人と待ち合わせをするとその人の性格がよくわかる。
相手を待たせては悪い、そう考え10分、15分前から集合場所にいるなんてざら。そんな義理堅い人もいる。
少しぐらいは大丈夫だろう、俺とあいつの仲だから。そう言って平気で5分、10分の遅刻を繰り返す人もいる。
約束や誓いは時に困難を極める。言葉に含む意味以上のものを持つ時だってあるのだから。
あまりに拘りすぎると、義理堅いヤツから堅苦しいヤツに。ルーズすぎると、おおらかなヤツがだらしないヤツに。
一概にどうすればいい、とはいえないのが難しいところ。相手の気持ちもわからなければ、自分の感情ですら時に大きく移り変わる。
周りを見渡してみてみるといい。
笑いが絶えない、明るく理想的ともいえる家族関係。今では言葉も交わさず、顔も見合わせない仲。
互いに尊敬の念を抱き、高みへと励まし合う友人同士。ほんの少しの
すれ違いから絶交へと拗れていく。
熱っぽく、らんらんとした目で愛を語り合うカップル。数日後、顔を真っ赤に、罵倒合戦。
誓いも、誇りも、約束も。存外馬鹿げたものなのだ。正直者がアホを見る。
固く育った杉が真ッ二つ。固ければ固いほど、それは半面脆さを持つ。のらりくらりの柳は折れやしない。
必ずなんて言葉は必ず使ってはいけない。絶対なんて絶対この世にない。そんな奇妙なパラドックス。
心が壊れる音がする。あまりにも馬鹿げた理由で、人は人でなくなっていく。
◆
奇妙な形の影が行く。大地を踏みしめ、大きな身体が一歩、二歩、ずんずん前へと進んでいく。
通りがかった街灯が影を照らした。巨大な男が少女を担ぎ、闇の名からぬっと姿を現した。
男の名は
タルカス、少女の名は
スミレ。一人の可憐な少女と、忠義に厚い西洋騎士。
二人の会話は街並みにこだまし、あたりに響いていく。騎士は周りを鋭い視線で警戒し、少女は無邪気に笑顔を見せている。
ナイトとプリンセス、大小歪な二人はどんどん道を進んでいく。
「だ、か、ら! 言った、じゃ、ない!」
「しかし、スミレ、使えるものは使わなければ……」
言葉の区切りごとに振り下ろされる小さな手。ペチペチと頭をはたかれるが、所詮子供のじゃれあいだとタルカスは気にも留めない。
彼の顔が曇ったのは別の理由だ。暗闇の中で遂には見つからなかった自分のカバン、ついさっきの自分の短絡さに思わず仏頂面になる。
そんなことを知ってか知らずか、少女は少し意地悪そうに、大男をからかい始めた。
「なぁに、タルカス、そんなに不安なの? アンタ、そんなでかい図体してるのに意外に憶病なのね」
「そうではない。しかし少しでも可能性があるのであれば、少しでも確率があがるのであれば、これを使わない手はないだろうが。
それに地図をなくしたらどうする? 水は、食料は?」
「なんとかなるわよー! そんなことより早く行きましょ! 向かうはシンガポールホテルー、シンガポールホテルー!」
「……まったく、呑気なものだ」
タルカスはそう呟く。
少女はあまりに無警戒で無防備だ。自分が守るしかないと気合を入れなおしたタルカスは、一際注意を払い闇へと目を凝らす。
ここは戦場、一時だって気は抜けやしないのだ。
しかし、そこまで考えたタルカスは頭上に跨る少女の笑い声に頬を緩める。そんな無邪気さに彼は救われたのだ。そんな少女の器の大きさに、彼は安らぎを覚えたのだ。
無邪気で、いたずら好きで、口の悪さは折り紙つき。元気で朗らかな、じゃじゃ馬娘。そんな彼女だったからこそ、彼は救われたのだ。
かつて虚しさの果てに見つけた、メアリーのような底なしの優しさ。スミレにはそんな優しさがあった。
誰にでも、どんな相手にでも慈愛の手を差し伸べてくれるのだ。呪いに打ち負け、皆殺しに走ろうとした自分すら、彼女は受け入れた。
守りたい。タルカスはそんな彼女を守りたいと思う。
そんなことだけかと人は言うもしれない。彼も自覚はしている。きっと他人からしたら馬鹿げた理由なのだろう。
でもそれで充分なのだ。タルカスは誰かのために戦い、誰かのためにしか生きられぬ、馬鹿で愚直な戦士なのだから。
頭上のスミレが軽口をたたく。戦士である彼には気の利いた事など言えない。率直に飾らずに自分の気持ちを正直に伝える。
その真っすぐさが面白いのか、スミレは笑いをこぼし、続けて言葉を返してくる。
なんでもない会話ですら平穏を知らない彼にとっては貴重な時。忠誠を誓った相手との代えがたき悠久の時。
だがそんな時も永くは続かなかった。
ここは戦場。血が洗い流され、死屍転がる慈悲なき場所なのだ。
「ッ!」
「きゃっ!」
風を切る鉄鎚、街灯横切る影が二人に飛びかかってきた!
