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     ――――それは零へと至った物語。僕と友のかけがえのない冒険譚。



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ポタリ、ポタリ、ポタリ…………。
向かいに座っていたアナスイは席から立ち上がると、緩んでいた蛇口をしっかりとひねった。
耳障りな水滴音がなくなるのを確認すると彼は再び席につき、口を開いた。

「オーケー、あんたの言ってることは完璧に理解したよ、ジョニィ・ジョースター
 この殺し合いの首謀者はあのメガネのジジイ、スティーブン・スティールではないであろうということ。
 裏で糸を引いているのは死んだはずのアメリカ大統領、ファニー・ヴァレンタインが関わっている可能性が高いこと。
 そして俺とあんたは時代を超えて呼び寄せられていて、そうである以上黒幕は一人ではなく、協力者がいるであろうこと」

だがな、そう最後に付け加えるとアナスイは初めて僕と視線を合わせた。僕はその目を見て、旅の途中で出会った一人の男を思い出す。
リンゴォ・ロードアゲイン。彼はかつて僕を見て言った。漆黒の殺意、いざというときに相手を躊躇わずに殺すことができる、人殺しの目。
アナスイの澄んだ目の底には根深い殺人者の匂いがこびりついていた。洗っても洗っても落ちることのない業。かつてリンゴォが僕の目に見たであろう殺意が、僕を見つめ返していた。

「俺が聞きたいのは『それでアンタはどうしたいんだ』ってことだ。
 首謀者も分かった。黒幕も分かった。それでアンタはどうするんだ? この殺し合いの中、アンタは結局どうしたいんだ?」

アナスイの身体から飛び出た影が彼自身に重なる。机を挟んだこの距離は、近距離パワー型スタンドの領域だ。
答えによってはただじゃおかない。並々ならぬ気迫を前に僕は唇を舐め、慎重に自分の答えを吟味する。彼の質問に答えようと僕は口を開いた。

その時、アナスイが僕を見た。僕は彼を見つめ返した。そうしたまましばらく沈黙が流れ、僕はそのまま口を閉じると、視線を逸した。

「……わからない」
「……俺は決まってる。一秒でも無駄にはできない、俺は徐倫を探しに行く」

消えるような僕の答えを聞くと彼は立ち上がり、足早に出口へと向かっていく。
僕はそんな彼を止められない。凍りついたように椅子から立ち上がれないまま、彼がただ出ていこうとしているのを見守るほかなかった。
ドアノブに手をかけると彼は思い出したかのように呟く。誰に聴かせるわけでもなく、つい口に出してしまったかのように。

「殺し合い、そんなことはどうでもいい。俺のすることは、いつだってどこだって決まっている。
 俺の身は徐倫のため、俺の心は徐倫のため。彼女のために全てを捧げ、彼女を守るためなら俺はなんだってする。
 そう、“なんだって”だ」

アナスイは言っていた。彼が守るべき存在、空条徐倫のことを。
アナスイは言っていた。彼は躊躇わない。彼女を守るため、彼女のためならなんだってする。殺しもする、拷問もする、人の道も外れるし、誰かに命を狙われても構わない。
彼の目には殺意以上に煌くものがあった。真っ黒に光る殺意の奥、そこには確かな覚悟があった。
人を殺す必要があるのならばぼくはきっとそうするだろう。いざという時ならば僕は容赦なく非情になる人間だと思っている。
だがはたして僕にあるのだろうか。彼のような、覚悟が。

「一人で探すよりは二人で探したほうが早く見つかるに決まってる。ここで考えるよりも、行動に移したほうが確率は上がる。
 約束は守ろう、ジョニィ・ジョースター。ただし、アンタも俺の約束を守ってくれよ」
「……僕は空条徐倫を傷つけない。君もジャイロ・ツェペリには手を出さない」
「そのとおり。スティーブン・スティールとファニー・ヴァレンタインのことを教えてくれて感謝する。よろしく頼んだぜ。じゃあな」

約束を守らなかったら? そう聞き返してみたかった。だけどそんなことは無理だ。彼はその問いに答える前に出ていってしまった。
僕の目の前で、音を立て扉が閉まった。静寂の中、やけに反響する音が耳から離れなかった。






死んだはずの親友と出会えるとしたらあなたはどうする? あなたは全てをなげうってでも彼に会いたい、そう言えるだろうか?
その親友が自分の知らない親友でも? あるいは彼が自分のことをこれっぽっちも知らないとしても?
親しければ親しいほど、僕らは些細な違いに気づいてしまう。彼はこう言わない、彼ならこんなことはしない。誰よりもその差に気づくのは自分自身だ。

アナスイは言った。そんなことはどうでもいい、それでも自分は構わない、そう言った。
空条徐倫が自分のことを知らなくとも、自分の知らない彼女であろうとも。彼女という存在のためなら命すら惜しくないと。
彼女の記憶にとどまらなくても構わない。ただ俺は彼女の平穏のために死んだ、そう胸をはれるならば本望だと。

