――ヒーロー。
そう聞いたとき、人はいったいなにを連想するだろうか。
魔王を倒すべく旅立つ勇者の血を受け継いだ少年かもしれない。
いかなるミッションも危なげなく完遂する諜報員かもしれない。
どんなトリックであろうとたやすく見抜く名探偵かもしれない。
潜んでいる妖怪変化を人知れず退治する霊能力者かもしれない。
人類の自由と平和を守るために日夜戦う改造人間かもしれない。
別に、そのようなフィクションの住人だけとは限らない。
ヒーローは、ブラウン管や紙の束のなかだけにいるワケじゃない。
一一〇番をすればすぐに駆けつけてくれる警察官かもしれない。
体調が悪い理由を的確に教えてくれるお医者さんかもしれない。
一打逆転のチャンスを決して逃さないスラッガーかもしれない。
沸き出す気持ちを思いのままに歌うロックスターかもしれない。
敵陣のゴールを正確無比に射抜くファンタジスタかもしれない。
そして、広瀬康一という「まっすぐ」な人間にとっては、命の恩人である
東方仗助や
ダイアーのような人間のことを『ヒーロー』と呼ぶのだろう。
だがしかし、この世に住む万人の意見が、そのような「前向き」なものであるとは限らない。
ある程度は有名なギャグだが、こんなネタを聞いたことがないだろうか?
HEROという英単語を分解してみると、
H と ERO が組み合わさって出来たものだ、と。
非常に馬鹿らしい低俗な話である。
ちなみに、『H』というスラングの由来は、『HENTAI』の頭文字から来ているそうだ。
☆ ☆ ☆
「ちきしょお~~ あと一歩で康一どのを屈服させられたのにォォー。あのイカレ軍人マニアめ………」
引っぱたかれた頬を撫でながら、
小林玉美は悪態をつく。
青ぶくれになって腫れているし、奥歯も一本持っていかれたようだった。
(『億泰』とかいうガキにぶん殴られた時の100倍はいてェ………
これで「手加減してやった」だとぉ? あの男は一体どんな馬鹿力をしてやがるんだ……)
シュトロハイムらから逃げる際、玉美は康一に渡した拳銃「H&K MARK23」だけはひったくって取り返すことができた。
しかし、支給品の入ったデイパックまでをも回収することは出来なかった。
玉美のもうひとつのランダム支給品は「タンクローリー」だったし、玉美のデイパックには、もうランダム支給品は入っていない。
しかしこのゲームを生き残るために必要なのは、なにもランダム支給品だけではない。
地図や方位磁針がなければ現在地がわからなくてってしまうし、食料だって必要なのだ。
だがシュトロハイムがいる以上、支給品を取りに戻るのは危険と判断。
そこで玉美は、康一との会話に登場したダイアーという男の話を思い出す。
康一と出会った場所から数百メートル先、橋の上で敵に襲われた康一はダイアーという男に命を助けられた。
そして戦いがあり、その敵も、ダイアーという男も、ともに死んでしまったのだという。
つまり3人のゲーム参加者がそこにいて、そのうち2人が死んだということだ。
だが、康一はデイパックを『自分一人分しか』持っていなかった。
出会った時の康一は精神的にかなり疲弊していたようだし、荷物を見逃して置き忘れていたのかも…… 充分にあり得る。
こういった姑息さこそが玉美最大の取り柄である。
無事、橋の上でひとつのデイパックを回収することに成功した玉美。
もうひとつのデイパックは残念ながら発見することができなかった。(川にでも流された?)
そしてデイパックの中身の確認と今後の方針決定のために落ち着ける場所を探し、休息をとることにしたのだ。
そして、現在に至る。
「こいつは…… い~いものを手に入れたぜぇ~~~ 武力も大切だが、こういうゲームで生き残るには情報も重要なファクターだからなァ」
腰をかけて、さっそく手に入れた新しい支給品を物色…… 入っていたのは
基本支給品の他、自分のデイパックには入っていなかった会場全体の地下の地図だった。
(なるほどねぇ、それで懐中電灯があるわけだ。これだけ入り組んだ地下迷宮ならば、地図が無いと迷う可能性は高い……
逆に地図さえあれば地下で籠城作戦が組めるってスンポーだッ! 頭良いぜ、オレ!
危険人物とは出会わないに越したことがないし、オレってばラッキーッ!)
地上の地図と見比べて、現在地からもっとも近くにある地下道への入口を探す。
(え~っと、さっきF-5の橋の上で「デイパック」を見つけて、そこから東に少しもどる。
イタリアだかフランスだかにあるはずの真実の口と、トウモロコシ畑の間の道を抜けて、この辺のレストランに入ったわけだ。
お、さっきの真実の口の辺りに地下に通じる道があるじゃあねーか。
ここからなら5分もあれば行ける距離だ。またまたオレってばラッキーッ!!)