決して緩めていたわけではない緊張感、張り巡らしていた警戒網を潜り抜け、突然の急襲。
タルカスはこの一撃に対し横ッ跳び、何とか紙一重でやり過ごす。しかし頭上にまたがるスミレの悲鳴に思わず怯んでしまった。
隙を見逃さず、相手は容赦なく追撃!
鼻先をかすめて行くのは鈍く光る鉄の塊。スミレの事を考えるといつもどおりに飛び回るわけにもいかず、タルカスはすぐに劣勢へと追い込まれてしまった。
スミレから預かった槍を操り、なんとか相手の攻勢をしのいでいく。重いハンマーの衝撃に、両手がジン……と痺れだす。
振り上げられては振り下ろされ、そうかと思えば横から刈り取るよう振るわれる鉄鎚。相当な重さであるはずなのにそれを感じさせない凄まじい速度。隙を見せない相手はかなりのやり手だ。
だがタルカスはそんな相手に攻めに出た! 普通であるならば及び腰になるところで逆に打って出る! 敵の第二陣が来る前に、彼は手の中の槍を鋭く放った!
このままではじり貧、手の中の槍もこの攻撃を受け続けていたらいずれ壊れてしまう。なによりスミレの身が危ない。
そう判断したタルカス。槍を突き刺し、振り回し、相手とは対照的に手数勝負の技巧戦術。スミレを担ぎ、慣れない得物であるが、それでも彼は歴戦の勇士。次第に立場は変わり、防戦から攻勢へと状況は変わっていった。
ほんの少しでいい、相手の隙を作り出したい。僅かでいい、スミレを逃す時間が欲しい。
相手の脳天目掛け振り下ろされた槍は金槌の柄により防がれた。跳ねあがった槍の衝撃そのままに、後ろへ跳び下がるタルカス。だが必死につかまるスミレの押し殺した声に、思わず足を止めてしまった。
闇の中、ぼんやり映る相手の影は動かなかった。カウンターを警戒したならば、なかなか慎重な相手だ。
それは決してタルカスにとってのプラスにはならない。慎重な相手であるならば尚更、スミレという弱みを見逃すことはしないだろう。
しかし時間を稼ぐならば、一度状況が落ち着いた今この時しかない。タルカスは肺一杯に空気を吸い込むと、空気を震わせるような大声で怒鳴った。
「名乗りもせずに襲いかかるなど卑怯千万ッ 戦士であるならば堂々と姿を現し、名乗りを上げてみせろッ!」
流れる沈黙。相手は声を返さず、だがタルカスの予想とは反して、大きく反応を示した。動揺したのか、驚いたのか。しかしはっきりと暗闇の中で動く気配を感じた。
貝のようにがっちりとしがみついていたスミレを下ろし、相手の反応を伺う。何をそんなに迷うことがあるのか、影はいまだ揺れ続け、声も発さず、姿も見せない。
タルカスは迷う。沈黙からは何も読み取れなかった。次の一手の決め手がない。
相手の腕を考えると受け身に回るわけにもいかない。かといって攻めに出るか? しかしスミレを放っておくわけにもいかない。
ならば逃げるか。敵前逃亡は騎士道精神に反する。なにより、スミレを抱えてこの相手に逃げ切れるとは到底思えない。
硬直状態、互いに相手の様子を伺う状況を動かしたのは謎の襲撃者だった。
タルカスの目の前で街灯の元へ姿を現した謎の人物。その顔に光がさした時、タルカスは思わず手にした槍を取り落としかけた。
幾度となく死線を乗り越え、背中を預けた戦友がこちらを睨みつけていた。背筋も凍るような殺気に溢れた目つきで、タルカスを見るブラフォードがいた。
◆
「どういうつもりだ、タルカス」
「それはこっちのセリフだ…………」
ブラフォードの問いに、タルカスも問い返す。知り尽くしたはずの相手の変わりように、互いに動揺は隠しきれない。
タルカスはブラフォードの変わりように驚くほかない。凍りつくような視線もだが、皮膚がひりつく殺気は決して戦友に向けられるべきものでない。
なにより身体にあいた大きな穴。向こう側の景色が見えるのではないかと思えるぐらいの大穴だというのに、血が一滴も流れていなかった。
ブラフォードもタルカスの変貌に眉をひそめる。鬼人、悪魔、怪物。そう評された男が不抜けた犬へとなり下がっていた。どこのものとも知らぬ小娘を抱え、騎士道気取りの間抜け面。
なによりタルカスはブラフォードと共に屍生人として蘇ったはずだ。だというのにその姿は間違いなく、生前のタルカスそのものだった。
