化物語 ―あかやデビル― ◆j1I31zelYA


『バロウ・エシャロットは今のままでも人間として生きていける』と仮定してみよう。

そうすると、バロウが殺し合いに乗る理由はなくなる。
もちろん、殺し合いに乗る方法が、生還手段としてもっとも手っ取り早い現状。
やはり優勝を目指すのが、生き残るために堅実なのは変わりない。
しかし、少なくとも『優勝をして神の力を手に入れる』という目的は消滅する。
それどころか、天界に帰ったところで、神様を決めるバトルに出場する理由もなくなる。
アノンの能力で人間に変えてもらわなくとも、天界人のままでも、人間として生きていけるのなら。
人間じゃないバロウでも、人間の子どもとして、また母親と幸せに暮らせるなら。
また、母さんと一緒に絵を描いたり、ご飯を作ってもらったり――


「無理だよ」


幸せな仮定を、バロウは否定した。

すたすたと、すたすたと、前を向いて歩き続ける。
己が否定し、命を奪った男に背を向けて。

それは、とても幸福な仮定で、けれど仮定でしかないものだ。
現に、その理想をバロウに主張した男は、どうなった。
バロウにとっての、化け物の証明である神器に殺されてしまった。
ただの人間なのに不思議な力を持っていて、予想外の抵抗もみせたけれど、それでも結局はバロウの『力』に敵わなかった。
過程に意味はない。
結果として、そいつは死んだ。

「『力』がある限り、僕は人間ではいられないんだ」

バロウの持っていた『力』が、母を傷つけた。
声と音を奪い――心を、壊した。
それでも、バロウだって最初は人間の振りを続けようとした。
心を閉ざした母を治す為に、色々とがんばった。
耳が聞こえない母に、それでも言葉を伝える為に絵を描いて。
バロウなりにできることを全部した。
けれど、母の心は治らなかった。バロウの言葉は母に届かなかった。
どんなに人間の振りを取りつくろっても、どんなに努力しても、結果がついて来なければ、何の意味もない。
結果が伴わなければ、過程でどんなに足掻こうとも、無駄な徒労を重ねるのと同じだ。
だから、頑張っても届かない願いを、どうしても叶えようと思ったら、手段を選んでなんかいられない。




――ならば……もしも『ただの人間』が、お前を倒すことが出来れば……力は、『ただの人間』として生きるためには何の関係もないという証明が出来るな

「無理だよ。僕は負けないから」

スタスタと、地図の中央、市街地の方へと南下する。
人をまた1人殺して、目標にまた一歩近づいて、一人分だけ豊かになった支給品を抱えて。




悪魔と化した切原赤也に、およそ人間らしい思考力を期待してはいけない。

決して、知性が欠けてしまうわけではない。
例えば、テニスという試合の中で、最短手で勝つにはどうすればいいか。
それを考えられる狡猾さがある。
しかし、本来持つべき理性が働かなくなる。
分かりやすく言えば、相手を屈服させる為には、手段を選ばなくなる。その手段として、平然と暴力を行使する。
もちろん、暴力を振るうことやラフプレイをすること、イコール人間性の消滅とは言えない。
そもそも、テニスの試合は対戦相手が続行不能になった時点で勝利が確定する。
平たく言えば、相手を負傷させて棄権負けさせても、案外とまかり通ってしまう。
そのことを利用して、対戦相手を直接的に殺傷するプレイヤーだって、赤也以外にも存在する。
たとえば、危険球『サザンクロス』を用いて、対戦相手をコート外のフェンスへと磔にする、リリアデント・蔵兎座。
あるいは、ビッグバンという超威力のサーブで対戦相手を消し飛ばす、比嘉中学部長の木手栄四郎。
比較的フェアプレイを重んじる傾向が強い青学テニス部でさえも、対戦相手の腕を単純骨折に追い込んで棄権負けさせ、それを良しとしたケースがある。

しかし、切原赤也の場合は、それらのケースとは違う。
他のラフプレイヤーが持ち合わせている『どうしても勝たねばならない』という執念だとか、
『相手の実力が足りていないから対処できないんだ』とする、割り切った計算がない。
他のプレイヤーにはない、明確な惨忍性がある。
例えば、正気の人間なら『自身が大量出血を起こしているのに、その血を飛散させて敵の目潰しに使う』などという発想はとても持たない。
例えば、良識のある人間なら、既に彼我の実力差がはっきりしているのに、なおも相手を流血させ、いたぶって楽しむような真似はしない。

