パンナコッタ・フーゴは、デイパックを背負い月明かりに照らされる小道を黙々と歩いていた。
月明かりの為だけとも思えない青白い顔に張り詰めた表情を浮かべている様は、見知らぬ地を彷徨う迷い子のように不安げにも見える。
――また、どこかで何かが起こっている。
遠く遠く、か細い音が聞こえてくる。様々な方向から時折響いてくる音は、いつだってフーゴの不安をいや増させた。
いっそ確認しに走り出したくもあったが、『彼』から何の連絡も来ない以上、勝手に目的を違えるわけにはいかない。沈黙は、目的に変更がないことの表れだ。
――コロッセオの近くに、ジョジョの味方だったはずの人間がいる。
『彼』――
カンノーロ・ムーロロのその情報を信じて、フーゴはひたすらにコロッセオを目指した。
あるはずのない建物が入り乱れて作られた異常な町の入り組み具合には辟易させられたが、ともすれば黙考に浸ってしまいそうになる現在、それがある意味ありがたかった。
懐に忍ばせた二枚のカードは、支給品の確認を促したことを最後に沈黙を保っている。
ムーロロとのスタンド越しの会話を終えて広場の店から出る前に、フーゴは助言に従って自身のデイパックを確認した。
水、食糧、懐中電灯、地図その他――特筆すべきは、紙の中から出てきた『ナイフ』と『地下地図』。
ナイフには『DIOの投げナイフ半ダース』とメモが付けられていた。ごくシンプルなそのナイフを、フーゴは一本だけベルトに挟んで上着で隠すように忍ばせている。
闇に紛れてどんな輩が潜んでいるかわからない以上、能力に頼らない最低限の抑止力があるのは有用だと思うべきなのだろうが、付けられていた名前の皮肉さがそれを躊躇わせた。
『地下地図』に関してはムーロロへの譲渡も考えたが、折を見て書き写し、彼の『見張り塔』に預けるという手段も使えると判断したため、とりあえずは己で持っておくことにした。
なんであれ、手持ちの選択肢は多いに越したことはない。その程度の思考は、ムーロロとの会話と時間を置いたことで取り戻せていた。
――既に死んでいるはずの人間が、いる。
情報は、何よりも強力な武器になり得る。だが、大きな落とし穴にもなり得る。
情報の真贋を見極めるには、近づき、実際の感触を確かめる他ない。十篇の読誦より、一篇の書写。そこに何が待ち受けていようとも、実際にこの目で見なければわからない。
――以前の情報が、間違っていた?
奇妙な言い回しになるが、間違いが真実であれば――それは希望なのだろう。きっと、おそらく。心に淀み凝った絶望、その一片を吹き晴らす一筋の希望。それはなんと甘美な妄想だろう!
――いや、考えるな。今はまだその時じゃあない。
歪んだ希望に期待を膨らませすぎれば、裏切られたときに心は砕けて散るだろう。
何よりも硬いダイヤモンドが、一筋の傷から砕けるように。
ふと気づけば、遠目にもコロッセオの威容が見えてきている。フーゴは少しだけ息を吐いて、僅かに歩みを早めた。
◆
カンノーロ・ムーロロは、『亀』の中で座り込んだまま、目まぐるしく変わる状況の把握に努めていた。
オール・アロング・ウォッチタワー――『劇団見張り塔』の名の通り、ムーロロのスタンドは彼が望むとおりに情報を齎してくれる。
だが、フーゴと接触を計った時点での情報、それの整理もままならぬうちに、状況は急流を下るように変化している。予想以上のスピードだった。
――北、化け物同士が交戦中。能力はどちらも強力かつ詳細不明。危なっかしくて近づけやしねえ。
――東、あの炎にゃ参ったぜ。すっかり静かになっちまったが……どうなってやがる?