ブラフォードが目にも止まらぬ速度で鉄鎚を振るう。舞いあがった風がタルカスとスミレ、離れて立つ二人の顔を撫でるほどの速さだった。
鉄鎚をスミレのほうへと向けると、ブラフォードは言った。
「なぜこんなモノをつれているのか、そう聞いているのだ、タルカス。
我らが忠誠を誓ったのはメアリー女王、そして屍生人として我々を蘇らせて下さったディオ様だ。
であるならばこんなモノは無用な存在。それともその少女はなにか? 主君にささげる生贄か何かか?」
「屍生人……? ディオ様……? 一体何を言っているのだ、お前は。それより傷は大丈夫なのか? その体、一体お前の身に何が起きているのだ?」
「とうに朽ち果てた身体、だが夜に生きるものとして生まれ変わった代償に我々は生きる屍となったのだ。血なんぞ流れるわけがなかろうが」
困惑の表情を浮かべるタルカス、苛立ち気に顔をしかめるブラフォード。噛み合わない会話は二人のすれ違いを大きくしていくだけだった。
しかし会話を経るにつれ、ブラフォードははっきりと理解した。目の前のタルカスは生前のタルカスそのものだ。どうやったかはわからないが、タルカスはディオに生き返らされることなく、現世に舞い戻ったようだった。
現状を把握できないままのタルカスを尻目に彼は大きくため息を吐く。そして嫌悪感を込めた目で、かつての盟友を睨みつけた。
「タルカス、貴様……なんという恥晒しッッッ 生前忠義を誓ったはずのメアリー女王に後足で泥をかぶせ、こんな小娘相手に尻尾を振るとはッ……!
見損なったぞッ! 共に命を投げ出し、死を賭してまで義を貫いたと思っていたが……恥知らずだッ! この裏切り者ッ!」
「ブラフォードよ、聞いてくれ。俺は決してメアリーさまを裏切ったわけではない。
考えてみてくれ。こんな殺し合いで、こんな年端もいかない少女を殺して王女は喜ぶか?戦も知らない子供を嬲り殺して彼女は笑ってくれるのか?
違うだろッ! 王女は慈愛に溢れていた。王女は守ることをいつも第一とされていた。
そんな彼女のために……殺すことが忠義だといのならば、貴様こそ、裏切り者だッ ブラフォードッ!」
「ならば貴様は否定するのかッ 彼女のためなら死を賭さない、誇りすらいらない、そう誓って我々は首を差し出したはずだというのにッ
王女を悲しませるから、王女を苦しませるから。情けなしッ 鼻たれ小僧は慰められたいだけかッ 貴様の今のその態度、王女にすら、尻尾を振りご機嫌伺いかッ」
「貴様ァ、王女だけでなく我が誇りすら愚弄する気かッ」
「駄犬になり下がった貴様の誇りなんぞ、愚弄する価値もないわッ!」
売り言葉に買い言葉、かつて共に戦った二人が醜い口争いを繰り広げていた。
見下すブラフォード、訳もわからず馬鹿にされるタルカス。元々血の気の多い戦士同士だ、もはや衝突は必至。
どちらがともなく武器をとれば、あるいは琴線に触れるような言葉をひとつ吐けば、戦いはすぐにでも始まるだろう。
「タルカス……」
あるいはスミレがいなかったならば、戦いは既に始まっていただろう。
血の雨が降り、理由もわからず、誇りも何もない、ただの野蛮な殺し合いが。
服の裾を引っ張られる感覚にタルカスは視線を下ろした。見ると長い間、黙り俯いていた少女が顔をあげていた。
唇を噛みしめ、キッと強い視線でタルカスを睨みつける。微かに灯った光が反射し、瞳の中で星が輝いていた。
怒りがまるで潮を引くように消え去るのをタルカスは感じた。何も言わなくても、スミレが悲しんでいる事がタルカスには理解できたのだ。
そして同時に彼女には覚悟があった。戦いは避けられない、だからタルカスに全てを任せ、彼を戦場に送りだそうという覚悟が。
何もできない無力感にスミレの小さな拳が震えた。本当のことを言えば彼女だって悔しい。
彼女がどれだけ願っても、ブラフォードが鞘を収めてくれるとは思えない。自分のせいで二人が戦わなければいけないと思うと胸が締め付けられる。
スミレは自分が情けない。優しく、自分を守ってくれるタルカス。自分はそんな彼の足を引っ張るばかりなのだ。
それでもスミレは上を見る。全てを丸ごと飲み込んで、それだからこそ彼女はタルカスの背中を押す。
