泣いていたのだろうか。
 或いは嗚咽していたのだろうか。
 声を出した意識はないし、涙が出ていたかも分からない。
 茫然自失、という言葉があるが、その四文字は確かにこのときのぼくを現す最適な言葉だったろう。
 それでもその四文字だけで、ぼくに空いてしまった心の空洞を、そのどうしようもない大きさと空虚さを表現は出来ていない。

 ジョジョ…。

 唇から音の欠片が漏れ出ていた。

 漏れ出る言葉は、砕け散った心の輝き。
 "ジョジョ"が死んだ。
 目の前で、わけも分からぬまま殺された。

 たった今、ついさっき、僕の心に希望をもたらしてくれた、彼が、死んだ。
 ジョルノ・ジョバァーナ
 一度はぼくがチームを"裏切り" ――― けれども"赦された"組織、パッショーネの"新しいボス"。

『――― ぼくのことは、これから"ジョジョ"って呼んでくれないか』
『ボスっていうと、どうしてもディアボロと被るし、これからは色々とイメージを一新したいんだよ。簡単で言いやすいだろう?』

 他愛もない軽口のようでいて、だというのに有無を言わせぬ空気があった。
 それでも、なんだか妙に馴れ馴れしい感じのするその呼び方を、ぼくはそう簡単に口には出来なかった。

『君の良くないところは"そこ"だよ』
『君は"裏切った"とぼくらが思っているだろうという計算をして、先回りしてそういうことを言っている ――― 心にもないくせに』

 ぼくが自分自身を"裏切り者" と言ったときに、ジョジョはそう返してきた。

『あのときもそうだった ――― ギャングの社会的にはこういうのが当然、みたいなことしか言わなかった。君の気持ちはどこにもなかった。世間常識に倣っていただけだ。しかし』

 決して鋭くもなければ威圧的でもない、むしろやわらかと言っても良い眼差し。
 けれどもその視線が、何よりも深くぼくに突き刺さっていた。

『実のところ、きみはその世間常識というのが大ッ嫌いなはずだ』

 震えたのは、怖かったからだろうか? それとももっと別な何かが、ぼくの心の中に波紋を打ったのだろうか?
 いずれせよ、彼はぼく以上にぼくを分かっている。いや…誰かがそう言ったように、彼自身はぼくを見事に映し出す鏡のような存在だからかもしれない。
 そう。"ジョジョ"はぼくの薄っぺらな外面の中にあった、真実の姿を露わにし、そしてそれで尚、"半歩"踏み出してくれた。


「なあおい」
 不意に、ぼくのうしろから声がした。
「オメーがそーやってだだっ広い広場の真ん中でバカ面晒していやがるのは、『俺の皆殺しスタンドは無敵だから、どこからでもかかってこい』っつー自信からか?
 それとも、その間抜け面そのものに、本物のバカになっちまったからなのか?」
 皮肉めいたその声に、決して驚いたわけではなかった。
「ムーロロ…。ジョジョが…ジョルノが死んだ……」
 ぼくは振り返りもせずそう答える。
 少し前から、小さな何が動き回るカサカサという音がしているのには気付いていた。
 その音に聞き覚えがあるし、またこの声やしゃべり方もぼくは知っている。
 カンノーロ・ムーロロ
 ボルサリーノ帽を斜に被り、仕立ての良いスーツ姿の伊達男ぶりが、まさに「一昔前のギャング」そのものの男。
 パッショーネの情報チームの一員で、ぼく達がトリッシュの護衛を引き受ける原因であった、裏切り者の暗殺チームに情報を売っていた。
 (本人は、そのときはリゾット達が裏切り者だとは知らなかったと言っているが)
 そのためぼく同様に、ジョルノがボスになってからの"裏社会の浄化"のための新たな任務、麻薬チームの後始末を共に受けることとなったメンバーの1人だ。
 カサカサと動き回っていたのは、トランプと一体化する事で発現する彼のスタンド、〈オール・アロング・ウォッチタワー〉。
 『劇団見張り塔』を自称し、「求める事実」を明らかにする、遠見の技を持つスタンド。
 その寸劇じみた滑稽な演目には面食らったが、それでもこのスタンドの能力で、ぼくらは追っている麻薬チームの居所を追跡できた。
 ぼくの返答に、ムーロロは暫く反応しなかった。
 やや間があって後、再び声がする。
「――― ハッキリさせておかなきゃなんねーがな。
 一つ。これから先のやりとりで、決してオレの名前を口にするな。
 二つ。オレは姿を現さないし、オメーの近くにもいかない。
 三つ。とにかくその間抜け面を引き締めて、どこか物陰に移動しろ」
 そう言うと、わらわらと周りを遠巻きにしていたらしいカード達の気配が遠のていく。
 応じて、ぼくの脚はようやく意志と目的を伴って動き始めた。

