朱雀関所は、都から真っ直ぐ南に下った位置にある。
木製の柵がひたすら横に広がり、朱雀を模した鳥が描かれている旗が点々としている。ここが南の地域の玄関となるのだ。関所といえど、旅人が泊まる宿屋や休憩をする為の居酒屋等もあり、小さな街のように賑わっている。
この土地を管理しているは、
南雲蛟という女性だ。齢は20代とまだ若いが既に功績をいくつも立てており、率先とした機動力は高く評価されている。
本日は晴天。朱雀関所内にある馬宿で暇を潰していたが、昼時となった為役所へと戻ってきたところだった。
「南雲関所長!お疲れ様です!」
「うぃーっす。」
「南雲さま!執務室の掃除は終わりました!」
「はーい、あんがとねー。」
廊下を歩けば軍人達がそれぞれ頭を下げ、南雲を出迎える。
自らの仕事をひたむきに頑張っている彼らを微笑ましそうに見つめながら、彼女は執務室へと入っていった。
執務室には、業務で必要な道具は最低限しか置いていない。殆ど部屋を占めているものといえば―――彼女自身が討ち取った、妖怪の骨や角等だ。
さて、南雲が椅子に腰掛けるや否や部屋の扉からこん、こん、とノック音が聞こえてくる。どうぞ、と声を掛ければ、副関所長の男が入ってきたのであった。
「南雲様、ご報告が。」
「ん?」
彼は南雲の目の前に書類を何枚か並べた。南雲はその上等な紙に書かれた文字に視線だけを向けた。
文字の他に場所を示す地図と、何か生物―お世辞にも上手いとは言えない―が描かれている。
鬼のような顔と虎の胴体に、長い蜘蛛の手足が付けられているようだ。
「ねぇ、これ貴方が描いたの?可愛いね。」
「…。…そちらに書かれている地図は、華縁村の近くにある、名もない農村を示しています。」
あ、無視した。
南雲は言葉は出さなかったものの、拗ねたような表情を浮かべたのであった。
彼の話に出てきた華縁村とは、朱雀関所を抜け、更に南下した遠い位置にある村だ。そこに近い村というと、やはり遠いところには変わりない。そういえば、ここ最近は税の回収率があまり良くなかったか、と彼女は思い出した。
「この村から税金の回収が出来ていないのは、南雲様もご存知ですね?」
「うん、まぁ。」
「先日、朱雀関所内の軍人を率いてその村を訪問したのですが…」
そこで副関所長は、表情を曇らせた。そしてやや間を空けた後、こう告げたであった。
「村人が、奇病で死んでしまっていたのです。」
「……へぇ?そりゃ、お気の毒に。」
南雲はさして珍しい事ではない、といった様子だった。
朱雀関所があるこの地域は比較的暑い傾向にある。気候に左右され、作物が育たなくなると、必要な栄養が摂れなくなってしまう。また、備蓄していた食物が腐り始め、それに伴い、流行病が発生し、人々は病気になる。この連鎖は昔からよくあり、過去と比べたら収まった方だが、それでも無くなりはしなかった。
だから、彼女もまたひとつ哀れな村が消えてしまったのだと、そう思っていたのだ。
しかし、と副関所長は言葉を続けた。
「1人の村人が死ぬ前に、とある妖怪を目撃したと呟いたのです。それにつられ、最後の力を振り絞ったのか…死んだと思っていた村人達が一斉に、その妖怪の名前を口にし始めて、まるで呪いの合唱でした…」
彼はその光景を思い出したのか、今度は顔を青くし、視線を逸らす。
南雲は、問い掛けた。
「その妖怪は?」
「土蜘蛛、です。」
「つちぐも。」
南雲は眼を爛々とさせる。
楽しげに、あるいは今すぐにでも走り出しそうなその身を抑えるように、彼女は言う。
「じゃ、妖怪退治って事ね。」
その言葉に、副関所長は、またか、と言いたげにため息をついた。
南雲蛟の好戦的な性格は今に始まった事ではない、むしろ特攻兵のように戦う彼女の存在はある意味貴重だ。
現在主流な戦い方といったら鉄砲等といった飛び道具と、城の技術―俗に科学と呼ばれる―である。しかし、南雲は武器を持たない。使うのは己の肉体だけだ。弾丸のような拳と、刃のような脚…彼女の前では妖怪だけでなく、腕の立つ人間も多く倒されてきた。
己の持つ力が、どこまで届くか試してみたい。それ故に南雲は、強敵を求め続けるのだ。
だが、今の時点でその強敵と出会うのには問題があった。
「それなのですが…目撃した、という情報は他にも聞くのですが、肝心の居所が掴めないのです。」
「えーーー!?!」
執務室いっぱいに、彼女の声が響き渡る。
副関所長は一旦耳を塞いだが、ですから、と手を離し、言葉を続ける。
「胡蝶部隊を要請した方がよろしいかと…我々も手を尽くしていますが、やはり専門機関に任せた方が…」
胡蝶部隊とは、城が抱える部隊の1つで主に視察や捕縛を行う調査部隊である。
地域管理を任される山鹿部隊は必要に応じて彼らを呼ぶ事が出来るのだが、伝達手段が手紙か、もしくは直接足を運ぶしか方法がない。つまり、時間が相当かかる。
「やだよめんどい。…それなら、私が直接探しに行ったほうがいいっしょ。」
南雲はそう言うなり、早速外へ出ようと椅子から立ち上がった。
すかさず副関所長が異論を唱える。
「駄目です!貴方はここの関所長なのですから、あまり外へ出歩かないでください。万が一、何かあったらどうするんですか!?」
「万が一って、今まで何もなかったじゃーん。大丈夫大丈夫、見つけたらあんたにも手柄渡すから。」
「そういう問題じゃありません!」
「だー煩い!」
まるで母親のようだ、と南雲は苦そうな表情を浮かべる。
好戦的な性格に加えて、彼女のもうひとつの悪癖は、この突拍子もない行動である。民衆の間では先程述べたように、率先とした機動力だと美しく語られているが、内部を知る者にとってこの要素は頭を悩ませるものであった。
まず、一言断りも入れずに姿を消す。そうしてフラッと現れては、妖怪の首を手土産にして帰ってくる等は常習であった。そして注意をしても、結果的に悪者退治をしたのだと抗議し、反省はゼロ。
彼女の言う通り、万が一の事態は今までなかった。しかし今度は土蜘蛛、可能性は無いとは言い切れない。
だからここで、一旦引き止めて置きたかったのだが…
「土蜘蛛退治に行くの!決定事項!ほら、行くよ!!」
まるで遠足に行くかのように楽しげにする彼女を、やはり止めることは出来なかったのであった。
土蜘蛛退治
【第一話「朱雀関所之南雲」】
最終更新:2014年08月14日 09:09