何も言わずに、二人は見つめ合う。視線を合わせるためにしゃがんだタルカスの頭をスミレが優しく撫でた。
そして彼女は言う。
「シンガポールホテルで待ってるから!」
とびっきりの笑顔を見せるとカバンを背負いなおし、彼女は歩き出す。
最後に一度だけ心配そうな表情でタルカスを見つめ、そして今度は振り返ることなく、彼女は闇へと溶け去って行った。
「……下らぬ」
「……それが貴様の想いなのか、ブラフォード」
スミレの姿が見えなくなるまで眺めていたタルカスに投げかけられた言葉。背中越しにその言葉を聞いた彼は振り返り、戦友の目を覗きこんだ。
不思議なほど、頭の中が静まっていた。侮蔑をこめたブラフォードの視線に激昂することもなかった。怒りに狂っていたついさっきまでの事がうそのようだった。
それどころか、タルカスの中で湧き上がった思いは悲しみ。
戦友とこんな形で戦いたくはなかった。戦友のそんな言葉を聞きたくなかった。
お前は何も感じなかったのか……? スミレの、あの気高き魂を前にしても、お前の想いは変わらなかったのか……?
年端もいかぬ少女なのだぞ……。恐怖もあるはずだ。無力感も、悔しさも、悲しみも! あの小さな体で、スミレは全てを受け止めていたのだぞッ
だというのに、それでもスミレはあんなにも誇り高く! 決して下を向くことなく、俺を信じ、頼り、任せてくれた!
ああ、そうだ! 彼女は、スミレは……それでも笑ってくれたのだ! この俺に、この戦士に!
お前にもわかるはずだ、彼女の気丈さ、健気さ! そして彼女のその優しさが!
タルカスはそう思った。だが決して口にはしなかった。
ブラフォードの凍てつくような眼を見て、彼は黙って槍を構えなおした。
あんたの目がとても優しかったから、そうスミレが言ってくれた目を悲しみと決意の色に染めながら。
一時の静寂の後、二人の男が動いたのはまさに同時。
金槌を振りかぶるブラフォード。鉄槍をつきだすタルカス。
戦いが始まった。
◆
金属音に紛れ、時折響く鈍い破壊音。鉄鎚がコンクリートを砕く音、鉄槍が金属を穿つ音は静まり返った町によく響いた。
タルカスの槍が纏わりつく髪の毛を切り裂いた。気合い一閃、大声をあげた巨体がブラフォードに突っ込んでいく。
ブラフォードはこれに対して鉄鎚を正面に構え、受け止める。同時に上下左右、四方向から黒い濁流の襲撃。
髪の毛に締めあげられた身体は速度を落とし、手に持った槍も標的を捕えることなくその場で止まる。
もう一度槍振り上げ、拘束を解く。だがその僅かな時間はブラフォードにとっては充分すぎる時間。今度は一転、防戦に入ったタルカス。襲いかかる金槌をさばくことに集中していく。
つばぜり合い、ぶつかり合い。大きく振り上げた鉄鎚が空ぶったのを見たタルカスは鋭い蹴りを放った。
咄嗟に身体を捻ったブラフォード、それでも蹴りの衝撃は吸収しきれず、吹き飛ばされる。同時にタルカスは詰まっていた距離を大きく取り直した。
道路で一回転、受け身を取ったブラフォードが憎々しげに表情を歪ませた。鉄鎚を持った手に血管が浮かび上がり、髪の毛がゾワリと震えた。
タルカスは考える。息詰まるような攻防の中、張っていた神経をほんの少しだけ緩め、汗ばむ手で槍を握りなおす。
正直に言うと、タルカスはこの戦いの終わりが見えなかった。互いに近距離戦を得意としている二人であったが、決め手に欠く攻防が長い間続いていた。
ブラフォードは鉄鎚をもてあましていた。武器を振るうことに支障はない。しかし一流の戦士を相手にした時、その鉄鎚はあまりに重すぎた。速度の出ない武器を前に、なかなか会心の一撃を放てずにいる。
その上相手にしているのは巨漢、怪力のタルカス。髪の毛を容易くちぎり飛ばすその力に、なかなか自分のペースに持ち込めない。
一方でタルカスは纏わりつく髪の毛を前に、最後の詰めが詰め切れない。髪の毛と鉄鎚の多方向攻撃、ブラフォードの間合いに居続けてはあっと言う間に致命傷を喰らってしまう。
自然と攻めては引き、引いては攻めの繰り返しとなる。しかし屍生人となったブラフォードは疲れも見せず、多少の傷はものともしない。
戦いは止まってくれない。考えに沈んでいたタルカス目掛け、勢いをつけたブラフォードが突っ込んでくるッ!
