだされた校庭は、あちこちに燃え残った火の手を燻らせていた。
鉄筋コンクリートの校舎はその外観を焦げ付かせることもなく直立しているものの、一帯の地面はすっかり延焼して黒ずんでいる。

普通の人間ならば恐ろしいことが起こったに違いないと遠巻きにしたがるような光景がそこにあった。
それでも、バロウ・エシャロットにとっては何ほどのこともない。

「地面が焦げたせいで、血痕をたどれなくなったのは残念だな……」

当初の計画では、中学校周辺にいる参加者を掃討しながら、まさに爆心地となっているはずのそこに向かうつもりだった。
火事場のはずれで無防備に会話していた一般人の男女を殺そうとしたら、予想以上の手間を食うことになったり、強制的に別の場所に飛ばされたりして時間を浪費する羽目になった。
学校で起こっていた乱戦はとうに終結してしまったらしく、残されていたのは焼け跡と血痕ばかりだった。

(放送までに、見るものは見ておくけどね……)

土足のまま空いていた窓から、校舎へと足を踏み入れた。
薄暗い廊下へと降り立ち、左右を見回しながら歩く。そして教室の扉を次々に開けていく。
なにも好奇心から探検をしてみようというわけではない。
騒ぎにまぎれて、校舎内へと避難を決めこんだ参加者がいないかどうかを確認するための徘徊でしかない。

(……少しだけ、気がはやってるのかな?)

獲物となる参加者が隠れていないかと期待して、せわしなく目線を光らせる。
そんな己を自覚したバロウは、扉を開けようとしていた右手をぎゅっと握りしめた。

苛立ちの原因は、わかっている。
修羅場に乗り込んで多くを殺すタイミングを逃したことだけではない。

「……あ。そう言えば名前知らないんだっけ」

その『苛立ち』の原因のことを思い浮かべて、今さらに気づく。
戦闘の真っ最中に名前を呼ぶ会話が飛び交っていた気もするけれど、聞き取るつもりで聴いていなかった
『あいつ』という代名詞を使わざるをえないことに。

(……別にいいか。知ってても知らなくても、殺すんだから)

あの不可思議なマントで跳ばされなければ、すぐに殺せていたはずだった。
近距離からの”百鬼夜行”でまず少女を殺し、続けてそいつを含めた三人を皆殺しにする。
それが未遂に終わったことも惜しかったけれど、気に食わなかった理由はほかにある。

思い出したからだ。

――お前は、ただの人間として生きていくことが出来る。……そのことを、俺の仲間が証明してくれる。

有り得ない。

深呼吸をひとつして己を落ち着かせ、引き戸を開ける。
まず鼻をついたのは、湿り気をおびたカビくさい匂い。
そして、薬品の香りだった。
カーテンの締め切られた窓際には小柄な人間が立っていて、いきなり視線がかち合う。
その人間は、服を来ていなかった。
全裸の右半身からは、赤茶色の内蔵を丸出しにしている――どの学校でも見かける人体模型。
室内には長テーブルがひとつあり、左右の壁は薬品や実験器具を並べたガラス棚で埋まっていた。

「……やっぱり、遅かったみたいだね」

テーブルの上には、小さなガスバーナーが一台。
バーナーを囲むろうと台の上には大きなビーカーが設置されていて、こげ茶色をした液体が底に少量残っている。
液体がほとんど乾いていることから、おそらく数時間に注がれたもの。
その脇には同じ液体が入った小さめのビーカーが2つと、ココアパウダーのパッケージが貼られた容器とが置きっぱなしだった。
つまり数時間前まではほかの二人組がここにいて、ガスコンロ代わりのバーナーとコップ代わりのビーカーで一服していたらしい。

(植木君たちといい、『さっきの』といい、ぬるい馴れ合いをする奴らが多いんだ……)

まだ、バロウの知らないところで生きている人間がいる。
少なくとも、第二放送の時点では26人。
バロウ自身が二人ほど殺したことや学校での火災も考えると数人は死んでいるだろうから、現時点では20人前後。

