皇帝と探偵のパラドックス  ◆j1I31zelYA


ある世界、ある街で行われた、神の後継者を選ぶ殺し合い。
12人の後継者候補には『未来日記』が支給され、脱落の運命が確定すると『DEAD END』フラグが告げられる。
『DEAD END』を覆し、襲い来る相手から未来を奪い返せば、勝者。

それはすなわち、戦うことで因果律が変動し、分岐することを意味している。

だから、神は『観測者』を用意した。
因果律の変動を観測し、所有者が何を思い、どのように立ち向かったのか、観察する存在。
所有者たちにそれと悟られない為に、一人の人間としての、記憶と社会的地位を与えられた、中学生。
事件の中にいても違和感がないように、好奇心旺盛な性格を与えられた、探偵。

故に、
彼が殺し合いに『関わりたい』と思ったのは、神がそう望むように作り上げたからであり、
彼が『知りたい』と思ったことは、神が『観測させたい』と思った事象であり、
彼が『謎を解きたい』と思ったのは、因果律を観測する上で有意義だったからに過ぎない。

頻繁に書き変わる因果を観察し、殺し合いが終局を迎えれば、『宇宙の記録(アカシックレコード)』へと帰る命。


だがしかし、
その『観測者』に『秋瀬或』という『個』の意思は宿らないと、誰が証明できるだろうか。


 ◆


まっすぐ、まっすぐ、振りかえるな。
それだけのことを考えて、逃げて来た。
走り続けるのは簡単だったのに、もう大丈夫だと足を止めるのは難しかった。
走っている間は、感傷に浸らずに済んだせいかもしれない。
それでも、全力疾走を続ければ息は切れる。
息があがると足は自然に止まった。

ぜぇ、と息を吐く。
体力に自信はある方だった。それでも、実際の運動量以上に疲れを覚えるのは、おそらく精神の疲労だろう。

どこに行けばいいのか。
これからどうすればいいのか。
行動方針を見失ったのは、初めてのことだった。
一度目の殺し合いでは、ある意味どう動くか、悩む必要がなかった。
特定の一人を、追い続けていれば良かったのだから。
今回、桐山和雄をアテにすることはできない。
手を組んだ手塚国光は………………死んだ。

(……らしくないわよ、アタシ)

一匹狼で行動するのは、慣れないことでも不安なことでもない。
桐山ファミリーの中でも、1人だけ浮いたポジションにいた。
どんな人間関係にも裏切りはある。
だからファミリーともドライな関係を維持していたし、その分だけ、マイペースを維持する能力は高いと思っていた。
だから、この胸の痛みは不安ではない。
もっと別の、感傷だ。
走っている間は見ないように、向き合わずにいた『何か』を、彰は持て余す。

(とにかく、休憩しましょう)

どこかに腰を落ち着けて、タバコの一本でも吸いたい。
人目につかない場所で、センチメンタルになっている自分を癒したい。
そんな、気分だった。




自動販売機を蹴って、手に入れたタバコ。
手塚と共にいた時は、結局吸えなかった。
『スポーツマンはタバコに良い顔をしない』という傾向を、男の好みにうるさい彰は知っていた。
そうでなくても、手塚はそういう『正しい規律から外れた』人間を好かないだろうな、という感じがした。

普段の彰なら、好みのタイプだからといって、遠慮して自分を抑え込むような真似はしなかった。(三村信史にも強引にアプローチをしまくった)
でも、手塚の前では、その『タバコを吸う』という些細なことができなかった。
手塚たちの住む世界からすれば、自分はアウトサイダーなのだろうという自意識。羨ましさ、小さな劣等感、素直な憧れ。
そういう微妙な機微の一端が、禁煙にも表れたのかもしれない。

そして、手塚がいなくなった今、彰はタバコを吸っている。
『プログラム』に参加していた期間も含めれば、およそ二日ぶり。
お気に入りの銘柄とは違うけれど、心地よく気管に流れ込んでくる主流煙は、餓えた肺をうるおしてくれる。
見つかりにくそうだからと居座ったガレージ兼用の納屋に、紫煙が充満する。

『一度目の殺し合い』が始まってから、ずっと吸えなかったタバコの味。
久しぶりに味わうそれは、いやおうにも生きている実感を呼んだ。
そう、彰はまだ生きている。

最初は生存率が絶望的なプログラムに呼ばれて、桐山和雄に殺されて、
それでもどうしてだか生き返って、手塚国光と一緒に行動することになって、
腕から大砲を発射するような、化け物じみた少年に襲われて――


――手塚国光の命と引き換えに助けられて、生きている。


(手塚クンが死んで……アタシは、生きてる)


