偽りの空を裂く

―――山腹から、彼女は世界を見下ろす。


幻想郷に存在する唯一の山、通称『妖怪の山』。
天狗や河童、果ては神々が住まう山。
険しき山岳の他、陽気にも思える穏やかな自然が生い茂る土地。
そこには『妖怪による組織的な社会』と『外の世界に匹敵する技術力』が存在し、幻想郷のパワーバランスの一角を担うとも言われている。

しかし、今や此処も『殺し合いの会場』の一つに過ぎない。
普段ならば当たり前に暮らしている天狗たちも、河童たちも、その姿は一切見られない。
果たして此処は本当にあの『妖怪の山』なのか。それとも、ただ模して作られただけの偽りの地なのか。
答えは解らないが、そもそも『彼女』にとってそんなことはまだどうでもよかった。


「…………。」

山腹の崖の端から、天人の少女『比那名居天子』はこの会場を見渡す。
蒼い長髪を靡かせており、凛とした紅い瞳が目の前に広がる世界を見据える。
右手に握り締めているのは一本の木刀。

まだ時刻は深夜。夜空に輝く星と満月だけが世界を照らす『灯り』だ。
故に、視界は悪く景色はよく見えないが…うっすらと、ぼんやりとながらも見渡すことは出来る。
―――薄暗く視界に広がるのは、『いつも通りの幻想郷』だ。
あの日が来るまでずっと天の上から見下ろして、毎日憧れを抱いていた『あの世界』。
少女が異変を起こし、弾幕ごっこで決着をつける幻想の地。
天界で退屈な日々を過ごしてきた私が求めていた―――『理想郷』。

だけど、

「殺し合い、かぁ」

そう。―――此処は、違う。
大地震の異変を起こし、あの巫女たちと争ったような理想郷じゃない。
ただの殺し合い。悲劇的で、可笑しくて、馬鹿馬鹿しい…凄惨な演目の会場。
私達は、そこで踊らされる舞台役者というわけらしい。
『生還』というただ一つの席を巡って争う、血塗れた奪い合い。
そうやって争う私達を見て、『あいつら』はほくそ笑んでいるのだろう。




「…気に入らないわね」


そう、気に入らない。
主催者とやらが。―――太田順也と荒木飛呂彦が、気に入らない。
あいつらはこのゲームを完遂したいんだろう。狡賢く出し抜いて、冷酷に他人を殺した所で…それはあいつらの思うツボ。
そんなのは気に入らない。この私が掌の上で踊らされるなんてのは、そりゃあ許せない。
たかが地上で這い蹲ってるような『人間』が、『天人』である私を檻の中に叩き込んで見下ろしてるって言うのよ?
見せしめに山の神様が死んだ時には、確かに驚いたし少しでも恐怖を感じた。
…でも、そんな脅しで屈するなんて私らしくないし…何よりそれが気に入らない。
一言で言うと、苛つく。生殺与奪を握り締めて高みの見物だなんて…この私が黙って見過ごすとでも思ったのかしら。

―――上等じゃない、太田順也。荒木飛呂彦。

私が今まで見てきたような、ワクワクに満ち溢れている弾幕ごっことは趣が全く違う。
誰かを殺した末に願いを叶えるなんて言う最悪の催し。
だけど、私はこれを『異変』だと捉えましょう。そう、いつもの通りの『異変』。
私はそれを解決するべく立ち向かう、いわば『主人公』ってワケよ。

ただ良いように踊らされるだけで終わるなんてつまらないでしょ?
だったら私は、この異変に徹底的に抗ってやるってものよ。
この私が、命惜しさに「はいそうですか」って素直に従うとでも思ったのかしら?
比那名居の総領娘をあまりなめるんじゃないわよ、『黒幕共』。
私は気に入らない奴は徹底的にこてんぱんにしてやりたくなるタチなのよ。
そう、殺し合いなんて…私は乗るつもりはない。
あいつらが残酷な悲劇を望んでいるのなら、私はそんな筋書きに反抗してやるだけ。
どうせなら演目そのものをぶっ壊して、悲劇そのものをおじゃんにしてやればいい。
太田と荒木の思い通りの脚本になんか、進めさせてやるわけないじゃない。

殺し合いを滅茶苦茶に叩きのめして、あいつらもぶっ倒して―――この『異変』を解決する!





