首筋が気になるのは、首輪のせいではない。
幾度となく叩きつけられた斧の感触……痛みは無いが違和感は残っている。
意識を保っていられたのは何発目までだったろうか。
いや、初めから正気など保ててはいない。保てるわけがない。
あんな物を見せられては……
「メアリー様………」
親兄弟を戦で失い、天涯孤独の身だった俺と
ブラフォードを救ってくれた主君。
我我に心の安らぎを与えてくださった心優しき女神。
夫殺しなどと言う不名誉な罪を着せられてしまった。
そして………
「おのれぇ――― おのれぇぇぇ! エリザベス! よくも――――ッ!!」
殺し合いだという。
77の輝輪とは違いバトルロイヤル形式であるようだが、どうも趣旨は似ているようだ。
熱くなった頭で説明はほとんど理解していなかったが、ようは生き残ればいいのだろう。
なにもかも、どうでもいい。めんどうだ。
メアリー様を助けるために自ら処刑される道を選んだ。
だが卑劣なエリザベスは約束を破り、彼女は殺されてしまった。
だからもう、どうでもいい。
仕えるべき主君を失った俺に、目的など無い。
背中にある邪魔な布包みを引き裂く。
食料やら水やら時計やらが辺りに散らばるが気にしない。
これで十分。おのれの力のみですべて事が足る。
「殺す―――― 容赦なく……皆殺しだ―――――ッ!!」
ポツリとつぶやいた言葉に理由は無い。
殺し合いも何も関係ない。
ただの憂さ晴らし、それだけだった。
5分ほど街を練り歩き、ひときわ目立つ庭園を見つけた。
他の建物とはまるで趣の違う、木造の大きな屋敷の庭だった。
石造りを基調とした庭園内には池までもが設けられ、独特の風情を醸し出していた。
こういう場所なら人が寄りつくかもしれない。
興味を持った理由はそれだけだった。
はずれだったら、建物をグルリと一周回ってから、次の建物に向かうだけだ。
何のためらいも無しに館の扉を蹴破る。
スコットランドの建物と比べ、なんとも脆い作りだ。
軽くなでただけでつぶれてしまいそうだった。
………いるな?
建物に入った瞬間から気が付いた。
正確な場所がどこかは分からないが、気配を感じる。
息をひそめて、こちらを警戒している。
しかし、なんとも貧弱なものよ。ちっぽけな気配をまるで隠せていない。
もう少し張合いがないと面白くないではないか。
「隠れている者よ! 近くにいるのは分かっているぞ! おとなしく出てくるがいい!!
無駄な抵抗は命を縮めるだけだぞッ!!」
反応は無い。だが気配に緊張感の色が現れた。
「よォし…… 3つ数えよう。それまでに出てくれば、殺すことは無いと約束しよう。
だが、出て来なかった場合は…… この建物ごと押しつぶす!!」
気配にさらに緊張感が増した。
フフフ…… いいぞ…… いい傾向だ。
「ひとつ……」
もちろん、出てくれば殺さないというのは嘘だ。
憂さ晴らしのために皆殺しにするのだ。躊躇う理由は無い。
「ふたつ」
なにより、エリザベスの裏切り行為は許せない。
同じように約束を破り、殺してやりたいのだ。
それができるのならば、相手は誰でもよかったのだ。
「みっつ……」
「たァァ――――――――!!」
薄い横開きの扉が開け放たれ、棒っきれを振りかぶった小さな影が飛び出した。
殺気を察してか、いきなり俺に飛びかかってくるあたりは褒めてやろう。
だが、やはり相手は非力な雑魚のようだ。
「馬鹿めェ!! そんな攻撃が喰らうと思うかッ!!」
空を切る俺の手のひら。
向かい来る小さな影の肩口をつかみ、そのまま地面に叩き伏せる。
そしてそのまま顔を覗き込んだ。
これから俺に絞め殺される人間の顔でも見てやろうと思ったのだ。
だが、その顔を見た瞬間、俺の両腕から力が抜けていった。
両の瞳に涙を浮かべながら、それでもこちらを睨みつけている力強いまなざし。
頭に被られているのは、その幼い顔つきには不釣り合いな鉄製の兜。
……ちっぽけな気配のはずだ。俺はこんなにも小さな体に、一体何をしようとしていたのだ。
「離しなさいよ! ドレスの手先めえッ!! 助けて育朗―――ッ!!」
屋敷にいた気配の正体は、まだ幼い少女だったのだ。
★ ★ ★
「……すまぬ、今何か言ったのか?」
「名前よ。あんた名前はなんていうのって聞いたのよ……」
しばし呆然としてしまい、聞き返してしまう。
肩から手を離した俺は、屋敷の壁に腰かけていた。
拍子抜けだ―――というより、すっかり毒気を抜かれてしまった。
そして、そんな少女は俺から逃げるでもなく、あろうことか俺に名前などを聞いてきたのだ。
「あ…ああ、
タルカスだ」
「ふ――ん。タルカス……ガイジン? わたしは
スミレよ。
それで、もう私のことは殺さなくてもいいの? タルカス―――?」
興奮状態も落ち着いてきたところだが、痛いところを突いてくる少女だ。
質問ならば、こちらがしたいところである。
つい今しがた、この少女は俺に殺されそうになったばかりではないか。
俺が殺しの手を休めたからと言って、何故逃げ出さない?