傷心。
たった二文字の簡単な言葉。だけれど、彰にとっては簡単ではなかった。
月岡彰にとっては、めったにないことだったから。
同年代よりずっと耳年増に育った彰が、自分の感情の整理を付けられないなど、珍しい。
ましてや、出会ってから二時間ほどしかたっていない男に。
つるんでいた沼井たちファミリーが死んだ時でさえ『バカね』としか思わなかったのに。


胸が空っぽになったような、気持ちになるなんて。


理不尽だ、とは思わない。
むしろ、当然なのだ。
確かに、手塚国光は強い男だった。
でも、甘い男だった。
殺し合いの場所なのに、自分を殺そうと襲って来た人間の心配をしていたのだから。
だから、死にやすい男だった。
正義感のある人間や、強い人間、立派な人間が生き延びやすいかというとそうじゃない。
頭が良くて、ずるくて、調子が良くて、運のいい人間の方が、生き残るには楽だ。
だから、手塚は死んで、彰は生きている。
それが現実なのだと理解できる程度には、彰は大人になっていた。

それなのに、

どうして自分が生きていて、手塚のような人間が死んだのか。

そんな想いが、まとわりついて離れない。

彰に無いものを、持っていたからだろうか。
手塚国光の生き方は、彰が甘ちゃんと見なす類のものだった。
けれど、彼は死の訪れる瞬間まで、その信念を貫いていた。
少年を殺すなり早く逃げるなりしていれば、あるいは、彰を庇わなければ。
そうしていれば助かることもできたのに、そのことを微塵も後悔していなかった。
彰には、自分の命よりも重いものなどない。
でも、手塚にはそれがあった。
それは、自分の在り方を貫く信念だったり、どこかにいる仲間との絆だったり。
本当に、格好いいと思った。
もっと早く出会いたかったと、もっとずっと見ていたいと、思ってしまうほどに。

手塚が彰のように生き返ることは、おそらくない。
主催者の能力など、分からないことだらけだが、それでも残虐で意地が悪い大人だというのは分かる。
そんな存在が、一度奪ったものを返してくれるような、親切な真似をするとは思えない。
手塚もそれを予期したうえで、もうここで自分は終わりなのだと理解した上で、納得して死んでいった。
残された参加者のことを案じて。どこかにいる仲間に、遺言を残して。
彰に後を託して、死んでいった。


――月岡……お前も、柱になれ。この殺し合いに反逆する、サムライになるんだ。


ずるい男だな、と思う。
彰が手塚のようになれるはずがない。
住んでいる世界が、それまでの人生が、強さが、培ってきた何もかもが違うのだ。
自分のことが大好きで、自分が一番可愛かった彰が、『保身』以外のことを目的にして、生きていけるはずがない。
だいたい、『サムライ』って何だ。どうしてそこで、そんな単語が出てくるんだ。彰はオンナだというのに。

だから、手塚はずるい。
それが彰にとってどんなに難しいことかも知らないのに、
彰にもきっと『それ』ができると、信じて疑っていなかった。

『サムライ』や『柱』という言葉に、どんな意味があったのかは分からない。
けれど、それが手塚の仲間内で了解されていた、大事な意味を持つ言葉だというのは、その言葉の端々から、分かってしまった。
だから、やっぱりずるい。
彰にはその価値など分からないのに、
『惚れた男から大切なものを託された』のだと実感してしまったら、
手塚が、彰にそれだけのことをしてくれたのなら、
切り捨てようにも、捨てられなくなってしまうじゃないか。

そう、惚れたら負けだ。
だから月岡彰は、手塚国光という男の生き方に、とっくに負けていたのだと思う。
手塚国光の生き方を、『利用するつもりだった温室育ちの説いたキレイごと』として切り捨てることは、もうできなくなっていた。
手塚の遺志を継ぐにせよ、継がないにせよ、それはずっとまとわりついて来るはずで――


「貴様、まだ学生だな」


思考の中断。
低い――はっきり言ってしまえば、壮年男性のように野太い声が降って来た。
見上げると、目が合う。
黄土色のジャージに帽子を被った男が、彰のすぐそばまで来ていた。
片手には、灯り代わりの携帯電話。もう片方の手には木刀を構え、用心のためだろうか先端を彰に突きつけている。
何故だろう、声も顔も、全く似ていないのに、
せいぜい『老けこんだ顔つきをしている』ぐらいしか共通点がないのに、

「学生の身分で喫煙するとは、たるんどる」

手塚に、叱咤されたような気がした。

不思議なデジャビュに、瞬間、口を半開きにして呆ける。
しかし、地面にポロリと落ちたタバコで我に返り、

「いいじゃないのよ。お友達に死なれてへこんだ時ぐらい」

接近に気づかなかったバツの悪さも手伝って、そう言い返していた。
感傷に没頭する余りに状況把握を怠るなんて、行動方針を決める以前の問題だと自嘲する。
ジャージの男からすれば予想外の弁解だったようで、厳つい顔つきに緊張が走った。
その微細な変化を見て、彰は察した。
ああ、この人、まだ誰かが死ぬのを見てないんだわ、と。