これからのバロウはその全員を、もの言わぬ屍に変える。
手段を選ばずに、過程にとらわれずに、迅速に。

「僕は、殺すよ。『正義』から外れようとも楽しくなかろうとも、そんな『過程』の是非は障害にならない」

そう再確認して、右手を前方へとのばす。
そこに、自らが『人間』ではない証左となる力を呼び出すために。

(そのためなら、大嫌いな『バケモノ』を使うことだって、平気になる)



一ツ星神器。鉄(くろがね)。



母をこの手で傷つけた仇にも等しい、天界人の力。
これを使うのが楽しいのかと聞かれたら、楽しくないに決まっている。
殺し合いが始まる前に参加していた戦いでも、バロウはなるべく仲間に任せて『力』を振るわないようにしていた。
必要にならない限り、能力を人に向けることを嫌悪していたから。

だから、そんな甘えですらも捨てていく。

ドン、と重たい発射音が“鉄”から飛び出し、砲弾がせまい理科準備室を蹂躙した。

それはテーブルをダンボールのように容易く押しつぶし、卓上のビーカーを落下させ、風圧で左右の棚をビリビリと震えさせて、カーテンの向こうへと窓ガラスを破って突き抜ける。
窓枠が円形にひしゃげて大きな穴をつくり、室内の風通しをよくした。
”鉄”の軌道上にあった人体模型は、右半身が吹き飛んで内蔵を粉みじんにしたまま倒れている。
左右の棚は耐震補強で窓枠に固定されていたせいか倒れなかったけれど、窓ガラスの振動にともなって試験管やホルマリン漬けのビンが割れて、内側を汚していた。

ただの襲撃跡地でしかなくなった準備室を見渡して、感想を呟く。

「まずは一つ、覚悟したよ」

万が一にも潜んでいるかもしれない参加者に対する示威効果の意味もある。
それに後からこの学校跡地に来た者が、人体模型やココアで日常を思い出すのではなく、破壊を見て異能の化け物がいることに恐怖するならそれでもいい。

その奥にある理科室ものぞいてから、見回りを再開した。
理科室がちょうど廊下の突き当たりにあったので、反対方向へと歩き出す。
最初に侵入した地点よりもさらに奥手に見えてきたのは、生徒用の昇降口だった。
整然と並んだ白塗りの靴箱に、おそらく全体で数百人分ほどの靴を置くスペースが仕切られている。

たった数十センチ四方の空間なのに、ひとりひとりに自分のスペースが与えられている。
神様を決める大会その他の事情で長いこと学校に行ったこともなければ、建物のなかで靴をぬぐ習慣さえない国で育ったバロウにとっては奇異な空間だった。

それとも、これこそが『学校』という場所なのかもしれない。
いずれひとりひとりが人間社会を構成することになる、未来ある子どもの溜まり場として。
バロウは床に手をつき、能力を使った。
二つ目の武器を使うことを、躊躇しないために。



二ツ星神器。威風堂々(フード)。


意識すると同時に巨腕が床から持ち上がり、下駄箱を打ち上げて跳ね飛ばした。

玄関の床を突き破るというよりは、床から『生えた』とでも言うしかない出現。
突き上げた巨腕の動きは、天井を殴りつけるようにしてしなり、停止。
跳ね飛ばされた靴箱は、さらに左右に立っていた下足箱にぶつかってドミノ倒しをする。
校舎内にいる誰もに伝わるような、そんな振動が力の大きさを響かせた。

「これで、二つ目の踏ん切りも終わり」

能力をふるうための適当な場所を選びながら、見回りを続けていく。



階段をのぼり、二階の教室へと足を運んだ。
一階と代わり映えのしない、整然と並んだ机の群れに出迎えられる。
そして、背面の壁にかけられた習字の作品群。前面の壁には、チョークの文字を消された痕が残る黒板。
人間の子どもたちが勉強をするための空間であり、それ以上でもそれ以下でもなかった。