 その数分後。ぼくは、バルベリーニ広場のトレビの泉が見える、道路沿いの店の中にいる。
 ムーロロの言に従って身を隠したのだ。
 鍵は掛かっていなかったが、中には誰も居ない。完全に無人の、がらんとした寒々しい店内。
 暗殺チームの追っ手、鏡のイルーゾォを思い出す。
 鏡に映った相手を、自らの作りだした『鏡の世界』へと、自由に閉じこめるスタンド。
 ここは左右が逆転しているわけではないが、まさに本物のローマから切り取られた鏡の世界のような、生命無き箱庭に思える。
 或いは……あの、亀。
 暗殺チームから逃れる為、フィレンツェ行き特急で身を隠すのに利用した"部屋を作り出す"亀のように、スタンドで疑似的に作られて異空間……。
 そういう不自然さが、ここにはある。
 ぼくがトレビの泉の前で突っ立っていたときも、本来ならして当たり前の、他の人間、生活の気配はまるで無かった。
 勿論、彼がさっき言ったように、「どこからでもかかってこい」等と言う挑戦的な意図があって、あそこに突っ立っていたわけじゃない。
 茫然自失。まさにその言葉通りに、ぼくは何もまともに考えられず、ただ無意味に歩き、又足を止め突っ立っていたのだ。
 遠隔攻撃スタンドの使い手や、或いは射撃の得意な奴に狙われたらどうするか? 当然そういう事も意識の端にはあった。
 あったが、それら当たり前の危機感すらも押しのけてしまう衝撃を、ジョルノの死がもたらしていたのだ。
「ジョルノが死んだ ―――」
 意識せず、ぼくはまたその事を呟いていた。
 これは既に、言葉ではなかった。
 会話でも、独り言でも、うわごとでもない。
 ぼくの中の砕けた光の欠片が、行き所を無くしてただ口から漏れ出る音となっているに過ぎない。
「――― 間抜け面は引っ込めろ、っつったよな? ええ?」
 ムーロロの声がする。
 苛立ちとも皮肉ともとれる声の響きだが、ぼくの心はさして反応せず乾いたままだった。
「状況は、分かってるんだろうな? 今のこの状況を、な」
「ジョルノが死んだ ―――。
 それだけだ」
 今度は、言葉として明確にそう言った。
「ディアボロが死に、新たにボスとしてジョルノが姿を現し、パッショーネは再編された。
 敵はかつての裏切り者の残党、或いはパッショーネの敵対組織……考えられる可能性はいくらでもある」
「――― 誰だと思うよ?」
「分からない」
 そう、何も分からない。
 ジョルノと一緒に殺された2人の男は何者なのか? 何故ジョルノを始末しておきながら、残った百数名に殺し合いなどを命じたのか?
 あれだけの数の人間を一瞬にして集めてしまうスタンドなどあり得るのだろうか? いや、それは本当にスタンド能力なのかすら、ぼくには分からない。
「……ベネ。まだちゃんと頭は働いているようだな。
 ああ、オメーの現状認識は正しい。
 姿を現したボスに、誰かが攻撃を仕掛けてきた ―――"かもしれない" が、勿論"そうじゃないかもしれない"。
 手持ちのちっぽけな情報だけを頼りに、勘違いした現状認識で先走った行動に走る、ってのは、こういうときにゃ最悪の悪手だ」
 ムーロロの言うとおりだ。
 彼は人格的には些かクセのある男だが、流石情報チームの一員だけあって、鋭い。
「とにかく、今ハッキリしてるのは、オレ達の"ボス"が、"殺された"。その事実。
 そして"ボスを殺した何者か"は、オレ達全員にこんな首輪ハメやがって、あとは勝手に殺し合え、とか舐めた事を抜かしてやがる。
 だからまず、そいつを一番において行動しなきゃならねぇ。
