「DIOの館へ向かいましょう」

それがトリッシュの選択した答えだった。彼女は自分だけに聞こえてきたルーシーの声に従ったのだ。
『教会カラ北ヘ…………DIOノ館ヘ、私ヲ助ケテ…………トリッシュ!!』
ルーシーはまだ生きている。その彼女からのSOSを、無視するにはいかなかった。
もしこれが何らかのスタンドによる通達だとすれば、見過ごすわけにはいかない。
トリッシュは地図を見せながら二人に説明した。

「ここから、こう、サン・ジョルジョ・マジョーレ教会を通った先のDIOの館に……ルーシーがいるの。
 ルーシー・スティール。彼女のことはジョニィ・ジョースターから聞いたでしょう?
 彼女が助けを求めてる……だから、その、一緒にそこへ行こうと思うの。どうかしら」
「…………」
「…………」

ナランチャと玉美の答えは沈黙だった。それはトリッシュにとっては意外な反応。
いつもの玉美なら『はい喜んでトリッシュ様!』と舌を出して喜びそうなものなのに。
ナランチャにしてもそうだ。彼はシンプルに行動する。基本的に反論をするタイプではない。

「トリッシュ様。自分は反対です」
「どうして? あたしの命令が聞けないっていうの? 」
「トリッシュ様には従いやす。しかしこの小林玉美、そのルーシーという女に従っているわけではありません。
 トリッシュ様のお知り合いとはいえ、見ず知らずの女まで助ける義理はございません」 
「……ナランチャ、あなたは? 」
「お、俺はトリッシュを守りたい……トリッシュを守るのが俺の任務だ。
 DIOの館で助けを待ってる人がいるなら助けたいさ。
 でも、ということはDIOの館は今、危険な場所になっているんだろ?
 俺はトリッシュを危険な目に合わせたくない。戻ろうぜ。さっきの俺達の根城によ。
 それに……どうして今になってそんな事を言ったんだ? 」

二人は思いのほか冷静だった。どちらの言い分にも確かに一理ある。

「それは……あたしにもわからない。でも、確かに聞こえた気がしたのよ。ルーシーの声が」

トリッシュは素直に答えるしかない。彼女が聞いたルーシーのテレパシーは、紛れもなく事実なのだから。

「トリッシュ様。まずは一度、さっきまで我々がいた民家に戻りやしょう。まだ疲れが残っているのかも」
「……そ、そうだぜ。あまり賛成したかねーが玉美の言うとおりだ。
 ルーシーを助けに行くならフーゴ達を探してからでも遅くはないと思う」

ナランチャ達も素直に提案するしかない。彼らのトリッシュを想う気持ちは本物なのだから。

「――わかったわ。DIOの館に行くのはその後で、ね? 」

トリッシュはふーっと一息吐くと、踵を返した。

「トリッシュ様、そんなことよりコイツでも食べて元気出してください。
 "ローストビーフサンドイッチ"。オニオンと卵も入ってやすぜ! 」
「あ、玉美てめーいつの間に! それ俺の支給品じゃねーか! 勝手にギってんじゃねー! 」
「うるせーダボが! この玉美さまが有効活用してやるってんだからありがたく思え!」
「なんだとクソチビ! あ、やっぱりもう一つの支給品だった"防弾チョッキ"もバッグに入ってねー!
 この盗人野郎! いつの間に着やがったな!」
「どーせお前には強いスタンドがあるから不必要なものだろうが! 俺様は弱いから着る権利があるのよん」

喧噪を始める二人をよそに、トリッシュはもう一度、ルーシーの声について考えていた。
あれは幻聴ではなく、確かにルーシーの声だったのだ。
だとすれば、なぜ聞こえてきたのか。何かのスタンド攻撃を受けたのか。
しかし他の二人にはルーシーの声は聞こえていないようだ……この謎を解明するのは骨が折れそうだった。

(ルーシー、どうか無事でいて)