迫りくるブラフォードの突撃をかわし、棒の部分で相手の顔を狙ってはたく。髪の毛によって防がれたが、体重を乗せ、そのまま槍を振り切った。
タルカスは考える。相手の繰り出す鉄鎚を避け、髪の毛をちぎり、地面を転がりながら考える。この戦いをどう終わらせるのか、ひたすら彼は考え続けた。
短い時間で交わされた会話を頼りに考えてみた。
ブラフォードは怨霊そのものだ。呪いを抱いたまま死に、呪いによって生かされ続けているブラフォード。
それはスミレに会うことがなかったタルカス自身の姿。タルカスはブラフォードと似ている。ブラフォードはもう一人の自分自身だ。
救いたい、スミレが自分の心を解き放ってくれた様に、かつての戦友を解き放ちたい。
呪詛の言葉をつぶやき、髪の毛を振り乱し、壊れた殺戮マシーンのように鉄鎚を振るう。
それはブラフォードの生きざまではないはずだ。気高い武人、それがブラフォードという男のはずだ。
取り戻してほしい。誇りを、そして心を。
最後に見たスミレの姿を思い出す。彼女の笑顔を思い出すと勇気がわいてくる。
「俺は……スミレのため、守るべきもののため…………!」
「BOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」
胴体を粉砕せんと横方向に振るわれた鉄鎚。鉄槍で受け止め、タルカスは吠えた。
「負けるわけにはいかんのだッ!」
【C-4 中央/一日目 黎明】
【タルカス】
[能力]:黄金の意志、騎士道精神)
[時間軸]:刑台で何発も斧を受け絶命する少し前
[状態]:疲労(小)
[装備]:ジョースター家の甲冑の鉄槍
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:スミレを命に変えても守る。そして主催者を倒す。
1:ブラフォードの心を取り戻す。
2:誇りと心を取り戻してくれたスミレに感謝。必ず守って見せる。
3:戦いが終わればシンガポールホテルへ向かう。
【ブラフォード】
[能力]:屍生人(ゾンビ)
[時間軸]:ジョナサンとの戦闘中、青緑波紋疾走を喰らう直前
[状態]:腹部に貫通痕(戦闘には支障なし)
[装備]:大型スレッジ・ハンマー
[道具]:地図
[思考・状況]
基本行動方針:失われた女王(メアリー)を取り戻す
0:タルカスを倒す。
1:強者との戦いを楽しむ。
2:
ジョナサン・ジョースターと決着を着ける。
3:女子供といえど願いの為には殺す。
◆
ポタリ、ポタリ……。メトロノームのように一定に刻まれる音は融けだした氷柱が生んだ水滴音だろうか。
それとも……と、スミレは地面に横たわったまま視線を自分の体に向ける。真っ赤に染まった身体のどこからか血が流れ落ちている音かもしれない。
視界にうつるのはキラキラと輝く巨大な氷のオブジェ、真っ二つに折れた棒、手痛い反撃を喰らった鳥、そして……血の海に横たわる自分。
「ざ、まぁ……みろ」
よろよろと、今にも墜落しかねない鳥の後ろ姿に向けて、ニヤリと笑ってやる。
追いかけて行って焦らせてやろうかとも思ったが、もはや自分が立ち上がることすらできなくなっていた事に気づき、スミレはそうするのを諦めた。
片足は氷におおわれ、体のあちこちが、標本箱に飾られている蝶のように、氷柱で地面に縫い付けられている。
考えてみればそれも当然かな、とどこか他人事のように納得した。
無理矢理喋ったせいか、喉元に何かがこみ上げてくる。体全身を震わせるように咳き込み、口から飛び出してきた真っ赤な液体を眺める。