「仲間を、殺されたのか……?」
「さっき知り合ったばかりだけどね。とってもカッコいい男の子だったわ」

「――その話を詳しく聞かせてくれないかな。僕の友達だという可能性も捨てきれないからね」

そう問い返したのは、木刀の男ではなかった。
不意打ちの声に驚き、彰は視線を男の背後に向ける。
ガレージの入り口に、すらりとした白髪の少年が立っていた。
心配するような言葉とは裏腹に、落ちつき払ったアルカイックスマイルが、街灯からの逆光に浮かび上がる。

訂正しよう。近づいて来た男は、2人だった。




まず、どうして居場所がばれたのか尋ねた。
確かに彰も不用心だったけれど、人が隠れていそうな民家なら他にもあったはずだ。
偶然だよ、と銀髪の少年が答えた。

「真田くんとは、この家の庭先で鉢合わせたんだ。僕はもともと、ここに用があって来たからね」

というのも、少年に支給された乗り物が充電式だったそうで、簡単に電気を借りられる家屋を探していたらしい。
そういう説明をしながら、少年はガレージ内のコンセントを借りて、『それ』の充電を開始した。
それは、奇妙な形の二輪車だった。キックスクーターの足場を横長にしたようなプレートの両端に、大きめの車輪がはめこまれている。
大東亜共和国では見かけない。外国産の電動車だろうか。
今まで出さなかったのは、バッテリーの問題だけではなく、路面の都合もあったのだろう。見るからに山道向きではない。
充電を始めると、少年は改めて彰たちに向き直った。
やけに存在感のある、さわやかなドヤ顔だった。

「自己紹介が遅れたね。僕は中学生探偵、秋瀬或」

中学生探偵。
まるで漫画みたいな肩書きだわ、と思う。
腕から大砲を出す人間もいたんだから、いまさら自称『探偵』がいたとしても、驚かないけれど。
しかし、別に今回のことは、絶海の孤島連続殺人みたいな、探偵が推理をする事件じゃない。
法の外にあるサバイバルゲームだと理解している彰には、『探偵』という肩書きが、どうにもうさん臭かった。
でも、そんな些細なことに違和感を覚えたのは、彰だけだったらしい。
『真田』と呼ばれた男は、次は自分が名乗る番だと心得たように、口を開いた。


――って、ちょっと待て。


真田という名前は、どこかで聞いた、はず……

「立海大附属中学三年、テニス部副部長、真田弦一郎だ」
「テニス部の……真田?」

テニス部。
その単語に、聞き覚えがないはずがなく。
手塚と会話した記憶から、『真田』という名前をようやく引っ張り出し、

「あなたが……手塚クンの仲間?」

深く考えずに、そう聞き返していた。

「手塚に会ったのか?」

当然、そう聞き返されるわけで。
それまで落ち着き払っていた真田が、声のトーンをやや高くした。

(……やばい、どうしましょう。)

そりゃあ、手塚に、仲間をよろしくと言われてしまったけれど、
仲間に遺言を伝えるぐらいの、義理は果たそうと思っていたけれど、
こんな心の整理もつかない内に出くわすなんて、ぜんぜん予期していなかった。

「手塚クンは……」

言葉をつまらせる。
その彰を見て、真田も『察知』してしまったらしかった。
険の強い視線から感じる威圧感が、ぐっと重さを増す。
当たり前か、と彰は、それまでの言動を振り返った。

彰は、ついさっき同行者に死なれたばかりだと言った。
彰は、手塚国光と行動を共にしていた。
これだけ手がかりが揃えば、誰だって感付いてしまうだろう。
悪いことをしたなと思いながらも、同時に、避けてはいけないことだと自覚した。
説明しなければ。
それができるのは、彰しかいないのだから。

「手塚クンは……亡くなったわ」




最初から、ありのままを話した。
海洋研究所での出会い。
三人での話し合いから、同行を決めたいきさつ。
道中で、殺し合いに乗った少年に出くわしたこと。
逃げようと思えば逃げられたのに、手塚は少年の説得を試みたこと。
もう逃げられないという状況で、それでも彰だけを逃がしてくれたこと。
仲間に伝えてくれと言った、遺言のこと。

改めて言葉にすると、荒唐無稽な話だった。
世界観が違うらしいことや、腕を大砲に変形させる少年。
そして、『過去を再び発生させる』という手塚が見抜いた少年の能力。
思い返せば、ファンタジーとしか言いようのない事象ばかり。
アタシが説明される側だったら絶対に信じられないわね、と呆れつつ、言葉を結んだ。