三ツ星神器。快刀乱麻(ランマ)。



腕から生やされた、数メートルもの刃をひと振りする。
机とイスがまとめて薙ぎ払われ、引き倒され、あるものは黒板へと叩きつけられた。
同じことを何回か繰り返せば、教室はすぐに竜巻に襲われた後のような姿になる。
普通の人間の子どもだったら、こんな教室を見て胸を痛めたりするのかなぁと思った。
だったら普通に中学校に通っている子どもってどんなのだろうと考えて。
最初に思い浮かべた具体例が、植木耕助だったことに自分で腹がたった。

同じ階層を見回って、突き当たりにあったのは職員室だった。
向かい合うようにして並べられたデスクの上には、マグカップや灰皿など教師の個性を主張するものがこぢんまりと置かれていて。
それ以外は、パソコンや学級日誌の綴りだとか、答え合わせ途中のテスト用紙だとかに机上を占拠されている。
どうやら子どもを教育するのは大変なことらしいと、他人事のような感想を抱いて。
でも、そこそこに広さがある空間なので、四つ目を試すのにちょうどいいと判断する。



四ツ星神器。唯我独尊(マッシュ)。



ガチンガチンと開閉する巨大な顎が教師の成果を尽く噛み砕いていった。
壊してしまうなんて、簡単なこと。
ただ、一から作り上げたり、馴染んだりすることはバロウにとって難しい。

強い能力を持っていても、人間として学校に通っている連中がいることは知っている。
同じ天界人である植木耕助などは、戦いが終わればごく普通の学校生活に戻っていくらしいと聞いている。
あの手塚と呼ばれていた人間も、人間なりに力を持ったまま暮らしていたのかもしれない。
じゃあ彼らと己はどう違うのかと突き詰めれば、周りに『気付かれている』かどうかになる。
自分たちが、異常だということを。



美術室。



そういう名前の部屋が中学校にあったことに、胸がじんわりとした。
ひとたび教室に入れば、慣れ親しんだ油絵の具のいい匂いが嗅覚をくすぐる。

床にこびりついた様々な色の絵の具。
描きかけで残された大小さまざまのキャンパス。
それらは教室や職員室と違って、壊したら胸が痛みそうな気がした。
しかし、だからこそ破壊することにした。



五ツ星神器。百鬼夜行(ピック)。



床に、壁に、柱に、キャンパスに。
突き出した八角柱の杭が、室内のありとあらゆる平面に穴を開けた。

せっかく描かれた絵には、悪いことをしてしまった。
それでも、母親から無視という酷評をされて、丸めてゴミ箱行きになるよりはマシかもしれない。

人間らしく、見なしてもらえるかどうか。
それは、人間社会に受け入れられるかどうかだ。
人間離れした力を持つものは怖がられて、弾かれる。
今は亡きロベルト・ハイドンにとっては、迫害を加えてくる人類全体こそが社会そのものであり。
バロウにとっては、母こそが世界だった。
夢を叶えないかぎり、世界に帰る場所はない。



図書室。
見かけないと思っていたら、渡り廊下を歩いた別の建物にあった。
学校の設備にしては広々としていて、ゆとりのある閲覧スペースを囲うように書棚が並んでいる。
それは植木耕助と交戦した場所のことを、否応にも連想させた。
『正義』について問答した、苦々しい記憶がある。
だから、というわけではないのだが。



六ツ星神器。電光石火(ライカ)。



図書室の戦いで『それ』を操ることができなかったリハビリの意味もある。
モコモコとしたじゅうたんが足場を悪くする床を、縫うようにローラーブレードで走った。

あのときも、少年が一人死んだ。

植木を殺すつもりだったのに、横槍が入って別の少年を殺した。
そいつに対して思うことはない。ただ、その行為は愚かで、できるなら問いただしてみたいものだった。
君が、植木耕助を助けるために切り捨てた自分の『それ』は、そんなに簡単に諦めていいものだったのか。
助けた相手に代わりに成し遂げてもらうつもりだったとしたら、くだらないことだ。
あの時にほかでもない植木が叫んでいたように、自分の力で叶えれば良かったのだから。