あらかたの方針が決まり、玉美は腰を落ち着かせる。
もう少し休憩―――― もとい、ここを『堪能』したら、地下へ向かうことにした。
え、『堪能』ってどういうことだって?
それは、いま玉美が腰を落ち着かせているところが、普段だったら絶対に入ることができないところだからだ。
男なら一度も入ったことのない場所、入りたくても入れなかった特別な場所。
こんな異常事態でなければ入る機会など巡ってこない。
玉美が腰掛けているのは、便座だ。
そして、ここはローマのとあるレストラン――――― その『女子トイレ』の個室だ。
(ま、実際にオンナがいるわけじゃあないがよォ――――
なんか無性に興奮するぜーっ!
ちょっとくらいタノシンデも問題ないよなァ~~
あん?)
玉美が個室に籠って10分ほどが経った頃、別の誰かがこの女子トイレに入ってきた。
コツコツコツ、という足音。
玉美は息を潜めて静かに様子を伺う。
来訪者は玉美のいる個室の、隣の個室に入ったようだ。
声は聞こえてこない。
だが、息づかいでわかる。
入ってきたのは、「オンナ」だった。
それも、若い。
(………オレってば、ラッキーッ!!!)
☆ ☆ ☆
トリッシュ・ウナは憂鬱だった。
殺し合いを止め、脱出せねばならない。
ただひとり残った仲間であるミスタ、
ウェカピポの信頼に足るジャイロとジョニィを見つけなければならない。
協力できそうな人間を探し出し、仲間を増やさなければならない。
だが、生理現象だけはとめられない。
ブチャラティたちとの旅の中でトリッシュは精神的にも肉体的にもタフになった。
だが、それでもトリッシュがまだ16歳の少女であることは変わらない。
ウェカピポはトウモロコシ畑の影の中で「済ます」ように勧めたが、トリッシュはそれを拒否。
無人となった街の適当な建物でトイレを借りることにした。
トウモロコシ畑を抜けた先にあったレストランに侵入し、ウェカピポを扉の前に待たせてトリッシュはトイレの中に入る。
これがまたボロくさい造りだった。
個室の扉は建て付けが悪く、鍵もかけられない。
薄暗くて嫌な感じだ。
ローマは観光地でもあるというのに、もう少し掃除でもすればどうなのか。
便座に腰掛けてため息をつく。
これから一体どうなってしまうのか。
そんなことをぼんやりと考えていると、突如目の前の扉が勢いよく開かれた。
「おおっと! 大きな声を出すんじゃあねえぜ! でないとその綺麗な顔が、ひしゃげたトマトみたいにグチャグチャに潰れちまうぜぇ~!」
――――最悪だ。
入ってきたのは『変態』だった。
いかにもいやらしそうな下衆い表情。よだれを垂らした下品な小悪党。
パンチパーマに垂れ目の小男、小林玉美が突然目の前に現れた。
手に握られている拳銃の先端には消音器らしきものが取り付けられ、トリッシュの額に向けられている。
「立ちあがって、後ろを向きな。妙な真似はするんじゃあないぞ」
これじゃあ助けを呼べない。
仕方がない。
今はこの変態男、小林玉美に従うしかない。
トリッシュはまだパンツも下ろした、まま立ち上がる。
だがトリッシュは屈服したわけではない。
相手は拳銃を持ってはいるが、これはあくまで威嚇用だ。
この変態の目的が「殺人」ではなく「自分の身体」であることは明白である。
自分が騒がない限り、この拳銃が火を噴くことはない。
ならば、拳銃の銃口が自分から離れるのを確認するまでの、辛抱だ。
相手が油断して拳銃を下した瞬間、『スパイス・ガール』の拳撃を叩き込んでやる算段だ。
ドスッ
「――――かはっ!」
だが、玉美はトリッシュの予想を越える周到さで攻めてきた。
トリッシュが後ろを振り返ると同時に、玉美はトリッシュの肩口に注射器を打ち込んだ。
「っっっ!! ――――っっっっ!!」
(声が出ないっ! スタンドも出せないっ! 体もっ―――)
強力な麻酔薬のようだった。
油断した。これでは反撃できない。助けも呼べない。
(やったぜぇぇぇぇ!!
注射成功! 拳銃は囮でしたァァァ~~ん!!)
拳銃をズボンのホルスターにしまう。
トリッシュは既に体の自由を完全に奪われ、ガクガク震えている。
(ひゃっほほ~~~~~~~いいっ!!