 ボスが死んだら得をする奴、我こそはとパッショーネを牛耳ろうと ――― 或いは潰しにかかろう、乗っ取ってやろうとする奴。
 かつてのディアボロみてーな野郎や、或いはその残党で地下に潜った奴………。
 "誰がボスの敵で、誰がボスの味方か"
 "誰がパッショーネを裏切り、敵対し、誰が忠誠を誓っているか"
 そいつが重要だ」
 淡々と、しかし明確にムーロロが告げる。
 そうだ。ムーロロは正しい。
 誰が敵で、誰が味方か?
 ミスタはどうだろうか。もし居たら、当然ジョルノの仇を取ろうとするだろう。
 シーラ・Eは? ジョルノに対してまっすぐ過ぎる思いを抱いている彼女は、どれほどの衝撃を受けただろうか。
 会ったことはないが、ミスタの言っていたポルナレフという人物は? ミスタ曰く、実質上のNo2という話だが、果たして信頼できるのか……?
 他にも、パッショーネのメンバーが集められているかもしれない。いや、パッショーネに関係する外部の人間も考えられる。
 例えば、僕の知らないうちに強い結びつきを持ったらしい、スピードワゴン財団なんかも関わっている可能性はある。(だとしたら、ジョルノ以外の殺された2人も、もしかしたらスピードワゴン財団関係の人間なのか?)
 それよりも、トリッシュ……。彼女だって攻撃の対象とされていないという保証はない。
 今挙げたのは全て、ただの憶測であり可能性だ。
 それらを確かめるためには、まず ―――。
「……他の人間に、会わないといけないな……」
 とにかく、情報が足りない。
「そう、それよ。
 オレのスタンドはあまり戦闘向きじゃねぇ。だから姿を現す気はねぇし、しばらく、潜るぜ。
 その代わり、オメーがそれをやれ。いざとなりゃ、"皆殺し"にだって出来るんだろ? オメーのスタンドはよ」
 確かに、出来る。実に危うい、諸刃の剣の様な能力だが、それでも昔よりは抑制の出来る僕のスタンド、〈パーブル・ヘイズ・ディストーション〉ならそれは出来る。
 「ほどほどに手加減することで」相手を確実に殺せるし、「全力を出して戦うことで」より凶暴化したウィルスを共食いさせて、致命傷に至らせずに相手を打ちのめす事も出来る。 
「分かった」
 逡巡無く、自分の思っていた以上に明瞭に、ぼくは答えていた。 
 ムーロロはそれに答えず、今度はぱたぱたとカード達が現れ、すったもんだの挙げ句に、『……コロッセオ……』 と言ってぱたりと倒れる。
〈オール・アロング・ウォッチタワー〉が予言をするときの、いつもの寸劇だ。
「拍手をしろよ。じゃねぇとこいつらやる気を出さねぇ」
 控えめに拍手をしつつ、
「今のは…?」
 姿を見せぬままのムーロロへ問う。
「…いいか、その近くに、パッショーネの人間がいる。そういう"事実"だ。
 オレの〈オール・アロング・ウォッチタワー〉は"事実"しか反映しねぇ。掛け値無しの、な。
 だが……」
 そこで、今までとちょっと調子の違う、悩ましげとも言える陰りが声に現れる。
「オレ達の知っている限り、そいつは死んでいるはずだ。誰か、は聴くなよ。それを今言うと、オメーは先に余計なことを考えすぎちまう。
 だが、そいつは間違いなく、事実としてコロッセオの近くに居るし、そして俺達の知っている情報じゃ、死んでいるハズなんだよ」
「……一つだけ確認させてくれ。
 ボ…ディアボロ……ではないよな?」
「……ああ、奴じゃあねぇ。そいつだけは言っておく。そして元々は ――― "ボス"の味方だったハズの人間だ」
 情報では死んだはずだが、生きている。とすれば、死を偽装した誰か ――― そして、本来なら"ジョジョ"の味方だったハズの人間 ―――。

