【Scene.3 相棒】
「なっ―――― なんだァ!?」
ダービーズ・カフェで『待機』することを選んだジョルノ一行。
彼らの耳に飛び込んできたのは、自動車が何かに激突したような鈍い衝撃音。
何かが大型ガラスを突き破り、盛大に割れたような甲高い音。
数瞬遅れて、けたたましいサイレンのような音も聞こえてきた。
3人は気がつかなかったが、少し前には地鳴りのような低いエンジン音も聞こえていたのである。
そのいずれも、このカフェより北の方向。
距離も大して離れていないようである。
「何か…… あったようですね。少なくとも、僕ら以外の参加者が、この近くにいます」
「交通事故みてーな嫌な音だったぜ。それに、聞こえてくるこのサイレンの音はなんだ? ポリや消防とも少し違うようだが……」
「この音は日本の救急車のサイレンです。昔日本に住んでいたことがあるので知っているんです。この町並みとは似合わない音であることは確かですが……」
「ほ~。相変わらず博識なことだな、ジョルノ。 ……で、どうするよ? 行ってみるか?」
「そうですね。慎重になるに越したことありませんが、しかし、様子は見に行くべきだと思います。
近くを訪れた参加者に接触しないのでは『待機』を選んだ意味がありませんし、もしかしたら、誰かが危険な目にあっているのかも……」
冷静に状況を分析するジョルノたち。
素早い判断で行動方針を定め、それを具体的な形にする。
「ミキタカ、あなたの意見を聞きましょう。 ……ミキタカ?」
2人の一歩後ろに立つミキタカに振り返り、ジョルノたちは彼の異変に気がついた。
ミキタカは耳を抑え、痙攣するようにブルブル震えている。
よく見ると、顔にも何故か蕁麻疹のようなブツブツができていた。
「お おい! どうしたミキタカ!? だいじょう……」
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアア―――――――――ッッ!!」
ミキタカが豹変して叫び声をあげ、頭を抱えて暴れ始める。
その変貌っぷりにミスタは目を点にし、ジョルノですら言葉を失ってしまった。
「こ……この音だけは…… このサイレンの音だけはァ~~~~~~!!
ダメなんだよォォォォォ――――ッ!! ウゲァァァァァァァ―――ッ!!」
「サ、サイレン? 何言ってんだミキタカ? 大丈夫か?」
「落ち着いてください、ミキタカ!」
「うぷっ!」
頭痛をこらえ悶絶するミキタカ。
顔色はどんどん悪化し、さらには吐き気も催したようで、口を抑えてもがいている。
突然のミキタカの奇行に対処ができないジョルノたち。
「……もうっ! 我慢できないッ!!」
「あっ! オイ待てっ!」
ついに堪えきれなくなったミキタカは走り出し、店の外に待機させておいたシルバーバレットに飛び乗りしがみついた。
そして、自らの腕のムチに変化させ、シルバーバレットを走らせ始めた。
「待てミキタカッ! 勝手に何処へ行くッ!!」
「イピカイエ―― マザー○ァッカ―――ッ!!」
ミスタの静止を振り切り、どこで覚えてきたのかわからない映画のセリフを真似したミキタカと彼を乗せた馬は、サイレン音のする反対方向、南へと走り去っていった。
「あのバカっ! 勝手な行動を―――――」
「ミスタ! あなたはミキタカを追ってください! サイレンの音の方へは僕が行きます!」
ミスタの啖呵を遮り、ジョルノがそう告げる。
別行動を取る。この状況でジョルノはそう言っているのだ。
言葉の真意を理解し、ミスタは言葉に詰まる。
「ミキタカ…。 彼は自分を宇宙人、正確にはマゼラン星雲人と自称した。彼の奇妙な行動の原因はそこにあるのかもしれません。
なのに、僕たちは彼の正体について、どうでもいいと判断してしまった。とすれば、彼の行動の原因は僕たちにもあります。放っておくことはできません」
「オレが言いたいのはそんな事じゃあねえ! オレだってミキタカのことは気に入っているんだ。見殺しになんてできるかッ!!