叶える力がないなら、そいつは弱い。
忌むべきは、正義。
切り捨てるべきは、心。
必要なのは、力だ。



校舎内の見回りを終えて、立ち寄ったのは校庭の隅にあるプールサイドだった。
鍵はかかっていない。
誰かが隠れ潜むような場所ではないけれど、立ち寄った目的は、『見回り』よりも『リハビリ』よりも、『プールの水』にあった。



七ツ星神器。旅人(ガリバー)。



プールの水面に、マス目で区切るような『光の網』が浮かぶ。
水面を突き破るようにして出現した巨大な”箱”は、その体積の分だけの水量を波としてプールから打ち上げた。
さらに、そこに”鉄”での一撃。
飛散した“旅人”の破片は金網を切り裂き、
直進した”鉄”の突進はプールサイドを砕く。
決壊した大量の水は、校庭へと流れ落ちて燻っていた火の勢いを弱めていく。

鎮火に向かうにつれて、校庭から校門にかけてのまっすぐな道ができた。
直線であるがゆえに、最短の道が。
さて、放送後はどこに行こうか。
海洋研究所。
デパート。
病院。
あるいは、ちょっと遠くのホテルにまで足をのばすか。
もしかしたらホームセンターまで引き返してみる、なんて気まぐれを起こすか。
いずれにせよ、最短距離を選んだからには、蹴散らす誰かにも出会うだろう。


校庭を横切って、最後に見かけたのはテニスコートだった。
体育の授業から放課後の部活動にまで利用されるような、二面張りのクレーコート。
立派な照明設備に囲まれていて、夜間使用にも耐え得る灯りが点きはじめている。

ああ、そう言えば、まだ神器がひとつ残っていた。



八ツ星神器。波花(なみはな)。



腕と一体をなす長蛇のような鞭が、校庭とコートを仕切る金網を叩き割り、近場にあった若木をへし折りコート上のネットやボールかごを引き倒した。
たちまちに、コートの上が無数の『ゴミ』と呼ばれる破壊の痕跡で埋め尽くされる。

(さて、進むか)

自らの腕に宿る力を確かめるように撫でて、顔をあげる。

すでに戻る道は、閉ざされている。
今のバロウのままで、人間として暮らせるなんて不可能事だ。
もはや、5人もの中学生を殺した人殺し。
それは『ただの人間の子ども』が背負える重さをとうに超えている。
『息子が大量殺人者になってしまった母親』に、平穏な暮らしが手に入るはずもない。
ならば、犯してきた罪という『過程』すらもすべて吹き飛ばすような『結果』を勝ち取らない限り。
奇跡にすがらない限り、未来永劫の絶望が待っている。

それを、わがままだと言うのなら。
母親の気持ちも考えない、子どものエゴだと言うのなら。

「僕はずっと、子どもでいたい」

わがままを言える、子どもに。
母親に甘えられる、子どもに。
いっしんに愛情を求めることができる、ただの人間の子どもに。

だから、



「僕は、大人にならない」



過去を現実に。
待っている未来を、かつての過去に。

校庭から見上げた時計台は、まもなくして6時の時を刻もうとしていた。

【E-5/中学校/一日目・夕方】

【バロウ・エシャロット@うえきの法則】
[状態]:左半身に負傷(手当済み)、全身打撲、疲労(小)
[装備]:とめるくん(故障中)@うえきの法則
[道具]:基本支給品一式×2(携帯電話に画像数枚)、手塚国光の不明支給品0~1
基本行動方針: 優勝して生還。『神の力』によって、『願い』を叶える
1:施設を回り、他参加者と出会えば無差別に殺害。『ただの人間』になど絶対に負けない。
2:僕は、大人にならない。
[備考]
※名簿の『ロベルト・ハイドン』がアノンではない、本物のロベルトだと気づきました。
※『とめるくん』は、切原の攻撃で稼働停止しています。一時的な故障なのか、完全に使えなくなったのかは、次以降の書き手さんに任せます。
(使えたとしても制限の影響下にあります。使えるのは12時間に一度です)





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君に届け(I for you) バロウ・エシャロット ――ただひとつの答えがなくとも、分け合おう。


最終更新:2021年09月09日 20:04