「信じられないような話かもしれないけど……本当のことよ」
「いや、信じよう」

即答だった。
真田はあっさり、『信じられる』と言い切った。

「お前が語った手塚の在り方は、俺の知る手塚という男に一致する。
あの男ならば、そういう生きざまを選んだとしてもおかしくはないだろう」

手塚国光を知っているから、荒唐無稽な話でもそうと信じられる。

ああ、
同じだ、と思った。

――どいつも殺し合いに乗るような連中ではないからな。


最初は、平和な青春を送っている温室育ちだから、そんなことが言えるんだと思っていた。
けれど、手塚だけでなく、真田もまた、当たり前のように信じていた。
殺し合いの中でも、手塚国光ならそう在るに違いないと、少しも疑っていない。
確かな絆を、特別なことではなく、当たり前に共有していた。
たとえこの人たちが、大東亜共和国に生まれていたとしても、やっぱり最後まで、互いを信じていたんじゃないのか。
『違う世界の住人なんだ』という彰の言いわけが、引きはがされていく。

「感謝する。お前がいなければ、手塚の遺志は誰にも伝えられないままだっただろう」

真田は神妙な態度で、深々と頭を下げた。
そこまで強固な絆があるなら、死んだと聞いて動転しないはずがないのに、
そういう動揺をおさえて、感謝を示してくれているのが、申し訳なかった。
けれど、託されたことをひとつ成せたという達成感が、心に生まれたのも確かだった。

真田は顔を上げると、ガレージの天井を見上げて、目をつぶった。
息を吸う音。吐く音。
そして、絞り出すように語る。

「……『貴様とはもう二度と試合をやらん』と決めていた」

目にもとまらぬ速さで、木刀を横に薙いだ。
ガァァァン、と鈍い音が、ガレージ中に反響する。
音が響いて初めて、壁に叩きつけられたと理解する、そんな疾さ。

「だというのに、二度と試合が叶わないと知るや、途端に惜しくなる……情けないものだな」

それでも言葉に動揺を乗せないのは、プライドが成せる技か、あるいは彰たちが見ている前だからか。

「たわけが……」

罵倒した対象は、逝ってしまった好敵手に対するものか。それとも、己自身だろうか。




しばしの間、一人にさせてもらう。
そう言い残して、真田はガレージから出て行った。
気持ちの整理をしたいというよりは、悲嘆する姿を他者に見せたくないのだろう。そういうタイプに見えた。
そしてガレージ内に、彰と、自称少年探偵が残された。
真田がいなくなるのを見届けてから、秋瀬或が切り出した。

「君の話に出てきた真希波さんという少女のことだけれど……おそらく、僕はさっき彼女に会ったよ」
「『おそらく』って……」
「亡くなっていた」

彰をじっと観察しながら、秋瀬は即答した。
彰を気づかうというより、むしろ『亡くなっていた』と聞いてどう反応するかの方を、見ている感じがした。
秋瀬の話によると、ここからだいぶ離れた山の中腹で、2人の少女に看取られていたらしい。
前後の状況は不明だが、どうやら少女たちを庇って、致命傷を受けたようだとのこと。

「そう……これでアタシ1人になっちゃったのね」

死ぬつもりはない、と啖呵を切っておきながら、彼女もまた、人を助けて死んでいったのか。
意外だった。マリはどちらかと言えば手塚より彰に近い、我が身かわいさで動くタイプに見えたのに。
彼女を変える何かがあったのか。あるいは、場の状況に流されて、結果的に人を助けてしまったのか。
どちらにせよ、最初に出会った2人が、放送を待たずして死体になってしまった。
手塚の時ほど喪失感はなかったけど、それでも『寂しいな』という感傷はあった。

「マリちゃんを殺したヤツのこと、分かる?」

そう尋ねたのは、決して仇討ちを考えたからではない。
単純に、警戒対象として、殺した相手の情報を求めたからだ。
ナイーブになっても彰はやっぱり、生きることを考えていた。

「いや、彼女たちは語らなかったし、僕も踏み込んで聞かなかったよ」
「……じゃあ、マリちゃんと一緒にいた女の子2人の名前は?」
「黒髪にえんじ色のスカートをはいた少女は船見結衣さん。初対面の時に、そう名乗っていたよ。
茶髪にセーラー服の少女は、名前を聞けなかった。自己紹介をしている場合ではなかった、と言った方が正確かな」
「何も聞かなかったの? 探偵なのに?」
「あいにくと、すぐにでも駈けつけないといけない『友達』がいてね。
ひとつしか尋ねることができなかったよ。それでも、僕の求めていた答えは聞かせてもらえたけどね」

ということは、出会いがしらに説明を求めたのも、情報収集より、充電をする間の時間潰しが主目的だったのだろうか。
秋瀬ではなく真田に説明していたつもりだったけど、それでも微妙な苛立ちがあった。