つまるところ、悪魔を動かしているのは、裏切った人間に対する憎悪でもなければ、悪人を粛清しようとする気概でもない。
ただの攻撃性の発散でしかない。
気に入らないものをぶっ潰す。ぶっ潰してしまえば、気に入らないものは消える。
だからこそ、道理や倫理による交渉の余地がない。

よって、現在の悪魔化した赤也が探しているのは、『八つ当たり』をする対象。
『乗っている奴には容赦しない』と口にしながらも、心根にあるのは、善悪の判断や防衛の意思ではなく、攻撃性を満たす相手でしかなかった。

だから赤也は、『ぶっ潰すのにちょうどいい相手』を探す。
その相手が、本当に殺し合いに乗っているかなど、深く考えずに攻撃する。
バールのようなもので、ガンガンと地面を打ちならして、八つ当たりをしながら歩く。
歪んだ鬱憤を抱えたまま、歩き、歩き、歩き――



――そして、その現場にたどり着いた。




そこで、『人を殺そうとしている奴』を見つけた。
にぃ、と口元を広げて、悪魔は笑みをつくった。




――違う。

『ロベルト・ハイドン』と出会いがしらに、バロウはそう思った。

現在、『ロベルト・ハイドン』として知られている少年は、実はロベルトではない。
ロベルト・ハイドンを吸収して、その外見および能力と社会的身分を奪い取った『アノン』という地獄人の少年だ。
バロウは、『アノン』としてのロベルトを見知っている、数少ない能力者の一人。
だから、バロウは携帯電話の名簿に『ロベルト・ハイドン』の名前を見つけた時、『アノン』が『ロベルト』としてこの殺し合いにいると考えた。
本物のロベルトはアノンの体内に吸収されて、アノンが吐き出そうとしない限り、出て来られないのだから。

けれど、違っていた。

「そろそろ1人ぐらい殺しておきたいところだけど、一応聞いておこうかな。君は、人間なのかい?」

バロウと対峙しての、第一声がそれだった。
どうしてだか、片手にテニスラケットを持っていた。
バロウは、首をかしげた。
最強の能力者相手に平静を保ちながらも、内心は違和感が渦をまいていた。

まず、髪が短い。
長かったぼさぼさの長髪を、ばっさりと切り落としている。
もっとも、アノンは外見を自由に変えられるから、これだけで別人と思ったりはしない。
服装も違う。
マーガレットの一味独特の、マントのような衣服ではなく、一般人が着るようなセーターとズボンを着ている。
まるで、本物のロベルトみたいな格好だと思った。
何より、威圧感が違っていた。
アノンからは、人間でも天界人でもない、異質なプレッシャーを感じていたのに。

そして、一番おかしいのは。

「僕を……覚えていないんですか?」

バロウに対して、『人間なのか』と、初対面のような言動をしたこと。
マーガレットに勧誘されて以降、アノンとは何回も会っているのに。

――ボクが優勝したら君を人間にしてあげる。そしたら君のお母さんの心の傷も癒える。
――また2人で幸せに暮らせるといいね!

にっこり笑って約束してくれたアノンは、バロウをそれなりに信頼してくれたはずだと、思ったのに。

「いや……ごめんね。どこかで会ったかな。それとも、君がカルパッチョの言っていた、新しいロベルト十団のメンバーかい?」

本当に、バロウのことを知らないようだった。どころか、話している内容もおかしかった。

(ロベルト十団? いつの話をしている?)



ロベルト十団は、とっくに植木耕助が壊滅させたというのに。
ましてやバロウたちが本戦に控えていた以上、ロベルト十団などマーガレットたちからすれば捨て駒程度の扱いでしかなかったのに。

「バロウ・エシャロットですよ。神候補のバトル参加者で、八つ星天界人の」

相手の反応を確かめる意味もあり、正直に名乗る。
証拠としてその手に“鉄(くろがね)”を宿してみせると、彼は瞳をキラキラと輝かせた。

「天界人? 驚いたなぁ。僕や植木君以外にも、人間界に落とされた天界人がいたとはね」

演技には、見えなかった。本当に驚いている。
アノンは地獄人だというのに、まるで、本当に『天界人のロベルト』であるかのように、振舞っている。
どういうことだ。
どういうことだ。

(もしかして、参加者の『ロベルト・ハイドン』っていうのは……その名前の通りの意味……?)