 ぼくの心臓が、どくりと大きく鼓動した。


『去っていった者たちから受け継いだものは、さらに先に進めなければならない。それは僕らの責任だ。神〈ディオ〉のように気に入らぬ者を破壊するのではなく、星〈スター〉のようなわずかな光明でも、それを頼りに苦難を歩いていかなければならないんだ』
 ぼくの震えは、既に止まっていた。ただ静謐で、誇り高い気持ちだけがあった。
 ぼくは誓った。
 この命も、この存在も全て、"ジョジョ"の為、その気高き夢のためにある、ということを。
 身も心も魂も、その全てを彼の未来、彼の希望に捧げることを。
「ぼくはあなたのものです。我らが"ジョジョ" ―――」
 彼の手を取り、誓いの口づけをした。
 カーテンの隙間から、朝の光と教会の鐘の音がぼくらの居たリストランテへと入りこんできて ―――。
 暗転する。

 そのときの気高さと、その後の絶望を、ぼくはかみしめて思い出す。
 "ジョジョ"の死を、ぼくはまだ受け入れ切れては居ない。
 それは自分でもよく分かる。
 暴発しないでいるのは、ひとえに彼のその言葉故だ。
 ぼくのこの身は、彼の夢に捧げた。
 だから彼が去っていったとしても、ぼくは生きている限りそれを受け継ぎ、さらに先に進めるのだ。
 有り得ないローマの街並みを歩きつつ、ぼくは星空を見上げる。
 その微かな光明と満月の照らす、彼の残した希望。苦難の道を辿るために。

★ ★ ★

 誰も居なくなったトレビの泉に、大きな満月が映り込んでいる。
 あふれ出る水に水面が揺れ、ゆらゆらと揺らめきながら姿を変え続ける満月の姿。
 その奥に、微かに見える小さな影は、夜の闇も相まって、よほど目をこらし覗き込まないと確認することは出来ないだろう。
 亀である。小さな、全長30㎝にも満たないであろう亀。奇妙にも、甲羅の真ん中に大きな鍵がはめ込まれている。
 かつて、ブチャラティのチームが、トリッシュを護衛する際に利用した、「鍵をはめ込むことで内部に他者の出入りできる擬似的な居住空間を生み出すスタンド能力」を持った亀、ココ・ジャンボだ。

 ちょっとばかり豪華だが、シンプルで飾りの少ないリビングを思わせる内装のその一室に、1人の男がいる。
 カンノーロ・ムーロロ。
 情報チームの一員。
 ディアボロと、裏切り者の暗殺チームとの闘いの際、そのどちらにもいい顔をして、情報を売っていた男。
『組織を裏切り、"ボス"を倒す』 と宣言したブチャラティ達と袂を別ったフーゴよりも、よほど恥知らずな裏切り者だった男。
 居心地の良いソファーに深く腰を掛け、ぱらららら、と、手元で器用にカードを弄びながら、何処を見ているのか分からぬ空洞の目で、ムーロロは考える。
「……まさかよォ~~~~。"裏切り者"のフーゴの野郎が、オレの事を知っていたとはな~~~。
 意外っちゃ意外だが、考えてみりゃあいつは元々ブチャラティのチームに居たわけで……ってーと、"真のボス"の"ジョルノ"とも近かったワケだよなァ~~~~。まぁ、おかげで話の通りが早くて助かったって考えときゃあいいか」
 カードを弄ぶ手を一旦止める。
「それに……"裏切り者"だったハズのフーゴが、あそこまで"ボス"に忠誠心があったって~~のも、意外ではあるよなァ~~~。
 どういう心境の変化があったのか知らねーが、ありゃあイッちまってやがる……。本気で"ボス"に心酔している目だ……」
 その死を直接目撃したことがその一因か、とも考える。しかし実際に何があったのかは、ムーロロには分かりようがない。
 もとより、ムーロロが持っている情報では、パンナコッタ・フーゴは「キレると凶暴な本性と"敵を皆殺しに出来る"スタンド能力を持つ、元・お坊ちゃんの優等生。ブチャラティチームを裏切り逃げていた男」程度のことしか分かっていない。
 フーゴの事も知らなければ、フーゴとジョルノの結びつきも分からない。
 そう、分かりようがないのだ。
 ――― ムーロロは、まだ直接ジョルノ・ジョバァーナと会った事が無いのだから。

