先日、『欲望』を題材にしたカメン・ライダーのテレビを見たんですがね。
あれが欲しいだとか、強くなりたいとか。本当に人間の欲望ってのは様々なもんです。
ですが――それを究極まで突き詰めていくと、人間の、と言うより生物の欲望・欲求ってのは――

『睡眠欲』と『性欲』そして『食欲』
と……この三つに絞られるそうです。

では、ここで質問。欲望の対義語ってなんだと思います?
俺はね、『意思』だと思うんですよ。欲望の逆ってのは。
自分の本能的な欲求を確固たる意思で押さえ込む、あるいは、固く決意した意思に反して本能的な行動をとってしまう、と。

で、今回はその『欲望と意思』に関わる話を一つ、みなさんにお話しましょう。
この対極に位置する二つの言葉。何が一番厄介だって、そりゃあ『欲望と意思が同じベクトルを向く』ということ。そんなお話。では――

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彼の名は東方良平。職業は警官。だけども出世とは無縁の、警察官というよりはお巡りさん。
右手には懐中電灯。肩にはデイパック。道路の真ん中を堂々と歩いています。
まあ当然といえば当然でしょう。殺し合いなんか肯定できません。職業柄、その心に宿る正義、あるいはその両方。
とにかく誰か人間……被害者を見つけて保護、また殺し合いに肯定的な人間は説得する。そのために宵闇の中を一人行きます。
主催者に対する法的措置はその後。犯人を逮捕するために人質の安全は二の次、そんな事は絶対にできません。

彼が飛ばされた場所は地図でいうとE‐7。どういう運命か杜王町に――杜王町に限りなく近い場所に飛ばされたのです。
まずは支給された物品の確認。だってそうでしょう、行動方針なんか考えるだけ無駄。分かりきってますから。
地図を見てしばし呆然。『ドノヴァンのナイフ』と書かれた紙を開いて唖然。自分の常識からは想像できないことが立て続けに2連発。
いや、殺し合いという場に放り込まれたこともカウントするなら3連発ですか。まあとにかく驚きっぱなし。
それでも疑問はとりあえず置いておこう、今は目先の被害者を保護しよう、そう考えられるあたりは流石という所でしょうか。
ナイフはデイパックにしまいました。犯人を、あるいは被害者を刺激するような原因は少しでも減らすべきですから。

人っ子一人いない大通りを抜けてたどり着いたのは杜王駅。彼にとってもなじみ深い場所です。
で――見つけました。参加者を。
いや、言い直します。デイパックを見つけました。つまりその周囲に参加者がいる、少なくともいた、ということです。

もちろん警戒はします。だってそこに死体が転がっているかもしれないし、あるいはその死体を作り上げた犯人がいるかもしれないし。
でも、警官がそんなところで立ち止まる訳にはいきません。
まずはデイパックそのものを。そしてその周囲を懐中電灯で照らします。人影や足音はありません。
慎重に、それでいて忍び足というコソコソした感じはなく、一歩一歩近づきます。

と――その時。チクリとした感触が左ふくらはぎを襲います……襲うというと大げさですが。とにかくちょっとチクッとしたんです。
最初は何も思いませんでした。極度の緊張などから筋肉が不意に伸縮したりして痛みを発生することは珍しいものではないのです。
だけど、その傷口がだんだんと痒くなってきました。足も心無しかフラついてきました。こうなるといよいよ無視し続けてはいられなくなります。
周囲への警戒はそのままに、膝を折りたたんでしゃがみ、痒みの発生源に目を向けました。

するとどういう事でしょう?身体だけならまだしも、ズボンまで溶けたようにグズグズになっているではありませんか。
傷口にライトを当てるとかぶれたように皮膚が爛れて嫌な臭いが鼻に届いてきました。
えっ!?どういうことだ?と、そう思う間もなく次の『チクリ』がありました。まさに不意打ち。一瞬の出来事でした。
場所は顔……多少格闘技に精通している人なら『人中』と言えばわかるでしょう。
顔面の正中線上、鼻の下と上唇の間に存在するツボであり急所。ここを正確に、思いっきり殴ると最悪の場合命に関わります。
もっとも、東方巡査はそんなことを知る前に顔が、脳が溶けきってしまってこの世を去ってしまったのですが……

