TRIP DANCER ◆7VvSZc3DiQ


愛というものの形を、見たことのあるものはいない。
愛。それは尊いもの。美しいもの。固いもの。純粋なもの。
愛。それは卑しいもの。醜いもの。儚いもの。不純なもの。
どれもこれも正しくて、どれもこれも間違っている。
愛。それは力だ。祈りだ。心の奥から湧くそれは人の数だけ形を持っていて、性質を持っている。

――あなたは、殺したくなるほど、誰かを愛したことがある?

 ◇

我妻由乃に焦りはない。
己のミスが天野雪輝たちの逃走を招いたのは確かだが、それは決して取り返せないミスではなかった。
二人のデイパックは由乃の手中にあり、彼らは殆ど丸腰で逃げ出している。
由乃が知る限りでは天野雪輝は特に秀でた身体能力もない。武器も何も持たず、この状況下で生存し続けることは難しいだろう。
もしも彼が生き残ることが出来るとすれば、それは『アレ』を持っていた場合くらいだろうが――
『雪輝日記』を開き、日記に記された未来を確認する。

【2:40 ユッキーが起きたよ!】
【3:15 ユッキーは私たちのことを話しちゃったみたい。もうユッキーったら、恥ずかしいなぁ……】
【3:40 ユッキーたちはどこかに向かったよ。どこに行けばいいのか迷ってるみたい。早く追いかけてユッキーを守らなくちゃ!】

雪輝が自分たちの過去を他人に話してしまった。
おそらく情報は次々と伝達していき、由乃は危険人物としてマークされることになるだろう。
しかし由乃は、この殺し合いで守勢に回るつもりも、こそこそと動きまわるつもりもなかった。
雪輝を殺しきれなかったのも、自分がこの殺人ゲームでどう動くべきかを決めかねていたからだ。
出会った人間は全員その場で殺す。そう決めていれば、再び雪輝に出会ったときでも、今度こそ容赦無く引き金をひくことが出来る。

こくりと頷く。すべては由乃の想定の範囲内だ。最悪には程至らない。
そして雪輝はどこに向かうかを決めかねている。これはつまり、彼には『無差別日記』が支給されていなかった――ということだろう。
雪輝の周囲で発生するあらゆる事象を予知する、単体で最広の予知範囲を持つ未来日記『無差別日記』がなければ、彼はただの中学生に過ぎない。
日記所持者によるバトルロワイアルで培われた機転や経験といったものは多少有利に働くだろうが、彼の今の状況は殆ど詰みに近い。
拳銃でも持った他者に出会えば、戦いにすらならずに死ぬだろう。

あえて、由乃が殺しに行く必要はない――そう結論付けた。
もちろん殺せる機会があるならば、由乃自身の手で雪輝を殺す。
しかし『雪輝日記』がこちらの手にある以上、雪輝はいつまでも由乃の手のひらの中だといっても過言ではない。
むしろ仲間を集めようとしているらしい雪輝は、いい撒き餌になってくれるはずだ。
雪輝が集団を作れば、由乃は彼を通じて遠隔から集団の動向を知ることが出来る。今は泳がせておいたほうが利用価値が高いと言えよう。

ならば、今向かうべきは――と、由乃は南の方角へと顔を向けた。
携帯電話に内蔵されていたGPSソフトの地図によると、この先にあるのは遊園地エリアだ。
先ほど、そこから数十人単位の大合唱が聞こえてきた。
距離が離れているために何を叫んでいるかまでは正確に聞き取ることが出来なかったものの、
名簿に記された五十一人の他には誰も居ないらしいほぼ無人の夜の街にはあまりにも不似合いな音量が響いていた。
園内放送や録音音声のように機械を通した音質とは違う、生の声だ。

本当にあの合唱が数十人の参加者を集めて行われたものだとすれば、早急に手を打つ必要がある。
自身の能力を高く評価している由乃ではあるが、さすがに数十人を真正面から相手取るのは避けたい。
声たちの目的が何なのか不明なのが多少の不安を誘うものの、ここで放置して後から致命的な結果を招いてしまうよりは、多少の危険は覚悟の上で視察したほうが良いと考える。

雪輝たちが残したデイパックの中身を整理し、由乃のデイパックへと移し替える作業を進めながら、由乃は以上の思考を終える。
由乃に焦りはない。冷静だ。その足取りにも、淀みはない。向かう――遊園地へ。


