百鬼夜行の怪

「…………」

家路を急ぐ燈華の頭を過ぎるのは、先ほどの出来事だった。いつもなら青空を見にいく廃村に、今日に限っては夕焼けを見に訪れていた燈華。
心行くまで燃えるような赤を堪能した後、そろそろ帰ろうかと廃村の中を歩いていた時だ。

「?」

村内の木の一本に、馬がつながれていた。珍しいこともあるものだ、と思った。
思って、別に気に留めるでもなく傍らを歩き去ろうとした。誰かが来ているのだろうが、燈華には別段含むところはないし、そもそも興味がない。
が、いきなり馬が猛りだしたのは少し驚いた。

「……何?」

一体何をそんなに猛っているのか、と赤い瞳で眺めていると、廃屋の中からすっ飛んできた女性が、弁慶というらしい馬を落ち着かせていた。
南雲蛟……確か、朱雀関所の所長がそんな名前だったような気もする。

土蜘蛛という妖怪を探してやって来たらしいが、心当たりはなかった。この廃村でも妖怪を見ないわけではないが、軍人が出張ってくるほどのモノは覚えがない。
だから、素直に知らないと答えた。

燈華が立ち去ってもまだ何か尋ねていたが、既に燈華の心は南雲への興味を失っていた。

蛍火 燈華という少女は、そもそもがこんな調子だ。ごくごく一部の個人を除いては、人間にも妖怪にも基本的に無関心。
世情についても、話に聞けば記憶に留めはするが、自分から積極的に知ろうとはしない。
島の歴史に至っては興味がないを通り越して完全なる無関心。

過去に何かがあったとかそういうことはなく、燈華とはこういう性格だった。




「…………」

草履が砂を食むじゃりっ、という音を微かに立てつつ、光から闇へと支配領域を映していく空の下を歩く燈華。
常なら感情の揺らぎをわずかに示すその赤い瞳には、今、警戒の色が濃く出ていた。

燈華には別段、特異な力というものはない。ただ、蛍火家の血なのか、幼い時から危険を察知する勘働きというものが優れていた。
何か嫌な感じがする、といった漠然としたものだが、今のところそれを無視して良い結果になったことは一度もない。

その勘が今、燈華に何かを伝えていた。

(何だろう……胸騒ぎがする。振り返ったら危ない……?)

察知してからは素早かった。着物の裾を捲り上げると、正面だけを見て一目散に逃走。
背後に感じていた何かの気配が追ってくるのを感じたが、ただの一度も振り返ることなくひたすら走る。
何だか、時間が経つごとにどんどん気配が増えてくるのを感じた燈華は、危機感に駆られるまま、息をするのも忘れて全力で走った。

「!」

家が見えた。まだ開いたままの扉の中に、ばっ、と横っ飛びに飛び込む。が、その瞬間に背後の気配がふっつりと消えた。

目を丸くしている祖父母をよそに、燈華は恐る恐る背後を振り返ってみる。

「…………いない」

そこには、夜の薄闇だけが広がっていた。





翌日、天気当てが得意な噂好きの友人に昨夜のことを話すと、よく生きて帰ったね、と本気で驚かれた。
何をそんなに驚くの、と尋ねた燈華だが、友人の話を聞いてその顔に本気の恐怖が浮かんだ。

友人の推測では、燈華が遭遇したのは「百鬼夜行」と呼ばれる妖怪の大量出現現象であり、普通の人間が遭遇したらまず助からないと言われているものらしい。
いくつかの条件が重ならないと発生しないが、昨夜はたまたまその条件が揃っていたようだ。
ただ、肝心の条件については未だ不明のままだという。

「…………今度から、もう少し早く帰ることにする。今日は行かない。踊りの稽古」

それがいいよ、と頷く友人であった。



なお、この百鬼夜行については害を逃れるまじないの言葉が存在するのだが、燈華も友人もまだそのことを知らない。




百鬼夜行の怪

(この島は決して優しくはない)
(人であるか、人にあらざるか)
(超えられぬ壁が、そこにある)

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最終更新:2014年08月14日 09:10