無邪気な声のまま、ロベルトは挑発的に言葉をかけた。

「つまり、僕とバロウ君は、いずれ神を決めるバトルでも、ぶつかることになるわけかい?」

まずい。
落ちつけ、と己に言い聞かせる。
緊迫にバクバクと高鳴る鼓動に対して、頭の中をどうにか冷却していく。
混乱に流されるな。
もっとも効果的な対処法を考えろ。

仮に、ここにいる人物を、本物のロベルト・ハイドンだとする。
どうやってアノンから脱出したのか分からないけど、とにかくロベルト本人だとする。
バロウは八つ星天界人。対するロベルトは十つ星天界人。
いずれにせよ、バロウより実力で勝る相手。
ならば、『あなたはアノンに吸収されたはずなのに』とか、下手に問いただして、刺激するのは不味い。
まして、バロウはアノンの協力者であり、アノンはロベルトを食べた相手であり――つまり、本来は敵同士の立場だ。
藪をつついて蛇を出す真似をするより、適当にごまかして追従した方がいい。

「その前に、僕からも一つ聞いていいですか、ロベルト君」
「かまわないよ?」
「君は、ここに来るまでのことを、どこまで覚えているんですか?
どうも、僕はここに来る前後の記憶が曖昧なんです」

突然に拉致されていた状況を利用して、自称『ロベルト』の認識を問いただす。
もし、ロベルトが『アノンという地獄人に吸収された』ときちんと認識していれば、厄介なことになる。
アノンとマーガレットの一味を、少なからず恨んでいるだろうから。

「ここに来る前かい? ……いや、僕も『ドグラマンションで、十団の佐野君が帰って来るのを待っていた』ことぐらいしか覚えていないよ。」

安心した。力が抜けそうになる。
佐野清一郎が、まだロベルト十団にいた時期という記憶。
地獄人は、能力や外見を吸収できても記憶までは読み取れない。
その事からも、自称ロベルトがアノンではなく、本物のロベルトだと分かる。
そして、ロベルトの記憶は、一次選考時点のそれのようだ。
記憶障害か他の要因かは分からないけれど、とにかくロベルトは、『アノンの一味』について知らない。
これならごまかすのも簡単そうだ。


「そうですか。それなら僕はまだ、ロベルト君と直接の面識がないみたいですね。
さっきの質問の答えだけれど、『いいえ』。僕は、あなたに協力するよう、マーガレット氏から依頼されて来たんですよ。
最後までロベルト君をサポートして、マーガレット氏を神にする為に」
「父さんが、僕のために……?」

どこまでも無邪気で冷淡だったロベルトに、その一瞬、胸をつかれたような表情が宿る。
マーガレットから聞かされていた情報通り。
ロベルト・ハイドンは誰も信用していなかったが、父親のマーガレットにだけは心を開いていた
そのマーガレットから紹介されたと言われれば、警戒を緩めずにはいられないのだろう。

説明した。マーガレットはかねがね、この先の戦いを勝ち抜くには十団では心もとないと思っていたこと。
バロウたち、人間界で育った天界人を見つけて、マーがーレットと裏取引を交わし、ロベルトに協力させるつもりだったこと。
裏取引の奉仕対象がロベルトでなく『ロベルトを乗っ取る予定のアノン』だという一点以外は、嘘をついていない。

「なるほどね。つまり君は、この殺し合いでもまず、僕の指示を仰ぎたいというわけか」
「うん。もし君が他の参加者を殺すというなら、ボクも手を貸したいと思ってる」
「だけど、僕はその言葉を本当に信用していいのかな。
元から味方だったと言うけれど、僕が『優勝したいから最後には自殺してくれ』と言ったら、君は死んでくれるのかい?」
「……マーガレット氏には、恩がありますから」

苦しい言いわけと知りつつも、この説明で押し通すしかないと、感情を抑える。
今は少しでも、ロベルトの警戒を解かなければいけない。
今、この場面さえ切り抜ければ、ロベルトを始末する方法もないわけじゃない。
正面からのぶつかり合いでない奇襲なら、ロベルトを殺す為の策はある。
それに適した支給品が、バロウの装備の中にはある。

「まあいいや。どのみち、こちらも協力者を増やしていたところだからね。
僕の傍で一緒に戦闘できる人材も欲しかったところだし、手を組むのもやぶさかではないよ」

どうやら、事はバロウの望む方向に運びそうだ。
共に行動できるなら、いつでも隙をつく余地はある。

「ただ、君も同士になってくれるなら、ひとつ了解してほしいところがあるんだ」
「何ですか?」
「僕は『神の力』が手に入った暁には、全ての人間を滅ぼすつもりだけれど、そこはどう思っているのかな。
まさか、植木君みたいに、人間の味方をしたりはしないよね?」
「え…………?」

『全ての』人間を、滅ぼす。
それは、つまり。



(母さんも……殺すつもり、なのか?)