トリッシュにはそう願うしかなかった。
自分の体に聖人の遺体が入っているとも知らずに。

「トリッシュ、レーダーに反応ありだッ! 反応はひとつッ! こちらに向かってくる。
 フーゴかもしれねぇ。どうする? 接触するか!? 」

そんなトリッシュの思考を遮るナランチャの一声。

「落ち着いていきましょう。相手がフーゴ達ならそれでいいし、見知らぬ他の誰かだったら慎重に行きましょう。
 極端な話、相手がもし危険人物だと判断したら即座に逃げる準備を。それでいい? 」

相手は誰だ。神か悪魔か。それとも――

「ジョ……ジョナサンンンンンーッ!!」

トリッシュたちが根城にしていたE-4の民家のすぐ傍で、ナランチャのレーダーが捕らえたもの。
それは、パンナコッタ・フーゴではなかった。
それは、ナルシソ・アナスイではなかった。
それは、ジョニィ・ジョースターではなかった。
それは、一筋の希望。ジョナサン・ジョースターだった。

「みんな、無事で何よりだ」

エア・サプレーナ島で目を覚ましたジョナサンはその場で充分な時間を取り、負傷を波紋で癒して英気を養っていた。
そして、島を後にしたジョナサン・ジョースターが選んだ道は北西だった。
F-5の橋を渡り、F-4のティベレ川の川沿いの道を歩き、E-4へと探索していた。
ここまで誰にも会えずにいたこと、そして第三回放送を聞き逃してしまったこと。
これらがジョナサンの精神に焦りを生んだが、トリッシュ達と情報交換したことで、その不安も解消された。
そのかわり、師のツェペリの訃報はジョナサンにとっては辛い現実として圧し掛かった。

「あたしたちはフーゴ達を探しているの。ジョナサン、彼らには会った? 」
「わからない。この辺りを散策した限り、彼は見当たらなかった」
「そう……それならもう、この辺りにいる理由は無いのかもね……」

トリッシュはチラリと自分の後ろに立っている二人を見る。

「……わ、わかったよトリッシュ! トリッシュがそこまでして行きたいのなら行こうぜ」
「トリッシュ様が、どーーーーしてもって言うのなら、俺も止めやせん。お供しやす。
 もしかしたら、ここからDIOの館へ行く途中で、フーゴたちと遭遇するかもしれない」

ナランチャと玉美は、トリッシュに根負けしたのか、地図とペンを取り出す。
二人はジョナサンに、これから自分たちが目指すべき場所とルートを提示した。
それはE-4からE-3に進み、E-3からD-3へ北上し、C-3のDIOの館を目指すというものであった。

「わかった。僕も同行しよう」

ジョナサンは三人の提案を快く引き受けた。
こうしてトリッシュ一行は共に進軍することとなった。


そして、舞台は彼らがE-3北西部のティベレ川沿いの橋の付近を歩いていた時に移る。

「トリッシュ! またレーダーに反応あり。相手は一人だけ。橋の向こうからこっちへ向かって進んでいる。
 すげえスピードで進んでるみたいだ……速すぎるぜッ! このままだと、遅かれ早かれ俺たちと遭遇するぞッ! 」
「あっ! アイツかッ! あの走っている奴かッ! 何者だありゃ!? 」

玉美が橋の向こう岸にいる人物に指をさす。その存在はとてつもないスピードで走っていた。
そしてその影は橋を渡り、橋の反対側にいるトリッシュたちの場所まで走ってきた。

「フーゴじゃあねーみてーだな」
「見りゃわかるだろボケナス」
「とりあえず、彼に話を聞いてみるだけでもいいんじゃあないかな? 」

三者三様の反応をよそにトリッシュは、その男に対し警戒を抱かずにはいられなかった。

「何かしら……すごく……引かれあうのものを持っている気がするのだけれど……」

男が急ブレーキを掛けて立ち止まる。
トリッシュ達との距離、その差は数メートル。男はスタンドの射程距離に入った。

「……危険な予感も何となくするのよね……」

その男の得体の知れなさが、トリッシュの警戒心を解かせなかった。

「情報をよこせ」

誰でもない。わからない。その男は悠然でいてそれでいて壮大だった。
男はトリッシュ達を確認するやいなや、橋を渡ってきた。
橋を背に向けてたたずむ男は、月明かりに照らされて美しさすら感じられた。
そして高圧的な一言。大半の人間なら不快感を示すであろう第一印象。

