本日ハ雅楼亭二テ密談義ト月光茶屋デノ合流アリ

 料遊旅館『雅楼亭』とは、星降都の繁華街に建てられている紅塗りの大きな旅館である。
多くの客人と従業員が寝泊まり出来るほど広く、また宿泊出来る部屋も多く設けられている為に上へと伸びている構造だ。
最上階付近のエリアになると、星降都を見下ろす事が出来、特に夜であると灯りがあちこちで灯っている為に星の海のような光景が見れる。
もちろん誰でも見れるわけではない、何故ならこの部屋を利用出来るのは貴族や軍人等といった、城に関わっている者しかいないのだから。

「ひゃー、初めて来たけど高いなぁ。」

 そして南雲もまた、この絶景を見る事が出来る一人であった。
紅の手摺から身を乗り出すと、繁華街の灯と飯炊きの為の湯気が闇に混じって見え、また、客寄せの賑やかな声も微かに聞こえてくる。
関所でも見られない、都ならではの風景だと南雲は思った。

「どうです?人無様もご覧になっては。」

 そう言って、座敷の中にいる青年の方へと顔を振り向かせる。
対する青年…人無黄泉は正座をしたまま、不機嫌そうに返事を返した。

「結構です、それより用件を伺いたいのですが…南雲殿?」
「あっはっは、固いですねぇ相変わらず。せっかく一等の部屋を取ったのですが、もう少し楽しんだらいかがです?」

 南雲の言葉を無視して、人無はただ黙っていた。彼女は肩を竦めると中へと戻り、赤い座布団の上に胡座を掻いて座った。
2人の目の前にはそれぞれ料理の置かれた御膳が置かれており、南雲の膳は彼女が料理を食べたらしく、ある程度量は減っていた。
しかし人無の膳はまったく手を付けられておらず、その上白いご飯はだいぶ乾燥していた。

「まずは、世間を騒がせる土蜘蛛についてのご報告を。」

 土蜘蛛、その名を聞いた瞬間、人無の目尻が少しだけ動いた。

「お伺いしましょう。」
「はい、…まず、被害のあった現場とその周辺を調査し、目撃証言もあった場所まで赴きました。」

 しかし、と言葉を続ける。

「件の土蜘蛛と遭遇する事はありませんでした。」
「…とんだ無駄足でしたね。」
「妖怪とはそんなものです、厄介な奴こそ隠れるのが上手い。」

 そう言って、南雲は二杯目の酒を煽った。
そして、視線だけを隣の遊女へと向ける。色白く、糸目で美麗な印象を受ける女性だ。

「例えば、そう…人に化けては、こうして人間の傍にいる輩もいたり。」
「!」

 南雲の言葉を聞いた途端、人無は傍らで同じように酒を注ごうとした遊女の腕を振り払った。
きゃっ、と短い悲鳴を上げて横に倒れると、その勢いで転がった徳利の酒が畳へと染み渡った。

「生粋ですねぇ、その妖怪嫌いも。」

 未だ胡座を掻いたままその様子を眺めている南雲を、人無は睨んだ。
彼の生涯は妖怪への恨みに塗れており、その執念で今の地位を確立した。
だからこそ妖怪が近くにいるという事実は、彼にとっての誤算であり、彼にとっての恐怖であった。
それを知っていて、南雲は態とからかったのだ。

「………」

 彼女がそういう性分であることもまた、人無は知っていた。
彼は立ち上がると、憎々しげな声を絞り出しこう言った。

「…私をからかう為だけに呼んだのであれば、帰らせて頂きます。」
「冗句ですって、まぁまぁ落ち着いて座ってください。」

 それでも尚座らない人無に、やれやれ、と南雲はため息をつき頭を掻いた。
地雷を踏み過ぎた自覚を感じたようだ。

「何もまったく打つ手がないというわけではないのです、力を貸して頂きたい。」
「力?」
「胡蝶部隊の八十神千鶴の力を。」
「………」

 人無は少しばかり悩んだが、ややあって答えた。

「分かりました、手配しておきましょう。」








 明くる日の昼、南雲は繁華街にある『月光茶屋』に訪れていた。
和洋が混在した奇妙な外装となっており、彼女は店先にある長椅子に座り待ち人を待っていた。

「お待たせ致しました~、みたらし団子とあんころ餅です~。」
「はーい、ありがとう。」

 フリルの給仕服を着た天色のメイドが、みたらし団子とあんころ餅を盛った皿を南雲の傍らへと置いた。
砂糖醤油のタレがでろりと皿へと垂れており、あんころ餅は黄金色の輝きを放っていた。
メイドはぺこりと頭を下げた後、再び店内へと戻る。

「…星宮家のご令嬢が、こんなところで働いてるのか。驚きだわー」

 南雲はある種感心をしながら、みたらし団子の串を取り、団子を頬張った。
ほのかな甘さが口いっぱいに広がり、その喜びに頬を緩ませた。

南雲蛟殿でいらっしゃいますか。」
「ん?」

 団子を味わっていると、南雲の目の前に2人の軍人が現れた。
どちらも軍服の胸元には蝶を模した紋章が付いており、同じ軍人であれば胡蝶部隊の所属である事は容易に分かった。

「自分は胡蝶部隊所属の佐吉であります。こちらは同じく胡蝶部隊に所属する八十神千鶴であります。」

 佐吉と千鶴は頭を下げると、南雲は片手をひらひらとさせた。

「まぁまぁそんな固くならないで、隣にどうぞ?」
「はっ、失礼致します。」

 南雲が皿を持ち上げその跡へと座るように促すと、佐吉と千鶴は横に座った。

「食べる?月光茶屋のみたらし団子とあんころ餅。」
「…あんころ餅…」

 佐吉は皿に乗るあんころ餅に目を向けると、少しだけ固かった雰囲気が視線と共に緩む。
それを見た千鶴がふんわりと笑みを浮かべ、ふふ、と微笑んだ。

「たぬちゃんはあんころ餅が好きだからねぇ。」
「たぬちゃん?」
「ち、千鶴!その呼び方は辞めろ!」

 ごめんなさぁい、と千鶴は謝るが、それでも笑みは絶えておらず反省している雰囲気もない。
佐吉と千鶴が二言三言と言葉を交わしているが、それよりも南雲は別のことを考えていた。

(たぬちゃん、たぬ………あれか、意外に狸体型なのか……着痩せするっていうのやつ?)

 答えが出てきたところで、南雲は咥えていた串を皿に戻すと2人に本題を切り出した。

「あーごめんなさい、二人共。本題忘れるところだったわ…」
「本題?」
「自分達を呼んだ理由で、ありますか?」

 うん、と頷くと、南雲は楽しげに笑った。

「土蜘蛛退治、是非協力して頂きたいのよ。」

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最終更新:2015年07月24日 22:42