だがな、この状況で別行動を取る危険性は分かっていないわけじゃあないだろう?
特にお前が向かおうとしている方向には、何が待っているかもわからねえ! 危険な匂いがプンプンしてるのはお前も同じじゃあないのかッ!?」
放送まで、あと30分あまり。
放送後に今後の身の振りを考えるつもりであったが、今別れたら放送までに再び合流することは不可能だろう。
いや、北で起こった何か次第では、ミキタカの逃げた南方向にいる人物次第では、2度と合流することはできないかもしれないのだ。
「わかっています。ですが、向こうで何かが起こったということも、間違いありません。
もしかしたら、誰かが死にかけているかもしれない。それがブチャラティやトリッシュである可能性だってあるんです。
きっと僕のスタンド『ゴールド・エクスペリエンス』の治癒能力が役に立つはずです。もちろん危険ならば、深入りはせず戻ってきます。
あなたこそ、早くミキタカを連れ戻してきてください。彼を放っておくことのほうが、僕は心配です」
しかし、心配するミスタの目を、ジョルノはじっと見つめ返す。
強い意志を秘めた彼の瞳を見る。何を言っても無駄であることを悟り、ミスタは笑い声を漏らす。
「まったく、こいつはテコでも動きそうもないな。冷静なように見えて、そういう頑固なところは誰かさんにそっくりだぜ」
「ありがとうございます、ミスタ。拡声器はあなたが預かっておいてください。それと、放送の二時間後……。午前8時までにこのカフェに戻らなければ、僕のことは無視してくれて結構ですから」
「エンギでもねえこと言ってんじゃあねえよ、バーカ! 死ぬなよ…… 相棒!」
「………あなたもね。ミスタ!」
2人の男はカフェを離れ、逆方向に走り始めた。
もう一度、再会できるその時を信じながら。
☆ ☆ ☆
【Scene.4 シーラEとスピードワゴン ―そして―】
『
リサリサは黒い長髪の美人! それで間違いないな!!』
『ああ! そしてヒスパニック系のドレッドヘアーの少女がエルメェスだッ!! 頼む、
シーラEくん!!』
『見えてきたよ! あの女だなッ! ぶっ飛ばすぜスピードワゴン! しっかり捕まってな!』
『エルメェスくんが倒れているッ! 遅かったかッ!!』
『突っ込むよォォォォォォォ!!!!』
☆ ☆ ☆
体当たりの衝撃に吹き飛ばされたリサリサはガラスのショーケースを突き破り、道路沿いの高級な食器店の中になだれ込んだ。
リサリサの自由を奪っていた道路標識は根っこから叩き折られ、道路に転がった。
救急車はなんとか停車はしたが、そのあまり衝撃にフロントガラスにはヒビが広がり、さらにはサイレンマシンが誤作動し、ウーウーというけたたましい音を響かせ続けていた。
運転していたシーラEと助手席に座っていたスピードワゴンも頭を強く打ったが、エアバックが作動したため大事には至らず意識を保つことができた。
「ざまあみやがれ! リサリサとかいう女、吹っ飛ばしてやったわ!」
「やれやれ、想像以上にひどい運転だったなシーラEくん。制限30マイルの標識が見えなかったのか? 速度違反だぞ」
「だから言ったでしょ? あたしは運転は苦手だって……。それより急ぐよ!」
ジョークを飛ばし合える程まで元気を取り戻したスピードワゴンと軽口を交わしながら、シーラEは『ヴードゥー・チャイルド』の腕力で2人のエアバックを破り捨てる。
そして、2人は素早く救急車を飛び降りた。
「リサリサ………」
スピードワゴンは、リサリサの吹き飛ばされた食器屋を遠い目で眺める。
流石のリサリサもこれほどの体当たりをまともに食らっては、助からないだろう。
ふと目線を下に向けると、へし折られた道路標識のそばに、見覚えのある女性の左肘から先が転がっていた。
「うッ……!!」
吐き気を催すスピードワゴン。これはリサリサの左腕の先端だ。
体当たりの衝撃によってリサリサの身体は吹き飛ばされ、そのとき道路標識と一体化していた左肘に強烈な負荷がかかった。
リサリサの左腕はその負荷に耐えられず、ねじ切られてしまったのだ。
(本当にこれでよかったのか? 話し合うことはできなかったのか?)