右手に握り締めた木刀を軽く振り下ろしつつ、総領娘は不敵な笑みを浮かべる。
その表情には自信と期待に満ち溢れていた。
これは新たな『異変』。それを打ち砕く主役は『私」。
彼女にとっては、この催しさえも『一種の冒険』にしか過ぎないのかもしれない。
比那名居天子からすれば、『殺し合いの異変を叩き潰す』という異変解決ごっこなのだ。
表情に一片の迷いも浮かべずに、彼女は目の前の世界を再び見据える。

こんな美しい幻想の地が、数時間後には地獄と化すのかもしれない。
そんな筋書きは気に入らない。私の恋した理想郷がそんな姿になるのは…気に入らない。
だったら尚更、この殺し合いを叩き潰す気になるってものだ。


彼女は、崖を蹴り勢いよく跳躍する。
妖怪の山から移動すべく、飛ぼうとしたのだ。
比那名居天子にとっての『このゲーム』の始まり。
さあ、この異変を解決すべく戦ってやろう。
どこまでも徹底的に、反抗してや―――――――





……………。

………………あれ?

崖から飛んだはずなのに、落ちてる?

確かにさっき跳躍して飛翔しようとしたはずだ。

なのに…あ、あれ?

―――私、落ちてるじゃない!?


嘘、私飛べてな――――




「え、ちょっ、――――きゃああ~~~~~っ!!!?」



―――崖から跳躍した天子は、そのまま勢いよく落下。
雑草に覆われた緑色の斜面に叩き落ちて、ゴロゴロと転がり落ちていく…。
幸い斜面までそれほどの高度の落下ではなかったことや、天人の頑丈な肉体によって大怪我は免れているだけマシ…かもしれない。
恥ずかしいことに、彼女は気付いていなかったのだ。『参加者は基本的には飛べない』という制限に。



◆◆◆◆◆◆


◆◆◆◆◆◆


「~~~っっ………」

山の中腹から転がり落ちた天子は、麓の近辺の緩やかな原っぱで腰をさすりながら立ち上がる。
落下の衝撃だの、ゴロゴロ情けなく転がったりだので身体が地味に痛む…
というか帽子や木刀を落っことしてしまった。
慌てて周辺をきょろきょろと見渡したが、幸いどちらもそう遠くない地点に転がっていた。

「……ったく、ついてないったらありゃしない…」

彼女はとぼとぼと歩き、帽子と木刀を拾って回収する。
きゅっと帽子のズレを直しつつ、服や髪に振れて自身の身だしなみも確認。

「ああ、もう…汚れちゃってるじゃない!」

ばつが悪そうに呟きながらぱたぱたと左手で服の汚れを落としたり髪を整えたりしている。
今は髪の櫛も無いし、手入れをしてくれる召使いの天女たちもいない。
身だしなみを整えることなんてのは常に召使いに任せっきりだっただけに、どうも自分でやるのは慣れないし荒っぽくなってしまう。
お父様やお母様からも、身なりには気を使いなさいってよく言われてたけど…
いつかはちゃんと一人で出来るようにしないとなぁ…と軽く苛々しつつもそんなことを思い。


「さて、」

準備完了。
彼女なりに身なりを整えて、改めて麓の付近を見渡しつつ彼女は思考する。



さっきは明らかに『飛べなかった』。あの主催者の仕業かしら?
不老不死の人間すらも殺す力があるとか言ってたし、どうやら面倒な施しをされているらしい。
全く、面倒臭いったらありゃしないけど… ま、いいわ。
敵は強大、圧倒的、反抗は困難。でも、それでも構わない。
何故かって?そりゃ当たり前のことでしょう。


―――黒幕は『強敵』でいてくれないとね。その方が燃えるじゃない!


気を取り直すように、天子は原っぱから走り出す。
目指すは妖怪の山からの下山。
そこからどこへ向かうか?そんなのは特に決めていない。
ただ自由な風雲のように、気の赴くままに。
総領娘は奔放に駆け抜けるだけである。目的地など、気分が勝手に決めてくれるのだから。



【E-1 妖怪の山(麓付近)/深夜】

【比那名居天子@東方緋想天】
[状態]:落下の衝撃で全身に鈍痛(時間経過で治まる程度には軽微なもの)
[装備]:木刀@現実
[道具]:基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに反抗し、主催者を完膚なきまでに叩きのめす。
1:気まぐれにどこかへと赴き、殺し合いをおじゃんにする為の手段や仲間を捜す。
2:主催者だけではなく、殺し合いに乗ってる参加者も容赦なく叩きのめす。
3:自分の邪魔をするのなら乗っていようが乗っていなかろうが関係なくこてんぱんにする。
4:紫には一泡吹かせてやりたいけど、まぁ使えそうだし仲間にしてやることは考えなくもない。
[備考
※参戦時期は少なくとも非想天則以降です。
※この殺し合いのゲームを『異変』と認識しています。
※制限の度合いは不明です。


<木刀>
日本刀を模して作られた木製の刀。
主に剣術の稽古などで使用され、現代においては土産物としても有名だ。
強度は高く、鈍器としての殺傷能力は十分にある。

013:藁の砦を築く者 投下順 015:ルイとサンソン
013:藁の砦を築く者 時系列順 015:ルイとサンソン
遊戯開始 比那名居天子 055:世界を惑わす愚かなる髪型よ
最終更新:2014年08月14日 15:57