青龍の鬼子と朱雀の人子

「がはっ……!!」

 尋常ではない力と共に壁に叩き付けられる。
背骨から嫌な音が聞こえたが、それに加えて全身を襲う痛みにすぐに立ち上がることは出来なかった。
這うように立ち上がろうとする男に近付くのは、赤い装束に身を纏った女。

 膝を付く男は『青龍』を背負う東条大和、迫り来る女は『朱雀』を背負う南雲蛟
男女の逢瀬というには、あまりにもかけ離れた雰囲気であった。
殺気を纏う南雲は、東条に近付くと淡々と問い掛けた。

「東条大和殿、貴方には容疑が掛けられている。見に覚えがありませんか。」
「っ知らぬ!このような理不尽な暴力を受ける覚えもな!」

 彼女の言葉を首を振って否定すると、低く構えた姿勢から南雲へと刃を放つ。
刀の軌跡は彼女が後退してしまった為に前髪を少しだけ斬り払うだけで途切れてしまった。
次に攻手を出したのは南雲、片足を上げ、彼の頭目掛け蹴りを放った。
東条は反射的に刀を前に出し防御に備えたが、まるで銃器の弾のような強烈な一撃に耐える事が出来ず、また地面へと転がってしまった。

「ぐあっ!」

 転がった勢いで、東条の被っていた軍帽も外れてしまった。
短く刈られた頭に見えるは、二つの小さな角。それは、人間には無いものであった。

「!ぐっ…」

 慌てて軍帽を取ろうとする東条の手を、南雲の足が踏み付けて止めた。
南雲は依然として冷たい眼差しを向けたまま、彼を見下ろした。

「東条大和殿、まさか身内に【忌み子】がいるだなんて思っていませんでしたよ。」

 忌み子。この国では、所謂人間と妖怪のハーフである人物に呼ばれる呼称であった。
稀に、妖怪と交わった人間から生まれる子供には人ならぬ力…妖怪紛いの特別な力を発現する者がいる。
しかし同時に、その者は周囲に災いを呼ぶと謳われており、秘密裏に始末されていたのであった。

「貴方はその特徴からして、鬼ですかね。その角に異常な力なら、納得がいく。」
「はぁ、っはぁ…!」
「同胞を排除する気分は如何なものでしたか?昇格する為には、仕方がないですもんね。」
「黙れ南雲蛟!貴方には、忌み子として迫害された者の気持ち等分かりはしない!」

 傷を負えど、手を踏まれ地面に縫い付けられても、それでも東条は屈しなかった。
彼の目に見える炎は、生涯抱えてきた罪と強い意志によって未だに燃え続けている。
現に、彼はまだ南雲蛟に食いつこうとしていたのであったから。

「俺は人と妖怪、どちらの身でもある…!だからこそ、同じような苦しみを抱える者達にとって、希望でありたい!
俺は、っ俺はこの現状を変えるために…青龍を背負ったのだ…!!」
「………」

 どこまでも優しい男なのか、と南雲は称賛と共に同情を覚えた。
それはある種の、哀れみでもあったことを彼は知らないだろう。
…しかし、同じように腹の中を見せてあげるのはまた彼女の優しさでもあった。

「南雲の一族は、私しかいません。」

 そう紡がれた言葉の意味を、東条は瞬時に理解する事は出来なかった。
それでも南雲は話を続ける。

「私は幼い頃に、妖怪によって家族を皆殺しにされました。生き残ったのは私だけ。」
「…な…」
「いえ、別にどこぞの妖怪嫌いの研究者のように憎んではいません。私は弱かったのだから、だから襲われてしまった。」

 幼少期、南雲蛟は前触れもなく妖怪の徒党に襲われ、一族は壊滅状態へと追いやられた。
親戚に当る花房八五郎…白虎関所長である彼に助けられ、蛟のみが生き残ったのであった。
しかし、彼女は妖怪を恨む事はなかった。弱い者が強い者に殺される、それは自然の摂理なのだと両親に教えこまれていたのであったから。
だから南雲は己を磨いた。己を磨き上げ、確固たる地位と力を彼女は身に付けた。
この国で、己として生き残る為に。

「私はねぇ、東条殿のような考え方嫌いじゃないですよ。いいじゃないですか、強い者が道を示すだなんて。」

 そう言って笑いかける南雲の表情は、いつもの陽気でマイペースな彼女であった。
自ら踏み付ける足を除けると、東条の手は自由になる。

「だから、ね。東条殿、分かるでしょう。」

 抱えた殺気が先程よりも増していくのを、東条は肌身で感じた。
気を緩ませればすぐにでも喉に減り込むような、それほど恐ろしい物であった。

「貴方の前にいるのは、貴方の道を阻む敵です。」
「…南雲殿…」
「忌み子である貴方が道を指し示すなら、まずは私を倒しませんとねぇ…!?」

 東条は傷付いた手で再び刀を握る。南雲はただただ楽しそうに笑みを浮かべる。





 二つの信念がぶつかり、果たしてどちらが打ち勝ったかはまた別の話。

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最終更新:2015年07月23日 22:39