「ああ!?それが人にものを頼む態度か? 」
「玉美うっさい。あたしはトリッシュ・ウナ。こっちはナランチャ・ギルガと小林玉美とジョナサン・ジョースター」

袖をまくり上げてまくしたてる玉美をなだめながら、トリッシュは自己紹介をした。
今まで会った事のない男。どの情報にも合致しない姿形と佇まい。
しかしこちらにいきなり襲いかかってくるわけでもない。
相手の素性がわからない以上、トリッシュは恐る恐る言葉を選びながら交渉する事にした。

「情報はあるわ。信じてもらえないでしょうけど。あたしたちは違う時代から集められたの、ご存じ?
 ここにいる三人は全員違う時代からこの世界に呼び寄せられたの。あなたもそうなのかしら? 」
「それを聞いて何になる」
「何になる、って……大事なことでしょう! 敵は自在に時空を超えられるスタンド使いかもしれないのよ!? 」

トリッシュは動揺するしかなかった。
これまで自分たちが散々頭を悩ませていた議論に、冷や水をぶっかけられたからだ。

「貴様らは物事の本質とやらが見えていない」

そう言うと男は初めてニヤリと笑い、自分の首輪をちょんちょんと指さした。
その仕草にトリッシュはハッとする。当たり前すぎて、身近にいすぎた存在。

「時空を超えられる者の存在をどうこう考える前に、足元……いや首元をよく見ることだな」

沈黙。トリッシュもナランチャも玉美もジョナサンも、自分の首元を無意識に触っていた。
特にジョナサン以外の三人は先ほど禁止エリアを調査していたわけで、首輪の事が全く頭になかったわけではない。
しかし、この男の言う通りだった。
『時空を超える存在』に勝つ為には、『首輪も解除』しなければ。主催者たちに一矢報いることができない。

「もう情報は無いか?」

男は再度尋ねる。トリッシュは慌てて言葉を返した。

「あたしたちは仲間を探している……フーゴ、ジョニィ、アナスイ。彼らに会ったことは?
 あなたが信用に足る相手かどうかまだ判断しかねるけれど……あたしたちはこれから仲間を探して合流する。
 そしてある目的地に行くわ……」

緊張が走る。トリッシュは咄嗟に『DIOの館に行く』とは言えなかった。
この男の素性がわからぬ内は迂闊な発言はルーシーを危険に招くと判断したからだ。

「それだけか? 」

男はもう一度尋ねる。
トリッシュは内心ため息をついた。
この男の反応は、フーゴたちのことを知らないと言っているように見えたからだ。

「無いわ」

トリッシュは正直に答えた。それ以上の言葉は無かった。
詳しい考察は、フーゴたちと合流してから議論するべきだ。

「ならば貴様らには今ここで死んでもらうか」

男が豹変したのは、その直後だった! 両腕から大きな二つの刃をむき出しにする。

「――『エアロスミス』ッ! 」

しかしナランチャ達に恐怖はなかった。
むしろ警戒していた"かい"があったというもの。
お返しとばかりにエアロスミスの弾丸を男に叩き込む。

「ボラボラボラボラボラボラ!! 」

男はエアロスミスの銃撃の衝撃で、そのまま勢いよく飛び跳ね、地面に叩きつけられた。
その様を睨みつけながら、ナランチャと玉美は吐き捨て、ジョナサンは呼吸を整える。

「「敵だなてめー」」
「ならば殲滅すべしッ! 」

常人ならばこの時点で最悪死に至る。相手が人間ならば、の話だが。

「……フフフ。聞いたぞ……確かに聞いた、この耳で!『エアロスミス』と!
 なるほど……『憶えた』ぞ! 貴様のスタンドの名をッ!」

男がゆっくりと立ち上がる。
玉美は驚きトリッシュの後ろに隠れ、ジョナサンは構えた。
あれだけの弾丸を浴びせたはずなのに、男はまるで意に介していないように見えた。
それは明らかに異常! これだけのタフネスさは伊達や酔狂ではない。