俺がただ単に気まぐれで生かしているだけかもしれないとは考えないのだろうか。
質問に答えないでいると、少女は脱いだ兜をいじって遊びながら違う質問を投げかけてきた。
「あんたは、このバトルロワイアルってやつ、やる気満々なわけ?
あたし前の方にいたからよく見えたんだけど、爆弾で吹っ飛ばされた3人の首にね、これとおんなじ首輪が付いていたわ。こんなんじゃ逃げられないわよね……」
少女は自らの首筋に指を掛ける。そこには俺のと同じドス黒い悪意を放つ、禍々しい首輪が備え付けられていた。
「お前も―――なのか――――」
「え?」
少女の身に付けられた首輪を見て、改めてこの殺し合いの真価を理解した。
俺が過去に達成した77の輝輪という訓練は長い歴史の中続けられてきた文化であるが、世間からは白い目で見られることもしばしばあった。
敵を本気で殺し合いをする非人道的な修行法であり、最大で77人の人間が死に至る可能性があったからだ。
我が主君メアリーも、俺とブラフォードがこの訓練に挑んだ時に限っては、あまりいい顔はしなかったのだ。
しかしそれも戦争で生き残ることができる戦士を育成するため、仕方のない犠牲だったのだ。
そして修行者も、対戦相手となる77人の戦士たちも、死を覚悟して挑む真剣勝負の舞台だったのだ。
この殺し合いもそれと似たようなものだと思っていた。しかしそれは大きな間違いだったようだ。
俺の目の前にいる少女は、この首輪をつけられた少女は、まだ年端もいかないただの娘でしかない。
何故、こんな少女が、このような趣に参加させられているのだ?
この悪夢は、一体誰が見せているものなのだ?
「そうだ、タルカス! ちょっとこっち来て」
ふいに、何かを思いついたらしき少女に手をひかれる。
弱い力だ。こんなにも幼く無力な少女が殺し合いなど、できるわけがない。
少女に従い、腰を上げて付いていく。連れられた先は隣の部屋だった。
「ほら、これこれ。あたしには重すぎてビクともしなかったんだけど、あんたなら使えるんじゃないの?」
そこには、これまた東方の造りである屋敷とは似つかわしくない、甲冑の鎧だった。
我が英国で貴族が観賞用に館に飾ったりすることも多いが、これは模造品では無く実用性のあるものだった。
なるほど、少女が被っていた兜はこれについていたものか。
この少女には、兜だけでも頭がクラつく程の重量だっただろう。
なぜこんなものがあるのかと聞くと、少女はカバンに入っていた紙から出てきたのだという。
そんなものがあったとは。俺のカバンの中身もしっかりと見ておくべきだったか。
いや、しかしあの時は頭に血が上ってそれどころではなかったのだがな。
兜も鎧は俺の身体には小さすぎるが、鉄槍ならば武器としては十分だろう。
しかし、少女はなぜこんなものを俺に差し出すのだ?
自分が使えないからと言っても、それを俺に差し出す理由は何だ?
「スミレ、と言ったな。何故こんなことをする? お前は、俺が怖くは無いのか?」
「だって、あんたあたしを殺さないんでしょ? じゃああたしの敵じゃあないじゃない」
「何故だ? 俺がお前を殺そうとしたのは明らかだ。この体躯の差、この腕力の差を見れば、お前は俺がその気になったらその場で肉の塊になり果てるのだぞ」
思わず声を張り上げてしまう。
騎士の家柄に生まれ出て、天性の優れた肉体を虚しい青春時代の中でさらに鍛え上げてきた。
その人間離れした要塞のような肉体は、時として敵のみならず味方の兵からも畏怖の対象として見られることも多かった。
だがこの少女はどうだ?
