そして誰もいなくなった。
★
見渡す限り暗闇はどこまでも続いている。空を仰げば満天の星星が見下ろすのみ。
男は極めてゆっくりと、周りを見渡す。
東西南北、前後左右。空を仰ぎ宙を見つめ、地面にしゃがみ砂の感触を確かめ、空気中に舞う砂塵の臭いに鼻を鳴らす。
スンスンスン…… スンスンスン……
異様。彼の姿はその一言に尽きる。
引き締まった肉体。乱暴に羽織った袖無ジャケットからはしまった腕がつきだし、剥き出しの太ももも逞しさに満ち溢れている。
顔には網がかったレースのようなものがその表情を隠し、頭の上の帽子もいささか奇妙なものだ。
呼吸に合わせるかのように突き出た突起が縮んでは伸び、また縮む。
一体何者なのだろうか。
ただ一つわかることは、彼がタダものでないこと。それは彼の身のこなしからも感じ取れるであろう
しかしその確かな実力とは裏腹に、彼の様子は異常であった。
辺りを見渡しはするも警戒してるか、と言ったらそうでもない様子である。
現状を把握しようとしているのか、と言ったら疑問は残る。
彼がした、していることはただ砂を触り闇夜に紛れる臭いを嗅ぎとろうととするのみ。
まるでこれが夢でなく、本物だと確かめているようだ。
しかし『殺し合い』が始まっている現状、それは随分と余裕溢れる態度であった。のんきであるといっても差し支えない。
彼は理解しているのだろうか、今自分がどんな立場にあるのか。殺し合い、そんなとんでもないことに巻き込まれていることが。
今にでも闇夜に紛れて殺戮者が迫って来るかもしれないというのに。
血に飢えた怪物たちが足音を殺して彼に跳びかからんとしているかもしれないというのに。
しきりに鼻を鳴らしていた男がピタリとその行為をやめた。
何をかぎ取ったのだろうか、街灯一つないこの明るさでは彼の表情は全く読み取れない。
伏せていた顔が上がり、雲に紛れていた月光がゆっくりと姿を現した時、彼の顔が照らしだされた。
口角は釣りあげられ、カッと開かれた目は血走り、歯を剥き出しにした凶暴な笑み。
恐怖におびえる? とんでもない。どうみてもその表情は真逆。
喜び、恍惚、ハングリー。残忍性に溢れるその表情。
そう、彼は充分すぎるぐらい今の状況を理解していた。
彼が呑気に見えたのは彼自身が殺戮する側だから。彼がしきりに鼻を鳴らしていたのは嗅ぎなれた臭いに酔っていたから。
爆薬と血、そして死の香りに。目の前で繰り広げられた血しぶき舞うショ―を記憶にとどめたいと彼は望んでいたのだから。
「……最高だぜェエ、神様よォオ―――!!」
殺し合いに巻き込まれた、そういった被害者意識はまるでなかった。
むしろ逆。直前まで彼は窮地に追い込まれていたのだ。
ジャイロ・ツェペリが投じた二投目の鉄球が彼に迫り、やられる! そう念じた、まさにその瞬間 ―――
そして気がついたらここにいた。五体満足。怪我なし、異常なし、ぴんぴんしている。
ほんの少し前にジャイロの鉄球が直撃し、馬に乗って乱れた息が整っている。
一体何の魔法だろうか。だが彼にとってもはやそんなことはどうでもよかった。
これはチャンスだ。
SBRレース、その道中アリゾナの砂漠で神が彼に新たな力を授けたように。これは神がお与えになったチャンスだッ!
危機を救い、死を好む殺戮の開催。SBRのプロモータ、スティーブン・スティールが一枚噛んでいるようだが、この際それはどうでもいいこと。
リベンジ! それが神が男に与えた啓示!