アノンは、また母さんと幸せに暮らせるといいねと、言ってくれた。
アノンの夢が、地獄界の統一だろうと、人類を滅ぼすことだろうと、そこだけは確約をくれた。
けれど、ロベルトは、全ての人間を滅ぼす、と言う。
ロベルト・ハイドンは、バロウの事情を知らない――否、きっと知ったとしても、考慮しない。
バロウの母親も、例外なく殺そうとする



「ロベルト君は……人間を、恨んでいるんですか?」
「恨んでいる? 違うね、そもそも人間は滅んだ方がいい生き物なんだ」

それが立派な正義であるかのようにロベルトは断言した。

「君にも、天界人としての自覚があるなら分かるだろう? 人間が、自分と異なる種族に対してどれほど冷酷で、厳しいか。
自分たちが弱いのが悪いくせに、自分より強い生き物に出会うと『アイツは化け物だから仕方ない』とか理屈をつけて迫害するんだ。
君だって、自分の力を怖がられたことがないわけじゃないんだろう?」

バロウに、同意を求めて来た。
勝手な理屈を振りかざして、同意を求めてきた。

(悪いのは僕たち、化け物の方じゃないか……。
それなのに、コイツは自分が受け入れられないのを、周りのせいにしてる)

化け物のバロウが『力』を持っていたから、母は傷つき、心を喪った。
人間は、冷酷なんかじゃない。
母の為なら、たとえ人間が滅んだっていいと考えていたバロウだったけれど、
だからこそ、人間の愛情は心から信じていた。
捨て子だったバロウを、母は実の子同然に愛してくれた。
晴れた日には外にでて、青空の下でキャンパスを広げて、一緒に絵を描いて。
八年ほど続いた『人間』としての生活は、楽しくて、幸福で、温かかった。
あの愛情が、『天界人』には手に入らないものだとしても、
『人間の子ども』しか享受できない愛情だったとしても、本物の愛情だったには違いない。
悪いのは、人間外の力で母を傷つけたバロウ自身。
人間じゃないということが、それだけいけないことだから、母はバロウを拒絶しているのだ。

バロウには、ロベルトの考え方が身勝手なものにしか映らない。
ロベルト・ハイドンとバロウ・エシャロットの、行動理念は相容れない。

「どうしたんだい、バロウ君?」

俯き、歯を食いしばったバロウを、ロベルトは不審そうな眼で見つめる。
無理だった。ロベルトに同調する演技が、どうしてもできない。
手段を選ばないバロウにも、それだけはできなかった。
誰より大事な、母親が関わっていることなのだから。
ロベルトと協力関係を築くのは、不可能。
一時的に同盟する選択もあったけれど、仲良くする振りが難しい以上、その手段を破棄する。
単に、『神の力』を得て生還するだけではダメだ。
……母を守る為に、ロベルトだけは、絶対に生かして帰せない。

殺せる時に、殺しておこう。

「……ボクの考えを説明するに当たって、まず見せたいものがあるんです。
もう少し近くまで来てもらえませんか?」
「そりゃかまわないけど、何かな?」

ディパックを地面に降ろし、ジッパーを開ける。
ロベルトが、余裕の笑みを浮かべたまま、歩み寄って来る。
身の危険を感じても、即座に神器を出して対処できるとの自信だろう。
近距離からバロウが不意打ちをしても、“百鬼夜行(ピック)”を使えば即座に吹き飛ばせる。
“理想を現実に変える”神器は、正面からのぶつかり合いではまず負けない。
だからこその、余裕。
だからこその……油断。



「この道具が何か、分かりますか?」

ダッフルコートの袖をまくり、腕時計のように巻いていた『それ』のスイッチを押した。

――テコテコンッ

電子音のような可愛らしい音をたてて、それが起動する。
当初は、使い道のない道具だと思っていた。
しかも、説明書によると不公平是正の為に、稼働時間5分という制限がついている。
よっぽどの好機が来ない限り、不意打ちにさえ使えないと思っていた。
有用性に気づいたのは、ロベルトが『アノンではない』と理解した時だ。