「何を聞き出せたの?」
「そうだね、できれば君にも答えて欲しいことかな」

やっぱり、情報を引き出されるのか。
探偵で助けたい友達がいるからには、対主催を考えてはいるのだろう。
となると、首輪を解除するアテでも知りたいのか。
それとも、知り合いの参加者に関する情報か。
あるいは、彰自身の持つ技能に関する質問か。
しかし、秋瀬或の問いかけは、それらのどれでもなかった。

「君たちは、自分がここにいる意味について、どう思う?」

そんな、問いだった。

「どうしてそんなことを聞くの?」

そして、予想外すぎる問いだった。
『どうやったら殺し合いを脱出できるのか』をすっ飛ばして、
『そもそも人間はどうして生きているの?』と聞かれたような。

「この殺し合いの謎を解く。
その為に、僕たちが殺し合いに呼ばれた目的を推理したい。
君たち全員に話を聞けば、おのずと見えてくるはずだからね」

「『意味』があったとして……それで何かが変わるのかしら?」

考えるより先に、答えていた。
反射的に噛みつくのと同時、直感的に理解する。
先ほど感じた、微妙な苛立ちの正体を。

「君は、なぜ自分が呼ばれたのか、不思議に思ったりはしないのかい?」
「仮に『意味』があったとしても、どうせ納得できるようなものじゃないわよ」

『意味』を考える意味なんて、なかった。
彰の知っている殺し合い――『プログラム』は、そういうものだった。
どうして殺し合いが開かれるのか、誰も正しく理解していなかった。
政府に反抗する人間も、殺し合いを受け入れる人間も、『意味』なんて考えていなかった。
生か死か。どう生き残り、どう死なないか。その二つだけ。
もちろん、他者を蹴落とさずに、手を取り合って助かろうとした生徒はいた。
あの、拡声器で呼びかけた、2人の少女のように。
けれど、それだって『自分だけ』ではなく『みんなで生きよう』とした結果に過ぎない。
自分が生きる意味に疑問を持つような、余裕なんてなかった。
手塚を殺した少年だって、『自分のいる意味』なんて小難しいことを考えなかったはずだ。

だから……秋瀬或の余裕が、気に入らない。
自分も参加者の一人なのに、まるで1人だけ、皆の足掻きを俯瞰しているみたいで。

「秋瀬クンの言い方って、まるで殺し合いを開いたヒトに、心当たりがあるみたいだわ。
『どうしてあの人がこんなことをしたんだろう』って感じ」
「君は鋭いんだね。どうしてそう思ったのかな?」
「否定しないのね」

推理とか論理だとかをすっ飛ばした、オンナの勘。
失礼な言いがかりだと分かった上で口にしたのは、秋瀬の反応を見たかったからだ。
でも、根拠のない言いがかりではなかった。
彰は、桐山ファミリーの中でも裏方担当だった。
相手の意識の間隙をついての窃盗とか、尾行とか、どこかに忍び入ることとか。
それらの特技を利用して、ファミリーの中でも情報を集める側に回ることが多かった。
そういう意味では、やっていることが『探偵』に近かった。
だから、怪しんでしまう。

どうして、マリを殺した相手の特徴ぐらい、聞いておかなかったのか。

時間を費やす質問でも、なかったはずだ。
どこで、どのような特徴を持つ人物に襲われたのか。その情報を得ておくだけで、秋瀬自身の生存率は、格段に上昇する。
マリを殺害した人物は当然、その近辺にいたのだろう。つまり秋瀬がそのマーダーと遭遇していた可能性は、低くなかったのだ。
いくらマリの同行者が傷心中だったとしても、殺害者の情報は伝えるべきだと、理解させるぐらいはできたはず。
見たところ、秋瀬或は、冷淡にすら見えるほど冷静な少年だった。
そんな少年が、どう考えても必要な情報をすっ飛ばして、『意味』という抽象的なモノを求めるなんて、それではまるで――

「殺し合いを止めたいっていうより、殺し合いを『観察』してるみたいなのよね。
まるで、自分の知ってる何かと比べてるみたいに。
できれば説明してほしいわ。これじゃ、主催者の回し者と疑われても、仕方ないわよ」

まるで――主催者にアンケートでも取られているみたいだ。
主催者に意を含められて、参加者に『殺し合いに参加してみてどうですか』と聞いて回っているような。
――という感想は、あまりにも邪推過ぎて、口にできなかったけれど。

「僕自身も主催者の回し者――か。面白いね。その仮説は面白い」

深く考えての言葉ではなかった。
ほとんど秋瀬に対する反発から口にした、売り言葉に買い言葉、程度の『主催者の回し者』疑惑。
だというのに、秋瀬或は、本当に面白そうな、アルカイックスマイルを浮かべていた。