想像以上の効果だぜッ! この『冬のナマズみたいにおとなしくさせる注射器』ッ!!
地下の地図も大収穫だったが、オレが欲しかったのは『こーいうアイテム』だったんだよなァァァ~~~!!
完全に動かなくなっちまいやがったッ!! しかも、意識だけはちゃ~んと残っているみたいだぜぇぇぇ!!)
ビクンビクンと身体を震わせるトリッシュの全身を、玉美はいやらしい目つきで物色する。
トリッシュは正気の感じさせない、しかし屈辱に満ちた表情で玉美の顔を睨みつける。
しかし、その行為すら玉美は快楽に変換し、興奮材料とする。
(い~~~~~い女じゃあねえかッ!! 屈辱的な顔がまたいいッ!!
康一どののお姉ちゃんも色っぽくってカワイかったが、この女は別格だぜぇ~~~!
ムチャクチャ可愛いのはもちろん、体もプリプリしてるしよぉ~~~!!
身につけてる衣装もセクシーだし、何より外国人ってのは初めてだぜぇぇ~~!!
やっぱり風俗の姉ちゃんより食べ頃のオンナノコだよなぁぁ~~~)
外国人。それは玉美にとっては未知の領域だった。
(もう辛抱たまらねぇぇぇ~~~!! オレはやるぜぇぇぇ~~~~!!
オレが悪いんじゃあねえッ! この『異常な状況』が悪いんだぁ~~~!!
いつ死んじまうかもわからねえ『こんな状況』だったら、女を襲うくらい『シカタナイコト』だよなあ~~~!!)
玉美の汚い腕がトリッシュの上半身に伸びる。
いやらしい手つきで玉美はトリッシュのブラ紐を引きちぎり、胸を露出させた。
(さっ さっ さっ さいこぉ~~~~~っ イッイ~~~ッ!
これはオレが悪いんじゃあねえぜぇぇぇぇ~~~!! 『異常な状態』が引き起こす、ただの『錯乱状態』だぜぇぇぇぇ~~~!!!
もう、どんなになっても玉美さんは収まりつかねえよォォォ~~~~!!
『冬のナマズ』ってのがどんくらいおとなしいかはよく知らねえがよォォォ――――)
玉美はズボンをずり下ろす。
(この『小林さん』の―――― 『大林さん』は――――)
小林玉美。この男は正真正銘、最悪の――――――
(『夏のナマズみたい』になっちゃってるんだぜぇぇぇぇぇ――――――ッ!!!)
変態だった。
(小林玉美――― 行っきまあ~~~~~ッす!!)
「そこまでだ、この変態野郎」
半裸で動けないトリッシュに飛びかかろうとしていた玉美のパンチパーマを、ウェカピポが掴み上げた。
「へ……?」
「ただの小便にしては戻るのが遅いと思って様子を見に来てみれば…………
やれやれだぜ、この変態野郎……」
そして落ち着いた調子のまま、玉美の顔面に全力の拳を叩き込んだ。
「ふぎゃっ!」
間抜けな叫び声を上げて壁に叩きつけられる玉美。
こんな最低な変態野郎に鉄球を使うほど、ウェカピポの『技術』は安くはない。
(2人いた……… という事か……… チクショウ…………)
鼻血を垂らしながら、玉美はウェカピポを睨みつける。
いいところで邪魔しやがって…… 玉美の心に自分勝手な怒りがこみ上げる。
「ふざけやがってェ―――!! てめーぶっ殺してやるッ!!!」
腰のホルスターに手を伸ばす。
撃ち殺してやるッ!
こっちには拳銃があるんだッ!!
拳銃が――――――
あれ、拳銃が、『ない』。
玉美の右手が、腰にあるはずの拳銃を空振りする。
なんで?
なんだ無いんだ?
あ、そうか。
自分でズボンを脱いだんだった。
無言で玉美に近づいてくるウェカピポ。
この世で最も哀れな人間を見つけたかのような、可哀相なものを見る目で玉美を見下ろしている。
「て…… てめー おれのそばに寄るな~~っ!