――西、特に…っと、犬が一匹。あれも参加者なのか? たかが犬っころが、ねェ。
――南西、妙な頭したガキと、男がひとり。どっちも特別注意するとこはなさそうだが……さて。
――西南西、ガキ二人。一見ただの学生にしか見えねえが……どっちもスタンド使いってのは間違いなさそうだな。詳細不明。
――東南東、帽子の中年と女は変わりなし。あの人食いスタンドに何もさせないで撃退ってのは、要注意に格上げすべきかねェ。
――南東、コロッセオ方面……ふむ。
見張り塔の情報は、例えるなら複数のテレビを同時進行で見ているようなものだ。一か所に集中すれば詳細な情報が得られるが、代わりに他の画面が疎かになる。全体の把握を優先すれば、大雑把な情報だけが画面を切り替えるようにくるくると飛び込んでくる。
恐るべきは、それらを全て統合可能なムーロロの才覚だろう。伽藍の見張り塔は、空虚であるがゆえに際限なく貪欲に情報を収集する。
その中でも、ムーロロは特に南東には気を割いていた。『
レオーネ・アバッキオ』と『
ナランチャ・ギルガ』、どちらも重要な鍵には違いない。
だが、その鍵――特にレオーネ・アバッキオのほうは、既に鍵としては使用不能になってしまった。平たく言えば、当人かどうかを確認させるより先に、死んでしまった。
――あの化け物みてぇな大男を、細ッこい野郎がブッ倒したときにゃあ驚いたぜ。
あの台風のような化け物じみた大男が細い男を追い詰めたと思いきや、細い男のほうのスタンドが決まったらしく追撃も出来ぬまま文字通りバタリと倒れたのだ。
そこから先は筆舌に尽くしがたい凄惨な場面の連続。細い男が何やら手を動かすと、倒れていた大男がやにわに動き出したのだ。操り人形にでもする能力だったのだろうか。
――大概のスプラッタは見慣れてたが、ありゃ別格だ。
思い返すだに怖気が走るのは、大男の為した一連の作業。己の手指でがぽりと頭蓋を外し、ぬらぬらと体液にぬめる中身を取り出し、そして――
嫌な場面ほど記憶に残るもので、そこまで思い返してムーロロはブルリと身体を震わせた。
その作業が行われている間中、ムーロロは信じがたい心持ちでそれを眺めていた。眺めていることしかできなかった。
悪魔の所業とでも言うべき一連の作業が終わったのち、細い男が再び倒れた大男に手を伸ばした。そこから先もまた、理解の及ばぬ域の出来事だ。
結局、細い男は大男諸共の自殺を敢行した。今となっては何を考えていたのか、知るよしもない。
その場から去って行った少女と少年は、それから見失っている。恐らくそう遠くには行っていないはずだが、見も知らぬガキどもよりもこの複雑怪奇な事実をどうやってフーゴに伝えるべきかに意識が飛んでいた。
――で、もっとわからねぇのはこっからだ。
派手な自殺の舞台となった大きなコンテナの下から、あの大男が這い出してきた。
そして、あろうことかレオーネ・アバッキオの使役していたスタンドを発現させた。
これをどう見る。
あの大男が、細い男の手によって『脳味噌を奪い取った』アバッキオのスタンドを獲得した、と考えるべきなのだろうか。それとも、『移植作業』によってアバッキオが蘇生したとでも。
――どっちにしたって、正気の沙汰じゃあねえよ。
憂慮すべきはそれだけではない。コロッセオにいたナランチャ・ギルガが、その現場に近づいている。
迷うことなくまっすぐに現場に向かっているところを見た限り、その場に何者かがいることをナランチャは確信しているのだろう。
ナランチャとその連れの反応次第では、その場でまた戦闘が行われる可能性もあるのだ。
――ここが正念場、見極め時ってやつだ。
フーゴに持たせた『見張り塔』は、現在コロッセオのほど近くまで辿り着いていることを知らせている。これ以上進ませれば、フーゴはコロッセオに目的の人物が居ないことに気づくだろう。
こちらが疑われるは悪手、では最善手は? なまじ頭の切れる奴だけに、生半な誤魔化しは通用すまい。
揃った札をどう切るべきか、溢れる情報を吟味し尽くすための残り時間はあまりにも少ない。
ムーロロは粘りつく気重さを払って、黙々と歩み続けるフーゴに情報を与えるべくカードを動かした。
◆
初めにそれが聞こえたとき、空耳か何かかと疑った。
――フーゴ、フーゴッ!
やがて懐のカード――ハートのAと2――が、さわさわと動き出したとき、フーゴはようやく『彼』の意図するところに気づいて手近な建物に入り込んだ。
コロッセオを目前にしてのこの呼びかけに、フーゴは俄かに緊張する。何か、あったのだろうか。
――よう、ご苦労さん。ちょっとした連絡事項だ、手短に言うぜ。
懐から飛び出したハートのAが、ムーロロの声で告げる。なるほど、こんな使い方も出来たのかなどと悠長に感心している暇もなく、床の上でくるくると壊れたオルゴールのように踊りながらAが告げる。
――コロッセオに目的の人間はいねぇ。
――正しくは『移動しちまった』だ。
――ああ、待て待て逸るなよ。ちょっと落ち着け。
――どうにも様子がおかしいんだ。迂闊に追いかけるのはお勧めしねえ。
――あン? 何が起こってるのか、だって?
――……さてな。ひとつだけ言えるのは、そいつの行き先にゃちょっと想像もつかない化け物がいるってことだけさ。
――人間の形こそしてるが、ありゃあオレの理解できる範疇の人間じゃあねえ。
――どうするかは……おめぇに任せる。オレが決めるにゃ荷が勝ちすぎる。
そこまで伝えると、Aはマリオネットのように不自然にひょこひょこ跳ねながら『……E-7、北西部。コンテナ』と呟いてパタリと倒れ伏した。
少し待っても動かないところを見るに、伝えるべきことは伝え終わったということだろう。
カードを拾い上げ、フーゴは呟く。
「化け物、か」
ムーロロがそう評するなら、それはきっと掛け値なしにそう見える何者かなのだろう。だが、化け物とはまた随分と抽象的な言い回しだった。
そして何より、このタイミングでの連絡。
(すぐに進路変更を告げられないほどの何かが起こった?)