 リゾット・ネェロと、ディアボロとの闘いにおいて、密かにその両者の間に居たのが、自殺した幹部、ポルポの部下だったブチャラティのチームだ、という事が知られたのは、まだ最近の事になる。
 パッショーネ内部で一般に知られているあらましはこうだ。
「暗殺チームと、組織の裏の幹部の1人だったらしいディアボロという男の間で内紛があり、ボス直属の親衛隊までがそこに関わっていた。
 あまりに大きなもめ事になったため、今まで姿を隠し続けていた"ボス"である"ジョルノ・ジョバァーナ"が、新入りを偽装してブチャラティのチームに入り、その両者を粛正。遂に表だって実権を握ることになった ―――」
 怪しいものだな、と、ムーロロは思う。
 ディアボロという男(名前を知ったのは死んでからだ)が、ボスに近しい位置にいた、というのは分かっている。
 暗殺チームが麻薬の利権目当てに裏切っていた事も掴んでいるし、あいつらがあの当時、何かを追跡しようとしていたのも分かっている。(秘密裏の依頼を受け、おそらくは追跡の手がかりであった、焼かれたサンタ・ルチア駅前の写真の復元したのはムーロロ自身だ)
 情報が錯綜しているし、全容を掴むのは難しい。
 だが、真のボスがあんなガキだったなんて、そう易々と信じることはできない。
(実は奴が真のボスを倒して成り代わったのか、或いは真のボスからその座を受け渡され、それに反対していた者を秘密裏に粛正したのか……)
 何れにせよ、真相は闇の中である。
 それでも、ムーロロにとって最も重要なのは、写真でしか見たことのないジョルノ・ジョバァーナと、元ブチャラティチームの生き残りグイード・ミスタ
 ディアボロとの闘いの際に関わったとされる一切の情報も無く姿も現さない謎の男、J・P・ポルナレフ。
 この3人が、実質現在のパッショーネを牛耳っている、という事実。
 そしてその中で ――― 今回その新しいボス、ジョルノを殺し、オレ達を浚ってきた"敵"も含めて ――― どう立ち回れば自分が得をするか。
 その一点に集約されている。

 ムーロロはここに連れてこられる直前、グイード・ミスタに呼び出され、"ボス"、ジョルノ・ジョバァーナと会う手はずになっていた。
 オレも粛正されるのか、との危惧はあった。
 ムーロロが"ボス"と敵対していたリゾット・ネェロに情報を売っていたのは事実。
 勿論そのとき暗殺チームが付け狙っていたのがブチャラティチームだなんて事は知りもしなかったが、これが何かしら"ヤバイ"ネタだというのは、報酬額や奴らの態度からも分かっては居た。
 ムーロロは、誰のことも信頼していないし、誰とも心から通じ合っていない。誰がどうなっても構わないと思っている。
 だから、自分が誰かを裏切り、或いはその結果誰かを死に追いやってしまおうと、知ったことではない。
 彼自身の中身は、空虚で伽藍堂だった。
 彼のスタンド、〈オール・アロング・ウォッチタワー〉同様、吹けば飛ぶようなトランプタワー。
 分裂した、歪に捻れた寸劇を繰り返し、笑えもしないコメディを繰り返しているのだ。


 フーゴには、ハートのAと2を貸し与えて供をさせている。連絡用であり監視用でもある。
 他のカード達も、半分は辺りに散開させ、情報収集をさせている。
 表向き、〈オール・アロング・ウォッチタワー〉の能力を"予言"であるかに振る舞っているが、実際には違う。
 53枚のカードを遠くまで飛ばすことで、ありとあらゆる情報を収集し分析。その結果として、「事実」を知るのだ。
 既に、辺りに何人もの"参加者"がいることは知っている。
 他人を喰らうおぞましいスタンド使い。最初の舞台で殺された帽子の男によく似た中年と、取り乱している女。肉体強化型のスタンド使いなのか、異常な身体能力で駆け抜けた半裸の大男。異国の街並みにある大きめの建物で、激闘が行われていたらしいのも確認した。
 しかし何より ――― レオーネ・アバッキオと、ナランチャ・ギルガ
 何故、ディアボロとの闘いで死んだとされている、ブチャラティチームのメンバーが、2人も存在しているのか?
 ここに、大いなる謎がある。
 そしてその謎を解くのには、他ならぬ元ブチャラティチームのパンナコッタ・フーゴが最適任だと、ムーロロは考えた。
 奴らが偽物か、それとも死を偽装していたのか。(死を偽装した後に、ブチャラティ共々、秘密裏にボスの依頼を受ける影の親衛隊となった、というのも、考えられる事ではある)
 或いは、もっと予想も付かぬ何かが理由なのか ―――。