「でも、そういう君だって、殺し合いをよく知っているような言い方をするんだね。
意味を考えることに意味はない、とか」

そう言えば、第六十八番プログラムのことは、説明していなかった。
世界観の違いがどうとかという部分は、かなり省略して話したから。

「まぁね……そっちが『殺し合い』について教えてくれるなら、アタシもアタシの『殺し合い』を教えてもいいわよ」
「それで構わないよ」

秘密主義の男かと思いきや、あっさりと乗って来た。
彰としても、別に出し惜しむような情報ではなかった。マリたちにも話したのだし。
先に彰が、大東亜共和国と『プログラム』のことを話した。
二度目であるだけに、いくぶんか要領よく、簡潔に説明を終える。
それが終わるころ、真田が戻って来た。
ただならぬ空気を察したのか、壁に背を預け、聞き役に回る。

そして秋瀬は、彼の知る『殺し合い』について語り始めた。

デウスという『神様』のこと。
十二人の候補者の中から、次の神を決めるバトルロイヤルを開いたこと。
次なる神様が現れなければ、世界が崩壊してしまうこと。
そのバトルロイヤルに、秋瀬の大事な『友達』が参加していたこと。
『友達』は時として秋瀬の助けを借り、上手く生き残っていたこと。
神様が決まるより先に、世界の崩壊が始まってしまったこと。
生まれ育った街を浸食する黒い球体。
崩壊する世界を前に、神様に対して『神の力があれば何でも可能なのか』と質問すべく、謁見したこと。
その時点で記憶が途切れて、目覚めると殺し合いに呼ばれていたこと。

「つまり、世界が崩壊寸前だというのに、神様は再び殺し合いを始めたらしいということだね。
もちろん、僕の知っているデウスと、この殺し合いを開いた『神様』が同一犯かどうかは分からないけれど」
「世界の崩壊を防ぐ為の殺し合い……ねぇ」

どうしろっていうのよ、というのが、彰の感想。
世界の崩壊を防ぐ為の意味ある戦いだ、と言われても。
そこで彰がどうすればいいか、その答えとは全く繋がらない。
だいいち、その崩壊が訪れたとしても、崩壊するのって多分、秋瀬或のいる世界限定のはずだし。
……というか、それが殺し合いの目的なら、優勝しても『神様』とやらにされてしまう?
そりゃあ彰は死にたくなかったけど、人間をやめたいとも思っていなかった。
『優勝するのが堅実ね』とか考えていた自分を、あまりにも安直だったと反省。

真田の論点は、また違っていた。

「その『友人』について、教えることはできないというわけか」
「僕は何があっても彼に味方すると、心に決めているからね」

そう、秋瀬或は、『友達』に関することを、一言も洩らさなかった。
名前も、年齢も、『殺し合いで長く生き残った』という一点をのぞいた、全ての情報を。
それもそうだ。
『一度殺し合いに乗り、他の参加者を蹴落としてきた』という経歴だけで、人によっては不信を買うのに充分なのだから。
案の定というか、真田の舌鋒は鋭くなった。

「つまり、貴様は『友人』を神にする為に、殺し合いに乗るということか?」
「いや、乗るつもりはないよ。今回の殺し合いに、何らかの『裏』があることは明らかだ。
ならば、彼を神様にしてあげたところで、彼の望むものが手に入るとは思えない」

乗らない。
その答えは、彰に一応の安堵を与えたが、真田はそうではなかった。
険のある眼光に宿る光が、鋭さを増す。

「つまり貴様は、『友人が殺し合いをすること』自体は、肯定していたのか?」

そう言えばそうね、と気づく。
『探偵』であるにも関わらず、秋瀬或は、『殺し合い』というシステムを否定していないようだった。
三人の中で唯一『殺し合いのない世界』から来た真田だからこそ、いち早くそれを指摘し、歪みを見出したのだろう。

秋瀬或の、眼の色が変わった。

貼り付けたようにさわやかな笑みが崩れる。
貪欲そうな、狂気じみた笑顔に変わる。

「白状するとね……『この世界に新しい『神』が必要だというなら、僕は彼がいいと思う』。
そんな風に思っていたことも、あったよ」

理解した。
ああ、この人、その『友達』が大好きなんだわ。
その瞳に宿るのは、恋焦がれる対象を想う、執心だった。
何をしてでも、その少年を守りたいという意思。
殺し合いを、興味本位で傍観しているだけの人間ではない。
それが分かったことに安堵して、オンナの勘で理解した恋心に共感して、
そして、正直なところ、少し引いた。
元から殺し合いを受け入れていた彰でさえ、恋しい人を優勝させる為に、何でもしようという発想はなかったから。
だから、殺し合いに慣れていない真田は、よけいに引いているだろうなと、そう思ったのだが……。

果たして真田は、真剣に会話を続けた。


「我が立海大テニス部の後輩に、切原赤也という男がいる」


……………………はい?