フーゴの問いかけに、言葉に詰まったムーロロ。
言葉に詰まる、それは目的に直接関係する事態が発生したからではないのか。例えば、その人物の生死に関わってしまう、何か。化け物がいるという一言だけで、想像は容易だ。
儚い希望は潰えるかもしれない。それどころか、直接的な危機が待ち受けている可能性が跳ねあがった。
ムーロロは、フーゴ自身をも切るべき手札として利用している。おそらくその認識は間違っていないだろう。
(だとしても、構いやしない)
持ちつ持たれつ、お互い様と言えばお互い様。
そして、ムーロロはこの賭けから降りた。示された札、そのどちらに賭けるかはフーゴに委ねられたのだ。
賭けるのは己の生命。当たれば希望になるかもしれない、外れれば十中八九、死。ハイリスクローリターン、酷く分の悪い酔狂な賭け。
船に乗れなかった頃の自身なら、とてもじゃないが選ぶことなどできやしない。脆弱な本心を隠すように、小賢しく先を読んだつもりになって静観を選び、挙句ぐずぐずと悩むのが関の山だったろう。
けれど、”彼”の手を取ることの出来た今なら。フーゴの心は既に決まっていた。
「そこに居るなら、行くだけだ」
たとえそれが更なる苦難に満ちた道への幕開けだったとしても、星の瞬きのようにささやかな希望に過ぎなかったとしても、それでも。
闇雲に怯え、悪戯に踏み止まり、時が経つに任せるまま停滞することがあってはならない。”ジョジョ”の示した気高い精神を裏切るような行為は出来ない。
”ジョジョ”の遺してくれた言葉を噛み締めるように思い起こしながら、フーゴは再び夜の町並みに身を投じた。
【F-6 コロッセオ周辺・1日目 黎明】
【パンナコッタ・フーゴ】
[スタンド]:『パーブル・ヘイズ・ディストーション』
[時間軸]:『恥知らずのパープルヘイズ』終了時点。
[状態]:健康
[装備]: DIOの投げナイフ1本
[道具]:
基本支給品一式、DIOの投げナイフ半ダース(デイパック内に5本)、地下地図、『オール・アロング・ウォッチタワー』 の、ハートのAとハートの2
[思考・状況]
基本行動方針:"ジョジョ"の夢と未来を受け継ぐ。
1.利用はお互い様、ムーロロと協力して情報を集める。
2.E-7北西方面にいるという、"死んだはずのジョジョの味方"と接触。
3.化け物なんて随分と大げさだが……気をつけよう。一体何がいるのか。
【D-5 トレビの泉・1日目 黎明】
【カンノーロ・ムーロロ】
[スタンド]:『オール・アロング・ウォッチタワー』
[時間軸]:『恥知らずのパープルヘイズ』開始以前、第5部終了以降。
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:基本支給品一式、ムーロロのカード一式@『恥知らずのパーブルヘイズ』、ココ・ジャンボ@Parte5 黄金の風
[思考・状況]
基本行動方針:状況を見極め、自分が有利になるよう動く。
1.ココ・ジャンボに潜んで、情報収集を続ける。
2.今のところ直接の危険は無いようだが、この場は化け物だらけで油断出来ない。
[備考]
ムーロロはメイン参加者のパッショーネメンバーについて"情報"は持っていますが、暗殺チーム以外では殆ど直接の面識はありません。
スタンドで監視できている人物の動向は、74話(仮投下時確定話)までの黎明時点に限っています。
また、ムーロロはアバッキオとナランチャ以外の各人物を姿かたちで認識しています(名前は認識していませんが、判り辛いために入れてあります)
北……
カーズ、バオー化育郎(どちらを捕捉しているか、両方捕捉しているかは今後の書き手様にお任せします)
東……学校の戦いを遠巻きに見ていました(アヴドゥル、ビットリオは捕捉されていません)
西……
イギー(移動中の姿を見かけただけです)
南西……仗助、リンゴォ(二人のやり取りを見ています)
西南西……花京院、由花子(二人のやり取りと歩いている姿を捕捉しています)
東南東……
ラバーソール、しのぶ、承太郎(ラバーソールは見失いました、承太郎としのぶは捕捉しています)
南東……ジョナサン、
エシディシ、露伴、早人、アバッキオ、ナランチャ、千帆(早人と千帆は見失いました、アバッキオに関しての『理解』は放棄しており、フーゴの結論待ちです)
キャラクターの捕捉状況について、上記されていること以外は今後の書き手様にお任せします。(新しく捕捉されるキャラクターの追加、会話を聞いていた等の追加)
捕捉されているキャラクターに関しては、ある程度の距離を保ってカードが見ているだけなので、対象キャラクターが気づく可能性は低いはずです。また、いつ見失うかも今後の書き手様にお任せします。
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最終更新:2012年07月20日 01:55