血の色も知らないような温室育ちにも見えるのこの少女は、俺に恐れを抱くどころかなれなれしく話しかけ、ついに自分の武器まで差し出すというのか。
俺の大声に少し身をすくませたが、やがて少女は語り始めた。
「タルカスの…… あんたの目が、とても優しかったから……」
彼女の言葉に、俺は息をすることすら忘れそうになった。
言葉を選びながら、彼女はたどたどしく続ける。
「たしかに、最初は怖かったわよ。ドスの利いた声で、脅してくるし、見た目は超キンニクだし、顔は怖いし……
正直、あんたもあの猿の化け物みたいな、怪物なんじゃないか、なんて思ったりして……
でも、私と初めて目があった時の、あんたの目を見たら、わかったのよ。
あんたはそんなナリをしているけど、あんたは化け物なんかじゃあない、優しい心を持った人間なんだって……」
茫然として聞いていた。
彼女が言うには、自分の友達に、悪人に改造され人間離れした力を持ってしまった少年がいるのだという。
しかしそれでもその少年は人間の心を失う事は無く、彼女にとってその少年は大切な人であり続けているようらしい。
口が悪く、何を考えているのか分からない娘だと思っていた。
だが、その心の奥には聖女のような慈愛の心があった。
優しくそしてあたたかい、包容力を感じる事が出来た。
人間離れした体躯と強面を持つ自分を、狂気に走り八つ当たりの殺人を試みていた自分を、優しい心を持つ人間だと評してくれた。
「ちょっと、何泣いてるのよ、みっともないわね! あんた大人でしょッ!?」
少女に言われて、初めて気が付いた。
俺は泣いていた。感動の涙を流していたのだ。
なんとなつかしい、この感情。この安らぎ。
姿かたちは…言葉使いや性格は違えども、少女の、スミレの言葉には、メアリー様に感じたものと同じ包容力があった。
スミレには、今は亡き主君に感じられたものと同じ、命を投げ出してもよいとするほどの魅力が感じられたのだ。
皆殺しにするなどと……馬鹿な事を考えたものだ。
そんなことをしても、メアリー様は生き返らない。喜ばない。
むしろあの優しい方は、そんな事をしでかした俺を侮蔑し、永遠に微笑んでくれることは無くなってしまうだろう。
騎士として…… 戦士としての誇りすら失ってしまうところだった。
「ありがとうスミレ。感謝する。この恩は、決して……必ず返すと約束する。
お前の身は、俺が必ず守ってやる――――」
スミレは驚いた表情で俺を見ていた。
この表情を失わせてなるものか。俺が命に変えても守ってみせる。
俺に戦士の誇りを――― 人間の心を取り戻してくれたこの笑顔を、今度こそ守り抜いて見せる。
「きゃっ、ちょっと何するのよ! 降ろしなさい」
「しっかり捕まっていろ、俺に乗っかっている方が安全だ。俺は77の輝輪を制した男だ。お前一人分の重さなど屁みたいなものだ!」
スミレをヒョイと担ぎあげ、背負わせる。
この方が突然の攻撃に反応しやすい。
安全のため兜をかぶらせておきたいが、俺の背中の上ならば負担も少なかろう。
「うん。ありがとうタルカス。やっぱりあんた、少し育朗と似ているかもね。
あたし、あんたと一緒にいるわ―――」
そしてもう一つ、許せないのはスミレに付けられている首輪だ。
こんな無力な少女までもを巻き込んだ殺し合いなど、認めることはできない。
フツフツと怒りがこみ上げてくる。エリザベスどもの裏切りを受けた時に匹敵する強い怒りだ。
どういった経緯で俺やスミレが巻き込まれたのかはわからないが、必ず喰いとめてやる。
この殺し合いを企画した蛮族どもに、必ず制裁を下してやると心に誓った。
そして、スミレだけは平和な世の中へと送り返してみせる。
この俺の命に変えても――――――
必ずだ。
★ ★ ★
一人の心優しき少女によって、英雄は蘇った。
人を恨み、世を呪い、死んでいった伝説の勇者は今ここで少女を守る騎士(ナイト)となった。
彼らの未来に、希望の光があらんことを――――
【D-5 空条邸/一日目 深夜】
【タルカス】
[時間軸]:人間。処刑台で何発も斧を受け絶命する少し前。
[特殊能力]:一切なし
[状態]:健康、黄金の精神
[装備]:ジョースター家の甲冑の鉄槍
[道具]:無し
[思考・状況]
基本行動方針:スミレを命に変えても守る。そして主催者を倒す。
1:誇りと心を取り戻してくれたスミレに感謝。必ず守って見せる。
2:メアリー様……
3:おのれ主催者。おのれエリザベス。
4:育朗とやらやブラフォードもいるのだろうか?
【スミレ】
[時間軸]:不明。少なくとも
マーチン戦よりは後。
[特殊能力]:予知能力
[状態]:健康、タルカスに押さえつけられた時ちょっと痛かった
[装備]:ジョースター家の甲冑の鉄兜
[道具]:
基本支給品、ブタを突く用の棒
[思考・状況]
基本行動方針:タルカスと行動する。
1:タルカスは信用できる。
2:育朗のことが心配。
[参考]
これからどこへ向かうのかは次の書き手さんにお任せします。
タルカスは屍生人ではなく純粋な人間の時代から参戦しています。
2人の情報交換はほとんどなされていません。
スミレの支給品はジョースター家の甲冑(Part1 ジョナサンがディオとの戦いに使用した)とブタを突く用の棒(Part3 ポルナレフがインドのトイレで使用しなかった)でした。
甲冑の鉄槍と鉄兜以外は空条邸の一室に放置されています。
タルカスの支給品(デイパック以外)はタルカスのスタート位置であるD-5エリアのどこかにバラまかれています。
回収に向かう可能性もありますが、タルカスが正確な位置を覚えているかは不明です。
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最終更新:2012年07月19日 21:54