「何だい、それは」

やはり第一次選考時点のロベルトには、このアイテムが何なのか分からない。
それでも警戒は覚えたらしく、数メートルの距離で立ち止まった。
問題ない。
ディパックの中から、もう一つの武器を取りだす。
己の身の丈よりも大きな、巨大チャクラム――の形をした、大剣。
説明書によると、『燐火円礫刀』という立派な名刀で、岩をも両断する切れ味を誇るらしい。
その切れ味なら、頑丈な天界人だろうと確実に仕留めることができる。
その大剣を振りかざすと、ロベルトも臨戦態勢を取った。

「“百鬼夜行(ピック)”!!」

先に動いたのは、やはりロベルトだった。
右腕を前に突き出し、“突き”の神器を出そうとする。
同時に、バロウも円礫刀をかざして地を蹴る。
そして、ロベルトの問いに答えた。

「『とめるくん』――全ての『能力』を、使用不可能にする神様専用アイテムさ」

ロベルトでなければ、通用しないアイテムだった。
全ての能力が使えなくなれば、バロウ自身の神器も封じられてしまう。
植木耕助のような、能力で劣る者に使っても意味がない。能力の優劣がなくなるだけかえって不利になる。
かといって、能力で勝るアノンにも使えない。地獄人のアノンは、能力が使えなくなっても、生れつきの超身体能力や人間を『捕食』する体質が残る。
バロウだけが力を封じられる分、かえって実力差が広がってしまう。
しかし、ここにいるのが、地獄人アノンではなく、天界人ロベルトだというのなら別だ。
能力さえ封じれば、身を守る手段がなくなるのだから。

神器の不発。
驚愕に染まるロベルトの表情。
バロウは、勝ちを確信した。

(僕は――『人間』として、生きる! 人間の子どもになって、母さんと幸せになるんだ!!)

凍りつき動作停止したロベルトの脳天に、大輪の刃を振り下ろし、



――ガキン!





「痛っ……!?」

手の甲に、撃ち抜かれたような痛みが走った。
瞬間的に、握力が抜ける。
ガランガランと音を立てて、円礫刀の大きな刀身が吹き飛び、地面を転がる。


「悪いやつ、見ぃーっけ」


狂っているかのような哄笑が、2人の立つ四つ辻、その二十数メートルばかり西方から響きわたる。
悪魔のような外見の男が、バールのようなものを振り抜いたポーズで、そこに立っていた。




そいつは、異常な容貌をしていた。

命を助けられたロベルトでさえ、第一声でこう呟いた。

「…………なんだアレは? 人間なのか?」

疑問にみちたコメントが、場の時間を数秒ばかり停止させる。

奇襲失敗に焦ったバロウも、その言葉には同感だった。
ロベルトやバロウには、己が人間でないという自覚があった。
人間でありながら『能力』を操る者も見て来た。今までも、この殺し合いの中でも。
けれど、どんな異能者だろうとも――人間か人外かを問わず――その全員が、『見た目は』人間らしい格好をしていた。
けれど、バロウを狙撃した少年は、どう見ても人間らしい外見をしていなかった。

まず、体が赤かった。
全身、真っ赤っかだった。眼球まで、赤く染まっていた。
体じゅうの血管が沸騰でもしたような、でもそんなことをすれば、どんな生物だって生命機能が停止してまうような、そんなあり得ない激しい赤さだった。
皮膚の赤に反して、髪は真っ白だった。
ストレスで髪が白くなるという話は聞いたことがあるが、発狂すれば白髪になるという話は聞いたことがない。
「ヒャッヒャッヒャッヒャッ」と、悪い薬の中毒にでもなったような狂笑をあげている。
正体は分からないが、正気でないことは疑いようがなかった。

「状況はよく分かんねーけど、そのダッフルコートの奴は殺し合いに乗ったんだな?」

しかし、当の赤い悪魔は凍りついた空気など意に介さない。

「だったらぶっ潰されても、文句は言えねーよなぁ!!」

左手に幾つか抱え込んでいた石ころを次々に投げ上げ、バールのようなもので、バロウめがけて連続で撃ちだす。
嫌な予感がした。先ほど倒した眼鏡の男と、バールを振り抜く動作が似ていたから。




「……速い!」

衝撃が走り抜け、バロウの表情が痛みに歪む。
石がバールにインパクトするとほぼ同時に、その石がバロウの左肩口を穿っていた。
先の一戦での傷口を抉られ、肩を押さえながら後退した。
後退するバロウの足元や頬を、続け様に放たれる小石が撃ち抜く。
赤い少年は二十メートルほど離れた距離から、石を拾っては撃ち、一方的に狙撃を続けていた。

(アイツ……ボクが怪我してる左側ばっかり狙ってくる!)