スピードワゴンに後悔の念が押し寄せる。
リサリサは確かに狂っていた。誰かが止めねば、リサリサはさらに無関係の人間を殺し続けただろう。
だが、ここまでする必要があっただろうか。いや、こうでもしなければリサリサは止められなかっただろう。しかし――――――
シーラEがスピードワゴンの想像以上に豪快な手を使ったといえばそれまでだが、リサリサを殺したのはスピードワゴンに他ならなかった。
「スピードワゴン! 何してるの!? こっちに来なさい!!」
シーラEの声によって現実に引き戻されたスピードワゴン。
慌てて彼女の元に駆け寄る。
そう、忘れてはいけない。スピードワゴンをこの場に戻ってきたのは、リサリサのためではない。
他ならぬエルメェスを助けるため、スピードワゴンはシーラEに頭を下げ、危険なこの場所へ舞い戻ったのだ。
「スピードワゴン! この女性(ひと)、意識は失っているが、まだ生きてやがる。なんて生命力だッ!」
「何だって! そうか、良かった! 本当に良かった!!」
「ああ、だが死にかけていることには違いないわ! 早く治療しねえとやばいわよ!!」
倒れているエルメェスに駆け寄ったシーラEは、彼女の生存を確認した。
だが状態は決して良いとは言えず、彼女の戦ったリサリサにいかに痛めつけられたのかを物語っていた。
彼女は全身傷だらけ、特に胸からの出血は痛々しかった。
しかし、エルメェスはなぜ生きていたのか?
エルメェスはリサリサによって心臓に『シール』を貼られ、それを剥がされたのである。
心臓を破壊されて、生きていられる人間などいるわけがない。
普通なら即死するはずなのだ。
そのカラクリの秘密は、種さえわかれば至って簡単だ。
エルメェスは、さらにもう一つ心臓を増やしていたのだ。
リサリサによって心臓を2つに増やされたエルメェスは、とっさの機転で体内に『キッス』を出現させ、さらにもう1つの心臓を作り出したのだ。
『キッス』の『シール』を複数枚対象に貼り付けると、その数だけさらに対象の数を増やすことができる。
そうして、エルメェスは自分の体内に3つ目の心臓を作り出した。
リサリサが『シール』を剥がし2つの心臓を破壊しても、ギリギリで作り出した3つ目の心臓を血管に繋ぎ合わせることで、なんとか生き延びることができたのだ。
だが、胸を貫かれたという事実だけはどうすることもできず、戦闘不能となったというわけだ。
「スピードワゴン、頭側を持て。私は足だッ!」
「わ…… わかった!!」
「急げ! うるさいサイレンのおかげで、誰かがここに来ちまうかもしれない!」
シーラEに急かされ、スピードワゴンはエルメェスの上半身を担ぎ上げる。
急いで救急車に積み込み、この場を去らねば。
だが、スピードワゴンが救急車の後部ドアを開くとほぼ同時に、スピードワゴンの頭めがけて円盤状の何かが飛来した。
「危ないスピードワゴンッ!」
飛んできた何かを『ヴードゥー・チャイルド』が身を挺して弾き落とす。
飛んできたのは高級そうな漆器の皿だった。皿は叩き落とされ、パリンと音を立てて割れた。
「ぐゥ……」
そして皿を叩き落とした『ヴードゥー・チャイルド』の腕のダメージは、シーラEに還元される。
シーラEの腕がビリビリ痺れる。皿には波紋が込められていた。
皿の飛んできた方向にあるのは、ショーウインドウのガラスがぶち割れた高級食器店。
シーラEとスピードワゴンは、店内から姿を現した敵の姿を同時に確認する。
「リ……リサリサ………………」
リサリサは生きていた。
救急車のサイレンの音がうるさく、彼女がガレキをかき分けて起き上がる気配に気が付かなかったのだ。