跡部景吾、滝口優一郎、神崎麗美の三人が遊園地から離れていたころ――入れ違いになる形で、遊園地内へと潜入してきた少女が一人。
氷帝コールに対し慎重に動くことを選択し、じりじりと遊園地へと近づいていたマリリン・キャリーの姿がそこにはあった。

「どうやら、あの声の主たちはどこかへ行ってしまったようですわね……」

遊園地の入り口に置かれていた園内地図から園内管理施設の場所を確認したマリリンは、他者の目に映らないことを最優先にしながら管理施設へと足を運んでいた。
戦火と共に生きてきた傭兵集団の生まれであるマリリンはこのような大型アトラクションに訪れた経験はなかったものの、
この手の大型アトラクションには施設内の警備のために設置した監視カメラを管理する場所が必ずあるという知識は備えていた。
カメラ越しに相手の数だけでも確認できればと思い来たものの、園内を監視するカメラには人っ子一人映っていない。

(……あの合唱から推測される数十という人間をこれほど速やかに、私に気付かれることなく移動させることはほぼ不可能……
 やはりあの合唱は、誰かの『能力』によるものでしょう。そういえば、植木チームには声を使う能力者もいたはず……確か名前は)

あった。マリリンが名簿を確認すると、そこには『声』を操る能力者、宗屋ヒデヨシの名前が。

「あの合唱を聞いた時点でこの方の存在を思い出せなかったのは私の落ち度ですわね……
 しかし、思い出せていたとしても私の取っていた行動は変わらなかったはず。敵を軽んじることなく、事に当たるべし、ですわ」

とはいえ、何らかの『戦い』を期待していただけに肩透かし感は否めない。
神崎麗美との勝負も、それ自体は楽しいものではあったが、鬼ごっこという勝負の形式上マリリンが求めるような戦いの実感には程遠いものであった。
麗美は形ばかりの反撃を行なってきたが、あれでは闘争のうちには入らない。
たとえ麗美が勝ったとしても、それでマリリンが不利益を被るというわけでもない。
ペナルティさえもない『遊び』では――マリリンが求める充足は得られない。

出来ることならば、次に戦うことになる相手は、自分と同等以上の戦いを出来る者だと良いのだが……と考えたそのとき。
入園ゲートを映すカメラが、桃色の髪をした少女の姿を捉えた。その手に握られているのは、軽機関銃。
あれはミニミ軽機関銃。毎分700発を超える連射性を持ち、その射程距離は最大1000メートルというスペックを誇る。
また本体の軽量化に成功したため(とはいっても、装弾時で10キロ近い重量にはなるのだが)、個人でも比較的容易に扱うことが出来る銃火器だ。
傭兵の出自であるマリリンもミニミ軽機関銃の壮絶とも言える威力は知っている。
知っているからこそ、マリリンは口の端を吊り上げ、笑った。

(私には分かりますわ……あなたのその動きは、獲物を探す動き。
 ――私に『戦い』をもたらしてくれる方なのですね、あなたは!)

迎え撃つ――そのためにマリリンは管理室をあとにした。

 ◇

由乃の姿を遠目から確認したマリリンは、すぐさま接触するか、それともしばらく様子をみるべきかを窺っていた。
園内にいる参加者はマリリンと由乃の二人だけだということは分かっている。
多少時間が経ったところで、二人の邪魔をする横槍は入らない。ならば、相手のことをもっとよく知ってから仕掛けても悪くない。
しかし――

(私の期待を裏切らないでくださいましね?)

マリリンが選んだのは、即座の強襲。
「“一秒”を――“十秒”に変える能力!」
この奇襲に対応できないような相手ならば、どのみちマリリンが求める戦いは出来そうもない。
そのときはマリリンの欲求は満たされないままに、ここで一つ死体が増えるだけのこと。
とはいえ、マリリンの能力ならばそれこそ相手が気付く前に全てを終わらせることさえ可能だ。
故に、向かうのは正面から。

「さぁ――私に見せてください、私が求める闘争の姿を!」

マリリンの姿と声に同時に反応した由乃が、その瞳をマリリンに向けた。
昏い瞳だ。マリリンがよく知る目をしている。空虚で、しかしその奥には感情を秘めた、そんな目だ。
走り、近づきながら、マリリンは怖気とも歓喜ともつかない感覚がぞくりと背を這い上がってくるのを感じる。
マリリンが振りかぶった右拳が由乃を打ちぬかんとしたそのとき、その拳を振り払うように由乃は抱えていた軽機関銃を振り回す。
能力を発動したマリリンの攻撃にタイミングを合わせることなど、至難の業のはず――しかし由乃は、ほぼ完璧なタイミングで迎撃を間に合わせた。
知らず知らずのうちに笑みが浮かんでいたことに、マリリンは気付く。

(――素晴らしいですわ!)