彼の黄金のような意思は、ゲーム開始から一時間もしない内に消え去ってしまったのです。

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彼には名前がありません。特徴としては右耳に大きな傷があること。
彼には意思もありません――というのは大きな間違いです。確かに彼の意思はちっぽけなもんですが、厄介なことに本能と同じ方向を向いています。
つまり自分の欲求を自分の意思で満たそうとしているのです。すなわち、行動に迷いがなくなる訳です。もっとも彼に『迷う』なんて縁のない言葉ではありますが。
デイパックは必要ありません。中に入っていた小さなパンを食い尽くしたあとにその場に放置しておきました。
ですが彼はバカではありません。このデイパックを『餌』として『釣り』をしていたのです。獲物に針を引っ掛けるところまで釣りそっくり、なんて。
最初に引っかかった獲物は脂乗りは良くないですが肉付きはほどほど、食べごたえのあるサイズ。
対象が絶命したのを確認した上でもう5、6発と針を打ち込んで食べやすいようにその肉を溶かします。
1~2分も待てばもう食べごろ。消化にも良いトロ~リとしたペーストの出来上がり。早速彼は目の前のご馳走にむしゃぶりつきます。

もう一度言いますが、彼は決してバカではありません。むしろそこらの人間より頭がいいかもしれません。
主催者の話は聞いていました。人語を理解できるわけではありませんが、周囲のざわめき、血の臭い。ちゃあんと把握していました。
要するにここにはざっと百食を超えるご馳走が転がっているということです。きっちり理解できました。
警戒するのは『白コート』と『変な頭』だけ。その二人の人間にだって決して負ける気はしません。

ですが……ここで『よし、やってやるぞ』と思わないあたり、いかに彼の欲望が大きく、意思がそれを的確にサポートしているかがよくわかります。
要するに、腹が減れば食うし、眠くなれば寝る。ちょっといいメスがいれば襲う。それだけなのです。

彼が持つ強力な欲望は、ゲーム開始から一時間もしない内にその第一歩を踏み出してしまったのです。

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いかがでしたか、欲望の行き着く先。そんなお話でした。
え?……ああ、そういえば自己紹介がまだだったか。
えーと、はじめまして――いや、『久しぶり』という挨拶はここですべきではないと思う。
俺の名前?そんなもんはどうだっていいだろ。そこを聞きに来たんじゃないでしょ?

俺は……そう、ただの語り部だよ。
コウイチ君、いや――広瀬じゃなくて麦刈の方の。そう、そんな感じで考えてくれれば。

で、もう一度言うけど。ただの語り部なんだ、主催者とも参加者とも関係はない。だがこのバトル・ロワイヤルには大きく関わっている。
君たちだってそうだろう?ま、このへんの話はまたいずれ、ね。

近いうちまた話をしよう。まあ俺の話を聞くかどうかも君たち次第さ。それじゃあ――



【東方良平 死亡】

【残り 145人】


【D‐8 杜王駅・改札前 / 1日目 深夜】

虫喰い
[スタンド]:『ラット』
[時間軸]:単行本35巻、『バックトラック』で岩陰に身を隠した後
[状態]:健康。食事中
[装備]:なし
[道具]:自分のデイパック(パンを食べた以外は手つかず・不明支給品1~2)、良平のデイパック(不明支給品残り0、他は手つかず)
[思考・状況]
1:食う……サーチ・アンド・デストロイ
2:寝る……適度に休む
3:子供を産む……縄張りをちょっと広げてみようかな

[備考]
杜王駅改札前にデイパックが2セット、放置されています。内容は以下のとおり
1:虫喰いの支給品:不明支給品1~2、パン消費、その他は手つかず
2:良平の支給品:基本支給品一式、ドノヴァンのナイフ、不明支給品の残り数は0です。
まだ虫喰い本人(?)が近くにいるので所有している道具として表記しています。

東方良平の参加時間軸はアンジェロのニュースを見た直後からでした






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最終更新:2012年12月09日 01:58