「そいつは極端に攻撃的なテニスをする男だった。相手にボールをぶつけるラフプレイや、過剰なまでの挑発で、しばしば問題行動を起こした。
いや、『ラフプレイ』で済んでいるうちは、まだ良かった。やがて『悪魔化』という異能を身に付けた。
無論、身体能力は格段に向上するし、戦意も上がる。
しかし理性を失ったかのように凶暴化した。チームメイトの指示すら聞こえなくなることもあった」
「あの、真田クン、何の話? ……っていうか悪魔化って」

聞き返したのは彰だったが、或も同じく疑問を顔に出していた。

「俺たちは、その力が立海大三連覇に必要な力だと思っていた。
だからこそ、そのおぞましさに敢えて目をつぶっていた。
俺たちは何としてでも三連覇を成し遂げることのみに捕らわれていたし、
奴自身も、あの時点では悪魔化なくして、あれ以上の向上は望めないと思われていた」

どうして悪魔化する能力がテニス部に必要なのか。
そこが疑問だったが、真田は深刻に語り続けた。

後輩やチームの為に必要だったはずの力は、後輩の命をおびやかす、危険な力だったということ。
身体の負担だけでなく、後輩の精神をひどく不安定にしてしまう変化だったこと。
気づいた時には、真田たちの手には負えないほど、症状が進行していたこと。
理解ある他校生のおかげで、どうにか大事に至らずに済んだこと。

「貴様の『友人』の事情など、追求するつもりはない。あるいは、他者を傷つけてでも『神』の座に執着する理由があったのかもしれない。
いずれにせよ、貴様が『友人』の為に道を違えうるなら、そうなった時に相手をするだけだ。
だが、これだけは言っておく。『友人』を生かし、勝ちあがらせる為に必要な『歪み』だったとしても、歪みは歪みだ。
その歪みが、そいつ自身を追い詰めない保障など、どこにもない」

生き残っていく上で必要な歪みだとしても、歪みは歪み。

その言葉に、秋瀬は呆けたような表情を見せた。
『友達』を幸せにする為なら『友達』の殺人を容認する、という行為自体の否定ではない。
『友達』の為に歪みを容認した結果が、『友達』を間違った道に進ませ、却って不幸にしてしまうという忠告。

きっと、『友人』とチームメイトという立場こそ違えど、真田も後悔したことがあるのだろう。
当人の為だとか、どうしても勝ち残らなければいけないとか、そんな理由で異常性に目をつぶって、しっぺ返しを食らわされた経験からくる饒舌だった。

秋瀬或は、表情を硬直させたまま、沈黙した。
まるで、全然予想していなかった角度から、不意打ちを受けてしまったみたいだ。
無理もないのかもしれない。
彰は動転の理由が、分かる気がした。
おそらく、秋瀬は好きな子を甘やかしてしまうタイプだ。
リードして主導権を握ることには慣れていても、それが高じてつい『僕に任せて』とか『君は悪くない』とか言ってしまう、恋人を駄目にするプレイボーイの匂いがする。
真田は、真逆だった。
仲間だろうと友人だろうと甘やかさない、むしろ、親しい存在だからこそ、いっそう厳しく接する。

オンナの勘が間違っていなかったことは、続く秋瀬の言葉が証明した。

「……確かに僕は、彼を何度か助けてきたけれど、彼が犯した罪には眼をつぶってきた。
もちろん『神になって欲しい』という希望もあったけれど、嫌われたくないという下心があったことは、否定しないよ。
彼が『暴走』した原因の一端も、そこになかったとは言えない。
だから真田君の忠告は、ありがたく受け取っておく」




小さな火花を散らすような会話の後、秋瀬は時間をおかずに、出発すると宣言した。
二輪車の充電が完了したから。
それだけでなく、真田の忠告を聞いて、改めて『友達』の元へ駈けつけようという決意を新たにしたらしい。

「秋瀬の『友人』のことは、一応考慮しておく。それと分かる人物に出会ったら、貴様のことを伝えるぐらいはしてやろう。何か言伝はあるか?」
「ありがとう。……そうだね、『僕は何があっても君の味方だ』と、そう伝えてほしい。
『忠告』のことはあるけれど、こればっかりは止められそうにないからね」

その代わりじゃないけど、こちらも伝言を託したい相手がいれば引き受けよう、と秋瀬が提案した。
真田は少し考えて、答える。

「越前リョーマ、跡部景吾、遠山金太郎、そして切原赤也。
この4人に出会うことがあれば、月岡が語った『手塚の最期』を伝えてほしい。
先に述べたように問題のある奴もいるが、根はまっすぐな連中だ。無条件で信頼できると保証する」
「へぇ、それは頼もしいね……月岡君は?」
「アタシは別にいいわ」

