白虎関所から程近い―とはいえ大人の足でも歩いて一時間半はかかるが―大きな山。
そこの麓に、まるで門のように生えている二本の巨木。
その一方に桐彦は腰掛けていた。
「………」
光の加減で深緑にも見える黒髪は、目元までを覆い隠しその表情の変化を捉えにくくしている。
どこか退屈そうに、どこか寂しそうに足をぷらぷらと揺らしながら遠くを見つめていたが、人影がこちらへ歩んでくるのを見つけると、ぱあと明るい声を出した。
「!…帰って、きた!」
するすると木から滑り降りると、少し転びそうになりながら駆けていく。
たくさんの荷物を持った桜色の着物を着た女性…合歓の元まで駆け寄ると、嬉しさを隠し切れない声音で迎える。
「お、おかえり、なさい。おかあさん」
「ただいま、桐彦。いい子にしてた?」
「う、うん。僕、い、いい子に、してたよ」
「そう。偉いわ」
合歓が優しく桐彦の頭を撫でると、桐彦は照れくさそうに笑う。
その様子は、まるで本当の親子のようだ。
桐彦は合歓を母と呼んでいるが、二人の間に血の繋がりはない。
それどころか、種族さえも違う。桐彦は人間、合歓は姑獲鳥という種族の妖怪だ。
もともと桐彦は小さな農村で生まれた子供だった。しかし生まれてすぐに大病を患い、命は取り留めたものの後遺症として成長に異常をきたすようになってしまった。
そのせいで家族より疎まれ、厄介払いとして妖怪の多く住むこの山に捨てられたところを、山に住んでいた合歓が拾ったのが十年ほど前。
最初は合歓にさえも怯えていた桐彦だったが、今ではすっかり彼女を慕っていた。
「お、おかあさん。あの、あのね。僕、荷物、持つよ…」
「本当?ありがとう、桐彦。じゃあ、このお野菜を持ってくれるかしら」
「う、うん」
合歓から手渡された野菜を、落とさないようにぎゅっと抱きかかえるように持つ。
そんな桐彦の様子を見て、合歓は小さく微笑んだ。
「今日はね、村のおじいさんからいいお魚とお米を頂いたの。晩御飯は桐彦の好きな雑炊にしましょうか」
「ほ、ほんと?やったぁ…!ぼ、僕、お手伝い、するね…!」
「ふふ、ありがとう」
二人はしっかりと手を繋ぐと、山の奥へと消えていった。
柔らかな夕日に照らされながら。
山の親子
最終更新:2014年08月14日 09:11