まず南雲は件の村へと向かった。現場へ到着すると、当然ながら村人は1人もいなかった。民家や農具が綺麗に残されており、育てていた筈の食物はとうの昔に腐っていた。村の端では現場調査を行っている朱雀関所の軍人が、死体処理に追われていた。村人は小さな山のように積まれた後、火を付けられ、焼却されていた。彼らの遺品から直前の記憶を探るも、特別土蜘蛛に繋がるようなものはなかったのであった。
次に南雲は周辺地域へ聞き込みに向かった。軍人が村を訪れれば、基本的にいい顔はされない。が、南雲はそんな事は特に気にしなかった。己が行っている業務は、村人自身が身を守る為に必要な事なのだ、何も後ろめたい事はない、と。そもそも、何をしても後ろめたさを感じた事は一度も無かったのだが。聞き込みの対象は老若男女問わず、とにかく多くの村人から話を聞いた。すると、とある商人からこんな話を聞いた。
『関所を抜けてからこの村へ向かう道中、廃村を抜けたのだがそこで蜘蛛のような妖怪を目撃した。』
地図で位置を確認すると、件の村とは別の村であった。数ある廃村の中の一つである事は、南雲も知っていた。早速馬を走らせ、その場所へ向かう事にしたのであった。
「着いたーっと。」
南雲が目的地に着くと、崩れた家々と焼け落ちた木々が出迎えたのであった。
朱雀関所で纏められている情報上では、ここは山賊に襲われ、壊滅してしまった名も無き村である。時折、その山賊達がここを住処として集まってきている等という噂があるが、定かではない。また、野生の狼や狐等の獣も、何かしら餌を求めにここへ来る。
「…見事に何もねぇな、つまんね。」
適当な木に馬を繋げると、南雲は探索を始めた。商人が妖怪を見掛けたのは、ちょうど今のような夕暮れの時らしい。だが、瓦礫の下や廃屋の中を覗いても、妖怪がいた痕跡は見つからなかった。
「空振りかなぁ…」
南雲は早々に調査を切り上げようとした、その時であった。
ぎゃおん!ブルッバルッ!
突然、甲高い馬の鳴き声と鼻息が聞こえてきた。南雲が乗ってきた馬の声である。
彼女が廃屋から飛び出し愛馬の元へ向かうと、その傍らに1人の少女が立っていた。
夕日色と目も覚めるほどの赤、濃淡の差はあったが一言「赤」と表現するに相応しい姿であった。
馬が興奮している様子だったので、南雲は少女の横を通り抜け、彼を落ち着かせた。
「こらこら、弁慶!いい子だからおとなしくするんだ!」
う゛ぅ゛…う゛ぅ゛ー…
「そう、ほら、人だよ。妖怪じゃあない。」
「………」
赤の少女を正面からちら、と見れば、その双眸もまた赤かった。
不思議な雰囲気はあるものの妖怪ではないと、南雲は経験上そう判断したのであった。
弁慶と呼ばれた馬の頭を撫でながら、彼女に話しかける。
「ごめんねー、あんまりにもあんたが美人さんだったみたいで、興奮しちゃったみたい。」
「………」
赤の少女は、特に気にしていないような様子である。
「私は南雲蛟、土蜘蛛って妖怪探してるんだけど…知らない?」
「…知らない。」
彼女はそれだけ言うと、南雲に背を向けて歩き出した。
淡白な印象を受けるも、南雲はたいして気にかけず続けて言葉を投げた。
「ねぇ、なんでこんなところにいるの?生き残り?」
「………」
返答は返って来ず、そのまま彼女は歩き去ってしまったのであった。
「…幽霊みたい、だねぇ。目には見えてるんだけどね?弁慶。」
南雲は弁慶に声をかけると、ブルル、と鼻息で返されたのであった。
結局収穫は何一つ無かった為、南雲は再び関所へ戻ろうと彼の背中へと乗る。ふと、空が彼女の目へと映る。
来た頃には赤と橙が交じり合った綺麗な夕焼けが、今は夜に差し掛かろうと紫を帯びて不思議な色合いへと変わっている。
「…綺麗な空。」
唯一の収穫はこれかもしれない、と南雲は少しだけ得した気分を味わった後、弁慶の足を走らせたのであった。
土蜘蛛退治
【第二話「廃村ニテ赤之少女ト出逢フ」】
最終更新:2014年08月14日 09:10