丸腰だぜ! 無抵抗だぜっ! これ以上おれに暴力して、てめーの心に『罪悪感』は……」
玉美は自分で言ってて虚しくなる。
下半身丸出しで女の子に襲いかかろうとしていた最低な変態野郎に対し、罪悪感を持つ人間なんて、いるわけねーだろ。
「ふぎゃー!」
強烈な蹴りをくらい、玉美はトイレの隅の掃除用具庫に吹っ飛ばされた。
玉美の無駄な抵抗が収まったことを確認したウェカピポは、トリッシュのもとに駆け寄る。
「災難だったなトリッシュ。間に合ってよかった。とりあえずこいつを羽織っておけ」
できるだけ素肌を見ないように心がけ、ウェカピポは自分に支給されたジャケットをトリッシュの体に被せてやる。
男物のデザインで、そこそこ裕福なサラリーマンが着るようなスカしたデザインのブランド品だったが、玉美に破かれた服よりはマシである。
そして次に、懐にしまった鉄球を取り出し手のひらで回転をさせる。
「何かの薬を注射されたようだな。体の自由が効かないんだろう…?
戦闘面以外の『回転技術』は専門外だが仕方ない………」
鉄球をトリッシュに叩きつける。
衝撃にたまらず、嘔吐するトリッシュ。
「うっ…… おえっ……」
「100パーセントとはいかないが、薬を吐き出させた。これで少しはマシになるだろう」
フラつきながらも、トリッシュは意識を覚醒させる。
まだボーっとした頭をなんとか働かせ、パンツを履きなおす。
そして助けてもらった礼を言うことも忘れ、トリッシュはウェカピポの脇をフラフラと通り抜けていく。
「へっ」
そして、下半身丸出しで掃除用具庫に倒れる玉美の前に立ち止まった。
トリッシュは、何者にも形容しがたい怒りの形相で玉美を見下ろしている。
女の子がこんな表情、めったにするものではない。
「じょ…… じょおおだんですってばあ~~~~~ お姉ちゃあああ~~ん!!
全て冗談なんですよおおおおお~~~~~!!」
「この―――――」
「…えっ?」
トリッシュのスタンド、『スパイス・ガール』が姿を現す。
「 ド 変 態 がァァァァァ――――――ッ!! 」
『WAAAAAAAAAAAAAANNABEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!!!!』
薄れゆく意識の中で、玉美は思った。
美少女に殴られまくって気絶するというのも、悪くない。
「やれやれだぜ」
【小林玉美 下半身丸出しで気絶】
【G-5北東のレストラン 女子トイレ / 1日目 黎明】
【トリッシュ・ウナ】
[スタンド]:『スパイス・ガール』
[時間軸]:『恥知らずのパープルヘイズ』ラジオ番組に出演する直前
[状態]:麻酔が全身に回って気分が悪い(ウェカピポのお陰でかなりマシになった)
[装備]:
吉良吉影のスカしたジャケット
[道具]:基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いを止め、ここから脱出する。
1.この変態野郎にあと100発くらいぶち込んでやりたい。
2.ミスタ、ジャイロ、ジョニィを筆頭に協力できそうな人物を探す。
3.あのジョルノが、殺された……。
4.父が生きていた? 消えた気配は父か父の親族のものかもしれない。
5.二人の認識が違いすぎる。敵の能力が計り知れない。
[参考]
トリッシュの着ていた服は破り捨てられました。
現在は吉良吉影のジャケットを羽織っています。
『冬のナマズみたいにおとなしくさせる注射器』を打たれました。
かなり吐き出しましたが、まだ気分が悪いようです。
【ウェカピポ】
[能力]:『レッキング・ボール』
[時間軸]: SBR16巻 スティール氏の乗った馬車を見つけた瞬間
[状態]:健康
[装備]:
ジャイロ・ツェペリの鉄球、H&K MARK23(12/12、予備弾12×2)
[道具]:基本支給品×2、ランダム支給品0~1(確認済)、地下地図
[思考・状況]
基本行動方針:トリッシュと協力し殺し合いを止める。その中で自分が心から正しいと信じられることを見極めたい。
1.この変態野郎が目を覚ましたら尋問して情報を聞き出す。
2.ミスタ、ジャイロ、ジョニィを筆頭に協力できそうな人物を探す。
3.スティール氏が、なぜ?
4.ネアポリス王国はすでに存在しない? どういうことだ。
[備考]
ウェカピポの支給品のうちひとつは『吉良吉影のスカしたジャケット』でした。
ボタンが一つほつれて取れてしまっているようです。
【小林玉美】
[スタンド]:『錠前(ザ・ロック)』
[時間軸]:広瀬康一を慕うようになった以降
[状態]:下半身丸出しで気絶中
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:どんな手を使ってでも生き残る。
1:下半身丸出しで気絶中。
[参考]
橋で回収したデイパックはダイアーの支給品です。
ダイアーの支給品は地下地図と『冬のナマズみたいにおとなしくさせる注射器』でした。
地下地図は拳銃と共にウェカピポが所持。注射器は使いきり、女子トイレの床に放置されています。
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最終更新:2012年08月24日 03:13