左腕は肘から先を失い、右手で患部を抑えていた。波紋の呼吸により出血と痛みを抑えているようだ。
そして、無表情とも鬼の形相とも取れる険しい瞳で、2人を睨みつけていた。
「今のは、さすがの私も死ぬところだった。左腕を捨てなければ、私は直撃を受け即死していたでしょうね…………」
彼女の左腕が切断されたのは、体当たりの衝撃によるものではなかった。
正確には衝突の一瞬前。リサリサは自ら左腕を切断し、激突前に身体を自由にしていたのだ。
そして衝撃に備え後ろに飛び、衝撃の瞬間に救急車のフロントガラスで受身を取ったのだ。
体当たりの衝撃は大幅に軽減され、吹き飛ばされガラスをぶち破ったとしても重傷で済むダメージで済んだというわけだ。
そして、身体の痛みは波紋の呼吸で軽減できる。
全力には程遠いが、リサリサはまだまだ戦闘『可』能だった。
「フフフ…… わざわざ殺されに戻ってくるとわね! スピードワゴンさんッ!!」
「あたしが時間をかせぐ! スピードワゴンッ! あんたはさっさと車を出せぇ!!」
シーラEはスタンドを出現させ、エルメェスに向かって駆け出す。
その隙にスピードワゴンはエルメェスの身体を車内に積み込み、運転席にかけ乗った。
スピードワゴンはすぐさまエンジンを掛けるよう試みるが、体当たりの衝撃の影響か、なかなか上手くエンジンが作動しないのだ。
「エリエリエリエリエリィィィ――――――ッ!!!」
スピードワゴンの逃げる時間を稼ぐため、『ヴードゥー・チャイルド』の拳でリサリサに迫る。
リサリサは回転を付けた大振りの波紋回し蹴りで、軽くその腕を弾き飛ばた。
自分の全力の攻撃を軽くあしらわれたシーラEは、背筋に寒いものを感じる。
彼女の『ヴードゥー・チャイルド』は極端に破壊に特化したスタンド能力ではないが、それでも生身の人間に力負けするなど初めての経験だった。
リサリサはさらに追撃を加えるべく、シーラEの頭上に飛び上がり両足に波紋を込めた飛び蹴りを放った。
この飛び蹴りは、喰らえば首をへし折られる威力――――。
そう直感したシーラEはスタンドの両腕で、咄嗟に頭部をガードした。
「かかったわね、おバカさん!」
『ヴードゥー・チャイルド』の両腕がリサリサの蹴りを塞いだ直後、リサリサは両足を大きく開脚し、シーラEの防御を難なく無効化した。
「何だって!」
飛び蹴りは布石。
リサリサの真意は両足でスタンドの両腕を封じ、次の攻撃を防御させない事だった。
そして波紋を込めた右腕の手刀によるリサリサの本命の一撃が、シーラEの肩口を襲う。
攻守において完璧なコンビネーションだ。
これを破った格闘者はディオを除き1人もいない。
「『灼熱空裂刃(ファイヤースプリットアタック)』!」
ダイアーの必殺技に『緋色の波紋疾走(スカーレットオーバードライブ)』を複合した、リサリサのオリジナル技だ。
リサリサの波紋によるそれは炎のように高熱で、威力は過去に存在したどの波紋使いのものより強力だった。
「ぎゃあああ!!」
左肩に直撃を受けたシーラEは、燃えるような高熱と痛みに叫び声を上げる。
片腕の一撃でこれなのだ。
もしリサリサの左腕が残っていたら。
さらに強力な『灼熱十字空裂刃(ファイヤークロススプリットアタック)』だったとしたら。
そして救急車による体当たりのダメージの無い万全の状態だったとしたら……。
シーラEの身体は燃やし尽くされていたかもしれない。
吸血鬼でない生身の人間相手でも一瞬で焼き尽くす威力を持っていた。
「さあ、次でとどめよ。お嬢さん……」
感情の剥き出しにしたリサリサの殺意が、追い打ちを掛けるようにシーラEに向けられる。
(なんて女だ―――ッ! これがスピードワゴンの言っていた『波紋の戦士』の力!