 ムーロロは、フーゴに言わなかった事がいくつかある。
 というよりも殆どのことは言っていないが、それでもこの件に関しては、敢えて言わずにおいた。ムーロロ自身、どう解釈すべきか分からないからだ。
 今、この場所には、大きな満月が浮かんでいる。
 ムーロロが連れてこられる前、月は下弦の月だった。
 "ボス"……ジョルノ・ジョバァーナに会うべくドアを開ける。その直前に、"一瞬にして"別の場所に連れてこられ、会うはずだった"ボス"が殺された。
 一瞬にして? それは、本当に事実なのか?
 もし、"一瞬にして"連れてこられたのだとしたら、"一瞬にして"、下弦の月が満月へと変わったことになる。
 これをどう解釈すべきか ―――。

 ムーロロは再び、手元に残したカードを両手で弄び、集めた情報を頭の中で整理し組み立て続けた。
 まるでトランプタワーの様に、空虚で脆い監視塔を打ち立てるかの如くに。

 ★ ★ ★

『君は皆を裏切ってきたんじゃあない。単に相手にされていなかっただけだ。誰も信じられない君は、誰からも信じられていなかった。
 君の無敵さは実のところ、無駄だ。
 どんなに強くとも、君には挑むべき目的も築き上げる未来もないのだから。無駄無駄……』

 ここに連れてこられるより未来、ムーロロは己の本性をそうジョルノに看破され、――― 生まれて初めて、"恥"という言葉の本当の意味を知った。
"この人にだけは失望されたくはない"
 後にそう述懐するほどに、彼はジョルノに心酔し、"変わった"のだ。
 フーゴが、麻薬チームとの闘いを通じて己を乗り越え、そして自ら彼の"夢"に命を捧げようと決意したように。

 しかし今ここにいるムーロロは、まだ"恥"を知らない。
 挑むべき目的も、築くべき未来も持たず、ただ安全なところから他人と情報を弄ぶ、恥知らずな監視塔のまま、彼はただ潜り続けている。


【ローマ市街地(D-5の何処か)・1日目 深夜】

【パンナコッタ・フーゴ】
[スタンド]:『パーブル・ヘイズ・ディストーション』
[時間軸]:『恥知らずのパープルヘイズ』終了時点。
[状態]:健康
[装備]:無し
[道具]:基本支給品一式、不明支給品1~2、『オール・アロング・ウォッチタワー』 の、ハートのAとハートの2
[思考・状況]
基本行動方針:"ジョジョ"の夢と未来を受け継ぐ。
1.ムーロロと協力して情報を集める。
2.コロッセオ方面にいるという、"死んだはずのジョジョの味方"と接触。


【トレビの泉(D-5)・1日目 深夜】
【カンノーロ・ムーロロ】
[スタンド]:『オール・アロング・ウォッチタワー』
[時間軸]:『恥知らずのパープルヘイズ』開始以前、第5部終了以降。
[状態]:健康
[装備]:無し
[道具]:基本支給品一式、ムーロロのカード一式@『恥知らずのパーブルヘイズ』、ココ・ジャンボ@Parte5 黄金の風
[思考・状況]
基本行動方針:状況を見極め、自分が有利になるよう動く。
1.ココ・ジャンボに潜んで、情報収集を続ける。
[備考]
 ムーロロはメイン参加者のパッショーネメンバーについて"情報"は持っていますが、暗殺チーム以外では殆ど直接の面識はありません。


※ムーロロのカード一式@『恥知らずのパーブルヘイズ』
 ムーロロが自らのスタンド、『オール・アロング・ウォッチタワー』を発現するのに必要な、53枚のトランプカード一式。

※ココ・ジャンボ@Parte5 黄金の風
 鍵をはめ込むことで、内部に人間の入れる居住空間を一部屋作り出せる"スタンド亀"。
 ソファとテーブルに数冊の雑誌類、冷蔵庫には氷と冷たい飲み物があり快適だが、トイレやシンク、バスなどの水回り設備はない。
 鍵を外すと中にいる生きている者は強制的に外に出されてしまう。


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GAME START パンナコッタ・フーゴ 077:人生を賭けるに値するのは
GAME START カンノーロ・ムーロロ 077:人生を賭けるに値するのは

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最終更新:2012年07月19日 21:49