だが僕はわからない。僕の知らないジャイロ・ツェペリ。僕を知らないジャイロ・ツェペリ。
そんな君にあったら、そんな自分を見つけたら、一体僕はどうなるんだろうか。



     ―――この旅は僕が歩き出す旅だった。歩けるようになるという肉体的成長でなく、大人として歩き出すという精神的成長。



「……行こう」


僕はマイナスだった。大陸横断の旅の始まり、僕は何も出来なかった。すべてを失っていた。
だけど彼と旅をするうちに、なくしていたものを僕はひとつずつ取り戻していく。ひとつひとつ、拾っては集め、見つけては再び手に入れる。

失う前に戻ったわけじゃない。過去は決して変わらず、僕はあの時より少しだけ年をとった。
零へ戻っただけというのならそうかもしれない。
傍らに立つ友はいない。名誉もなければ賞金も勝ち取れず、僕は何も成し遂げちゃいない。何も変わらずただ少し大人になっただけなんだ。
ほろ苦い別れを経験して、妥協と諦めることを知った。生き抜くための当たり前の知恵を身につけ、喧嘩していた親と和解した。
僕だけじゃない。ティーンエージャーなら誰もが経験するモラトリアムを乗り越えただけだ。

だからここからは“僕”なんだ。荒野の道、どこに向かい歩いていくのかを決めるのは僕だ。僕が僕の道を創りだしていくんだ。
まっさらな地図に赤線を刻んでいけ。十字路にさしかかり、右に曲がるか左に行くかは僕次第。僕だけが僕を決めていける。


「ジャイロ……君に会いたい」


僕はジャイロに会いたい。
会ってどうする。最初から決まっていた。僕はジャイロに『ありがとう』、そう伝えたいだけなんだ。
それだけのことか、と呆れられるかもしれない。ジト目で僕を睨む彼の顔が容易に思い浮かぶ。でもそれだけでいい。それで僕は構わない。

ジャイロは僕を歩かせてくれた。ジャイロは僕に与えてくれた。教えてくれた、受け継がせてくれた。
だというのに僕は彼に何一つ出来なかった。僕は彼に何もしてあげられなかった。

殺しあいなんてどうでもいい。誰がどうなろうが知ったこっちゃない。
ただ会いたい。会って、言ってやりたい、見せてやりたい、教えてあげたい。

ジャイロ、君のおかげで歩けるようになったんだ。見てよほら、イケてるだろ? これでお気に入りのジーンズも履けるぜ。
乗馬だって今まで以上に楽しめるんだ。君は知らないかもしれないけど、僕ってイケイケの騎手なんだぜ? イギリスにおいでよ、とびっきりのブロンドガールを紹介してやるよ。
君の住むところにも行ってみたいな。そうだ、イギリスから乗馬で君の祖国まで旅するってのもイカしてないか? 絶対楽しいよ。旅費は僕に任せてくれ。



     ―――それもこれも君のおかげなんだよ、ジャイロ。



守る、だなんて傲慢だ。君無しじゃいられない、なんて男女のラブストーリーで出てきそうなキザな台詞を吐くつもりもない。
それを教えてくれたのは君なんだもの。君は君がしたいことをして、僕は僕がしたいことをする。
一人で立ち、歩いて行くこと。それができるようになったのは君のおかげなんだから。

だからこれは僕の勝手。僕がしたいこと。僕が選んだ僕の道。僕が歩く地図の上。


「ジャイロ、君にあって……伝えたい」


それ以外はそこから考えればいい。彼が僕の知るジャイロ・ツェペリでなかったならば。彼が僕、ジョニィ・ジョースターを知らなかったならば。
それでも僕は伝えたい。君がどんだけイケてるやつか。僕がどれだけ君に感謝しているか。
扉を開き、夜を冷えた空気が僕を包む。力強く地面を踏みしめ、僕は夜の世界へと、一歩踏み出した。



                  ★



     ―――これは一へと至る物語。僕が大人になって進む初めての冒険譚。



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【E-8 杜王町路地 / 1日目 黎明】

【ジョニィ・ジョースター】
[スタンド]:『牙-タスク-』
[時間軸]:SBR24巻 ネアポリス行きの船に乗船後
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、ランダム支給品1~2(確認済)
[思考・状況]
基本行動方針:ジャイロに会いたい。
1.ジャイロを探す。


【E-8 杜王町路地 / 1日目 黎明】

ナルシソ・アナスイ
[スタンド]:『ダイバー・ダウン』
[時間軸]:(あとの書き手の方にお任せします)
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、ランダム支給品1~2(確認済)
[思考・状況]
1.徐倫を探す。
2.味方になりそうな人間とは行動を共にする。ただしケースバイケース。今は協力者を増やす。





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前話 登場キャラクター 次話
014:遠き日の彼らへ ナルシソ・アナスイ 096:囚われ人と盲目者
014:遠き日の彼らへ ジョニィ・ジョースター 088:弾丸

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最終更新:2012年07月27日 19:41