あのエルメェスって女と一戦交え、救急車の時速100キロでの体当たりを喰らった後で、なおもこの戦闘能力―――!!
いくらなんでも化け物がすぎるぜ―――ッ!! 殺される――――)
シーラEは死を覚悟する。
しかしその時、救急車のエンジン音が鳴り始めた。
動いた。スピードワゴンは、なんとか救急車のエンジンをかけることに成功した。
「よしッ! 早く乗るんだシーラEくんッ!! 逃げるぞ!!」
「無駄よ。あなたたちを逃がしは―――――― うぐゥッ…!!」
シーラEにとどめを刺そうとしたリサリサが、突然悲鳴を上げ足から崩れ落ちる
両足に激しい痛みを感じ、リサリサは膝から地面に転倒した。
全身に溜まった疲労が爆発し、リサリサの脚の破壊したのだ。
やはり、あれだけの勢いのあった救急車の体当たりを受け、平気であるわけがない。
先ほどの『灼熱空裂刃』が引き金となり、蓄積されたダメージがリサリサを襲ったのだった。
脚を押さえて動けなくなったリサリサに背を向け、シーラEは一目散に救急車に駆け込む。
「出せッ! ぶっ飛ばせスピードワゴンッ!!」
「待て―――― 逃が…… さん………」
シーラEに言われるまでもない。
スピードワゴンは力いっぱいアクセルを踏み込んだ。
足を抑え苦しむリサリサを置き去りにし、救急車は走り始めた。
しばらくした頃、救急車から鳴り続いていたサイレンの音が、内部よりようやく止められた。
☆ ☆ ☆
【Scene.5 凄惨な事件現場】
スピードワゴンの運転する救急車が走り去った数分後、ジョルノは現場にたどり着いた。
「一体ここで、何があったんだ?」
ぶち割られた大型ガラスのショーウインドウ。
へし折られた道路標識。
破壊されたサングラスの残骸。
女性のものと思われる左腕の残骸。
そして、あちこちに見られる血溜りの池。
まるで怪獣でも現れたかのような凄惨な現場が、ジョルノの目の前に広がっていた。
サイレンの音は、もう聞こえてこない。
だが、ほんの数分前に、この辺りで何かが起こったことだけは間違いなかった。
ジョルノは目ざとく、へし折られた道路標識の付近の地面に、擦れたゴムの欠片を見つけた。
この当たりで急停車した車があったのだ。十中八九、救急車だったろう。
「まだ近くにいるかもしれない……」
ここには救急車の姿はもう無い。そしてここにいたであろう人間の影も、一人も見つけられなかった。
ミスタたちのことも気にかかるが、ジョルノはもう少しだけ、付近を探索することにした。
☆ ☆ ☆
【Scene.6 Hasta la vista】
「エリィィ――――ッ!!」
『ヴードゥー・チャイルド』によってサイレンマシンを破壊し、耳障りだったサイレンの音はようやく鳴りやんだ。
一息つき、ジョージの遺体の眠るストレッチャーの側部に腰掛けるシーラE。
後部にひとつだけある座席には、瀕死のエルメェスが座らされていた。
運転席に座るスピードワゴンは、シーラEに声をかけた。
「フウ…… なんとか助かったな、シーラEくん」
「まったくだ…… 聞いてないぜスピードワゴンさんよ―――― リサリサって女が、あそこまでの化け物だったなんて……」
「―――私もあんなリサリサを見たことはほとんどない。今回で……、多分、2度目だ。
一度目は、空軍パイロットであるジョージⅡ世――― 彼女の夫が吸血鬼に謀殺された時。
私もすっかり忘れていた。彼女は、JOJOの…… 愛する人のためならば、とことん修羅になることができる…… そういう女性(ひと)だった」
ジョージⅡ世……。それは確か、ここで死んでいるこの男のことだよな。
