誇りを抱いたまま死ぬということは、一口で言ってしまえば簡単だが実践するのは何よりも難しい。
生きると言うことは、それすなわち様々なものと出会うということである。
それは、例えば家族。
それは、例えば友。
それは、例えば敵。
出会うのは決して意思あるものに限った事ではない。
むしろ意思無きものに出会う方が多いともいえる。
それは、例えば幸福。
それは、例えば挫折。
それは、例えば悔恨。
意思あるもの、意思無きものとの出会いは、その人物を変えていく。
それはあたかも大きな岩が川上から激流に流されていくかのように。
そうして削り取られていくものは、計り知れない。
やがてその生命が潰える時、『誇り』を抱いているものはこの世界の中でどのくらいいるだろうか?
それは膨大な生命の中でほんの一握りにすぎない数であろう。
それほどまでに、『誇り』を抱くと言うことは困難なことである。
ここは地図で言うところの地下A-9、アステカ地下遺跡。
ここに今、一人の屈強な男が座っていた。
その姿を見たものは確実にこう思うであろう。
この者は、只者ではないと。
隆々とした体躯に刻まれているのは、彼がどのような生き方を背負っていたかの証。
真一文字に固く閉じたその口元は、その意志の固さを現しているかのようだ。
彼の名は
ワムウ。
人間の数倍もの力を持つ『柱の男』の一人にして非常に誇り高き戦士である。
その彼は――非常に、困惑していた。
ジョセフ・ジョースターという波紋使いの男がいた。
彼は一見軽薄で何を考えているかさっぱり分からない、今まで相対した事のない男であった。
だが、その彼はワムウに負けぬほどの誇り高き精神をその胸に抱いていた。
ワムウにとってジョセフとは、今まで生きてきた途方もない長い人生の中でも類を見ない、好敵手。
その彼との戦いは、それまで生きてきた間の闘いの中でも最もすがすがしく、心地よい魂が震えるほどの闘いであった。
その戦いの果てに――ワムウは敗れた。
自らの全てを出し切った。
自分のどこにも失策などは無かった。
完璧な、敗北だった。
敗北した自分に、ジョセフは自らの血を与えて死にゆく自分への手向けとした。
その姿勢に、ワムウは最上の尊敬を抱いていた。
目も見えず、音も聞こえない首だけの状態になってしまっても、ジョセフが解毒薬を呑んだのが分かった。
そしてその時、ワムウの心を満たしていたのはこの上ない充実感と、戦士としてのけがれなき誇りだった。
――そう、そのままワムウは風になろうとしていた。
だが、ワムウは風になる事が出来なかった。
風になるどころか、今のワムウにはジョセフの波紋で失ったはずの腕がある。
火焔に焼きつくされたはずの胴がある
自らの技で朽ち果てたはずの脚がある。
今のワムウは、完全なる五体満足。
この現状に、流石のワムウも困惑を覚えずにはいられなかった。
「……何故だ。」
腕を曲げ、伸ばすと懐かしい感覚が蘇っていく。
と、同時に腕の節がコキコキと音を鳴らしたが、それ以外は特に違和感はない。
「……何故なんだ。」
ワムウは、『自分が今ここにこうして生きている』事を受け入れられないでいた。
あの時、確かに自分は風になろうとしていた。
それなのになぜ、今ここにこうして五体満足でいるのだろうか?
それ以前にここはどこなのか?
ひょっとしたらここは人間達がよく言う『天国』なのかとさえも思ったが、所詮そのようなものは幻想にすぎないとワムウはよく知っていた。
今、ワムウの前にある全ては現実であり、真実。
そこに虚構の一切は存在しない。
だがそれゆえに、ワムウの頭は困惑に染められている。
困惑しながらも、ワムウは必死に現状を整理していた。
必死に自分の記憶を漁る。
そこに何か手掛かりがあるはずだ、とワムウは信じていた。
そして――思い出した。
自分が風になろうとしていたその瞬間に、意識が黒くなったのを。
それは、『死』のそれとはまた違うものだと何故かワムウは分かっていた。
ワムウが今まで刻んできた数々の闘いが、ワムウにそれを理解させていたのだった。
全くの異質な感覚。
一万年以上を生きているワムウがただの一度も体感した事のない異質な感覚だった。
その感覚から目を覚ました時――自分の目の前には奇妙な光景が広がっていた。
そしてそこで起きた事の全てを思い出した時――ワムウの心に激しい怒りが去来していた。
「……何故、何故JOJOがっ!!」
ドン、と地面を殴りつける。
自分と同じ、あるいはそれ以上に誇り高き精神を持った男が死んだ。
否、殺された。
その現実を見ていたワムウはただ、怒った。
呆気なく死んだJOJOへの怒り。
JOJOを見せしめにしたあのメガネの老人への怒り。
そして、それらを目の前にしていた事すらを忘れていた自分自身への激しい怒りは、ワムウの身体を焦がさん程にメラメラと燃え上がっていた。
そして、JOJO他二人の死の際に言われた言葉――殺しあえという命令もまた、ワムウの怒りという炎に油を注いでいた。
「……そしてこの俺に、また生を受けろと言うのか……!!」
ギリ、とワムウの奥歯が硬く喰いしばられる。
誇りを抱いたまま受け入れようとした『死』を反故にされた。
否、虚仮にされた。
虚仮にされた上で、その誇りを嬲るかのようにまた戦えと命じられた。
その首に、下衆な首輪まで付けられて。
何よりも戦士としての誇りを重んじるワムウにとって、それはあまりにも耐えがたい屈辱。
そしてワムウはその屈辱を甘んじて受けるような男ではない。
ワムウの拳が、今まで以上に固く握り締められていた。
その拳が手近な所にあった柱に向けられた次の瞬間、そこに柱は存在せず、粉々に崩れた石のかけらが散乱していた。
「……良いだろう、貴様らが闘いを望むのならば、このワムウ心行くまで闘ってやろう……だが一つ思い違えるな。」
その眼差しは激しい怒りをみなぎらせながら、どこか冷静さすら感じさせる真剣な眼差しであった。
石柱を粉砕したその拳を天へと掲げると、ワムウは叫んだ。
「このワムウ、全力を持って貴様らと闘おうっ!!我が強敵――友とこのワムウの誇りを汚したその報い、その身をもって晴らさせてもらう!!」
誇り高き戦士の闘いが、今始まろうとしていた。
【地下A-9、アステカ地下遺跡・1日目・深夜】
【ワムウ】
[スタンド]:なし
[時間軸]:第二部、ジョセフが解毒薬を呑んだのを確認し風になる直前
[状態]:健康、激しい怒り、五体満足
[装備]:なし
[道具]:
基本支給品、ランダム支給品×1~2(未確認)
[思考・状況]
基本行動方針:JOJOの誇りを取り戻すために、メガネの老人(スティーブン・スティール)を殺す。
1.JOJO……。
2.何故自分は生きているのか?
[備考]:支給品を確認していません。
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最終更新:2012年07月19日 20:51