もう永くはないんだ……そうひとりごちることすらできず、スミレは全身から力をゆっくりと抜いた。背中に広がる自分の血が暖かく、心地よい。眠るように目をつぶった。
タルカスとの約束が守れそうにもない、そう考えると少しだけ悲しい。
今も彼は戦っているのではないだろうか。そうであるならば、せめて彼が戦っている間は、自分も戦っていたかった。
全力を尽くすことは確かにできた。ホテルに着く直前に、急に宙より降りそそいできた氷の雨、そして鋭い爪で襲いかかってきた一匹の隼。
無駄な抵抗ではなかった。蹂躙され、いたぶられ、それでも油断しているクソッタレチキン野郎に思いきり、棒での一振りを叩きこめたのだ。
それが結果的にヤツの逆鱗に触れてしまったようだが、それでもスミレはちょっぴり自分自身が誇らしげだった。
鳥公が人間様を舐めてんじゃねーぜッ てめェはな、ただの猛禽類なんだよ、このダボが!
そんな想いで一発叩きこめたときはスカッとした。あの鳥野郎はさぞかし頭にきただろう。自分より遥かに劣る人間様に手痛いしっぺ返しを食らったのだから。
そう考えるとスミレは愉快だった。
段々と身体を動かすこともできなくなってきた。なんとか力を振り絞って、ぼさぼさになっていた髪の毛を、震える手で整える。何でもないことがえらく億劫で、けだるい。
寒い、凍ってしまいそうだ。指先の感覚がなくなっていく。体全身から温度が逃げて行く。
血の海の中で身体を丸め、横向きで膝を抱えるような姿勢をとった。少しでも自分の体を温めたい、そう思ったスミレは弱弱しく、滑る足を撫でてやる。
寂しい。このまま死んでいくのが怖かった。
誰にも看取られず、一人ぼっちで逝くのは寂しいことだった。スミレが想像した以上に死ぬということは孤独だった。
惨めさと後悔から彼女の目に涙が溢れてきた。わなわなとふるえる口から出る息は白く曇り、もはや言葉を吐くのは不可能なほどに、彼女の身体は弱っていく。
ポタリ、ポタリ……。涙が頬を伝い、綺麗な肌に一本の線を描いていく。次々と零れ落ちて行く水滴が真っ赤な波紋を作っていた。
もっと生きていたかった。もっとたくさんのことを経験したかった。もっと、もっと、もっと……。
彼女の願いの数だけ、雫がおちていく。無数とも思える数の願望が、浮かび上がり、また滑り落ちる。何度も、何度も、何度も……。
「育、朗……アンタがいれ、ばなァ…………」
―――寂しくなんかないのに。
震えるように吐き出された言葉。小さく響いていた水滴音が止まる。揺れ動いていた深紅の水面が、動くのをやめた。
やがて訪れた静寂。一度だけ開かれた瞳がゆっくりと閉じられた拍子に、最期の涙が落ちていく。
そしてそれっきり、音はやみ、少女は動かなくなった。
【スミレ 死亡】
【残り 105人】
【C-4 シンガポールホテル周辺/一日目 黎明】
【
ペット・ショップ】
[スタンド]:『ホルス神』
[時間軸]:本編で登場する前
[状態]:全身ダメージ(中)
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:サーチ&デストロイ
1.とりあえず体力の回復を図る
2.自分を痛めつけた女(
空条徐倫)に復讐
3.DIOとその側近以外の参加者を襲う
[備考]
※ペット・ショップの状態は飛ぶことはできるが、本来のような速さはない程度のけがを負っている状態です。
※シンガポールホテル付近にスミレの死体が転がっています。近くにデイパック、ジョースター家の甲冑の鉄兜、折れた棒、溶けかけの氷柱が放置されています。
投下順で読む
時系列順で読む
キャラを追って読む
最終更新:2012年12月09日 02:21