やはり、スピードワゴンの言葉には矛盾がある。いや、矛盾しているのはこの世界の方だろうか。
スピードワゴンに聞かねばならないことは、やはりまだまだありそうだ。
だが、優先すべきは情報交換より自分たちの身の安全。そして瀕死のエルメェスの治療を行うことだ。
そんなシーラEの考えを汲み、運転するスピードワゴンは問う。
「シーラEくん…… とりあえず、どこへ向かえばいい? できるだけさっきの場所から離れた方がいいだろう?」
「そうね…… とりあえず東の橋を渡って、ボルゲーゼ公園の方へ向かいましょう。身を隠す場所があるかもしれない」
「それより、もっといい目的地があるわよ――――――」
2人の会話に割って入る、第三者の声。
スピードワゴンたちが後ろを振り返ると、救急車のバックドアがゆっくりと開かれ、声の主が車内に乗り込んできた。
「―――――そう、あの世という、もっといい場所がね」
「リ……リサリサ―――ッ!!」
「なんなのよ……この女―――ッ 本当に化け物かよ―――――ッ!!」
乗り込んできたのは、片腕を無くした妙齢の美人。全身は血にまみれ、瞳は黒く滲み、殺意を剥き出しにして、彼女は3たびスピードワゴンの前に姿を現した。
運転席に座るスピードワゴン。向かい合うシーラE。座席で眠るエルメェス。そしてストレッチャーに寝かされ赤いマントを被せられている何者か。
彼ら4人の姿を確認したリサリサは、語り始める。
「この車の後ろに、しがみつく取っ手と足場があったおかげで助かったわ。おかげで、少し身体を休めることができた。」
救急車が走り始めたころ、リサリサは波紋によって足の痛みを軽減し、なんとか立ち上がっていた。
そして、救急車が加速しきってしまう前に、車両の後部に追いつき、しがみ付いていたのだ。
「リサリサ! もうやめてくれ! そんなことをしても、JOJOは……
ジョセフ・ジョースターは喜びやしないッ!」
「本当にごめんなさい。スピードワゴンさん。あなたにはいくつもの恩があるし、感謝もしている。でも、私はあなたを殺さなくてはいけない。
死んでしまったジョセフのために、私が母親としてできるのは、これしか思いつかないから………」
「無駄よスピードワゴン! この女が今更説得に応じるようなら、ここまで執念深く追って来たりはしないわっ!」
迫るリサリサに対し、『ヴードゥー・チャイルド』で向かい打つシーラE。
しかし――――――
「エリエリエリエリエリエリ――――――ッ!!!」
「無駄よッ!! 『山吹き色の波紋疾走(サンライトイエローオーバードライブ)』!!」
シーラEの繰り出すは、スタンドの拳の連撃。
リサリサの繰り出すは、最も高い威力を持つ波紋の連撃。
シーラEは左肩の火傷を庇い、リサリサは左腕を失い、互いに片腕のみの攻撃を撃ち合う。
スピードは互角。手数も互角。
しかし、ダメージを受けているシーラEと、痛みを軽減できるリサリサの拳。
パワーではまだ僅かに、後者が上回っていた。
「ぐはァ!」
リサリサの拳を胸に喰らい、シーラEの身体は吹っ飛ばされる。
スピードワゴンの座る運転席の背中に激突し、シーラEの身体は車内に崩れ落ちた。
波紋によって上半身は麻痺してまともに動かせなくなってしまった。
「残念だったわね。動きはなかなか悪くなかったけれど、あなたの人形には『パワー』が足りない。
そこで寝ているヒスパニックのお嬢さんと、2人を足して割れば、なかなかいい勝負になったかもね。」
「リサリサ………」
残るは、ハンドルを握るスピードワゴンのみ。
リサリサは大型の救急車の車内で歩を進める。絶体絶命だった。
(リサリサ……… なんて奴だ! もうあたしたちに…… 手はないのか?)