彼は千載一遇の奇跡を! 今自分に訪れた幸運を! そう解釈した。
と、そこまで考えて彼は自分のデイパックに眼を落す。
いつまでも恍惚に浸っていてはならない。殺る以上、準備は万端に。今度こそ奴らに足元をすくわることは絶対に避けなければならないッ
さっそく準備に取り掛かる。思考、即行動。肉体だけでなく彼は精神すら良く鍛え抜かれている。
ジャイロの鉄球の距離を冷静に推測する分析能力、地形を利用したスタンド勝負。
その冷静さも彼の魅力の一つであろう。
デイパックの中身はいたって普通。
水に食料、ライト、地図、それに磁石。スティールが口にしていた支給品とやらはスタンド能力であろう、『紙』に納められていた。
最初こそ紙を開いた途端、その中から物が飛び出してきたことに驚きはしたものの、冷静にその事を受け止める。
ちょっとのことでは動揺しない。スタンドを身につけて経験は浅いというのに。この男、やはりタダものではない。
なんとか荷物の確認はしたものの、さて困り果てる彼。
なんせ地図を開いたはいいが、ここは砂漠のど真ん中。遠目には町の光があるものの、とてもではないが手元を照らすには不十分。月や星の光ではもってのほか。
薄明かりの中、なんとか地図の右上の『砂漠地帯』の文字を確認したが、現在位置はおおむねわかってもこれではどこに向かえばいいかがわからない。
当てもなくとりあえず出発するという手もあるが、彼は決して馬鹿ではない。
自分の能力、スタンドでは圧倒的に不意打ちや面と向かっての戦いに弱い。防御力が皆無に近いのだ。となれば移動にも細心の注意を払わなければならない。
戦いはもう始まっている。ただ殺すだけではここで生き残ることはできない、そうやって自分の弱点にすら目を向ける彼の意識はまさにプロ一級品ものだ。
そしてそんな男だからこそ、運も自然と彼に向って惹きつけられるもの。いや、この場合神の寵愛を受けていると言っていいのだろう。
支給品の一つにライタ―があったのだ。これでばっちり手元を照らすことができる。なんとも幸運なことである。
地図とライターを残し彼は今一度荷物をまとめる。それが終わると、周りにだれもいないか最大限の警戒を払い、火をつけた。
シュボォオオオオオオ―――ッ
「おっと……!」
危うく火傷を負うところであった。男の予想以上にライタ―の勢いは凄まじく、周りはその暖かな火に包まれる。
男は早速地図を確認しようと、しゃがみ込み簡単に砂山を作るとその上にライターを固定する。
そしてゆっくり地図の分析に取り掛かり始めた。
―――ユラリ
彼の背後に並び立つ“何か”。だが彼は気づかない。自らが危機に陥っていることを。
熱心に地図の分析に取り組み、もはやその頭の中はジャイロ・ツェペリ抹殺計画でいっぱい。ジャイロの思考を読みとり、ジャイロの思考を分析し、ジャイロの―――
これはひとえに彼の優秀さゆえの悲劇。彼の不運はほかでもなくただ一つ、彼が“優れて”いたから。
「……ッ!?」
息ができない。身体が自由に動かせない。一体なんだというのだ。それどころか呼吸すら危うくなってるぞッ
手元の地図を放り投げ、文字通り必死で身体を動かし振り向いた彼の目に飛び込んできたのは自らの影から無理矢理つまみだされた己の分身、スタンド。
そしてそれを抑え込む異形のもの。黒帽子、黒いマント。そしてその口から突き出る一本の矢。スタンドだ……スタンド攻撃を、食らっている―――ッ
「おまえ…………再点火したな?」
並みのものならばとっくに泡を吹き、白目をむいていたであろう。絶望、諦め、恐怖に身体なんぞ動かなかったであろう。
だが彼は違うッ 最後の最後まで諦めることなんぞ彼はそんなことはしないッ
念じる。動け、我が能力。動け、我がスタンド……ッ! この変態黒マントに爆弾をたたき込み、吹き飛ばせ……ッ
放り投げた地図に触れる。能力を発動できるか。瀬戸際だ……ここで自分に負けてたまるかッ 必ず復讐を成し遂げるのだッ
彼の精神力、祈りが届いた。幸運? 人はそう言うかもしれない。だが足掻きと諦めの悪さがあったからこそ。
必死で体を動かそうとした最中で男の体は砂山を崩していた。倒れるライター。消える光。同時に闇に散っていくスタンドの姿。
助かったのだ。荒れる呼吸、締められた喉の痛みは依然そのまま。このスタンドを操る本体は近くにいるかもしれない。いや、光にひかれて他の参加者が集まってくる可能性もあるかもしれない。
とにもかくにも、とりあえずの危険は去った。ただ狙いは付けられたかもしれない。ならばすべきことは可能な限りここを離れること。
冷静な判断、瞬時の行動。彼はライターをポケットに放り込み、地図を握るととりあえず走り出した。
狙われている。あの場にいたらやられる。そう思い必死で走った。
公平を喫するため言おう。彼は不運であった。彼はあまりに不運であった。
ふと手を見つめる。なんでもない、ただ視界に入っただけ、そのレベル。
なんてことはない、ただの行為。ただ彼は見てしまった。地図に刺さっている見慣れたピンに。自分の能力によって発動するピンに。
爆弾に変える能力ッ! 必死だったのだ、彼は。スタンド攻撃を攻撃を受けた彼は反射的に反撃に及ぼうと自らのスタンド能力を発動していたのだ。
いちばん身近にあった、自らの地図そのものに。そしてその地図は爆弾になり、ピンはすでに抜け落ちていて―――
「 う わ あ あ あ あ あ あ あ あ 」
★
これは不幸の物語。理不尽の物語。
だがバトル・ロワイアル、それはまさにこの理不尽と不幸の結晶。
彼は犠牲になったのだ。不幸と理不尽の運命の犠牲に……。
だが繰り返される。この殺し合いは始まったばかり。彼のような犠牲者はこれからも増え続けるだろう。
そのためにも決して忘れてはならない、この男の不運さを。彼の優秀さが上に生んだ悲劇を。
そう、彼の名は―――――
【オエコモバ 死亡】
【残り 144人】
[備考]
A-9南西にポルポのライターが落ちています。そのほかの
基本支給品、および死体は爆発で吹き飛びました。
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GAME START |
オエコモバ |
GAME OVER |
最終更新:2012年12月09日 01:59