「ジョナサンッ!玉美ッ! トリッシュの警護を頼むぜッ! 」

ナランチャには、確実にこの男を始末するために、もう一度エアロスミスの弾丸をぶっ放した。
しかしどういうことだろう。エアロスミスの弾丸は、男の体を貫くどころか反れていってしまった。
それもそのはずである。弾丸はすべて、男の腕から生えた刃によって全て弾かれてしまったからだ。

「どうした? さっきまでの威勢は。貴様らの顔色から察するに、大方『恐怖』に身を包まされたか」
「……ひるむ………と!思うのか……これしきの………これしきの事でよォォォオオオオ!
 まさかてめーが、ジョナサンが言ってた屍生人か吸血鬼だなッ! 」

ナランチャは思い出していた。それは今から数時間前にジョナサン・ジョースターから聞いた話を。
この世には異様なまでの不死身さを持つ化け物がいるということを。

「屍生人? 吸血鬼ィ? 」

だがナランチャはその考えを即座に否定せざるをえなかった。

「フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」

その理由は、この男の高笑いを聞いてしまったからだ!
この人を小馬鹿にしたような態度! まるでTVのホームドラマで流れるようなわざとらしい笑い!
『それは違うよ』と言わんばかりの嘲り! 蔑みと哀れみが混じったどす黒い声!

「この柱の男カーズも舐められたものよ」
「ナランチャッ! おそらくこいつは吸血鬼や屍生人のそれとは違うッ! 気をつけるんだ! 」

そしてナランチャ達は知った!この男の名はカーズ!言葉の意味はわからないが、自称・柱の男!
腕から刃を生やすことができ、ボコボコに撃たれてもびくともしない耐久力を持つ!
すべてが規格外!すべてが超越!すべてがカウンターストップ!

「三人とも、耳を押さえろーーーーッ! 」

だからこそナランチャには迷いが無かった!
ナランチャは、エアロスミスに装備されている爆弾をカーズ目がけて投下した。
爆弾はカーズに着弾し、大きく炎と爆風と轟音を巻き起こす。

「GUAAAAAAAAAッ!」

たまらずカーズが両腕で顔を隠しながら、爆風の中から飛び出してきた。
ナランチャはその隙を見逃さなかった。相手が不死身ならば、戦わなければよい。

「俺たちはよォ……この状況を……何事もなく…みんなで脱出するぜ。それじゃあな……」

ナランチャはエアロスミスをカーズに体当たりさせる!
エアロスミスはそのままカーズの身体を宙に浮かせることに成功した。

「ボラボラボラボラボラボラボラボラッ!……ボラーレ・ヴィ―ア(飛んで行きな)」

そしてエアロスミスは両翼の機銃をカーズの身体に直接叩き込んだ
空中に浮いたカーズは、余すことなくエアロスミスの銃撃を胸部で受け止めざるを得ない。
そしてカーズはエアロスミスによって吹き飛ばされ、橋から投げ出され今にも川へと落ちそうであった。

「MUUUUUUUUUUUUAAAAAA!! 」

たがカーズはッ!なんとカーズはッ!そのまま川から落ちずッ! 逆にエアロスミスにしがみついたのだッ!
そして両腕に力を込めて万力のようにエアロスミスを締め付けあげたのだ。
ベキベキと翼は折れ、プロペラはひしゃげ、機体がぐしゃぐしゃに潰れ、最後には――爆発した。
その爆発と共にカーズは川へダイブ。火花の爆音、水の激しい衝突音が夜の街並みにこだました。

「や……………………殺ってねえ……………………………」

ナランチャはゆっくりと地面に膝をつきながら、口から大量の血を噴出した。
スタンドがダメージを受ければ、当然本体のナランチャもダメージを受ける。
カーズはスタンド大辞典を読破していた為に、この知識を頭に叩き込んでいた。
勿論ナランチャの『エアロスミス』のことも、エアロスミスの対処法も!