倒された体勢のまま動けないシーラEが、必死に頭を働かせる。
リサリサを止めることはできないのか?
思いを巡らせ、ふとシーラEの目に映ったのは、赤いマントをかぶせられたストレッチャー。
シーラEの頭に、先ほどのスピードワゴンとの会話の内容が巡る。
『一度目は、空軍パイロットであるジョージⅡ世――― 彼女の夫が吸血鬼に謀殺された時――――』
「『ヴードゥー・チャイルド』ッッ!!」
最後に力を振り絞り、シーラEはスタンドの腕を天に掲げ、振り下ろした。
狙いは当然リサリサ――――― ではなく、赤いマントの中で眠る遺体にだ!!
『スピードワゴ……さん……
母…と……エリザベ……スと………ジョセ…を………』
赤いマントの内側から、ポツリポツリと言葉が漏れる。
『ヴードゥー・チャイルド』の能力によって作り出された唇が、辿たどしく言葉を紡いでいた。
この世に未練を残し、悔やみながら死んでいった男の最期の言葉。
その聞き覚えのある声色に、リサリサの表情は蒼白し、わなわな震えている。
まさか――― まさか―――――――――ッ!!
「……そのっ マントの中はッ!! まさか――――――ッ!!」
「ああ、その『まさか』さッ! あんたの旦那だよ! リサリサ…… いや、エリザベスさんよォ!!」
リサリサはストレッチャーに被せられたマントを引っぺがす。
中から現れたのは、彼女のかつて愛した男、ジョージ・ジョースターⅡ世。その亡骸だ。
『……頼み……ま……』
「そんな…… ジョージ……! 嘘よ…… 私…… 私は――――――ッ!!」
そんなわけがない。
存在するはずがない。
そう頭で理解しているはずなのに、感情で理解ができない。
この数時間でいろいろなことが起きすぎて、脳がついにリサリサの脳はパンクしてしまった。
不意に直面した夫の姿に、彼女の戦意は、殺意は、精神は、またたく間に崩壊した。
「これで終わりだッ! 旦那と一緒に夫婦仲良く…… 地獄に落ちなッ!!」
仰向けに倒れたシーラEが、唯一動く両足で、力いっぱいストレッチャーを蹴り飛ばした。
車輪のついたストレッチャーは勢いよく車内を滑る。
もはや呆然と立ち尽くすのみとなったリサリサの身体を巻き込み、ジョージを乗せたストレッチャーは、開け放たれた救急車のバックドアから投げ出された。
「アスタラビスタ…… ターミネーター女ァ――ッ!!!」
車外に投げ出されたリサリサは、時速60キロ以上のスピードで頭から地面に叩きつけられた。
救急車のストレッチャーは大破し、ジョージⅡ世の遺体も近くに投げ出された。
「リサリサ…… ジョージ……… すまない………」
スピードワゴンは涙を流しながら、さらに救急車を走らせる。
目的地は東。
ようやく上半身の痺れが取れてきたシーラEがのろのろと車内後部にまで歩き、開け放たれたバックドアを静かに閉じた。
救急車は登り始めた朝日に向かって走り去り、やがてその姿は見えなくなっていった。
☆ ☆ ☆
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最終更新:2012年06月13日 20:47