強打と同時に着弾するスピードで放たれた石の弾丸は、スピードの分だけ威力も強かった。
人間よりはるかに頑丈な天界人のバロウだから“痛い”とか“傷口に障る”程度で済んでいる。
普通の人間なら、衝撃で吹き飛ばされてもおかしくない。それだけの威力があった。
中距離からびゅんびゅんと襲い来る高速の弾丸が、バロウの集中力を散らす。

「さっきの根暗野郎よりはしぶといみたいじゃねーか!! けど、いつまで立っていられるかな!?」

神器さえ使えれば、瞬殺できるのに。
楽しそうな嘲笑の主に、バロウは舌打ちする。
『とめるくん』を解除すれば、“鉄(くろがね)”なり“旅人(ガリバー)”なりを使って、少年を制圧する手段などいくらでもある。
それができないのは――

「どうしたんだいバロウ君。ただの石ころに押されているようだけど、反撃しないのかな?」

――ロベルト・ハイドンが笑みを浮かべて、バロウを観察していたからだ。
『とめるくん』を解除すれば、ロベルト・ハイドンも能力を使用可能になってしまう。
神器を使って赤い少年を倒したとして、ロベルトがその隙を見逃すはずがない。
ましてや、神器同士のぶつかり合いなら、“理想を現実に変える”神器の破壊力、スピードには敵わない。

神器を使わず、少年を制圧するのは手間がかかる。その隙をロベルトは見逃さない。
神器を使って少年を殺せば、次の瞬間には、バロウがロベルトに殺されている。
なぞの悪魔男が乱入した時点で、奇襲は完全に失敗してしまった。
考えている時間も残されていない。
『とめるくん』の残り時間はあとわずか。

(この場は、逃げるしかない……!)

地面に落したディパックを拾い上げ、最後の支給品をつかみ出す。

「手榴弾!?」

驚いたロベルトもまた、自身のディパックに手を入れようとした。
バロウは安全ピンを抜き、投げる。

――ガキン!

石の弾丸が、『とめるくん』を直撃した。
どこか壊れたかもしれない、でもギリギリ間に合った。

ロベルトの方に転がる手榴弾を横目に、『とめるくん』を解除。
同時に神器『電光石火(ライカ)』を発動。バロウの足がローラースケートのような形状に変形する。
キュゥゥゥンと音をたててローラーが回転し、手榴弾から、そして赤い少年から数秒で距離を突き放す。


――ドガァァ!


間一髪。背中に爆風の熱と衝撃派を感じながらも、 濃密な煙幕に咳き込みそうになりながらも、
その白煙を目くらましとして、逃げる。
硝煙が晴れる前に、遠くへ、少しでも遠くへと電光石火(ライカ)を走らせる。


(変な奴が邪魔したせいで失敗した……。でも、次に見つけた時は殺す!
ただの人間にも、その人間を憎む奴なんかにも、絶対に負けない…!)

苦汁をなめながらも、憎悪と羨望から、決意をしっかりとかため直して。


【F-6/市街地/一日目 早朝】

【バロウ・エシャロット@うえきの法則】
[状態]:左半身に負傷 、全身数か所に切り傷、電光石火(ライカ)発動中
[装備]:とめるくん(故障中)@うえきの法則
[道具]:基本支給品一式×2、手塚国光の不明支給品0~2、
死出の羽衣(2時間使用不可)@幽遊白書
基本行動方針: 優勝して生還。『神の力』によって、『願い』を叶える
1:他参加者と出会えば無差別に殺害。『ただの人間』になど絶対に負けない。
2:皆殺し。特にロベルト・ハイドンは絶対に生きて返さない。
[備考]
※名簿の『ロベルト・ハイドン』がアノンではない、本物のロベルトだと気づきました。
※『とめるくん』は、切原の攻撃で稼働停止しています。一時的な故障なのか、完全に使えなくなったのかは、次以降の書き手さんに任せます。
(ただし、使えたとしても制限の影響下にあります。次に使用できるのは12時間以後です)
また、使えた場合、『超電磁砲』の超能力のような、天界力以外の『能力』にも効くかどうかまでは不明です。




いくら天界人でも、手榴弾の爆炎を受けて無傷というわけにはいかない。
ロベルトは、すぐにディパックを漁る。
取り出したのは盾だった。機動隊の突入にでも使われていそうな、頑丈な金属製の盾だ。
右手に盾を、左手にディパックを持ち、手榴弾から遠ざかるように後退。
ロベルトの立ち位置と逃げるバロウの中間地点に手榴弾がある以上、バロウを追うのは危険だった。

――ドガァァ!