今相対している少女は、マリリンが求める戦士としての素質を十二分に備えている。
この相手となら――出来る。生と死の狭間を行き交う激しい戦いが。
マリリンの願いに――応えてくれる!

「お名前を伺ってもよろしいでしょうか? 私の名前は、マリリン・キャリーと申します」
「……答える必要は、ないでしょう?」

返答の代わりに由乃が放ったのは、ミニミ軽機関銃による掃射。
有無を言わせぬ超連射が、マリリンを襲う。熱を持った弾丸一つ一つが、致死の威力を備えている。
防御の術を持たないマリリンが取れる選択肢は、回避の一択しかない。
能力使用により伸張展開された世界の中で、マリリンは銃弾の軌道と直角の回避軌道を走る。
向かう先にあるのは、アトラクションの一つであるミラーハウスだ。

転がるようにミラーハウスの中に入ったマリリンは、道順などお構いなしに手当たり次第に前進した。
行く手を遮る鏡があれば粉砕し、自分がコースに合わせて進むのではなく、コースを強引に作っていく。
追うようにアトラクション内部に入ってきた由乃は、マリリンの姿を見失うことになる。
マリリンの進行コースは、割れた鏡の先にある――現在進行形で、鏡の割れる音は聞こえている。
追うのは容易だ。しかし危険でもある。ミラーハウスというこの戦場、特に視界に関して言えば何も見えぬ暗黒にすら劣る。
目の端に映る影を撃てば、それは己の影だった。目前に映る軍服もまた虚像。

「ふふふ……あなたに私が捉えられるでしょうか?」

掃討射撃の間隙に、挑発的なマリリンの声が由乃の耳を打つ。
ぎり、と歯ぎしりをしながら、闇雲にミニミの銃口を前方に向け、装弾されていた弾丸すべてを撃ち尽くす勢いで引き金をひいた。
鏡が銃弾を受け、破砕の音を立てながら崩壊していく。きらきらと輝く破片に映る姿は由乃のものだけ。マリリンのそれはもう混じらない。
見失い、無駄弾を吐いていたそのときには、マリリンはいち早くミラーハウスを脱出していたのだ。
ミラーハウスに逃げ込んだ理由は、目くらましによる仕切り直しか――再び歯ぎしりと、そして今度は舌打ちもこぼれた。

障害物となっていた鏡も割れ、出口まで一直線となったミラーハウス内を走る由乃。
由乃は安堵していた。こうも分かりやすい『敵』が相手なら何も迷うことはない。
見敵必殺。視界に入った瞬間、このミニミ機関銃で撃ち貫くのみ。

扉を出た瞬間、視界が広がる。しかしその視界の中に、倒すべき敵の姿はない。
敵の姿がないことを確認した由乃は、再びミラーハウス内に戻り思考を展開する。

敵は由乃の持つミニミ機関銃の威力を恐れているのだ。障害物も何もない開けた場所で軽機関銃に狙われ、それでもなお逃げ切ることは不可能と言っていい。
敵が由乃に勝つためには、ミニミの照準が自分に合わせられる前に由乃を屈服させるしかない。
考慮すべきは、奇襲と狙撃――こちらも身を隠しつつ、応戦していく。

考慮すべき点は、他にもあった。
まず一つ。敵は本気で由乃を殺すつもりがあるのだろうか?
ただ殺すことだけを目的とするならば、最初の奇襲からなにからもっとやりようがあるはずだ。
しかしそれをしなかった――そして、あの言動から考えるに、今戦っている人間は、戦うことそれ自体に意味を見いだすタイプの人間である可能性が高い。
だがそれならばむしろやりやすい。それだけ付け入る隙があるということなのだから。