会話は緊張感を孕んでいたものの、別れの挨拶は穏やかなものだった。
互いに互いを異なる人種だと理解したからこそ、かえって一定のラインで信用が芽生えたのかもしれない。

「そう言えば、真田君にはまだ聞いていなかったね」

別れ際、二輪車を納屋の外へと押し出しながら、振り向いた秋瀬が問いかけた。

「真田君は、この殺し合いに呼ばれた意味をどう思う?
あるいは、殺し合いの中で、こう在りたいという望みはあるかい?」

それは、彰が受けた質問と同じものだった。
真田は、どう答えるのだろう。
彰は、回答を待った。
それほどの間をおかず、揺るぎのない声が断言する。

「ここが化け物の巣窟だろうと、地獄だろうと、皆で這いあがる道を探す。
神から与えられた意味などに価値はない。俺は俺の力で、俺が生きる意味を証明してみせよう」

「なるほど、つまり君は、『反逆者』でありたいということだね。
けれど、その反逆をも、主催者は織り込み済みかもしれないよ」
「たとえそうだとしても……己を曲げるのは性に合わん」


――俺は、敢えて困難な道を――しかし、俺が納得できる道を選ぼう


あの時の言葉と、同じだった。
またなのか、といっそ呆れながらも、心のどこかが『やっぱりね』と言っていた。
本当にずるい男だと思う。いなくなってからの方が、存在を実感することが多いなんて。

秋瀬は続いて、くるりと彰の方を向いた。

「月岡君はどうかな? あれから色々と話をしたけれど、答えは出た?」
「答え、って……」
「意味を考えたくないと言うのなら、君自身の望む姿を聞かせてほしい。
君は、この殺し合いでどういう役を演じたい?」

迷いを見透かすように、秋瀬が底の見えない瞳で射ぬいていた。
決断を迫られている。それが分かった。

「分からない」と言って、回答を先送りにすることもできた。
けれど、そういう風なごまかしはしたくなかった。
ここで自分の在り方を決めなければ、踏ん切りがつかない。
そんな予感があったから。


だから彰は、決めた。


「アタシは――」

【D-6/民家/一日目 早朝】

【真田弦一郎@テニスの王子様】
[状態]:健康
[装備]:木刀@GTO
[道具]:基本支給品一式、不明支給品0~1、赤外線暗視スコープ@テニスの王子様
基本行動方針:殺し合いには乗らない。皆で這いあがる道を探す
1:知り合いと合流する。特に赤也に関しては不安。
2:秋瀬或の『友人』に会えたら、伝言を伝える。
[備考]
手塚の遺言を受け取りました。
秋瀬或からデウスをめぐる殺し合いのことを聞きました。
(ただし未来日記の存在や、天野雪輝をはじめ知人の具体的情報は教えられていません)

【月岡彰@バトルロワイアル】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、不明支給品0~2、
警備ロボット@とある科学の超電磁砲、タバコ×3箱(1本消費)@現地調達
基本行動方針:アタシは――
0:秋瀬或の質問に答える。
1:手塚の意思を汲み、越前リョーマ、跡部景吾、遠山金太郎、切原赤也と合流する。
2:桐山クンにはあんまり会いたくないわ…。
[備考]
秋瀬或からデウスをめぐる殺し合いのことを聞きました。
(ただし未来日記の存在や、天野雪輝をはじめ知人の具体的情報は教えられていません)

【秋瀬或@未来日記】
[状態]:健康
[装備]:未来日記(詳細不明、薄らと映る未確定エンド表記)、セグウェイ@テニスの王子様
[道具]:基本支給品一式、不明支給品(0~2)
基本行動方針:この世界の謎を解く。 
0:月岡彰の答えを聞く。 
1:……。 
2:天野雪輝に会いに行く(真田の忠告に、思うところあり)。 
3:越前リョーマ、跡部景吾、切原赤也、遠山金太郎に会ったら、手塚の最期と遺言を伝える。 

[備考]
参戦時期は『本人の認識している限りでは』47話でデウスに謁見し、死人が生き返るかを尋ねた直後です。


【セグウェイ@テニスの王子様】
秋瀬或に支給。
U-17合宿に参加している高校生、種子島修二が合宿所内で乗り回していた電動二輪車。
アクセルやブレーキは存在せず、体重移動によって加速、減速をする。その速さは自転車よりやや早い程度。
ちなみに日本ではセグウェイを公道で運転することは禁止されている。



Back:Smile 投下順 化物語 ―あかやデビル―
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World Embryo 秋瀬或 Next Life
手ぬぐいを鉄に変える程度の能力/雷のように動く程度の能力 真田弦一郎 Next Life
Lonesome Diamond 月岡彰 Next Life





最終更新:2021年09月09日 19:24