幸いにして、爆発自体の威力は大きくなかった。
細長い盾に身を隠すようにして、爆発を回避。
そのまま耳を澄ませる。
爆発の規模以上に白煙の量は多い。けれど、その白煙の向こうに、遠ざかる『キュゥゥゥン』という音を捕らえる。

「甘いな。この距離なら、まだボクの射程だよ」


使う神器は、最強神器“魔王”。
八つ星天界人ほどの実力者ならば、6発しか打てない魔王も、出し惜しみせずに使っていい。
それに攻撃範囲の広い“魔王”なら、白煙で狙いが多少不正確だろうとも関係ない。
だが、しかし。


――“魔王”が出せない!?


『とめるくん』の効果は消えていたのに、神器が発動しなかった。
それは『とめるくん』の効果などではなく、殺し合いの会場限定の『能力制限』に過ぎなかったのだが、ロベルトは『制限』に気づいていなかった。

白煙が晴れる。既にバロウの姿も音も、その場から消えていた。

「ちいっ……!? あのダッフルコート、逃げやがった」

地団太を踏んでいる赤い悪魔っぽいのを無視して、“電光石火(ライカ)”を発動。
支障はない。今度はすんなりと神器が出せた。

(“魔王”限定で発動できなくなっている……のかな。さっきは“鉄(くろがね)”を出すこともできたし)

バロウの逃げた方向は不明瞭。
遠ざかる“電光石火(ライカ)”の音だけでは、東西南北までは分からなかった。
何やら赤い少年がぎゃーぎゃー騒いでいるが、またも無視して、電光石火(ライカ)で駆ける。
“理想的な”電光石火(ライカ)であるだけに、少年の姿はみるみるうちに点になった。

仮にも命の恩人だが、あの様子では殺人を止めようと割り込んだわけではなさそうだ。
行動はチンピラのそれに近かった。ならば、放置した方が何かしらの火種になってくれるはず。
もっとも、人間嫌いのロベルトからすれば、それだけで人間を見逃したりしないのだが
――あの少年は、人間なのかいまいち確信が持てなかった。

『とめるくん』が発動している間も、少年はあの異質な状態を維持していたのである。
ならば、あの赤い状態は少年の能力ではなく、生来の体質か何か。
素であんな異常な体質を持つ少年が人間なのかどうか、疑問が残る。
かといって、あまり関わり合いになりたくない感じの人なので、問いただすのもしたくなかった。

放置しても火種になり得る。
……ちょっと人間に見えなかった。
以上の理由から、ロベルトは『泳がせる』という選択をした。

しかし、いつまでもこうして観察に徹するつもりはない。
時刻はもう間もなく、第一放送を迎えようとしている。御手洗清志との待ち合わせ時間まで、もうすぐ半分。
『勧誘にかまけて1人も殺せませんでした』では、さすがに同盟を申し出た側として示しがつかない。
だからこそ“電光石火(ライカ)”を使って、積極的な人間探しを始める。
多少学校から離れても、“花鳥風月(セイクー)”と“電光石火(ライカ)”があれば、第二放送までに戻ることはできるだろう。


(バロウ君に不覚をとって、殺されそうになった反省もあるし……今後は見敵必殺に切り替えた方がいいかもしれないな)

同士と思えた相手の決裂に、もやもやしたものを抱えながらも、ロベルトは“電光石火(ライカ)”を加速させ、狩りに出る。


【D-5/市街地/一日目 早朝】

【ロベルト・ハイドン@うえきの法則】
[状態]:電光石火(ライカ)発動中、神器数発(寿命数年分)消費
[装備]:風紀委員の盾@とある科学の超電磁砲
[道具]:基本支給品一式、不明支給品(0~1)
基本行動方針:人間を皆殺し。『神の力』はあまり信用していないが、手に入ればその力で人を滅ぼす。
1:今までより本腰をいれて参加者を狩る。第二放送の時間に、御手洗と中学校で待ち合わせ。
2:能力を節約する為に、殺し合いに乗っている手ゴマは増やしておきたい。
3:皆殺し。ただし、寿命を使い切らないように力は節約する。
[備考]
※参戦時期は、ドグラマンションに植木たちを招く直前です。
※御手洗から浦飯幽助、桑原和真のことを簡単に聞きました。
※何らかの理由で十ツ星神器“魔王”が出せないと知りました。(能力制限には気づいていません)