問題となるのは二つ目のほうだ。
最初の奇襲、そしてミニミ軽機関銃による掃討射撃を回避されたときに感じた違和感。
違和感といえばいいのか――相手は、信じられないほどの速度で行動が可能だ、ということ。
ただ単なる高速移動とも違う感覚があったが、おおよそそのようなものだ、という認識でも問題はないだろう。
だがこちらは単純に、対抗手段が存在しない。体感で、こちらの五倍から十倍近い速度が出ていたように思える。
それだけの能力を有する相手に正面からぶつかったところで、ほぼ勝ち目はない。

ならばどうやって勝つべきか。冷静になれ、我妻由乃。
そして考えろ。今必要な手段は、いったいなんだ?

 ◇

(……なかなか出て来ませんわね)

マリリンはミラーハウスから30メートルほど離れた場所にあったベンチの陰から、由乃の様子を窺っていた。
この距離ならば相手からは見つかりにくく、こちらから仕掛ける際も能力込みで一秒もかからず至近距離まで近づくことが出来る。
しかし――今度は、由乃が出てくる様子がない。
単純に出口から追ってくるのではなく、入り口まで戻り別方向から攻撃を仕掛けてくるのではないかと全方位に神経を巡らせているものの、どうも相手はミラーハウス内から動いていないようだ。

臆したのか? いや、違うだろう。殺し合いのプレッシャーに狂乱したわけでもなく、ただ冷静に機関銃を撃ってくるような相手が、これくらいのことで臆するわけがない。
ならばマリリンの消耗を誘う、持久戦に持ち込むつもりか? いや、これも違う。
今プレッシャーをかけられているのはマリリンではなく、向こうのほうだ。
こちらは相手の戦力をある程度分かっている(おそらく、あのミニミ軽機関銃が主力にして最高火力)が、向こうはこちらの戦力を把握できていないはず。
それに加え、初手、そして回避時に見せた“一秒”を“十秒”に変える能力の存在は、相手の不安を掻き立てるに十分な手札といえる。
むしろ相手はこう思っているはずだ。
『もう一度あの不可思議な能力を使われる前に、ミニミ軽機関銃によって殺してしまう』のが最善手だと。
実際のところ、マリリンもそれが最善手だと思う。
神崎麗美との対峙ではスタングレネードに有毒ガスと能力を逆手に取った戦法にしてやられたが、すべてはマリリンの能力を見破れたから立てられた作戦。
まだ二度しか見せていないマリリンの能力に対し、相手が有効な対策を取れるとは思わない。

(それにしても……たまらないですわ。この、思考のリソースがどんどん戦闘に関する事項で埋められていく感覚……!)

一歩間違えれば死に至る戦場でこそ感じられる生が、ここにはある。
しかしまだ足りない、もっと、もっとと求める声が、己の内から聞こえてくるのだ。

「……まだまだ、楽しませてくれますわよね?」

 ◇

愛は力だ。とても大きな力を持っている。
だから、歪んだ愛を持つ人間は、それだけ歪んだ力を持っているということになる。
歪んで、肥大して、膨れ上がった愛は――素晴らしくもなく、美しくもない。
でもこの世界は、そういうもので満ちようとしている。


【F-1/遊園地/一日目・早朝】

【我妻由乃@未来日記】
[状態]:健康、見敵必殺状態
[装備]:雪輝日記@未来日記、詩音の改造スタンガン@ひぐらしのなく頃に、来栖圭吾の拳銃@未来日記、ミニミ軽機関銃@現実
[道具]:基本支給品一式 不明支給品0~5
基本行動方針:真の「HAPPY END」に到る為に、優勝してデウスを超えた神の力を手にする。
1:マリリンを殺す
2:雪輝はしばらく泳がせておく(出会えば殺す)
※54話終了後からの参戦

【マリリン・キャリー@うえきの法則】
[状態]:視覚、聴覚はほぼ回復
[装備]:霊透レンズ@幽遊白書
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×0~2 、
基本行動方針:装備を整えつつ状況に応じて行動
1:由乃との戦いを心ゆくまで楽しむ



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神様ゲーム 我妻由乃 少女には向かない職業(前編)
重なり合う死をかわして マリリン・キャリー 少女には向かない職業(前編)


最終更新:2021年09月09日 19:03