「ナランチャアーーーーーーーーーーーッ!!」

たまらずジョナサンがナランチャに駆け寄り、突き伏しかけたナランチャを支えた。
ナランチャは力が抜けたかのようにダラリとトリッシュにもたれかかる。
ジョナサンは、ナランチャを背負い上げると、大きく叫びながら走り出した。

「みんな逃げるんだァー! 奴は川へ落ちた! 相手の得体が知れない以上、ここは逃げるのが得策ッ! 」

ジョナサンが声を掛けるまでもなく、トリッシュと玉美はたまらず北へ走り出した。


川辺から飛び出すひとつの影。それはずぶ濡れになったカーズであった。
カーズは陸地に上り立つと、自分の髪の毛をぎゅうぎゅうに締め上げて水分を落とした。
あたりを見回してみる。周りには人っ子一人いない。静寂が流れているだけだ。
どうやらまんまと逃げられてしまったらしい。さっきの集団は見失ってしまったようだ。

「フン。まあいい」

カーズは鼻息を鳴らすと、天を仰いだ。当然誰もいない。鳥も飛行機もエアロスミスも。
カーズは思い出す。数時間前に聞こえた謎の言葉を。
『心が迷ったなら……やめなさい。ここで立ち止まるのは……カーズ、貴方にとって敗北ではない』
あの声は一体誰の者であったのか。自分の空耳ではないことは確かであった。
しかしその声に"あえて"唆されるのも悪くはないと、カーズは考えていた。

「奴らの顔は『憶えた』のだからな」

カーズは、きっと表情を強張らされると、その場を後にした。


エリアC-3とD-3の境目。ティベレ川のほとり。息も絶え絶えの三人が飛び出してきた。
ジョナサン、トリッシュ、玉美は無事にカーズから逃げ切ったのであった。

「ここまで逃げれば大丈夫だろう」

ジョナサンはそう言うと、背負っていたナランチャを床に降ろし波紋の治療を開始した。
体中の傷を塞ぎ、ひびの入った骨を整骨し、痛めた内臓の傷を修復した。

「ナランチャ?」

しかし……ナランチャは静かに両目を閉じたままだ。
ジョナサンはナランチャの口に手を当てる。呼吸がない。
ジョナサンは更にナランチャの胸に耳を当てる。鼓動がない。

「ナランチャ……!? 」

ジョナサンの額から汗が流れる。これは焦りの汗。治療は完全に施したはずなのに。
ナランチャは目を覚まさない。これだけ完璧に波紋の治療を行ったというのに。

「………『空洞』………なのよ………」

トリッシュがナランチャの肉体に触れる。
ジョナサンには、一体何が起こっているのかまだ理解できていなかった。

「前に皆で話したでしょう?『スタンド』は魂のビジョン……魂の化身なの……。
 そして……スタンドのダメージは本体のダメージになる……そしてスタンドの破壊は……本体の死に繋がる……」
「そんなッ! ナランチャの肉体には体温があるッ! まだ温もりがあるじゃあないか! 」

だがすでにいなかった。ナランチャの肉体はどこにも『空っぽ』だった。
魂は!行ってしまった……もういない。どうやってももう駄目だった。
トリッシュは思い出していた。かつてナランチャがローマでディアボロに暗殺された時のことを。
あの時ジョルノが放った言葉を、トリッシュは思わず呟いてしまっていた。

「そんな…………」

ジョナサンがガックリと項垂れる。あまりにも突然の衝撃。あまりにも突然の別れ
あまりもあっけなさすぎる結末。ナランチャは殺されたのだ。あの恐るべき存在、柱の男・カーズに。

「…………トリッシュ様……着きやした……DIOの館です」

小林玉美がトリッシュの肩に手を置く。
トリッシュは玉美のナランチャに対する無機質な反応に、頬を引っ叩いてやりたくなった。
しかし、寸での所でトリッシュはそれを止めた。玉美の顔は明らかに沈痛の思いに包まれていたからだ。
短い時間であったが、彼もまたナランチャに仲間意識を抱いていたのだろう。

「あの川を渡れば……DIOの館です」

玉美の右親指が指し示す通り、確かにそれはエリアC-3のDIOの館であった。
DIOの館では、あのルーシー・スティールが助けを求めている。

(ナランチャが私達を『守ってくれた』ように……私もルーシーを『守れる』のかしら……)

トリッシュは、ナランチャの肉体をそっと抱きしめながら、左手で自身の涙を拭いた。

【ナランチャ・ギルガ 死亡】


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2016年02月12日 18:47