化け物たちの三つ巴が解散して、そこには赤い悪魔だけが取り残された。

「……ちっ、あいつも前原と同じかよ!」

ガァン! とバールで地面を殴りつける。
ダッフルコートのチビはあっさりと逃げてしまったし、
もう1人の少年は前原圭一と同じく、助けてやったのに、礼も言わずに逃げてしまった。
悪魔の鬱憤は、まだ晴れていない。

「ん? ……これ、あいつらが落としていった武器か。なんだ、いいモノ持ってたんじゃねえか」

苛立ちがおさまらぬまま戦場跡をうろつき、少年たちの落し物を拾って、少し機嫌を直す。

ひとつは、仕留め損ねたダッフルコートが落としていった、変わった形の大きな刀。
もう一つは、セーターの少年が、盾を取りだした時に放置していった、テニスラケットだった。
少し焦げているが、地面に転がっていたおかげで逆に爆風を受けずに済んだのだろう。痛んだ様子はない。
どこかで見覚えのあるラケットだったが、思い出せないので気のせいと割り切る。

新たな獲物を得た悪魔は、にやりと笑みを浮かべ、潰すべき獲物のことを考える。


背の高い方の少年も気に入らなかったけれど、仕留めがいがありそうななのは、小柄なダッフルコートの少年の方だ。
普通の人間よりずっとタフだった。どこまでボコボコにすれば倒れるのか、試してみたい。
煙幕のせいで見失ったけれど、とにかく背の高い方と別方向に逃げたのは確かだろう。
大ざっぱな当たりを付けて、悪魔は再び、行軍を開始した。


【E-6/市街地/一日目 早朝】

【切原赤也@テニスの王子様】
[状態]:デビル化
[装備]:越前リョーマのラケット@テニスの王子様、燐火円礫刀@幽☆遊☆白書
[道具]:基本支給品一式、バールのようなもの、弓矢@バトル・ロワイアル、矢×数本
基本行動方針:思うままに行動する
1:ダッフルコートの奴は見つけしだい潰す。
2:乗ってる奴には容赦しねえ!
3:超イライラする。破壊衝動がパねえ。









しかしもちろん、GPSさえ確認しない悪魔の足取りが、正しい方角に向かうはずもない。
結論を言えば、赤也が向かった方向に、バロウはいなかった。



――その方向には、ホームセンターが、あった。





【風紀委員(ジャッジメント)の盾@とある科学の超電磁砲】
ロベルト・ハイドンに支給。
風紀委員の固法美偉が、重力子(グラビトン)事件の出動で準備していた盾。
2人分程度の人間を、ある程度の爆風から守ることはできる。

【マリリンチームの手榴弾@うえきの法則】
バロウ・エシャロットに支給。
マリリンチームが三次選考で植木チームと対戦した際に使っていた手榴弾。
爆発の様子を見る限り、内部に破片を仕込む破片手榴弾ではなく、爆風主体の攻撃手榴弾。

【とめるくん@うえきの法則】
バロウ・エシャロットに支給。
腕時計のように携帯して使用する、神様専用アイテム。
このアイテム使用中は、神器を含むすべての『能力』を使用することができなくなる。
また使用者の姿を立体映像として大きく映し出す、映写機の機能も兼ねている。
(アノンが一度、この方法で四次選考開始の放送を行った)
『うえきの法則』原作中では神候補の小林に貸し出すシーンがあるので、神器ではなく通常アイテムらしい。
本ロワでは制限の効果により、能力停止を一度使用すると12時間は使用できない(映写機の機能については別)。
また、1回の使用制限時間は5分。

【燐火円礫刀@幽☆遊☆白書】
バロウ・エシャロットに支給。
魔界整体師、時雨の愛刀。
魔界に住む野牛の骨を加工して作られた刃により、斧の破壊力と薄刀の切れ味を併せ持つ。







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Lonesome Diamond バロウ・エシャロット アンインストール
Smile ロベルト・ハイドン しあわせギフト(前編)
\アッカヤ~ン/\みずのなかにいる/ 切原赤也 対象a


最終更新:2012年09月12日 19:40